第15話 記憶と失った記憶
アジ・ダハーカとの戦いが暗黒な気を放つレイアによって終結された直後、ウィルフィード達と別れて森に戻ったロメリアは、今自分のその選択に後悔している。
険しい顔をし蒼い目を細めた先、深紅の髪を風に揺らしながら鋭い眼光で、不気味なにやけ顔をするガタイの良い男が佇んでいる。 その後ろには何かしらの気配も感じた。
「久し振りだな。 どうかよぉ? この期間、少しは楽に出来たかぁ?」
ロメリアの憎悪を含んだ棘の様な視線を受ける男が愉快げに話しかけてきた。
「何故ここが分かった。 アヴァリティア」
アヴァリティア。 現在の帝国を牛耳る男だ。 そして、帝国でロメリアだけが知っている事だが、自らを『強欲』の魔王と称した忌むべき人間。 そいつがロメリアの質問に対し、顎を上げ、更に上から見下す視線で答えた。
「愚問だな。 お前はメーデンの血を飲んでるだろぉ?」
そう言い、後ろの『気配』を親指で指し示した。
「知ってるかぁ? 血には自身の魂が含まれるんだ。 つまりはお前の中にこいつが居る訳よ」
それを聞いたロメリアは絶句する。 今まで彼女は《創造の魂》の所為で、人間兵器として帝国の人間になり、人を殺して来た。 それが恐怖だった。 でも、情けをかけて自分が死ぬのがもっと怖かった。 それに耐えられなくなり、遂にそのジレンマから逃亡したのだ。
森はどの国より面積が広く、所々に霧がかかり、自分を見つけ出すのは相当不運でない限り不可能だと思ってた。 しかし、竜の生命力を取り入れる為に飲まされた血が、まさかこうして働きかけてくるとは思いもしなかった。
「じゃあなんで直ぐに引き連れ返さなかった?」
「引き返そうとは考えたさ。 でもよぉ、お前を利用してこの森を詮索するのも良いと思ったんだよ。 だから野放しにしてたんだ」
奇々怪々と笑うアヴァリティアに、足掻いても足掻いても、道具として扱われるしか無い自分を愚かしく思った。
「なんで今更なんだ?」
「お前を通じて色々知ったし、欲しいモンも出来たんでねぇ」
ロメリアは疑問で顔を歪ませるが、ウィルフィード達と出会ってからの出来事を思い返すと察しがついた。
「欲しいもの? もしかして……、『色欲』の魔王か?」
「んな訳ねぇだろ。 あのババァなんか興味ねぇよ」
顔と手を振るアヴァリティアに更に疑問を抱く。 『強欲』の魔王と『色欲』の魔王。 同じ魔王と名乗り合う同士、手を取り合うのかと思ったら予想外の返答だった。
「そんな奴より、レイア、とかいう奴。 アジ・ダハーカを殺しちまうなんて、俺達帝国に相応しいモンだと思わねねぇか?」
「────っ!? レ、レイア? という事は……?」
獰猛な笑みをし、舌舐めずりをする目の前の怪人に、もはや脳が狂いそうだった。
ロメリアは、元々トラキアという小国の普通の家庭に生まれた純粋な少女だった。 何も変わりばえのない、いつも通りという幸せを過ごしていた。
そんなある日、少女ロメリアはマナを形にする能力に自覚した。 周りの人達に可愛らしいくまや、人形を作ってはプレゼントしていた。 だが、知恵を持つ人間の拡散力は凄まじく、隣の帝国に知れ渡ってしまった。 アヴァリティアはその力に目をつけ、ロメリアを手に入れる。 ただそれだけの為に、トラキアに一人で赴いては、ロメリア以外の人間を皆殺しにしてしまった。
今度は、それがレイアとミレトス王国に降りかかる。 そして、その為にロメリアの前に現れたという事だ。
