修行と推薦
第2話・兄姉
クアッドベアの怪我が治ってすぐのこと、ミンの下で訓練を積み始めたクレイは洞窟の上にある崖の上でシャツの袖を捲ってミンと組み手をしていた。
ギルベイン帝国の国軍も、徒手空拳を用いた肉弾戦の術を持っている。ましてやクレイは軍人だった前世の記憶を持っている異世界転生者だ。
・クレイは語る。
軍にいた頃は、ボクシングとロシア出身の外人部隊の兵士からサンボを習っていた。休暇で地元に帰っていた時なんて路上強盗に会うことも珍しくなく。いつも返り討ちにしていた。
だが、ミンは今まで格闘戦をしてきた相手の中でも別格と言ってもいいほどの実力者で、放った拳は全て防がれ、掴もうと伸ばした手は全ていなされる。
クレイはミンの左腕の袖を掴もうと右手を伸ばすが、ミンはバシッと左手でクレイの右手をいなし、鳩尾に右肩でショルダータックルを打ち込んだ。
クレイは「グエッ!?」と短い悲鳴を上げて吹き飛び、地面に転がる。ミンは構えを解かないままクレイにこう言った。
「筋がいいのう。状況に応じて動きを変えるのも悪くはない。お主はまだ幼いからのう‥‥‥体を仕上げつつ技を教えてやろう!」
白目を向いて気を失っているクレイにミンはそう言って、目が覚め次第訓練再開となり、そのあとも組手の続きに入って、武具を用いた訓練では棒術を習い、日が暮れる頃には手が傷だらけになっていた。
傷だらけの状態で皇宮に戻ると、艶のある黒髪ロングヘアの蒼のフリルドレスを纏った女性が「クレイ! どこに行っていたの!?」とクレイに声をかけてきた。
・クレイは語る。
声をかけてきたのはギルベイン帝国の第一皇女である【ナライア・オーズ・ギルベイン】つまりは俺の姉だ。
クアッドベアとの戦いで大怪我をしてからもミンに会うために皇宮にいない時間が多い俺のことを心配してくれる数少ない人物だ。
俺は「姉上‥‥‥ちょっと狩りを兼ねて弓の練習をしていただけですよ?」と答えると、ナライアは俺の手の怪我を見て慌てる。
「アナタ! その手の怪我はどうしたの!」
ナライアは俺の元に駆け寄って両手を掴む。引っ張られて傷が痛むが、軍にいた時なんてこの程度の痛みは日常茶飯事だった。
ナライアは自身の弟であるクレイを心配して「今すぐ医師を呼んで! クレイがまた怪我をして帰ってきた!」と使用人たちに声をかけ、クレイは医師の元へ連れていかれた。
両手に包帯を巻かれ、クレイは自室に戻ろうとしたが、ナライアはそんなクレイを呼び止めた。
「クレイ! ちょっと一緒に来なさい!」
ナライアに捕まったクレイは皇宮内にある庭に来た。中庭なんかに比べるとはるかに狭い場所だが、皇族にとってはとても大事な場所でもある。
奥の方に墓標があり、ナライアはその墓標の前で片膝をついた。
ナライア「お母さま‥‥‥今日もクレイは無事に帰ってきてくださりました」
・クレイは語る。
俺とナライアの前にあるのは俺の母親が眠る墓で、ナライアはいつもここへ来ては1日にあったことを天国にいるであろう母親に話す。
その後ろ姿を見ると、転生前だった自分の時のことを思い出す。派兵先から帰国してすぐに両親に会いに行った。
今世の母親の顔は絵画でしか見たことがないが、ナライアによく似ている。俺とナライアが黒髪なのも、母親の遺伝なのだろう。
それからも、クレイは再びミンの下で鍛錬を積んだ。棒術の訓練をし、ミンを背中に乗せた状態で腕立て伏せ、実践を兼ねて槍一本で赤毛の狼の5匹の群れを相手にしたりなど、滅茶苦茶な戦いをしていた。
ある時はトンファーの扱いを覚え、木の枝に捕まって懸垂をしたりなど、自然にある利用できるものは何でも利用して体を鍛える。
雨の日も風の日もクレイは訓練を怠らなかった‥‥‥年月を重ねていくごとに体つきはたくましくなり、顔立ちも男らしくなったクレイは、気づけば15歳を迎えていた。
皇宮内の兵士たちの訓練所でクレイは部隊長である老練そうな見た目の兵士と木の棒で剣術の模擬戦をしていた時のこと‥‥‥
クレイは部隊長の上段から振り下ろした一撃を打ち下として絡めとるように部隊長が握っていた木の棒を弾き飛ばして自身が握っている木の棒を部隊長の喉元に押し当てると、審判をしていた兵士が「そこまで! クレイ皇子の勝利!」とクレイの方へ右手を上げる。
部隊長は息を整えながら弾き飛ばされた木の棒を拾って「クレイ様はここ数年で随分強くなられた」とクレイに賞賛の声を送った。
そんな時、金髪のショートヘアの煌びやかな貴族の服装の青年が騎士を数人引き連れてその場に現れた。
「クレイ! ここにいたのか? 弟よ」
・クレイは語る。
騎士を連れてやってきたのは俺の兄である【ジェイド・ロバール・ギルベイン】第一皇子、父親である皇帝同様に、亜人種の奴隷制度でこれからも国を栄えさせていこうと考えている男だ。
そういうのも相まって、父親である皇帝に溺愛されており、王位継承者の中で一番力を持っているような男でもある。
俺と違って滅多に訓練に出ないこの男が騎士を連れてまでここに来た理由は大方予想がついていた。
ジェイド「帝都にあるアカデミーへの入学案内だ。部隊長に勝てるほどの腕っぷしがあるからな。国軍を率いる将軍になってもらうためにも、父上に頼んで推薦状を書いてもらった。しばらくは勉学に励め!」
そう、俺はミンに会いに行ったりしているせいで、勉学に関してはかなり疎くなっていた。そうは言ってもこの世界で必要な教養はそこまで高いわけでもなく。前世で得た教養を生かせばそこまで苦ではない。
訓練に費やせる時間は減るが、その分、今後の方針を考える時間は沢山得られるし、同い年の協力者も見つけられる可能性があるため、俺はアカデミーに通うことにした。