第12話 二つの力
ウィルフィードとメダは尚も黒い鱗の波に追われていた。 最初にこの攻撃を見せつけられた時と比べると、遥かに少ない。 なので、森へ入って低空飛行をして、木々やそこらにいる魔獣に盾になってもらいながら、その数を減らし、残りは自分の風の魔力で生み出した刃で全て落とした。
リン達の元へ戻ると、ロメリアが巨大な黒竜のアジ・ダハーカの右の首を切り落としていた。 その断面からは紫の血が身体を伝い、緑の野原を紫で染めた。 切り裂かれた首は頭から墜落し、地面を揺らす。
「この調子なら、いけるぞ!」
活路を見出したウィルフィードは、冷汗をかきながらも笑みを浮かべた。 リンとロメリアは一旦奴から距離を取るため、飛行するウィルフィードの下に着地した。 するとアジ・ダハーカは不敵な笑みをこぼした。
「ハ、ハ、ハ……。 聖族ニ、首ヲ、斬ラレルトハ……、封印ノ効力ハ、凄マジイナ……?」
奴の言う封印とは恐らくだが、ルクスリアが起こしたあの魔柱の事だろう。 ウィルフィードは途中から来た為、あの時何が起こったか理解出来なかった。 ただ、何かに魔力を注ぎ込んでいたのは分かった。
巨躯の黒竜は続けて言った。
「ダガナ……、聖族。 オ、前達ノ終、止符ハ……、既ニ、打タレテイル……!」
長い首の後ろ部分から鱗が全部剥がれ、その一部はウィルフィード達を立体的に追い込み、ドーム状で覆って脱出不可となる。 その他の鱗はアジ・ダハーカの二つになった口元で球を作った。 そして何かが充填される様な高い音が響いた。
「な、何が起こるの?」
「これの音は……。 不味いです! 魔力砲が来る!」
不安がるロメリアを更に死の不安に追い込むリンの報告は最早、死亡通知の様な物だった。 通知に抗うべく、ロメリアは魂の力で三重にバリアを展開する。
魔力砲、竜種の場合は別名でブレスとも言われており、竜種最大の攻撃法だ。 そんな魔力砲が充填完了し、口元にあった球状になった鱗を取り込んだ。 大きく首を後ろにやってから勢いをつけて、鱗のドームで囲ったウィルフィード達に狙って口が裂ける程開いてブレスを放った。
極太の闇の魔力は鱗を乗せてあっという間に直撃し、鱗のドームは弾き飛び、崩れ、中にあった緑透明のバリアに世界に鳴り響く衝突音を合図に盾と矛の勝負が始まった。 一枚割れれば、また一枚を瞬時に創り出すも、空間的にも限度が来て多少勢いの弱まった魔力砲に苦痛を叫びながら、武器を盾にして食らってしまった。
「ガアァァァァアアアー!?」
魔竜砲により、身体が燃える様に熱くて苦しい。 それに追加攻撃の様に魔力砲の勢いに乗った鱗が更に痛めつける。
攻撃が終わると大地を深く抉り、煙を立てる所にウィルフィード達は鮮血で体を染め倒れていた。 辛うじて浅く息はあるものの三人と一匹は痛みで動けない。
だが、真に恐ろしいのはこれからだった。
「《苦痛の魂》……」
その言葉と共に、ウィルフィード達に更なる苦しみを与える。
身体の底から込み上げる無数の針に刺された様な痛みを臓腑に喰らう。 時間が経過する程疼く臓器の痛みに耐えられない。
悶絶して、嗚咽して、悶絶して、嗚咽して、悶絶して、嗚咽して、悶絶して、嗚咽して、悶絶して、嗚咽して、悶絶して、嗚咽して、悶絶して、嗚咽して、悶絶して、嗚咽して、悶絶して、嗚咽して、悶絶して、嗚咽して。
苦しみと、苦痛と、苦しみと、苦悶と、苦痛と、苦悶と、苦しみと、苦悶と、苦痛と、苦しみと、苦痛と、苦悶と、苦しみが支配した。
胃液を吐き、悶えながら足で地面を掘っていく。 何が起こっているのか分からない。 痛すぎて、痛すぎて、死にそうなくらいに痛い。 だが死なない程度の痛み。
