第27話 未来に咲く蕾
私は様々な思考が入り混じり、上手く物事を考える事が出来ない日々が長く続いた。
自分の存在理由、この力の意味、殺した人々の怨念、大気を滅する轟音、憎きアイツの声、懐かしき母の声、麗しき友の眼差し、瓦礫の下の少年、そして過去への憧れ。
何を考えているのか、何を感じて、何をしているのか。 理解する以前の問題だった。
長時間にかけてそのまま誰も手を差し伸べてくれるはずもなく、私の小さな脳みそでその思考達は結びつく事無く熟されていった。
挙句の果てに、狂った。
ロメリアという人間は、自分から逃れるように、現実から逃れるように。 人を殺すのを嫌がり、しかし自分も死ぬのが怖くて。 ならば他人を殺すしかない自分から、現実から逃れたのだ。
アヴァリティアを最後に殺して。 でもそれはただ腹を突き刺しただけで、完全に死んだ所を見ていない。 まして剣を浮かせていたので、殺した感触も無い。
そんな事はもうどうでも良い。 探すのが困難なアルヘオ大森林に逃げ込んだ私は、徐々に落ち着きを取り戻してきた。
緑が心を癒し、静かな空間が安らぎを与えてくれた。 自分の居場所を見つけた感覚だった。 食料には困らなかった。 木の実や、動物の肉があったから。 けど、動物はどこか様子がおかしかった。 自分の知っているクニクルスや、フェレスでは無い。 獰猛になり、闇の瘴気を放っていた。 なので、食べ物は木の実だけにした。
何年か経ったか、時間感覚の無い私からすれば理解し得ないものだったが、身長もいつの間にか母を超したと思う。
探すのが困難にしろ、流石の時間でも帝国の追っ手が一切来ない。 来る気配すらも無いのに些かの違和感を感じていたが、そこまで重要視はしていなかった。
なので、気の緩みから第六感を働かせずにいた丁度その時だった。
四人と一匹の竜が私の元に来た。 反射的に弓矢を作り、当てる事無く狙撃した。 帝国の追っ手の可能性が高いから。
一悶着はあったが、その中のウィルフィード・ゼラニウムという青年が、どこかで感じた事のある魔力だった。 それはすぐさま思い出した。
あの時、唯一助けた少年に他ならない。 翠色の竜もいるのだから、信憑性は十分にある。
その後、『色欲』の魔王が現れ、『苦』の竜と戦った。 そして、レイアという男。
帝国にいた頃、私はアヴァリティアとニヒル=セロ=メーデンの魔力に異変を感じていた。 第六感が研ぎ澄まされ、他者の魔力を微量ながら感じ取れていたが、奴らのそれは、私達一般の物では明らかに違った。
聞いてみると、あの男はこう答えた。
『これは闇の力だ。 お前達聖族には無い、際限なく拡大し、様々な能力のある力だ』
聖族というのが何か分からなかったので、それについて再び聞いた。
『世界には大きく分けて二つの種族がある。 それが聖族と魔族。 そして、魔族には必ず闇の力があるんだ』
狂気染みて言ったその内容から、こいつが滅んだはずの魔族だというのは信じ難くも、確信した。 その次にコイツは自ら『強欲』の魔王と名乗ったのだ。
古文書には、七人の魔の王がいて、それ諸共『至聖二者』と呼ばれる一人の聖女と聖竜が斃した。 と記されている。
私の故郷、帝国の一部として今は亡きトラキアという国は、『至聖二者』を信仰する国だった。 まぁ、他の国も大体そうだが。
その聖典とでも言うべき古文書の内容は、産まれながらに認知しているようなものだった。 当時は絶対に誰かの作り話だとは思っていたが、現実に魔族という『至聖二者』達の敵が存在しているので、驚きはあった。
だからなのか、魔族に対する憎悪と畏怖の念が募り、アヴァリティア含め、魔を冠する種族は問答無用で殺す事を決めた。
『色欲』の魔王は逃したが、『苦』の竜は協力しながらも殺す事が出来た。 しかし、レイアという男は特殊で、闇の魔力と、火の魔力を自在なのかはイマイチ分からないが、切り替える事が出来るらしい。 それが魔族なのかも判断する事は出来ないが、闇の魔力を持っている以上は、私の狙いの範囲内だ。
逆にウィルフィード、リン、シアリィ達は彼の事を信用しているようだった。
ここで眠っているレイアを殺しても、また彼らの恨みを買うだけだったので、ここではやめておき、再び森へ戻った。
すぐに後悔した。 森でアヴァリティアと、メーデンと邂逅したからだ。
再会したという事は、やはりあの時に殺せて無いという証明になったし、何より驚きも無い。 こんな簡単に死ぬとは思ってない。 多分、私と同じように、ニヒル=セロ=メーデンの血を取り込んでいるのだろう。
奴は以前に私の力を欲したように、今度はレイアの力を欲した。
なんなら、ウィルフィード達から引きはがせる口実にもなるし、戦いに紛れてアイツを殺しても良いと思った。
けど、なんで? なんであの時助けたか細い少年は、魔族かもしれない者の為に命を張って戦っているのだろう。
解魂したとは言えど、メーデンとの戦いで相当肉体的にも、精神的にもダメージは負っているはずなのに、なぜ他人の為に命を賭ける事が出来るのか。
自分の為に他者を殺してきた私には、到底理解する事は出来ない。
理解する事は出来ないけど……、出来ないけど……。
この胸の奥が疼く感じは何だろう?
