不思議な小箱で縁を弄ったら、義妹がざまぁされて、素敵な騎士団長様と結婚出来ました。
追い詰められていた。
アルデシア・フェレノ公爵令嬢に向かって異母妹であるマリーアは、言ったのだ。
「デリック様は私と結婚したいと言うの。だから、私、お父様に言ったわ。婚約者を私に変えて下さいって。お父様もデリック様のご両親のアフル伯爵夫妻も、大賛成だって。だってねぇ、私の方が綺麗だし。私の方がデリック様に愛されているし、お姉様は私に嫌がらせしてくるじゃない?だから、ね?私はお父様に言ったの。お姉様をううううんと年上の男性に嫁がせて下さいって。罰を与えて下さいって。当然よね。お姉様は私を虐めていたのだから」
マリーアは、アルデシアの母が亡くなってから、すぐに入って来た愛人ユリアの娘だ。
父、フェレノ公爵は母が生きていた頃から浮気をし、マリーアを産んでいたのだ。
アルデシア10歳、マリーア9歳の時である。
両親はマリーアばかり可愛がり、アルデシアは食事も別にとるようになり、とても寂しい思いをした。
アルデシアが16歳になった時、婿入りの話が出て、デリック・アフル伯爵令息がフェレノ公爵家に婿入りしてくるという事で、アルデシアと婚約を結んだ。
デリックはそれはもう、美しい金の髪に青い瞳の男性で、アルデシアは一目見て好きになった。
ただ、アルデシアは自分の容姿に自信がなかった。
妹のマリーアは金の髪に青い瞳で、とても可愛らしい姿をしているが、アルデシアは地味な金の髪、茶の瞳で、マリーアと比べて、どうしても見劣りがしてしまうのだ。
それでも、一応、長女という事で、フェレノ公爵はアルデシアに婿を取って、マリーアを嫁に出すと考えていたのだが。
マリーアがデリックに興味を持って、彼の家に押し掛けるようになった。
そして、いつの間にか、デリックと親しくなり、マリーアがデリックと婚約する事になったのだ。
今までマリーアは父の愛情を取り、そして婚約者デリックまで取っていって、アルデシアには何も残らなくて。
ああ、わたくしはどうしたらいいの?
だから、アルデシアは引き出しから小さな箱を取り出した。
その中には白い紙が入っている。
「人の縁を弄る事が出来るのよ」
亡き母がそう言っていた不思議な小箱だ。
白い紙に浮かび上がったデリックとマリーアが結ばれた線。
その線を消して、デリックの線を孤高の騎士団長エリウスと結んだ。
自分に結ばれたブルード伯爵の線を消してブルード伯爵とマリーアと結んだ。
デリックと結婚するのは嫌だったから、孤高の騎士団長ならエリウスなら、いいだろうと思って。
エリウス騎士団長は、美しい。美しいが厳格で正義感の塊だ。
あまりにも、厳格で口うるさいので、前の妻が逃げて行ったと社交界で噂になった男だ。
デリックに丁度いいだろう。
まず、異母妹であるマリーアが、20も歳が離れている伯爵の家に嫁がされた。
マリーアは泣き叫んで、
「なんで私があんな男に嫁がなければならないの?お父様」
「お前の態度が悪いからだ。お前がアルデシアに虐められていると嘘を言っただろう?お前のような女でもいいといってくれるブルード伯爵の妻になるがいい」
蔑むようにマリーアを見て、父はマリーアをさっさと追い出した。
マリーアは泣き叫びながら、粗末な馬車に乗せられて嫁いでいった。
あれはわたくしに訪れたはずの運命。マリーアに押し付けたのよ。
エリウスがデリックの婚約者になったと人づてに聞いた。
男性同士って結婚出来たかしら?疑問が残るが、エリウスは熱烈にデリックにアプローチして、婚約に漕ぎつけたという。
しかし、事態は思わぬ方向に動いた。
エリウス騎士団長が、騎士団を引き連れて、フェレノ公爵家に押し掛けてきたのだ。
「不自然な魔力の流れを感じた。調査させて貰おう」
そして、アルデシアの部屋に押し入って来て、アルデシアは悲鳴をあげた。
「何ですの?」
「不自然な魔力の元はその箱かっ。寄越せ」
「嫌です。これはお母様の形見っ。渡すわけには参りません」
「渡して貰おう。おかしいと思っていたんだ。何故、私が男と婚約を?まるで私ではないように、熱烈に愛を囁いて、とんでもない。私は男に興味はないっ。両親も賛成してあっという間に男と婚約をっ」
