第20話 無意識のうちに
黒いショートヘアーに汚れたチュニックを着る幼い女の子の徐々に増加する魔力に、揺れる意識の中で槍を構える。 子供だからって警戒を緩めていたが、これは中々馬鹿にできない状況だ。 まともに戦える気が全くしなかった。
「く、そぉー。 なんだよこれ」
アジ・ダハーカには及ばないものの、容姿以上の力を持っている。 しかも、辺りの霧を黒が混ざった様な緑色に変色してしまうほど。
「…………まえ……」
ボソッと何かを言った様だが、朦朧としているので上手く聞き取れなかった。 苦し紛れに細めたまぶたを震えさせながら完全に開くと幼女は、握り拳を作って小刻みに震えていた。
「きえろきえろきえろきえろきえろ! きえてしまえぇー!」
「……は?」
溜めていた負の感情が爆発した様に握り拳は空を切り、地団駄を踏み、落ち葉が裏返ったり破れたりした。 レイアは更に警戒して槍に自分の火の魔力で、螺旋に巻く業火を纏わせた。
「このイヤで、へんなココロを……! あたしをジユウにするために……! きえてしまえぇー!」
駄々をこねる泣いた子の様な発狂は、レイアの槍に灯っていた業火を消してしまった。
「ん? なんだ?」
穂先を見ながら首を傾げる。 もう一度同じ事をやって見ると、特に変わったところは無く業火を再び生み出した。 しんと静まり返った状況にあの発狂で明らかに何か起きていそうだが、何が変わったのか理解出来ない。 しかし、落ち葉が擦れ合う音がしてその方向を向くと、両手を口に当てながら目を見開いて女の子は後退りをしていた。
「……う、うそ……」
狼狽える少女に対し、意識が薄まる中、顔で疑問を表した。
「なん、で……? そんなはずがない。 だってわたしは『嫉妬』の魔王なのよ! なんで、なんできえないのよ! ……?」
『嫉妬』の魔王、というフレーズを耳にした途端、レイアの意識の糸は切れて地面に顔面から崩れ落ちた。
その状態のレイアからは真っ黒な瘴気が溢れ出す様に外界へ放出されている。 その勢いに周辺の木々は薙ぎ倒されて上空が見えた。 しかも、あのアジ・ダハーカと戦った時のように、髪色は完全に黒になっていた。 槍さえもその時と同じく歪な形態に変化している。
「あーあ」
声がレイアの物と、誰かの物で重なって聞こえた。 ゆっくりと起き上がる黒髪レイアの顔には歪んだ微笑みがあった。
「……なに、よ……。 ま、まさ、か……」
「んー? 漸くお気づきですか。 勘の悪い餓鬼だなぁ」
臓器すらも震えてる感覚に声を途切れ途切れで発しながら、眼前に佇む男に阿鼻叫喚し、麻痺した様に動けない。 それも御構い無しにニヤつきながら一歩一歩落ち葉を踏みつけながら近づいて来る。
「おい餓鬼、何故今お前の魂の力、《嫉妬の魂》が通じなかったか、この優しい俺が教えてやるよ」
女の子、『嫉妬』の魔王インヴィディアの小さなデコに中指を突き刺した。
「お前達魔王の魂は、元々一つだった。 けど、七つに分けられ不完全なモノとなった。 だからその能力は同胞に効かないようになってしまっている。 ……そして、お察しの通り俺はお前と同じ──」
中指を離すと、今度はその手を自身の胸に起いて顔を接近させると、今までにない、より狂気を帯び、殺気を増し、泣く子も更に泣く笑みを見せた。
「──魔族だ」
インヴィディアは最早言葉を出す事すら出来ず、息を呑むだけだった。 畏怖の槍の穂先に黒い光を走らせて、殺気を醸し出す魔族に恐怖を超えた虚無が全身を支配した。
「さて、遊びたいって? そんな児戯に構ってる暇なんて生憎持ち合わせていねぇんだよ」
全身の力が抜け、意識が無くなる女の子は背中から倒れ落ち葉のベットに寝た。 その腹の上に槍を構えた。
「器の者には悪いが、精々あの世で俺の復讐心を買った事を……、悔いな」
***
夜空が延々と続く森の中、いつの間にか濃霧は過ぎ去っていた。
「──ん、んー」