私にとって唯一助けた少年が、その魂を顧みず、その場の感情に任せて戦っている姿。 ここからは見えないけど、魔力のぶつかり合いを感じる。 押されている事は明瞭だった。
──次に思考するよりも速く、身体が動いていた。
***
竜人と化したウィルフィードは、アヴァリティアとの激戦の中で、活路という希望を求めていた。
奴の闇の魔力は魔力攻撃、つまり魔法を完全無効する能力。 ウィルフィードの風の刃は役目を果たさない。
近接戦、つまり殴り合いは慣れていないし、剣もない。 相手は武を得意とする敵。 背を向ける逃亡も不可。
ウィルフィードは賭けに出た。 近接戦で防御に徹し、後は助けてを待つのみ。
光は薄いかも知れないが、未来を切り開くにはこれ以外に無い。
翠の翼を広げ、大きく飛翔し、奴の後ろに瞬時に回り込み、拳を繰り出す。 それにアヴァリティアは、腕を背にやり、上手く碧人の拳を掴みんで自らの体重移動と共に、腕を捻って地面に叩きつけた。
威力がそこまでな為、程度の少ない衝撃で堪える事が出来たが、仰向けになってしまい、次の行動までに一秒の隙を与えてしまう。
すぐさま腹を貫こうと炸裂する一発の拳がくると、それを両手で受け止めた。 両腕の力をしても完全に勢力を無力化する事は出来なかった。
掴んだデカイ拳を壁にして押し出し、アヴァリティアの股を抜け再び背後に位置すると既に横から、後方への回転蹴りが放たれていた。
もろに受け、左の腕の骨が軋み、激しい動きをすれば簡単に折れてしまう程だった。
蹴りの威力で地面を足で削りながら、少し移動したウィルフィードに暇を与える事なく猛撃を繰り出す。 それは軋んだ左ではなく、右の肩を狙っていた。
躱したり、猛攻を右腕や、脚でなんとか力を分散させる。 独特な攻撃法に奴の狙いは、右肩の脱臼と推測した。
利き腕が機能しなくなるのはマズイと瞬時に判断し、身体を捻らせ、右側が相手から遠くなるように、左を犠牲にした。
ヒビが悪化しないように腕の向きを繰り出される攻撃の来る方面に対応して変えていった。 だが、今まで両方の拳だけの攻撃だったが、急に下から蹴りが入り、軋んだ腕は完全に真っ二つになった。
「ぐっ………!」
痛みに奥歯を強く噛む。 そして、身体の捻りを戻し、その反動で渾身の一撃を放つ。
アヴァリティアは後方に離脱し、それを避ける。 一時凌ぎに過ぎないが、この際少しの休息があれば良い。
「なかなかやるじゃねぇか。 俺と一対一でやり合った奴らの中では結構粘ってる方だぜぇ?」
息を整えるのに精一杯で、返答する事が出来ない。 してやるつもりは元も子も無いが。
「お前、帝国の来いよ。 お前の力と賢明さがあれば世界侵略も捗る」
肺を大きくしながら、弱々しい声で返した。
「世界、侵略……? なんの、為に……?」
「世界には終焉が約束されているんだ」
顔を歪ませ、これからの世界を語る『強欲』の者の思想を知る事になる。




