前世で地獄行きなので最後は誰かのために死にます。
序章・前世の罪
中東・某所にて‥‥‥肌を焼き尽くするような日差しが降り注ぎ、砂レンガ造りの建物が集まる町中で、銃声が鳴り響く中、小銃を携えた一人の兵士が通りの方で味方ととともに敵兵に向かって応戦していた。
「速く建物に入れ! あと5分で空爆が始まるぞ!」
商店のような建物の入り口近くで隊長と思しき男が後続の仲間にそう言いながら敵兵のいる方向に向かって制圧射撃をする。
建物の中に入った兵士たちは、隊列を組んで階段の前に差し掛かったその時、階段の上からコン‥‥‥コロコロと自分たちの足元に緑色の楕円形の金属の球体が転がり落ちた。
兵士の一人が「手榴弾だぁ!」と叫んで、仲間を守るために手榴弾の転がっている床に飛び込んで蓋をするようにうつ伏せになって両目をつぶって覚悟を決めていた。
周りの味方がその兵士の方へ背中を向けると、ボンッ! とくぐもった爆発音がその場に鳴り響き、手榴弾の上に自身の体を被せていた兵士の体が数㎝上に飛び上がって、ドサリと音を立てて床に落ち、ひとりの兵士が仲間を助けるために命を落とした。
異世界・ギルベイン帝国・皇宮中庭にて‥‥‥見上げるほどの高さの白煉瓦の壁に四方を囲まれた箱庭の中央に生えている木の根元に、ひとりの黒髪ショートヘアの金眼の貴族のような恰好をした少年が木の幹に背中を預けてゆっくり目を開けた。
・クレイは語る。
俺の名前はクレイ‥‥‥ここギルベイン帝国の第2皇子のクレイ・リヒト・ギルベインだ。前世はアメリカ陸軍の歩兵師団に所属していた軍人で、聖職者の父親と一般人の兄‥‥‥そして大学生の妹がいた。
なぜかは解らないが、お気に入りのこの木の下で昼寝から覚めると同時に、任務中に敵兵の投げた手榴弾から仲間を守るために命を落としたという前世の記憶を思い出した俺は、兵を3人連れて皇宮を出て、帝都の様子を見に行った。
レンガ造りの中世の街並みではあるが、帝国というだけあって通りには活気がある‥‥‥国民の【人】たちは笑顔で溢れているけど、俺はどうしても見過ごせないモノがあった。
帝都の大通りを歩いていると、兵を連れていることもあって、周囲の人間から注目を浴びていたクレイに周りの人間が声を上げる。
商人の男「見ろ! クレイ第2皇子だ!」
花屋の女性「クレイ皇子!」
帝都に住む子供たち「「おうじさまー!」」
そんな活気のある帝都の都民たちの声を聞き流しながら、クレイは路地裏などで首に枷のようなモノをつけて、疲れ切った顔で重い荷物を運ぶ頭に狼や虎か豹のような耳を生やした獣人の男たちと、大きな工房でカーン! カーン! と音を鳴らしながらガムシャラに玄翁で鉄を打つ。獣人たちと同じように首に枷のようなモノをつけたドワーフの男たちを見て回っていると、荷台が檻になっている馬車とすれ違った。
荷台の檻の中には獣人の女性や、人間よりも長い耳の容姿端麗なエルフたちがボロボロのフード付きのローブを纏って乗っており、首には枷のようなモノをつけられている。
・クレイは語る。
この世界には奴隷制度の存在する国がいくつもある。特にここギルベインでは、亜人種を奴隷にすることで国を回す資金を賄えているほど、奴隷業が盛んだ。
そんなこともあって、亜人種であれば拐わかしによる奴隷の売買も合法にしている。俺の今の体の年齢はまだ10歳ということもあって、歓楽街に行くことはできないけど、先ほどすれ違ったエルフたちを積んだ馬車は、歓楽街の方へ向かっていった。
主に売春宿などを経営している人たちは亜人種狩りをする私兵を保有している。亜人種狩りと捕まえた亜人種の奴隷の売買で成り上がった貴族たちも沢山いるのだ。
そんなこの国の現状を‥‥‥俺は許せなかった! 前世の俺は軍人で青二才ではあったものの、アフガンからパキスタンなど、色んな所へ派遣されて、生きて帰ってきた。
当然、多種多様な人種が住む国であるアメリカ出身ということもあって、アメリカへ移住してきた派遣先の人種と人たちと会うことも珍しくはなかった。
そう言った人たちが経営する店に行くと、決まって人種差別のトラブルが起こっている。何もしていないのにテロリストだという者もいれば、祖国へ帰れという者もいる。
俺はそんな人たちですら守ろうとしてきた。なぜなら彼らは人種は違えど、アメリカ国民であることに変わりないからだ。
だからこそ、亜人種とはいえ彼らをモノとして扱うこの国の法律は間違っていると思った。
しかし、その法を作り出した人物こそが、この国を統べる皇帝‥‥‥つまりはこの世界の俺の父親なのだ‥‥‥
皇宮に戻ったクレイは城壁の一角の上で、胡坐をかいて何かを考えこむように沈みゆく夕日を眺めていた。
突然思い出した前世の記憶‥‥‥そして迫害を受けている亜人種を助けたいという強い気持ち‥‥‥
クレイは自分がやろうとしていることが何なのかを理解していた。この世界で唯一血の繋がった父親に牙を向ける行為であるということだ。
やがて日が暮れ、クレイは自室へ戻ろうと廊下を歩いていると、宰相と将軍を連れた自身の父親である皇帝と鉢あった。
金髪オールバックの威厳のある髭を生やした40代ほどの男で謁見などがないため、王冠はかぶっておらず、クレイは立ち止まってスッと廊下の右に寄って通り過ぎるのを待つ。
皇帝は自身の子であるはずのクレイに目もくれず通り過ぎて行き、クレイはその後ろ姿を見送った。
・クレイは語る。
迷うほどでもなかった‥‥‥この世界の俺の父親は、俺のことを愛してくれたことなどなかったからだ。
母親は俺の出産で命を落としたと聞いた。おそらく俺のせいで死んだとでも思っているのだろう。
それに、親不孝なことをしたのは前世でも同じだ。どっちにしても地獄に落ちるのは確かだ。
人の役に立ちたいがために、父親の反対を押しのけて軍人になり、敵兵とはいえ沢山の人を殺してきた。
人殺しは地獄に落ちると、聖職者だった前世の父は言っていた。既に俺の手は前世の犯した罪で十分汚れている。
この作戦が失敗したら死ぬんだ。なら、前世の最後の時みたいに、誰かを助けて死のうじゃないか!
さて‥‥‥明日からやることが盛りだくさんだ‥‥‥この国の亜人種を助けるために、クーデターを実行する!