第7話 二つの選択肢
今日も今日とてシアリィは文句を言い続けていた。
「あぁぁー。 せっかくふかふかのベットで寝てると思ったのに」
イグサと呼ばれる植物から作られた畳が敷き詰められた部屋に、薄い布団の上に毛布を被せて寝ているシアリィ。 その両隣にはレイアとウィルフィードも同じ様に寝ている。
「お風呂は広くていい匂いがしたし、ご飯も見たことない物ばかりだったけど、とても美味しかった」
数時間程前の出来事を大まかに口に出す。 その表情は段々と曇っていく。
「けど、これは何? これじゃあ地面に寝てるのと変わらないじゃない」
「失礼ですからそんなこと言わないでください。 レイアなんかいびきかいて寝てますよ」
そのウィルフィードの言葉に顔を右に向けると、今まで気づきもしなかったが結構うるさいいびきをかいて、寝相の悪いレイアの姿があった。
とてもミレトス王国の危機を救った人物とは思えなかった。
「あーもう! いつになったらぐっすりと眠れるのー!」
「仕方ありませんよ。 これも全てティンゼル様のせいですね」
碧眼を閉じながら苦笑する。 それを見てシアリィは一段と落ち込んだ表情をして目の下まで毛布を持ってくる。
「……ねぇ。 私とウィルが初めて会った時のこと、覚えてる?」
唐突で、更に過去の事を質問してきたことに動揺を隠せない。 けれど、すぐに応答した。
「微かに……覚えてますよ」
「私もウィルも、同じ調査隊に保護されてた」
ウィルフィードは沈黙する。
「ねぇ。 私達って何者なんだろう? あの森ってなんなんだろう? レイアも森から来たって言うし、もうわかんない。 考えれば考えるほど。 ねぇ。 私って何? なんの為にいるんだろう。わからないわからないわか──」
沈黙を続けていた黒髪の青年は耐え切れずにその言葉を遮って、
「もういい。 ……今日は、もう寝てください」
そう言ったウィルフィードの顔は憎悪に侵食されていた。
まるで、苦しい過去を思い出すかの様に。
***
今日は風が強く吹くものの、これ以上のないくらい快晴のおかげで寒くはなかった。
そんな日に、マカミ城の一室で木の幹をそのまま使った様な机案を囲って話し合いが始まった。 まず、長く艶やかな黒い髪を櫛で一纏めにし、ぷっくらとした肌に真っ黒な瞳が美しい少女、リンが口を開く。
「まず始めに、遠路遥々誠に有難う御座います」
正座の姿勢からそのまま頭を下げて土下座し、机案と顔を合わせる。 それに続いて妹のランも同じ動作をする。 数秒その姿勢を保ち、やがてゆっくりと顔を上げる。
「さて、其方様らのお国の便りは拝見させていただきました。 ミレトス王国にも、敵襲があったのですね」
「と言うことはやはり、このマカミノクニにもあったと。 ですが町を見ていても目立った損傷はありませんね」
「奴はこの国に二つの選択肢を与えました。 それはこの国を滅すか、我れが将軍、そして私めの父上を引き渡すか。……父上は自分の国を守る為に身を捧げたのです」
リンは奥歯を噛み締めて、己の無力さを悔やむ。 ランも同じ様に下をずっと向いている。
そしてウィルフィードは報告通りの内容である事に安心するも、連れ去らわれたマカミの王とも言える存在がこの目の前にいる娘の父親だという事に驚嘆、そして同情心が芽生えた。
「しかし、何故そんな事が?」
「分かりません。 しかし、奴は父上の事を知ってるかの様でした」
「因みに、そいつはどんな人でした?」
「忘れようが無いくらいに露出した服装に、何故か両目眼帯をした女性でした」
「両目眼帯!? 見えるの? それ」
話についていけず、理解できないレイアの最初の発言はツッコミだった。
「私も出来ますが、風の流れの変化とマナの動き、人から放出される魔力で薄々と分かります」
「へぇー。 魔力って便利だね」
頭の後ろに手を組んで、貧乏揺りする。
リンは話を戻す。 その表情は美形を崩して畏怖、そして憎悪の感情を表した。
「とても許せない……。 父上を攫ったあいつが、勝手に身を捧げた父上が……。 何より何も出来なかった自分が……」
それを見た三人は何も言えなくなってしまった。 ウィルフィードは哀れんだ目をし、同時に自分の心も痛くなった。
(自分も、こんな顔をしていたのかな……)
ランは姉の背中にそっと手を置く。 私も同じだよ。 と言っている気がした。
「リン様、自分の仮定を聞いていただけますか?」
冷静さを取り戻し、表情を戻して「どうぞ」と返すと、ウィルフィードは口を開く。
「ミレトス王国に襲来してきたのは人ではなく、未確認の竜でした。 それも体が金属でできた。 それは人によって造られた物だと思います。 造る過程で魔力を入れ込み、その時に生じた先日の魔柱……。そしてその造った人こそ今回マカミノクニに敵襲した女性では無いでしょうか?」
「では、父上を攫った理由は?」
ウィルフィードは眉間の間に皺を作り、目を細めて逸らした。 その仕草からリンはなんとなく察した。
要はマカミノクニはまだまだ発展途中にあり、軍事力も大して無い。 なので簡単に滅ぼす事が出来る。 そういう弱い所にさっきの様な選択肢を迫れば、高確率で身柄を獲得出来る。 そしてそれは次の製作の為の媒体となるという事だ。
「……因みに、その金属の竜の様な物をどのようにして破壊されたのですか?」
「ああ、それはここにいるレイアがやってくれました」
「イエイ」とダブルピースをするレイアを親指で指した。 リンはレイアを訝しげに視線を送る。 流石のレイアもそれにはあたふたする。
「え、なに? なんかヤバイ事した?」
「レイア殿……其方は二重人格か?」
「え? 二重人格?」
「あ、いや。 すまない。 忘れてくれ」
「んー。 まぁ、記憶無くしてるから二重人格とも言えるかな……?」
顎を摩り、口を上に上げ、目だけ上に向いて一生懸命考える。 それを見て「……そうですか」と返す。
(……レイア。 一つの身体の中に二人いる感じ。……あいつと同じ)
リンは苦しい表情を一瞬するが、誰も気づかない。
「──良ければですけど、私達と一緒に来ませんか?」
そう言ったのはウィルフィードだ。 レイアを除いてこの場にいる全ての者が碧眼の目を見る。
「私達はアルヘオ大森林の調査も兼ねてます。 もしかしたらその両目眼帯の奴や父親の手がかりがあるかもしれません」
リンは考え込む。 マカミの将軍が居なくなってしまった以上は、右将軍である自分が将軍の地位を継がなければならない。 しかも、妹を置いて行くのは尚更気後れする。だが、父上が生きていたとして、助けてかつあいつを討つ。それもやるべき事ではある気がしてきて。
考えれば考えるほど、二つの選択のどちらも捨て切れない。
「申し訳ないが、考えるための猶予を貰えないだろうか。 一日、一日あれば結論つけます」
「分かりました。 ではその間はまだここにいるという事で良いでしょうか」
「はい」と適当に返答した。
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