狂った価値観
まだ小さな体の娘の太もも、両肩に青あざがあった。洋服を着ていれば見えない場所だ。
そして腕には無数の傷があった。これは…、自分でやった…。
リストカットだと察しがついた。気が遠くなるような感じを覚えた。頭が真っ白になった。
後で娘が話してくれたが、父親からの暴力で、自分は何の為にいきているかわからなかったこと。
自分の腕から流れている血を見て、生きているということがわかるということ。
なぜ、自分は父親からこんなことをされているかわからなかったと…。
胸が張り裂けそうなくらいで呼吸を止めて聞いていた。娘の言葉一つ一つを。
お前なんて生まれてこなければよかった!お前なんて生きている意味がない!
そんな乱暴な言葉を浴びせ続けていたという。そしていきなり殴りかかられて…娘なりに抵抗した。
私は涙が止まらなかった。娘がそんなことをされているとは気が付かず…母親失格だ。
この子がお腹に宿ったときは、一瞬で私を幸せにしてくれた。
夫の暴力や罵声から身を守るようにして、この子をお腹の中で大切に育ててきた。お腹に子供がいるのに、夫は蹴り飛ばしたり、殴ってきたりしていた。そして時間構わず浴びせる罵声。
お金がない中でも、胎児にいいとされる栄養分を取り、なるべく安静にして過ごした。この子が生まれてくるのを楽しみにしていた。大きくなったら、色んなことを話したい。女同士で仲良く過ごしたい。旅行にだって、買い物にだって行きたい。沢山沢山、この子と楽しみたい。沢山の希望と勇気をお腹にいたことろから私にくれた娘だった。そんな娘の話を聞いて、私は決心がついた。
ーもう、夫とは暮らせない。離れないと、子供たちまでダメになってしまうー
「辛いのに、ママに話してくれてありがとう。もう大丈夫よ、こんな生活終わりにするからね」
小さな体を震わせながら、娘は「うん」と頷いていた。
娘の体質なのか、元々真っ白な肌が、さらに透き通っていた。
私の頭の中はめまぐるくしく動いていた、寝ても覚めても、頭のどこかで別のタスクが24時間考えている。どうやって、この生活を終わらせるか、夫はまともに話せる人間じゃない。
悪いことを悪いことと認識していない。
夫のお義母さんに話しても、
「こんなこと、昔に比べたらいい方よ。私なんて、カギを閉められて家に入れてくれないことも沢山あったし、鍋持った夫に追い掛け回されて、殴られることなんて日常よ。我慢しなさいよ、あなたがうちの息子を怒らせるのが悪いんでしょ。あなたがバカなのよ」
耳を疑った。
「でも、子供たちは、もうパパは怖い、一緒にいたくない、と言ってます」
「そんなの普通よ」
この人たちに、何を言っても無駄だとやっとわかった。孫たちが怖くて年に一度のお正月集まる時でさえ、行きたくないと、娘は仮病を使うようにしていた。私もやることだけやってさっさと帰ってきていた。この家族は、暴力に対して当たり前と思っている。そして、一番偉いお父さんは何をしても許されるのだ。こうした歪んだ考え方だからこそ、子供を虐待しても何とも思わず、悪いことをしているという事に気が付かないのだ。だから、話しても歪んだ価値観の人間の考え方を変えることは容易ではないことも知った。
深くため息をついた。考えてみると、こんな夫の家族に何とか我慢して付き合い10年以上が経っていた。
ここまでよく頑張っている自分に、もういいよ、と言いたかった。
何とか改善できないものかと、夫に試行錯誤としてきたものの、毎回私が泣き辛い思いをしてきた。
実家の稼業も仏壇や、夫が仕事に行かず朝からお酒を飲んでゲームをしていても給料が出る家だった。そんなわがままなな夫を余計に悪化させるだけだった。その度に私は、ハラハラしながら、隠れるように身を潜めていた。