通常の髪色のレイアの意識は覚醒する。 視界がボヤけているが時間が経てば直ぐにはっきりと見えた。 しかし、そこには見たくも無い物があって、息を呑んだ。
さっきまで意識があった時に、遊んで欲しいと言っていた幼子だ。 腹には何かに貫かれた後があり、そこから紫色の血を垂れ流していた。 そして自分の手に握っているいつもの白い槍に、その紫色が慕っていた。
「俺が……、やったのか……?」
信じたくも無いが、槍と穴の空いた腹を見れば理解出来た。 自分の意識が無いうちに何があったのかを。
そこに探していたウィルフィードとメダが走ってやって来た。 レイアの名を呼ぼうとしたが、この状況を把握すると言を失う。そしてアジ・ダハーカの時にレイアに対して覚えた恐怖が蘇る。
「……ウィル、待ってくれ……、違うんだ」
今にも泣きそうなボルドー色の髪の少年は必死に手を喘いだ。 先入観で物事を把握するのは良くない。 故にレイアの元へ恐る恐る近づいた。
「違う……これは俺がやったのかもしれない……。 けど、違う。 違う意識がやったんだ……」
亡骸となった少女の横に膝をついて俯く少年に寄り添うと、
「分かってる。 レイアはそんな奴じゃない。 ……墓標を作ろう」
レイアはそれに頷き、落ち葉を払い、一人槍を使ってその子が眠れるくらいの大きさまで掘ると、少女が分裂しないように優しく抱えて埋めた。 倒された木からいくつかの葉がなっている枝を折って、墓標とした。
その前に、レイアとウィルフィードは目を閉じ両手を合わせて祈った。
「なぁ」
「なんだ?」
「俺って何者?」
「……それは誰にも分からない」
ウィルフィードはレイア自身を完全に理解する事は出来ない。 レイアもレイア自身を完全に理解する事は出来ない。 そして逆も然り。 世界で一番未知数なのは人間という存在なのだから。
ここにいる理由も、この地に生まれ何をすべきなのかという事も、何もかも理解不能。 理解出来るのは今と今を保存した過去だけ。 今感じた事、過去に思った事、今やりたい事、過去にした事。 それだけ。
祈りは自分の存在を問うだけの時間になってしまっていたので、目を開ける。
「行こうか」
とウィルフィードが言うとレイアは頷いて、共に走り出した。
その太陽の様な少年を星の無い無限に広がる虚無の暗い空が嘲笑っていた。
「そういえば、逸れてからウィルはどこに行ってたんだ?」
「どこって言うか、なんか、身体だけ消えた様な感じ? 意識はあるのに動けないみたいな?」
走りながら必死に言葉を探す。 だが、なかなかその時の状態に当てはまる言葉が見つからなかった。
「でまぁ、ふとした時に身体が戻って来て、近くにレイアの魔力を感じて来たっていう流れ」
謎が残って違和感を感じつつも、レイアは要塞都市ガグラを目指した。
***
両目眼帯の露出魔は遊びたがっていたしつこい子供の魔力が、この世界から無くなったのを感じる。 さっきまで感知していた、レイアとインヴィディアの闇の魔力があった所に足を運んだ。
「アラアラアラァ、こんな可愛いお墓なんて作ってもらっちゃって」
不自然に立っている木の枝が《嫉妬》の魔王の墓だという事に見て瞬時に理解した。 そこの目の前で屈む。
「いっぱいアソんでもらえたかしら?」
豊満な胸の谷間を漁って、透明で原始的な槍に使われそうな形をした石を取り出した。 すると立ち上がり、その石を夜空に掲げる。
「ごめんなさいね。 貴方と私は境遇が似ていたから少し同情していたけれど、私の計画の所為で殺すことになっちゃって。 でも、安心して」
掲げた手をくるくると回し始めると、石は徐々に緑の光で輝く。
「不完全な私達の魂は、ハデスに還る事無くこの空間を彷徨う。 思った通りね」
その石は翡翠色へと変わっていった。
「貴方の魂はこのメノウに保管しておいたから」
翡翠色になった石、メノウの中に夜空を映して微笑んだ。




