第14話 変わりゆく心
満身創痍の状態で一時ミレトス王国に帰還したレイア達は、酷く暗い顔をしていた為、歓迎したくてもしてはいけない状況を作ってしまい、民衆から声をかけられることは無かった。
先日の異形襲来時に壊された石畳の道は完全に元通りになっていた。 そこを真っ直ぐ進み、急な階段を重い足取りで一段ずつ登り、城の大きな扉が見えた。
その端の二人の歩兵団は、傷だらけの人間達に驚いた後、それが元竜騎兵団の団長だということに驚き困惑する。
「すまないが、扉を開けてくれないか? 後、国王を読んでくれ」
「……、……あっ!? はい! 只今」
慌てて扉を開き、ウィルフィード達が入ったのを確認すると、もう一人の方は国王を呼びに駆け足で城内に入る。
リンはこの国に足を踏みしめた時から、自分の国とは百八十度異なっている事に感嘆するが、やはり疲労で周りを観光する気力も無かった。 だが城の中は豪華絢爛な造りで「おお……」と思わず漏らした。 シアリィは自室のベッドで寝かせて、レイアは異形との戦いで魔力警告を起こした際に眠っていたベットに横に優しく置いた。
螺旋階段を上って廊下をずっと歩くと、今までとは違う、大きな扉の前に足を止めた。 ウィルフィードはノックをすると、向こう側から低く獣の様な声が聞こえた。 それを聞いてから扉を開くと、玉座に屈強な男が堂々と腰を据えていた。
「無事だったか? と聞こうと思っていたが、その姿を見ては聞くまでも無いな。 ……? そちらの者は?」
ティンゼルはそう言うと、見慣れない顔のリンの視線を送った。 当然の質問かと身構えてはいたものの、鋭い視線に心臓をドキッとさせる。
「私はマカミノクニのリン・クシナダと申します。 この度、ウィルフィード達と共にする事になりました」
微笑んだ国王は顎髭を触りながら頷き納得した。 次はシアリィとレイアがいない事に疑問を抱く。
「ところで二人はどうした?」
「二人とも魔力による警告で眠っています」
満身創痍のウィルフィード達を見るだけで過酷なものだったのだと理解出来るが、レイアとシアリィが眠っているのは過酷の更に上の段階、死の淵だったのだろうと国王は自分で命令した事を恐ろしく、不安になる。
「……まぁ、何があったのかは後日聞こうではないか。 それまで安息にしておれ」
一礼し、玉座の間から立ち去り、それぞれに与えられた部屋に入っていった。
***
魔族の象徴たる闇の魔力。 何故レイアが……? そもそも、あのアジ・ダハーカと言う奴が言った『四大魔竜』とはなんだ。 『色欲』の魔王……、そしてあの魔柱。
この旅に出て、世界の汚れた部分の片鱗を見た気がする。
それより、レイアだ。 あいつは魔族、なのか?
でも、アジ・ダハーカから俺達を助けてくれだでないか。 そんなレイアが神の悪心より生まれ出でたものな筈がない。
恐怖、不安、不信、裏切り、虐待、嘲笑、惨殺……、笑み。
自分の嫌な過去が薄っすらとに再現されている。 忘れかけていたのに思い出してしまったではないか。
……でも、だからこそ俺は深層の中でレイアという人物に期待していたのか?
太陽の様な明るく、呑気で、平等で。 深層の自分の人に対する不信感を払拭してくれそうで。 依存しかけていたのか?
だからこそ、レイアは魔族では無いであって欲しいという願望が強く心を染めているのだろうか?
まだ、分からない……、な……。
「ウィル!」と叫ぶ声でウィルフィードは我に返る。 自分はベットの上にいるのを感覚で理解し、聴こえた声からメダだと判断した。
「すまん、考え事をしていた」
「考え事をすると現実を忘れる。 悪い癖だな」
メダはやれやれと鼻息を漏らす。ウィルフィードは腕で顔を隠した。 するとメダが聞いてきた。
「レイアの事、国王には話すのかい?」
「……、……いや、話さない。 何されるか分からん」
顔を覆った黒い髪の青年は間を置いてから答えた。 レイアを信じるという結果にたどり着いた。 昔からウィルフィードの側にいて、母の様に接してくれる愛竜メダは息子に等しい彼の様子を見て、「そういえば」と前置きし、言を紡ぐ。
「あのロメリアっていう子。 シアリィを預かる時に近くで顔を見れたんだけど、あの顔の感じ、昔に見たことがあった」
「いつだ?」と訊くウィルフィードの言葉にメダは黙り込んでしまう。 それを察し、
「気にしなくていい。 国王も言ってた。 過去を恐れては前には進めない」
それに反射の速度で俯いた顔を上げるメダは口を開く。
「ウィルの故郷、カリストスが帝国に侵略された日だ」
ウィルフィードは一瞬、嫌気を起こす。 直ぐに自分が言い出した事だと、自省の念が起き、大人しく聞く。
「それで当時まだ幼い君が死にかけていた状態から、敵ながら逃がしてくれた人にそっくりだった」
「……確かにな。 そうすればあの時の発言が理解できる」
でも、何故森にいたのかが理解出来ない点ではあった。 最初にロメリアと出会った時の彼女の言動から帝国から逃げたのか。 『色欲』の魔王と聞いた途端に急激に発せられた殺意。 そして、闇の魔力を使ったレイアに対する憎悪。 何者か謎が多い。
***
一方で、リンは部屋の窓からミレトスの風景を眺めていた。 リンもリンで、レイアに対する複雑な気持ちはあった。 しかし、自分の復讐心が大きかった。
ルクスリアと遭遇した事で復讐の芽に水が注がれ、皮肉にも立派に育っている。 だが、その花を咲かすには力不足だ。
傷一つ与える事が出来ず、瘴気を浴びて金縛状態になっただけ。 なんとも情けないのかとリンは歯をくいしばる。
復讐心に支配されればされる程に、力を求めて身体が疼く。 弱い自分なんて要らない。 奴を跪かせ、 泣き喚く姿を見る為に。 力を欲す。
王国を俯瞰するその顔は、酷く歪んでいた。