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第73話 彼女と見知った影

「ごちそうさま!」



 見事にロナは5(キロ)の牛系魔物の肉のステーキ群を食べ切った。いや、なんならまだ余裕そうだ。あと1K増やしても大丈夫だろうな。



「す、すげぇ……!」

「ああ、すごいもんを見た……!」



 何処かから漏れた感嘆の声。そして、それと同時に巻き起こるパチパチという拍手。


 俺らが普段いる区画と違い、城や美術館といった人の集まる場所が多いからだろうか? 


 ノリのいい人、あるいはお祭り騒ぎが好きな人がたくさん居るのかもしれない。拍手までされるのは初めてだ。おいおい、店員までしてるぞ……。


 

「あ……ぇ……! あ、あの……えっとぉ……その……! あぅぅ」



 ロナにとってはただ好きなことをしただけなのに、いつも以上に注目を浴びて恐怖を感じたのか。身体をキュッと縮こませている。顔も真っ赤だ。


 ……この様子じゃ、助けなしでまともに動けそうにないな。


 俺は近くに居た店員を手招きして呼びさっさと代金を支払うと、ロナに手を差し伸べて優しく立たせ、そのまま肩を抱き寄せ、なるべく彼女に降りかかる視線をこの身で遮りながら退店した。


 所々から「見せつけてくる」だの聞こえてくる。まあ、俺としても少しキザな退店の仕方だったかもしれないと思う。

 いや、紳士らしいといえば紳士らしいかもしれない。


 とりあえず、人目の少なそうな陰になっている細めの通路に行き、そこで一旦落ち着きを取り戻させることにした。



「大丈夫か?」

「はぁ……はぁ……。あぁ……び、びっくりしたぁ!」

「ま、急にあれだけ注目されたらビビるよな。俺もビビる」

「んー、やっぱりたくさん食べるのって我慢した方がいいのかな?」



 やっぱりってことは、前々からそう思ってたのか……。

 注目されること自体は初めてじゃないしな、恥ずかしがり屋な分、実は前々から悩んでたのかもしれない。


 そりゃあ、たしかに俺も最初は驚いたが、今となっては幸せそうに食事を取る彼女を見るのが、俺にとっても至福だ。



「その必要はない。好きなことを我慢するのはメンタルに良くないぜ。どうせ毎回俺も一緒なんだ。今日みたいなことがあったら紳士的にケアするさ」

「ありがとうザン。なら……あぁっ⁉︎ お金っ! そうだ私、ザンに払わせちゃった……! え、えっとたしか四万三千ベルだったっけ……? ご、ごめんね⁉︎ いま、返すから!」



 おっと、代金についてはそのまま黙って奢るつもりでいたんだが、自力で気がついてしまったか。

 俺は慌てて鞄を探るロナの手を優しく握り、語りかける。



「ま、今回はいいんじゃないか?」

「いくら友達でも、そういうわけにはいかないよ? ううん、むしろ友達だからダメなんだと思う。今回は前みたいに前もっておごるよって約束してたわけでもないし」

「そうか、そうだな」



 そう言われたら引き下がるしかないよな。

 むしろこういう、いい子の方が(おご)甲斐(がい)が……おっと、こりゃあ紳士的を履き違える直前の傾向か? 危ないな、しっかり反省しないと。


 ロナが恩を着させられ続けるのは嫌なんだ、そんなこと前々から理解してる。だからこそ普段はちゃんと支払い別にしてるんだし、今回もちゃんとそうすべきだった。


 そういうわけで俺は素直に、立て替えた分を受け取った。

 


「……もっと強くなって、あれくらいのことに戸惑わないようにしなきゃ。竜族たるもの……そういえばザンは平気そうだよね」

「注目を浴びるのはむしろ好きな方だからな」

「すごいなぁ……ザンは。私よりよっぽど──── ッ⁉︎」

「おい、どうした?」



 突然のことだった。ロナはカッと目を見開き、口を両手で塞いで閉じたんだ。(ひたい)に冷や汗までかいて。

 まるで、見つかってはいけない何かが側に近づいてきたかのようだ。


 まあ、ロナにとってそんな相手は一人しかいないよな。



「(まさか叔父さんが近くにいるのか?)」



 そう声を潜めて問うとロナは早く、激しく、コクコクと頷いた。

 まさかマジで遭遇するとは、わざわざギルドを避けて歩いてきた意味があんまり無かったぜ。

 ま、人生こういうこともあるよな。


 俺は彼女の代わりに辺りを見回す。

 ここは王都の中心部、そもそも人通りが多く誰がロナの言っている叔父であるか理解しかねるが……いや、それっぽいのを見つけた。


 ここから、俺の目で見えるギリギリの範囲。

 ほんの麦一粒程度の大きさだが、右手側から歩いてきている鎧を着込んだ男二人組の一方のケツから、デカイ尻尾がゆらゆらしてるのが見えた。


 ロナと違って青色の尾だが、あれは間違いない。竜族だろう。


 にしても、かなり遠いじゃないか。よくこんな場所から叔父が居ると分かったもんだな。


 ロナは感知が得意だってわけじゃないはずだが……親戚だからだろうか?


 幸い、あの二人組の進む方向からして、俺らが目指す場所とは行き先が違いそうだ。



「大丈夫、このままこの通路を奥に進んでいけば遭遇はしないさ」

「ほんと? ……わかった、じゃあ今のうちに行こ」

「ああ」



 しかし、国内トップクラスのギルドに所属している青色の竜族、ね……。

 田舎でも雑誌だったかニュースペーパーだったか、あるいはその両方で時々みた記憶がある。


 ああ、もしその記憶通りだったなら、ロナの叔父ってのは相当な人物なのかもしれない。

 なにせ、そもそも俺が竜族って種族の存在を認知したのもその人からだからな。


 ……いやぁ、まさかな。





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