第13話 苦の終わり、新たな予感
永遠と続く痛覚を与える七転八倒の《苦痛の魂》と、敵から痛覚を与えられるとその分だけ力が上昇する、諸刃の剣の《復讐の魂》。 明らかに後者の方が有利である。
その為、生命最大の恐怖である死を回避しようと、不利な方は逃げるのも必然。 だがそれも叶わない。 左の翼はもう無い。 急いで修復しても間に合わない。 それらの状況から得られる答えは、アジ・ダハーカの死だ。
「二つの首を落とされちゃってさ、なんて惨めなんだろうなぁ」
黒く髪を染めたレイアは必死に笑いを我慢した様に薄ら笑いをする。 彼は握り潰してしまいかねない力で槍を持ち、身体の近くで回転させる。
「人間の身体も悪くねぇな。 ……さて」
レイアは一切の光の筋の無い紅き目で、アジ・ダハーカの赤き目を睨む。 それに臓腑を優しく嬲られる様な感触にあい、怯んでしまう。
その一瞬を瞬き一つすら許さない速度で、巨躯の黒竜の腹に飛び蹴りを入れる。 その衝動に後方に転倒する。 さっきの落下音と同じ音の大きさを放ち、草を潰し大地には大量の圧力をかけた。
転倒し仰向けになるアジ・ダハーカの顔にレイアは立つ。 すると、槍の石突を真っ黒な天に掲げて、黒竜の大きな右の赤き瞳孔に槍をぶち込んだ。 角膜は破れて水晶体を破壊し、目ん玉の中を抉り、視神経を裂いた。
その猛烈な痛みに声にならない声で絶叫する。 槍を雑に抜かれ目があった部分からは紫色の血が溢れて止まらない。
「テメェも他の者にやった事だろう? 同じ事を味わえや」
どうやら奴はただでは殺さないらしい。 アジ・ダハーカ自身がやってきた事をやるつもりだ。 目には目を歯には歯を。 報復律に則ってボロボロの哀れな黒竜をゆっくりと死に追いやる。
牙と爪を折り、首の骨を砕き、片方の目を潰し、舌を切り、腕を斬り落とし、腹を裂き、内臓一つ一つを破裂させる。
「……これは……、レイア、なのか……?」
その光景にウィルフィード達は絶句する。 いつものレイアは太陽の様に明るく、誰かの心を照らす人間だ。 しかし、そこに太陽は無い。 あるのは深淵の夜。 そうとしか言いようが無い。
もう既にレイアを襲っていた苦痛は無くなり、力も坂道を下る様な勢いで抜けていった。 もう奴は死んだ。 そしてレイアには奴の鱗を砕く力も無くなった。 けれど、尚も脳を潰そうと穂先を突き刺す。 鉄が弾かれる音が幾度も響き渡る。 だが途中で再びレイアの魔力は底の手前までに到達し、力尽きてその場に頭から倒れる。
そして朝日が昇り、世界を鮮明に照らし始めていた。
「終わった、のか……」
驚異的な力を見せつけた巨大な黒竜は死んだものの、後味の悪い終わり方にウィルフィードは右腕を抑えながら呟いた。 愛竜のメダとリンが横に来た。 視線は一緒、黒竜の亡骸と倒れた髪色がいつも通りになったレイアを見ていた。 そしてその手には形状が戻った槍がある。
「? ……なんだ?」
とリンが言うと、アジ・ダハーカだった物が塵となり、風に乗って無くなっていく。 それにうつ伏せになってたボルドー色の髪の少年は地面に身体を叩きつけた。 そこに行こうと一歩を踏ん張って出す。 しかしシアリィをおぶっているロメリアが止めてきた。
「待って。 これからどうするんだ?」
「……そうだな。 少し癪だがミレトスに一時的に戻る。 すぐそこだからな。 君も来るか?」
ロメリアは無視してレイアに視線を向けたかと思えば、また戻して訊ねた。
「……あいつはどうするんだ?」
「もちろん、連れてくさ」
ボロボロになったキトンを手に握った。 ロメリアは元々、レイアに対し不信感を抱いていた。 出会った時からあの男、帝国の王と同じ類の物を感じたからだ。 そして案の定だった。
「あいつは闇の魔力を使っていた。 それが何を意味しているか分かるか?」
ウィルフィードも薄々勘付いていた。 それらは空想上の物だとばかり思っていた。 ルクスリアといい、アジ・ダハーカといい。 人だけど、人ならざる雰囲気を放っていた。 竜だけど、竜とは一風変わった見た目をしていた。
それは何故か。 魔族だからだ。 魔族とは数千年前に全滅したと言われる民族。 そして魔族の証とも言える闇の魔力。 それをレイアが持っているのだからロメリアがそう考えてもおかしくは無い。 実際、ウィルフィードもメダもリンもそう思っている。
でも、そうでは無いと願望が勝ってしまう。 これまでの彼を見ていても邪悪な感じは無いし、アジ・ダハーカから守ってくれた。 しかも、記憶喪失なのだから尚更信じたくは無い。
ロメリアは彼らのレイアに対する表情を見て察した。
「じゃあこれまでだ。 私は森へ帰る。 精々殺されない様に」
「そうか……、巻き込んでしまってすまなかったな」
それを聞くとロメリアは背に乗っていたシアリィをメダに預け、踵を返して森へ向かった。 都合が悪かったからだ。 レイアに対する不信感や恐怖感も、もちろん歴とした理由だが、一番に自分の名前を王国の物に知れれたく無かった、それもある。 なので同行はしなかった。
背が見えなくなるまで見送ると、ウィルフィードはレイアを担いで、メダとシアリィ、そしてリンと共に一時的帰還をしに、足を運んだ。
***
時は少し遡り、ルクスリアがアジ・ダハーカと別れた直後のこと。 一旦木々の暗闇に身を隠し、息を整えていた。 魔力も少しばかりか回復した。 再び竜の頭部の石像の付近へ移動すると、黒い髪の幼い少女が顔を地面につけて寝ていた。
ルクスリアそれを感じ取り一瞬驚くも、すぐに狂気な笑みを浮かべる。
「さあァ、起きなさい。 インヴィディア」
その声を目覚ましに、幼女はゆっくりと身体を起こす。 目が完全に開いておらず、手で擦る動作はとても愛らしかった。
「ん、ん……。 あれ? ルクスリア姉ちゃん?」
「そうよォ。 ルクスリアよ。 貴方も目覚めたのねェ」
インヴィディアと呼ばれた可愛らしい幼女は周りを見て不思議に思う。
「あれ? みんなは?」
「皆んなはねェ、まだ眠っているのよォ。 ただ一人を除いて、ね」
黒い髪の幼女は自分の人差し指を口に咥えながら、「だれぇ?」と聞くと、悩んだ顔で答えた。
「アヴァリィティアよ」
(さて、この子は問題無いとしてェ……、奴はどうしましょォ。 帝国の王なら何処か軍事力のある国とぶつけるか? でもどうしようかしらねェ)
「ねぇねぇ、あたしお腹すいた」
熟考するルクスリアを現実に引き戻したインヴィディアは跳ねながら空腹を示した。 考えるのは後でで良いかと思い、インヴィディアの手を繋いで連れて、魔獣狩りのいる所を探しに森の奥まで歩いた。
内容的には一区切り終えました。