ロメリア自身、レイアに対して好印象を持たない。 目の前に佇む魔族の男と同類だからだ。 だったら演技らしくレイアを殺すのなどうだろうと考えた。 でも、それをすればあの時助けた男の子と同じ魔力を出すウィルフィードが悲しむだろうし、またあの子に自分の国が滅んでいく姿を見なければならない。
迷いながらも、《強欲》の魔王と、後ろの『気配』に逆らう事も出来ずに帝国へと連行された。
***
『──私の愛おしい子よ』
その声にシアリィは目を覚ます。 見覚えの無い場所だった。 しかし、そこが宇宙だと確信出来た。 黒と紫が入り混じる空間に煌々と輝きを放つ星が無数にあったからだ。
『──循環を外れし我が子よ』
女らしく、神々しい声をボヤけさせてシアリィの脳に直接響く。 段々と、周りの星達の光が薄くなり、空間に呑み込まれる。
シアリィは「ア」の発音で口を二回動かすが、聞こえない。
やがて星が消えると、今度は月が見えてきた。 太陽の動きに合わせて光る場所が変化する。
『──第10惑星ハデスとの契約により、貴方を循環へと戻します』
その声と共に月が黄金の瞳に変貌する。 思うように動けないシアリィに容赦無く近づけば近づく程速度を上げて迫り来る。
脳が指令を出すより速く両腕で身体を庇い、目をぎゅっと力を込めて瞑る。 数十秒経ってもぶつかった感覚が無く、細目にして視界を映すと、見覚えのある天井だった。
「……? 夢……?」
大きな瞳をいつも通りに開くと、自分の部屋だという事が瞬時に理解出来た。 ベットから出ると、立ち眩みが起こり、感覚が戻るのに結構な時間を要した。 部屋を出ると、普段通りの静けさのある廊下が正面に伸び、先の左右の別れ道が見えた。
シアリィは何が何だか分からなかった。 記憶を辿ると、傷を負った皆んなを助けた。 それからの記憶が無かったので、多分あの時のレイアと同じ状態の魔力警告かと思った。
ミレトス王国に居る理由だけは全く分からなかったので、取り敢えずと国王である父上の元に足を運んだ。 玉座の間の見上げる程の扉を開けて、顔を覗かせてみても誰も居なかった。
すると突然後方から声がした。
「何してるんですか? シアリィ様」
「ひゃっ!?」と呆けた声を出して跳ね上がった。 後ろを見ると、高身長で燕尾服を着こなす、黒髪黒目に眼鏡をしたグレンメルだった。 何故か、懐かしさを覚えた。
「グレンメルぅー。 ビックリしたじゃない」
「驚くのはこちらも同じです。 シアリィ様、丸五日寝てましたよ」
「そんなに!? ……ところで、父上は?」
その質問に些か顔を濁らせて答えた。
「会議室です」
***
ミレトス城の会議室に四人の男がそれぞれ椅子に座り、冴えない苦い表情をしていた。
まず、一人は王、ティンゼル・ミレトス。 残りは『竜の劔』のそれぞれの団長だ。
歩兵団団長アレク・ミゼル。
騎兵団団長エルガー・オーガン。
そして、竜騎兵団団長マルクス・ヴァイト。
そこへ、グレンメルとシアリィが扉を開けて入る。 自分の娘の姿にいち早く目を輝かした。
「おおっ! シアリィよ、無事だったか」
シアリィはこの重い空気感に押し潰され、笑みを偽造する。 本能的に嫌な予感を察知し、身体が凍える様に震える。
「う、うん。 それより、これは何?」
それを聞くと、急にティンゼルは最初に見た表情に戻し黙る。 誰も答える事なく沈黙がシアリィの心を痛める。
「……グレンメル。 シアリィを連れて行け」
口を開いたかと思えばなんとも手痛い。 グレンメルは「はい」とだけ言うと、シアリィを退室するよう促した。 それに抵抗する気持ちも生まれなく、されるがままに部屋を出た。