金の髪
「お待たせしました」
ちらりと盗み見るように客の顔色を伺えば、帽子を目深に被り、マスクをしていて、表情はあまり見えなかった。
根暗そうな男性だが、怒った様子はなくただ、こくり、と頷かれた。
よかった、優しい人で。
そう思いながら商品のバーコードをスキャンする。
この作業も慣れてきた。
ただピッピするだけならお手のもんよ。
オラオラ。
「……あの」
ノリにのった私の仕事を遮るように、目の前の男が声をかける。この場合、何か注文されることが大半だ。
一気に私の胸に不安という名の黒いもや広がる。
タバコか?配送か?はたまたコーヒーか…やめてくれ、これ以上はキャパオーバーだ。
「……はい」
震えた声で返事をする。
我ながら情けない。
しかし男から出た言葉は思いもよらぬものだった。
「…明太マヨおにぎりって…もうないですか?」
男は申し訳なさそうに小声でそう言った。
私がおにぎりコーナーで陳列作業していたから、気を使って取りにこなかったのだろうか。
「ありますので、持ってきます」
さっき陳列したばかりのおにぎりを頭に浮かべ、レジ内から取りに出ようとすると、男はそれを遮った。
「あっ、いえ、自分で取りに行きますので大丈夫です!」
慌てた客が少し大きな声で私の前に立ちはだかる。
その声を聞いて、身体がピキーンと硬直した。
早足でおにぎりを取りに行く彼を目で追う。
その後すぐに戻り「お待たせしました」と数回頭を下げた。
顔はよく見えない。だが、この声は。
聞き間違えるはずも無い。
「…明太マヨ…お好きなんですか」
普段発しない言葉を口にしながら、彼の方を見る。
変わらず表情は見えないが、帽子から覗く金の髪が私の鼓動を加速させた。
心臓の音がうるさい。
私の急な問いに、彼は照れくさそうに笑って言った。
「大好きです」
そこからは全く記憶にない。
気づいたらバイトを終え、帰宅していた。
営業中、心ここにあらずだった私は幾度となく客にキレ散らかされたけれど、そんなことどうだってよかった。