ロリの師匠
第1章・鍛錬
第1話・師匠に出会う
翌日、クレイは皇宮の端にある兵士たちの訓練所に来ていた。甲冑を纏い、槍や剣に見立てた棒切れで模擬戦を繰り広げる兵士たちもいれば隊列を組んで、走り込みをしている兵士たちもいる中、クレイも上着を脱いで、そんな兵士たちに混ざって走り込みをしていた。
・クレイは語る。
この国の兵力を知るためと、戦闘技術を覚えるために体を鍛える。この世界には前世のような火器が存在しないうえに、前の世界では馴染みのない武器を使うことが増えると思った俺は、その扱いを覚えるためにも、この国の兵士たちの訓練に参加することにした。
走り込みが終わる頃、クレイはヒュー‥‥‥ヒュー‥‥‥と今にも酸欠で倒れそうな顔で肩で息をしていた。
そう、いくら軍人だった前世であっても今はまだ齢10歳の男の子なのだ。仕上がっていた頃と違い、体の勝手が効かないクレイはその後の重量上げなども、他の兵士が持ち上げられる重量を持ち上げることができなかった。
しかし、その次の日もクレイは兵士たちの訓練に参加した。走り込みから始め、重量上げもほんの数㎝だけ持ち上げることができた。
それからも、雨の日も風の日も関係なしにクレイは兵士たちの訓練に参加し、あっという間に一年が経つ頃には走り込みも重量挙げもこなせるようになり、木の棒を使った模擬戦までできるようになった。
・クレイは語る。
訓練開始から2年目、前世では馴染みのなかった武器である剣の扱いに慣れた頃、投げナイフ以外の飛び道具の練習をしていた。
この世界にある飛び道具は弓・ボウガン・スリンガー・投擲武器と、あとこの国では使える人はいないのだが、元素魔法というモノが存在する。
元素魔法は七神の加護を受けている国だけしか使えない魔法でギルベイン帝国はその加護を受けていない国だということ‥‥‥
ともかく、ボウガンは隠密作戦で使うことがあったため、少しは馴染みがあったものの、弓に関しては全く馴染みがなかったため、覚えるのに苦労した。
そんなある日のことだった‥‥‥俺は弓の練習を兼ねて、皇宮を出て国の領土内の森に来ていた。
身を隠すためのセーフハウスをどこかに作ろうかとも考えていたため、護衛は連れて行かずに弓を携えて森を歩いていると「魔物出没危険区域・立ち入り禁止」と、この世界の文字で書かれた看板を通り過ぎて獲物を探していると、俺はそこである人物と出会うことになった。
皇宮の外で着る黒のシャツとズボンをはいて深緑色の外套を纏ったクレイは茂みを抜けようとしたその時、兜をかぶっていない鈍い光沢の使い込まれたメタルアーマーを纏った数人の男たちが金髪ショートヘアのギルベイン帝国では見かけない黒のパオ(中国服)を纏った小柄な少女になぎ倒されていた。
棍棒を持った男がエルフの少女に殴りかかるも、少女は半歩左に避けて振り下ろされたその一撃をかわして、左手の手刀を男の喉にドスッと打ち込んだ。
喉をつぶされた男は「シュギュッ!」と短い悲鳴を上げて両手を喉元にあげて「がぼっ‥‥‥げぼぼぼ‥‥‥!」と息をしようと苦しむ。
仲間である男が「てめぇ!」と叫んで、後ろから棍棒を振り上げて殴りかかるが、エルフの女性はカクンと両膝の力を抜いて後ろに倒れるように男の胴に肘鉄砲を打ち込んだ。
ズガンッ! と、鈍い音を立てて、華奢で小柄な体つきから想像もできないような一撃は、男の着ていたメタルアーマーを大きくへこませ、内臓が潰れた男は口から血を吐いて倒れた。
クレイは茂みに隠れて、残りの男たちが「がっ!」「ごっ!」「ぎえっ!」っと短い悲鳴を上げて瞬殺されるのを見て戦慄していると、フッとエルフの女性が姿を消して「おぬしはそこで何をしておる?」と尋ねられた。
驚いたクレイは思わず「うわぁ!?」と声を上げて腰を抜かしていると、エルフの女性はクレイの身なりを見るなり、こう言った。
