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第17話 俺と爽やかだった朝

 農家……いや、紳士の朝は早い。

 だいたいいつも日が昇ってくるのと同じくらいに目が覚める。これは体に染み付いた習慣だ。


 とはいえ早起きはとてもいいものだ。朝日が紳士たる俺の身体にエネルギーを注ぎ込んでくれる。そう、えらい人は言った、『早起きは三百ベルの得』だと。


 一昨日の夜は色々あって寝付けなかったが……昨日は違う。ロナより先に眠りについてしまったのが良かったんだろう。十分な睡眠が取れた。


 さて。麗しの友人、そしてパートナーであるロナが起きてしまう前に、たっぷりの朝食を用意して驚かせてやろう。と言ってもこの宿じゃ調理はできないから、外の屋台に買い付けに行くことになるが。もしまともな台所があったら俺が素敵なブレックファーストを用意したんだがな。


 俺は伸びをしながら身体を起こし、ぱっちりと潤ってみずみずしい目を開いた。そして、この気分がいい目覚めの景気づけにロナの可愛らしい寝顔でも拝もうと隣を見て……。



「……ぬえ?」

「ふぇ……⁉︎」



 俺はまだ寝ぼけているのだろうか。ロナが先に起きて着替えている。


 白いドロワ、そこから生えている赤い尾。


 白い胸当てコルセット(ブラジャー)、そこから見える艶やかで非常に豊満な双丘、深い谷。


 健康的かつ麗しさを十分に保ったまま、過不足なく付いている微量の腹筋。そして、あまりにも綺麗な臍周りと、くっきりとした美麗なくびれ。

 

 羽をもつ獣族特有の、退化し切った小さな翼も背中からチラリと見える。


 極め付けは驚きのあまり固まっている可愛らしく美しい顔。


 ────とりあえず俺は、自分を殴った。



「……痛い」

「……え、あ」

「……」

「……」

「ロナ」

「は、はいっ……」

「ちょっと、朝食を買ってくるぜ」

「う、うん」

「五人前くらいで足りるか?」

「あ、うん、朝はそのくらいで……」

「そうか」



 俺は外に出ても恥ずかしくない程度に服を羽織り、部屋、そして宿を出た。ああ、まだ冷たい早朝の風が心地いい。

 そういえばすこし力加減を間違えて、自分を強く殴りすぎてしまったようだ、口の中から鉄の味がする。

 ……夢じゃ、ないんだなぁ。



◆◆◆



「……」

「……」



 買ってきた朝食は、大量の細切り野菜と一本の香料が効いた腸詰肉(ソーセージ)を、薄焼のとうきび粉の皮で巻いたサラダクレープ。朝から十分な栄養を摂るのに丁度いい一品だ。


 一方のロナは俺が買い物に行ってる間に着替え終えたもよう。今日の服もバッチリ似合っていて非常に可愛い。今は虚な目をこちらに向けたままムシャムシャとサラダクレープを頬張っている。



「……」

「……ロナ、朝食が済んだらいくつか話がある」



 ロナは精気のない顔でうんうんとうなずいた。了承と見ていいだろう。そして、いつのまにか五つあったサラダクレープがすべてなくなっていた。


 俺もさっさと自分の分を食べ終わらせてしまうと、昨日、ロナと談笑している間に備え付けてあるクローゼットの中から見つけた、この宿サービスの湯沸かしアイテムと紅茶セットを使って、心暖まりそうな食後のハーブティーを淹れる。



「どうぞ」

「……」



 ロナは意識がないような手取りでティーカップを掴み、口に運んだ。俺の淹れたハーブティーを軽く(すす)ると、それをゆっくりとカップを皿の上に戻す。



「……あれ?」



 ロナの目に精気が戻った。



「お、おいしい……これ、すごくおいしい」

「お喜びいただけて光栄です、レディ。紳士たるもの、紅茶を淹れる技術も一流でなければ」

「ザンってすごいね……!」

「どうも」



 趣味、いや紳士の(たしな)みの一環として紅茶淹れを鍛え続けておいて良かった。超一流とまではまだいかないが、味にうるさい方や麗しきレディを唸らせるだけの腕前はあるつもりだ。『料理上手』の能力は伊達じゃない。


 それから俺は自分のぶんの紅茶を持ち、机の上に運び、ロナと対面するように席に座った。



「さて、まず最初に話すことは決まってるんだ、ロナ」

「……うん」



 そうだ、最初は。



「ほんとうに……本当に申し訳なかった! 紳士たる俺が、レディの着替えを覗くなど絶対にあってはならないこと‼︎ 謝っても許されるものじゃない、償いはこの身を持って‼︎」



 誠心誠意謝るのが、紳士として当然だろう。



「え、私が怒られ……? と、と、とにかく落ち着いてザン! いいから、私怒ってないよ⁉︎」

「いいや! いいや、だ!」



 ロナはそういうと思っていたが、俺は許されるつもりはない。なぜなら、まだあの肌色多きスタイル抜群の姿が頭の中で悶々として離れないからだ。


 友人となったばかりの少女の半裸に対して非常に魅力を感じ、紳士でなければ男として痴態を晒していたのではという邪念が頭を駆け巡る。なんならついでに一昨日の背中に感じた柔らかさまで一緒になって復活する始末だ。


 俺は紳士だ。決して思春期の男の子なんて次元の存在ではない。多少なら仕方ないと割り切るが、記憶と欲求がいうことを聞かず自分の許容範囲を逸脱(いつだつ)した。

 レディは優しく愛すべきものなのだ! 決して過度に(よこしま)な目で見るものではないっ!



「ほんとーーに俺はロナに悪いことをした!」

「だから私は怒ってなんかな……ううん、本当は悪いのは全部私なんだよ! ザンが起きないって勝手に思って、こんな場所で着替えて……。私こそ、ごめんなさい……!」

「それは違う! 俺が ────」



 いや、まて。

 罪悪感に駆られてヒートアップしすぎた、落ち着け紳士よ。お互い謝り続けていても本来の目的には辿り着けないんだ、一旦謝るのはここまで、落とし前については後にしよう。もっとクールに。


 俺は気持ちを落ち着かせるためにカップに口をつけ、中の液体を一口含んだ。……ハーブの香りが口一杯に広がった。


=====


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