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真夏の雪おんな

作者: 月見月 葉月
掲載日:2020/09/17

たまの休みに部屋でだらけていると、友人から電話があった。


──良い酒が手に入ったから、飲みに来ないか?


「やだね」


──何で? 好きだろ、ポン酒


「だって、お前んち暑いじゃないか」


友人宅にエアコンは無い。昭和の時代、彼の祖父が買ったクーラーならあるが、とっくの昔に壊れたまま、半世紀以上放置されているのを私は知っている。


「今日も最高気温三十八度とかいってるのに、エアコンなしの部屋で酒なんか飲むのは無理。お前、よく熱中症にならないな。もういい加減、まともなエアコン買えよ」


毎年同じことを言っているが、そのたび友人は馬耳東風と聞き流す。だから今年も同じだろうと、私は「じゃあな」と通話を切り上げようとしたのだが。


──その点なら心配ない。今年は涼しいよ。


「そうなのか?」


──毎年心配してくれてたもんなぁ。いやあ、涼しいと夏でも熟睡できるもんだな。


「当たり前だろう。これまでが異常だったんだよ」


──で、どう? 俺ひとりで一升瓶だときついんだよ。ポン酒はさあ、開封したら二日くらいで味変わるだろ? 前に懲りたことがあるんだ。


「だろうなぁ」


この友人は酒は好きだが、あんまり強くはない。


──それに、本当にいい酒なんだよ。お前もさ、一回飲んでみたいって言ってただろ。


銘柄を聞いた私は、すぐに行く、と答えた。







タクシーを降りると、盛大なセミの声に迎えられた。そこは友人が両親から受け継いだ古い一軒家で、周囲の家も同じくらい古い。


「久しぶりだな」


「ああ。一昨年の同窓会以来か」


出迎えてくれた友人とそんな会話をする。


「……あれ? 玄関から涼しい?」


私は少し驚いた。けっこう広い家だし、これだけ冷やそうとすればエアコン一台では済まないのではないか。


「あ、ああ。まあな」


友人の眼が何となく泳いでいるような気がするが、これまで何を言われてもエアコンを付けなかった自分が、付けた途端ヘビーユーズしてるのが恥ずかしいのだろうな、と私はそこにはあまり触れないことにした。


「電気代、大丈夫か?」


「それは心配ない」


ならいいが……と思いつつ、案内されるまま見覚えのある客間に入る。そこは玄関よりもさらにひんやりと快適に冷えていた。


涼しい部屋で、「夏の駆け付け、まずは一杯」と出された麦茶も美味いけど、憧れの銘柄に気が逸る。さあさあと重かったデパ地下土産を広げにかかると、友人は笑って江戸切子のグラスを出し、酒を注いでくれた。


「……旨い!」


芳醇な香。思わず感嘆の声を上げる。ひと口舐めて、友人も頷いていた。


「あーあ。正月でもないのに昼間っから酒飲むなんて、こんな自堕落なオトナになるなんて思わなかったなぁ」


「俺は下戸になるなんて思わなかったよ。巳之吉、なんてヘビのつく名前してるのに、何で飲めないんだよ、なんて言われるしさ」


「まあ、体質はなぁ……お前の好きなの買ってきたから、それで我慢してくれよ。から揚げと、それから──」


「あ、柿の葉寿司!」


「タラバガニの缶詰もあるぞ。ローストビーフも」


「高かったんじゃないのか?」


「珍しい酒飲ませてもらうんだし。刺身系はなぁ、もしかエアコンなかったらすぐ悪くなるかと思ってさ」


「あはは……」


「それにしてもお前がエアコン新調するなんてなぁ。昭和のがずっと埃かぶってて、いつ廃棄するんだろうと……」


そう言いながら視線を巡らせると、あれ? 昭和の遺物はあるのに、今この部屋を冷やしているはずのエアコンが見当たらない。別の部屋か? いや、でも冷気はそこから来るような……。


「新しく買ったわけじゃないんだよ」


もうほろ酔いの友人が、曖昧に笑って言う。


「俺、この五月に雪渓のある山に登ってきたんだけど……そこで女の子を助けてさ」


「ふーん。でもそれ、エアコンと関係あるの?」


「まあ、聞けよ。彼女はストーカーに付きまとわれてるって言ってた。去年の冬山で出会って以来、ずっと山で追いかけられてるって」


「山ガールか何かだったのか、その子」


「ある意味、そうなのかなぁ? 昔から山に住んでたらしいけど……雪の中で倒れてるそいつを見つけた彼女が、いつも通り(・・・・・)にしようと顔を近づけたら、ふっと眼を開けて『雪女……?』と呟いたらしい。そしたらいきなり元気になって『美女妖怪、萌え!』って叫んだんだって。それ以来、彼女のことを『萌え~』『萌え~』って追いかけてくるんだってさ」


「……」


「彼女曰く、あの男は気持ち悪くて無理! だって。山に隠れてもすぐ見つかるから、もういっそ下界で匿ってほしいって泣きつかれたんだよ」


俺って、彼女の子孫らしいしさぁ、と友人は溜息を吐く。


外の蝉の声がしみ入るほど静かな部屋。古びた昭和のクーラーの隙間から、長い黒髪が一筋、垂れているのが見えたような気がした。

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