第2話 名乗る少年
「────大丈夫だったか?」
その声は頼もしく、優しく、心の奥底までに響いた。
何があったのかグレンメルはすぐに理解した。灰色の巨大な異形は魔力砲撃を放とうとしたその時、横腹を何者かが飛び蹴りし、その衝撃で異形は横に倒れた。そしてそれを成し遂げた者こそあの声の持ち主。整った顔つきに燃ゆる赤に少々黒みがかった髪、中身まで見えそうな綺麗な赤眼。そして何故か上裸の少年だ。
「君は……?」メダの治療を終えたシアリィが尋ねる。
「その質問はあとでいいか? まだ動いてるみてぇだからな」
と言うと、異形の方に視線を戻す。異形は悶えながら姿勢を立て直し、少年に向かって不快な咆哮を放つ。
少年は異形との距離を歩いて縮めていく。一歩一歩出す度に足元から炎の魔力が迸り、やがて少年を取り囲む様に火の渦が形成された。
「熱っ!?」ウィルフィードは自分の鎧が溶けていることに気づき、慌てて脱ぎ捨てる。
「凄い魔力の量だ……。 考えられない」グレンメルは眼鏡を掛け直す。
この圧倒的な高温の炎の間合いにいるのにも関わらず、自分では熱さを感じない事にウィルフィードとグレンメルは疑問に思った。 むしろ、日光に包まれた様な感覚で、心まで暖かく、穏やかな気持ちになる。
「ん? なんだこれ?」
異形の姿に変化が起こるのを見て少年は首を傾げる。蒸発音に伴い煙が身体の至るところから出ており、ウィルフィードの身につけていた鎧と同じ現象が起きている。それを見たウィルフィードは俄かには信じ難いが、確信した。
「奴に風の刃が当たった時に起きた魔力の振動……。 まさかとは思ったがこれ見たらそうとしか言いようが無い。 奴は金属で出来ている」
「有り得ない話です……」グレンメルはそれに頷く
少年の発した熱で巨大だった異形は既に液体となって広がる。 液体にこもった熱が綺麗に並んだ石畳に更に熱を伝える。 すぐには冷めないだろう。
「あーあ。これは大変なことに……なっ……ぁ……」
少年は溶けた異形に近付こうとした途端、急に全身の力が抜ける。 火の渦は消え、膝から倒れた。
「──っ! どうしたの!?」シアリィが駆けつける。
「シアリィ様それは回復魔法では治りませんよ」
「ええぇ!? じゃあどうすれば……」
「心配には及びませんよ。 ……今はそれより……」グレンメルは異形が襲来してきた方角の空を見上げる。
「……この状況をどう見るか……」
誰にも聞こえない声で発し、目を細めた。
***
『────て』
何か聞こえる。
『ぇを────てぉ』
なんだ? 何を言ってるかわからない。
『──てよ……、……レイ、……ァ──』
レイ、ア? 俺の事か? なんだか聞き覚えのある……、懐かしい感じ? それとも、大切な──。
***
目を開けると、まず目眩が襲った。無意識にまた両目をぎゅっと瞑る。数秒たち再び目を開ける。
「…………んっ……?」
ベットで寝ていた事を理解し、横を見ると眼鏡を掛けた黒髪の男性がこちらを見ていた。その男性はゆっくり口を開く。
「目覚めはどうですか?」
「……ん、なんかだるいな……」寝起きから突然の質問に、目を擦りながら答える。
「それは結構です。 紹介がだいぶ遅れました。 私はグレンメルと申します。 貴方は?」
「だいぶ?」
「貴方は三日眠っていましたから」
「……そうか」
布団をどかして上半身のみ起き上がり、下を向き、考える。その後再びグレンメルに視線を送る。
「俺は……レイア。 ……そう、呼ばれていた。 気が、する」
「そうですか」
「ところでここは……?」レイアは辺りを見回す。
「ここはミレトス王国の王城です。 この部屋は客室ですよ」
「みれとす?」首を傾げる
「これまでのことを覚えていますか?」
レイアは顎に手をやり、上を見る。
「ええっと……。 なんか変な奴を蹴ってから……? んー、そっから覚えてないや。 ってか俺、なんで寝てたの?」
「貴方はその後、自らの魔力で火の渦を形成した。 おそらく、それで魔力が警告したのでしょう」
「魔力?」さっきとは違う方向に首を傾げる。
「魔力を知らないですか? 魔力とは、まぁ、全ての生命が持つ原動力。と、言えるでしょう」
「ほぉ?」
「そして自分の魔力を世界から湧き出るマナと呼ばれる、超自然エネルギーと融合する事で様々な効果を発揮します。 例えば貴方の火の渦だったり、風の刃だったり……。 いわゆる魔法です」
「へぇ。 でも、生命の原動力っつーなら、使いすぎるとどうなんだ?」
「無くなると死にます。 ですが使い過ぎると貴方の様に魔力が警告し、強制的に眠らせます。 再び動くにはマナを取り込み、体内で魔力に変換させる必要があります。 まぁ魔力を行使しなければ自動的にマナは取り込まれますが」
「はぁ。 なるほど良く分かったとも」
「そうですか。 ではそこの服に着替えてください。 案内します」
レイアはベットの横にある服に着替えて、部屋を出て行くグレンメルの背を追う。
赤いカーペットが延々と続く廊下を歩き、螺旋階段を上る。客室の一つ上を上がったところの廊下の一番奥に明らかに今までとは違う雰囲気を出す豪華なのドアが見えた。その手前までグレンメルは歩く。
「ティンゼル国王様。 件の少年を連れて参りました」
その言葉に反応し、ドアの向こうから「よい」という勇ましく、太い声が聞こえた。
グレンメルはドアを押し開け、レイアの方を向き、
「どうぞお入りください」
「お、おぉ」
レイアは床を見ながら慎重に一歩一歩踏み出す。何歩か歩いたところで前を向き部屋を見渡すと、玉座に座る男性の後ろに不思議な水色の竜が描いてあるのがまず目につく。部屋全体としては赤のカーテンや、白い壁など、その二色基調だ。天井には豪華絢爛なシャングリラがあるが、横の窓から溢れる光で十分に明るい。
「こういう部屋に入るのは初めてか?」
玉座に座る男性が戸惑うレイアに話しかける。声のした方へ向き直し、
「え、えぇ。 まぁ、初めてかな?」
「まぁそう力むな。 此度の活躍には我が国としても、非常に助かった。 礼を言う」
「どうも」手を後頭部に持っていきペコペコと腰を曲げる。
「はっはっは。 そなたは実にユニークだな。 儂はこのミレトス王国国王、ティンゼル・ミレトスだ。 そなたは?」
「えー、レイアと申します」
「? 家名は無いのか?」ティンゼルは自分の赤い顎髭を摩る。
「? 家名、ですか……? 多分無いですね」
そう曖昧な返答をしたところで、背後のドアが開く音がして、二人の声も聞き取った。
「ティンゼル国王様。 失礼致します」
「父上、来たよー」
入って来たのは装備を新調した黒髪、碧眼のウィルフィードと、場違いなテンションのシアリィだ。
ティンゼルは玉座から腰を上げて、手前の数段の階段を下り、レイア達と対等な目線に持ってくる。
「うむ。 では始めるか」
読んでくださり、ありがとうございます!
表現が稚拙ですが、執筆していく中で学んでいきたいと思います。