「死、ナドト言ウ安息ハ、オ前達聖族ニハ……ヤラヌ。 我、『苦』ノ竜ノ、名ノ下ニ……、永遠トソコデ苦シムガ良イ……!」
《苦痛の魂》、それはその魂を持つ者の血を体内に取り込みと、永遠の苦しみに襲われるという、殺す事より質の悪い力だ。 アジ・ダハーカの攻撃法の一つの硬い鱗を活かした攻撃。 その鱗には微量のアジ・ダハーカの血が染み付いていたのだ。
高笑いをするアジ・ダハーカは叫ぶウィルフィード達を蔑む四つの赤き視線で見下ろした。 空を埋め尽くす大きな翼を広げると、風を起こし飛翔した。
「サラバダ……!」
と言うと右の首を置いて、紫の血を流して何処かへ飛んで行こうとした途端、奴の左翼を高速で飛んできた槍に穿たれ、落下する。
墜落すると地震が起こり、地面が凹んだ。 巨大な質量を持つアジ・ダハーカにとって高所から落ちるのは致命傷で、頭蓋骨をはじめ、様々な骨が木っ端微塵になった。
地震に巨大な落下音が聞こえた途端、《苦痛の魂》の効果が消えた。 何事かと荒く酸素を肺に取り込みウィルフィード達は産まれたばかりの子鹿みたいに立ち上がり、小さく片目を開く。 すると目に映ったのは黒く髪を染めた人物の背中だった。
「……だ、れだ……?」
そう呟くと闇の如く黒い髪の者はこちらを見た。 その顔立ちはレイアのそれだった。 レイアは怒り狂う目で見てきたが、直ぐに落下音のした方へ向き直し、ゆっくりと歩いていった。
それよりも魔力警告で完全に回復していないのに、何故動けるのか疑問だった。 後ろを見ると無傷だが寝ているシアリィを見つけ、ロメリアはおんぶする。
落下音を生み出した左翼を失い、血が滴るアジ・ダハーカの元に到着するとレイアは口を開いた。
「テメェ……、『苦』の竜アジ・ダハーカか……?」
生きとし生ける者全てが戦慄で背筋を凍らす声にアジ・ダハーカは沈黙しながら弱々しく立ち上がり、質問に無視して首の後ろの新しい鱗を引き剥がし、黒き波はレイアに容赦なく降りかかる。
「チッ……、死に損ないが」
独り言の様に呟くレイアは一切避けようとはせずに、堂々と黒き波を受ける。 威力に押されて思いっきり木の幹に身体を打ち付けると臓器が破裂し、大量の血を吐いた。 アジ・ダハーカの血を少量取り込んでしまったレイアに苦しみの針が刺さる。
「貴、様……、 ソノ魔力、『影』ノ竜の物、カ……?」
「影ぇ? テメェ、馬鹿にしてんのか?」
苦痛に絶句するレイアは巨大なアジ・ダハーカを睨みつけ、その疼痛に耐えて左手に闇の瘴気を発すると、奴の左翼を穿った槍が段々と姿を現した。 槍は闇の魔力の影響を受けて黒と紫に変色し、姿も歪で畏怖の形状と化していた。 その姿にロメリアは艱難辛苦の顔で歯をくいしばる音を出す。
黒髪のレイアは槍を握り、《苦痛の魂》の影響を受けながらもアジ・ダハーカの左の首に穂先を向ける。 巨大な黒竜は楽観視していた。 鱗で守られている為、刃は通らない。 しかも核である真ん中の頭の脳を潰さない限り死なない。 頭蓋骨の修復は既に終えた為、右の首に生命力をつぎ込めば完全に復活する。
だが、そんな楽観的思考も虚しく、レイアの槍は鱗を砕いて左の首を落としていた。
「ナッ……!?」
「《復讐の魂》ねぇ……、良いね」
背後に呟き声が聞こえて咄嗟に後ろを見ると、気色の悪いにやけをするレイアを確認した。 アジ・ダハーカは奴の魂の力でやられたのを一瞬遅れて理解した。
さっきまでとは違う、圧倒的な力量を感じる。 名称から考え得るその能力は、身体的外傷や痛みを感じると、魂がその痛覚に比例して力を跳ね上がらせる。 という物かとアジ・ダハーカは推測した。
ならばこれ以上攻撃は止めようと思ったが、己の魂の力の所為で奴の力はぐんぐんと際限無く上昇していくのを感じ取り、死という絶対的恐怖を初めて味わった。