第36話 俺達と取引 後半
「だっ……大丈夫⁉︎ ザン!」
「なにやら呻き声が聞こえましたが……」
俺が呼ぶ前に、二人がこちらにやってきた。
ふーむ、苦しんでる声が向こうまで聞こえてたのか。
俺としたことが、弱ってる姿を見せちまうなんて紳士的じゃないぜ。
「なに、問題はないさ」
「ほんとに?」
「ああ。箱から出てくる煙を一気に吸い込みすぎて咽せただけだぜ。それより、ほら。開封は終わった」
「おおっ……!」
店主は左側の列のパンドラの箱に近寄った。
開けっ放しのため中が見えるが、人のものを勝手に鑑定するような野暮なことは紳士だからしない。
……ま、本音は後でそっちだったらとか考えないようにするためだが。
「む……これはいい! 大当たりだ! まさか『ハーディオウ』があるとは……!」
そう言いながら、店主は箱の中から一つの腕輪を取り出しガッツポーズをとった。
そういうリアクションするタイプの人だったんだ……。
「どんなアイテムなんですか?」
「ああ、簡単に言えばその『リキオウ』の防御力版ですな。私は使いませんが、これは八千万ベルほどで売れますぞッ!」
なるほど、たしかに強力そうだ……てか高いな。『リキオウ』もそれぐらいするのだろうか。
やっぱり宝具はロマンがあるぜ。
「じゃあ、俺達の分は宿に戻ってゆっくり見るか」
「うん、そうだね」
「いやはや、ありがとうございました」
「ま、いい取引だったと思うぜ」
俺達は店のカウンター前まで戻る。
その後、ロナが思い出したかのように店主に話をふり始めた。
「あ、あの! いい物件を紹介してくれるお店って、近くにありませんか?」
「物件? 家でも買うのですかな」
「はい、ザンと一緒に住むための!」
「ぶふぉ……⁉︎」
「おやおや、おやおやおや」
たしかにそれで合ってるけれども! そんなダイレクトに言わなくたっていいじゃないか!
ダンジョン攻略家としての拠点が欲しいとか、もっとクレバーな言い方が……。
いや、何も言うまい。このことをロナより率先して店主に相談しなかった自分が悪いんだ。
「ほほ! それでしたら……あった。この名刺を渡しておきましょうかね。私の知り合いの不動産屋です」
「ありがとうございます!」
「いやぁ……若いってのはいいですな!」
「……?」
店主の俺に対するニヤけた視線が突き刺さってくる。
……まあ、いいさ。
俺は紳士、レディをエスコートするのが人生の主たる男だ。
このくらいのハプニングだってこれからも多々あるさ、ロナと共に行動すると決めた時、覚悟したじゃないか。うん。
「ザンも……どしたの?」
「あ、いや、なんでもないさ。……帰るか」
「うん? うん」
「じゃあな店主、また来るぜ」
俺は自分の荷物を全て背負いあげ、パンドラの箱は一つ浮かせ、もう一つは腕に抱えた。
いっぱいいっぱいだ……が、ロナに一部任せるなんてことは紳士として絶対にしない。
俺達はそのまま出口まで歩みを進める。
「ほほほ! こちらこそ是非、今後ともご贔屓に! ……あっ、ちょっと待ってください」
俺の代わりにロナが扉に手をかけてくれたところで、店主に呼び止められる。
彼はこちらに駆け寄ってきた。
「なんだ?」
「今朝のニュースペーパーはご覧になられましたか?」
「いや、見てないな……」
色々あってな。色々。
「いえね、それによると最近『大物狩り』と呼ばれる賊がこの王都で暴れ回っているらしくて……」
店主によると、その『大物狩り』ってのはAランクからSランクにあたる実力者を襲って周り、めぼしい宝具を奪っていっているらしい。
既に被害は七件にも及び、その被害者の全員が意識不明の重体。
未だ不明瞭な点が多く、犯人の性別も種族も未だ判明していないのだとか。
わかっていることは、目的と、Sランクの人間を倒せるほどの強さのみ。
……なるほど、恐ろしいもんだ。
「それで、上位者ではありませんが、ロナさんは『リキオウ』というその価値がわかる者なら誰もが羨む宝具を所持している。となれば襲われる可能性はあると考えたので、こうしてお話しさせていただきました」
「な、なるほど……! わざわざありがとうございます」
「ああ、サンキューだ。とにかく用心はした方がいいよな」
「ご十分にお気をつけて」
……もしそんなのが襲ってきたらどうする? 俺はロナを守り切れるか?
紳士としてレディは命に変えても守るが、それでも気合だけじゃ埋められないものはある。
『大物狩り』と呼ばれている賊は、Sランクの人間と戦っておきながら、自らの痕跡をほとんど残していない。
ってことは、相当な強者か、不意打ちに特化した力を持っているということだ。
ただの強者ってだけなら俺でも倒せる。だが、不意打ちタイプなら……その真逆となるだろうな、俺が瞬殺される。
そして可能性が高いのは後者の方だ。
どっちにせよ、しばらくロナから離れず、二人で行動し続けた方がいいだろう。
うーん。いつか休暇を設けて、王都で過ごすレディ達をナンパするための、プライベートな時間を作ろうとも考えていたが、しばらくできなさそうだ。
「ロナ」
「ん?」
「俺は紳士だが、心配性でもある。今朝行ったようにロナは俺が紳士的に守るから、しばらくは単独行動は控えようぜ」
「……! うんっ!」
友達と長く居れるのが嬉しい、とでも考えてるのだろうか。
ロナはすごい笑顔で頷いた。すっごくかわいい……。
あれ、まてよ? そもそもだ。
俺が王都に来てまでレディとのジェントルな関係を欲するのは、美しい女性と優雅で麗しいひとときを過ごす、その時間に憧れているからであって。
そして、ロナはこれ以上無いほどの美人であり、存在するだけで俺に癒しを与えてくれる幸運のお姫様。
つまりだ、彼女と一緒に居続けるだけでそれらは解決するんじゃないか? ていうか、もう既に解決しちゃってるよな⁉︎
なんということだ、なんで気がつかなかった?
ロナの羞恥に対する知識不足への懸念や、自分の置かれた境遇にばっかり気を取られていたからか……?
しまったこの紳士としたことが……!
いや、むしろこんな早くにそれに気が付けたのを誇るべきか?
とにかく……俺は幸せ者ってことだ、な。
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