プラトニックラブ・ラララ
十年来の親友と、ランチに行ったときのことである。
私たちは、今年23歳になる。
中学校からの友情を保ったまま、社会人になった。
よく今まで付き合いが続いたな、と時々不思議におもう。
彼女は金香という。
なんでもできる、なんでももってる、彼女はそんな人だった。
彼女は家柄も頭もよく、非常に優秀な生徒だった。先生受けもよかった。
男の子にもよくもてた。とても綺麗な顔立ちをしていた。
なんでももってる完璧な彼女は、当然他人の助けなんて必要とせず、人付き合いというものを好まない人だった。むしろ積極的に厭っていたように思う。
対して私は、団子鼻の、良くも悪くも普通の少女だった。
男の子にももてるわけでもなく、成績はよくて中の下で、それをことさら当たり前のことして受け止めていた、普通の女子中学生だった。ありふれた日常の中で特別でありたいと思いながらも、特に誰かに必要とされるわけでもなく、私は群集に埋没していた。
改めて考えてみると、よく私は彼女と一緒にいられたなあ、と思う。
どう考えても、私は彼女よりも劣等だった。
それはもちろん今でも変わらない。
金香といることで、なおさら私の存在は薄くなっていただろうと思う。
そういえば、とふと思い出す。
「そういえば最初のころ、私は金香のことあんまり好きじゃなかったなあ。」
私の初恋の人も金香がすきだったし。
私が38点しかとれなかった数学の試験、金香は91点だったし。
金香は、なにを唐突に、という顔をしてパスタを口に含んだ。
「どうして私たち、ともだちだったのかな。」
金香は、口に含んだパスタを咀嚼し、覚えてないの?と問いかけるような目で私をみた。
首をかしげた後、ふふふと笑って私を見た。
かわいいな、とおもう。
「ゆとり授業で、将来についてのディベートがあって、燕が私に声をかけた。」
それがきっかけだよ、と言って金香はまたふふふと笑った。
ゆとり授業、私は当時を思い出す。
私たちの通う中学には、『ゆとり授業』が週に1度の頻度で設けられていた。
道徳について学ぶ時間だった。生徒の情操教育の一環で、ゆとり授業中に、将来について生徒同士で話し合う機会が与えられたことがあった。思春期の生徒に、将来へ向き合うことを促す意図で作られた時間だと思う。
たまたま私は金香と同じ班になった。
私も同じ班の子も、それなりに授業に参加する中、金香はひどくつまらなそうにしていた。
集団の和を重んじる私は、金香に声をかけたのだと思う。
-- 金香さんは将来なにになりたいの?
そういえば、当時は『さん』付けで彼女を呼んでいた。
-- とくにない。
-- 何にもないの?
-- ない。
ひどくうっとおしそうに金香は答えていた。
当時初恋の真っ只中だった私は、安易に彼女に尋ねた。
-- じゃあ、金香さんはすきな人とかもいないの?
-- その人と結婚したいとか思わないの?
-- いないし、おもわない。
-- そんなに綺麗なのに。
-- 男の子もみんな言ってるよ。金香さんみたいに綺麗な人と付き合いたいって。
実際私の初恋の彼も金香が好きだったわけだし。
そうだ。だんだん思い出してきた。
「『男なんて、ヒキガエルと同じだろ』、金香はそういった。」
-- 男なんてセックスしか頭にない低能のサルだよ。
-- 大体、私は自分の容姿で得したことなんて一つもない。
-- 電車にのれば痴漢にあう。話したこともない人から告白される。
-- 興味がないと断れば疎まれて、悪くしたらストーカー男に付きまとわれる。
-- 私のことなんて何もしらないくせに。
-- 二言目には『君のことがすきなんだ』『どうして分かってくれないんだ』
-- 『どうして、知り合うこともせず僕のことを切り捨てるんだ』
-- あいつら示し合わせたようにそう言うんだ。私の見かけしかしらないくせに。
-- 『愛してる』って言葉を免罪符に使うなよ。
心底軽蔑したように吐き捨てた金香に、私はなんて言ったのだろうか。
私が思い出す前に、金香が応えた。
「『それなら親指姫になればいい』、燕はそういった。」
-- 親指サイズなら、男の人だってそうそういかがわしいことはできないよ。
-- えっちなことはできないし、もしかしたらキスだってできないかもしれない。
-- それでも金香さんのことが好きだって言うならさ、それはもう信用に値するよ。
「それから、燕はこうも言った。
『正直、金香さんは潔癖すぎると思うけど。
それも運命なのかもしれないね』、って。」
-- 運命?
そういえば、
金香がわからないといった表情を浮かべるのを、はじめて見たのがあの時だった。
-- うん、今おもいだしたんだけど、親指姫って、チューリップから生まれるんだよ。
-- おかあさんが、魔女からもらった種をまくと、チューリップが咲くの。
-- 親指姫はさ、そのチューリップにキスをしたら、その中から生まれてきたんだって。
「燕はすごく真剣だった。」
そうだ、私はすごく真剣だった。
そして、訝しげな彼女をみて私は得意げにいったのだ。
-- だからさ、てゆうことは親指姫のお母さんは性交なしの懐胎なんだよ。
-- だからさ、プラトニックラブといったら親指姫ってこと。
-- 金香さんは親指姫になったらいいよ。
それからさ、金香はくすくす笑って続けた。
「それから、私は呆けて何もいえなくなっちゃったんだけど。
きっと燕は、私が親指姫について決めかねてると思ったんだろうね。
すごく真剣に私を励ましてくれた。
-- だいじょうぶ!
-- 金香さんは美人だから、きっと親指姫になれるよ。
「・・・それは覚えてない。」
ほんとに覚えてなかった。
私などに言われなくても、金香が美人なのは本人が一番わかっていただろうに。
「言ったよ。あれは私の人生の岐路だった。
燕がそういったから、私はお付き合いする男性にはプラトニックを要求することにした。」
「ちなみに成果は?」
「連戦連敗だね。」
まだ四半世紀も生きていないけど、男は総じてエロガエルだと実感するに値する、
金香はそういってケラケラと笑った。
「プラトニックラブをつらぬくには108つ鐘をたたいても足りないかもしれないね。」
そういって私もケラケラとわらった。
だからさ、金香はわらいながら言った。
「だから今まで私たちの友情が続いてきたのは、偏に私が燕をすきだったからだよ。」
「・・・っ。」
くそう、と思う。
なんでもできる、なんでももってる、金香はそんなやつだった。
結局のところ、いつだってたった一言で私は金香につかまるのだ。
-- それなら、あなたを燕にするよ。
私は10年前に、親指姫をモグラから救い出すヒーローになったのだ。
「結局のところ、プラトニックラブをつらぬける男の人よりも、」
金香は微笑む。
「私は燕がいればそれで幸せだってこと。」
-- 今日からあなたを『燕』って呼ぶよ。
私は金香の特別で、金香は私の特別で、とどのつまり私たちは幸せなのだ。