「ここはお主のような子供が狩りに来るようなところではないぞ。迷子にならぬうちに立ち去れ!」
エルフの女性はそう言って自分が倒した男たちの装備をいくつか剝ぎ取って自分の荷物を背負ってその場を去ろうとした。
しかし、クレイはそんなエルフの女性の後についていった。エルフの女性は気づいてはいたものの、どうせ道中に魔物にでも襲われてあきらめるとでも思ったのか? 振り向くこともなく歩き続けた。
それから沢を上り、崖にある狭い道を歩いて、獣道を歩いていると、クレイの目の前に前足が四本ある体長2mはあるクマが現れた。
クレイのことを涎を垂らして見るところ、ご馳走が歩いてきたとでも思ったのだろう。クレイは険しい顔をして弓を構える。
しかし、エルフの女性はそんなクレイにかまうことなくその場から去った。後ろでは「ガオルルルアアアアアア!」熊の雄叫びが響く。
エルフの女性は崖の洞窟にあるテントが張られた野営地について、荷物を降ろして火の消えた薪の前に腰を下ろし、火打石と火口を取り出して火をつける。
薬缶を薪のそばに置いてお湯を沸かしていると、左腕に外套を裂いたモノであろう布切れを巻き付けたクレイが現れた。
「物好きな子供じゃのう。名は何という?」
エルフの女性はクレイにそう尋ねるも、クレイは大量の冷や汗を顔から流してドサリと前のめりに倒れる。
背中には先ほどの熊との戦いで負ったであろう大きな引っ掻き傷があり、シャツは血に塗れていた。
数時間後、クレイはハッと目を覚ますと先ほどの洞窟の薪の前で寝ていたことに気づいた。シャツを脱がされて体には包帯が巻かれている。
すると、追いかけていたエルフの女性が薪を挟んだ真向かいで眼鏡をかけて本を読みながら腰を下ろしており、クレイが体を起こすと「目が覚めたか? まさか弓だけでクアッドベアを仕留めるとはのう。重武装の兵士5人がかりでも仕留められるか解らぬような魔物じゃぞ?」と声をかけてきた。
クレイは背中の傷が痛む中、手当てをしてくれたであろうエルフの女性に「あの‥‥‥あなたは?」と尋ねる。
エルフの女性は本を読むのをやめて眼鏡を外し、コップをふたつ取り出してお茶を入れながら答えた。
「ワシの名前はミン・ファルナレス、植物学者をしているモノじゃ」
ミンは名前を名乗ってから「ほれ、飲むがよい」と言ってお茶の入った湯気の立つコップを渡してきた。
クレイはコップを受け取りながら「クレイです。クレイ・リヒト・ギルベイン‥‥‥」と名乗ると、ミンは少し驚いた様子でこう言った。
「ギルベイン帝国の第2皇子がお供も連れずに魔物がうろつく森で何をしている?」
ミンの質問にクレイは「弓の練習を兼ねてクーデターを計画するための隠れ家を作ろうと思って」と答えると、ミンはクレイにこんなことを教えた。
「ほう、嘘はついておらぬようじゃな。もし亜人種狩りをしているようならギルベインを恨んでいる獣人どもに引き渡してやろうと考えていたが‥‥‥」
・クレイは語る。
獣人に恨まれているのは解っていた。そもそも俺の父親が亜人種狩りを合法化した張本人なのだから‥‥‥
俺はコップを地面に置いて、頭を下げて「俺を鍛えてください!」とミンに頼んだ。クーデターをやる上で最終的にモノを言うのは力だ。
帝国の兵士ではないとはいえ、同等の装備を纏った傭兵を素手で倒せてしまう戦闘能力を手に入れれば、俺の計画の成功率が大きく上がると思った。
クレイのまさかの申し出にミンは面を喰らったような顔をして「かっはっはっはっはっはっ!」と大声で笑う。
冗談ではなく本気だったクレイは頭を上げずに返事が聞けるまで待っていると、ミンはフウッと一息ついてから答えた。
「まあ、いいじゃろう! クアッドベアの肉を既に貰っておるからな。それに‥‥‥お主のクーデターがこの国をどう変えるか見てみたい」
こうして、亜人種に恨まれている皇帝の息子であるクレイに戦いを教えてくれるエルフの師匠ができたのであった。