「気の毒ですわ」
「気の毒ってっ。この箱が原因だろうが。貰うぞっ。開けるぞ」
見られてしまった。名前が書かれて、線で結ばれているのを。
エリウスは怒りまくって、
「原因はこれかっ。これが私の男としての人生を狂わせたのかっ」
申し訳なく思った。
アルデシアはエリウスに、
「わたくしは異母妹マリーアのせいで、婚約者であったデリック様を盗られ、年上のブルード伯爵の妻になる所でした。だから、この紙に願ったの。どうか、わたくしを助けて下さいって。まさか叶えてくれるとは思わなかったわ」
「叶い過ぎだ。名前を消せっ。頼むから消してくれっ」
一緒に来た騎士団員達が、
「いいじゃありませんか。団長は美男だし、婚約者も美男でしょ?」
「いっその事、結婚してしまえば」
「馬鹿言うな。私は女性が好きなんだっ」
「でも、前の奥様に逃げられたとか」
アルデシアが思わず突っ込めば、エリウスは、
「確かに逃げられた。正義の志を徹夜で話したら、貴方の正義にはついていけないわって出て行ってしまった。ちょっと話をしただけじゃないか?貴族の結婚ってこんな軽いものだったのか?」
「お気の毒に」
「ともかく消して貰おう。多分、君の手でないと消えない」
消すしかなかった。これで相手が元に戻ってしまうの?
あの異母妹マリーアが戻って来て、わたくしがブルード伯爵の妻になるの?
怖かった。今、マリーアはどうなってしまったのだろう?
そうしたら、ブルード伯爵が父の元に訪ねてきた。
客間で応対する父フェレノ公爵。
ブルード伯爵は太っていて、巨漢を震わせて、
「あんな可愛い女をよこしてくれて有難う。あの我儘ぶりは教育し甲斐があってだな。閉じ込めて教育をたっぷり施しているところよ」
「そうか。まぁ本当に困った娘だが、頼むよ」
閉じ込めてたっぷり教育。
マリーアは酷い目にあっているようだ。
それからしばらくたってから、エリウスが訪ねてきた。
「やっと婚約が解消出来た。もうあの紙は使わないで欲しい」
「使いませんわ。わたくし、追い詰められていたからどうしようもなくて」
「それならば、私と婚約してくれないか?」
「え?」
「君の事を調べさせて貰った。凄く酷い環境で育ったことも。私が幸せにしてやらねばならない。正義の心が燃え上がっているんだ。どうか、私と婚約してくれないか?」
「わたくしは、貴方とデリック様を結んだのですよ。わたくしは罰を受けなくていいのでしょうか?」
「追い詰められてした事。君を罰するだなんて私の正義が許さない。どうか、私と婚約をっ」
嬉しかった。本当にいいのか?悩むところだけれど、彼の求婚を受け入れる事にした。
二人の婚約が決まって、テラスで仲良く過ごしていた。
エリウスは、アルデシアを膝に抱え、
「あ~んしてごらん」
「恥ずかしいですわ」
「この焼き菓子、美味いぞ。私が食べさせてあげたい」
その様子を生暖かい目で見ている使用人達。
「何もあんな昼間からイチャイチャしなくても」
「人目があるわよね。でも、尊い…」
そこへ大股でデリックがやって来て、
「あれだけ、私に愛を囁いてくれたのに、何で私を捨てたんだ」
そっち?そっち系に行っちゃった?
自分がエリウスとデリックの名前を結んだせいで、とんでもない事になってしまった。
エリウスはすまなそうに、
「私はどうかしていた。私は真実の愛を見つけたんだ。だから、デリック。君は君で真実の愛を見つけて欲しい」
「解った。男らしく身を引こう」
庭の端にムキムキ達の姿を見つけた。
「屑の美男を見つけたぞ」
「婚約者を捨てて、浮気をした屑」
「さらって行くぞ」
彼らは美男の屑を愛する変…辺境騎士団。
デリックはさらわれて、そこで真実の愛?を見つけていることだろう。
アルデシアはエリウスと結婚した。
二人の子に恵まれて、幸せに暮らしているけれども、ふと思う。
この小箱が無かったら今頃は、ブルード伯爵の元で苦しんでいたかもしれない。マリーアがどうなったのか?社交界にも姿を見せない事から、閉じ込められているのだろう。
マリーアの事は考えない事にした。
今はただ、愛する夫エリウスと可愛い子供との幸せを感謝して、初夏の青い空を見上げるのであった。