第二話 アンデットと魔力
ダラダラと説明が長くなった気がするので、後書きに要点をまとめておきます。飛ばしていただいても大丈夫です。
俺はしばらく念話を通じて彼女から情報収集をした。
第一に、俺は脳を損傷したらしく、記憶の大部分が失われているようだ。損傷した脳を補う形で魔石を埋め込んでくれたおかげで、魂は無事だったらしい。
それに、脳付近に魔石があるおかげで身体のどこも動かす事が出来ないが、視覚、聴覚や思考回路自体は稼働している。
失った記憶を戻す方法もあるらしいのだが、お互いの思案の結果は、まず自分の身体も満足に動かせなければ話にならない、ということだった。
<さて、これから君の身体を動かす訓練を始めるわけだが、まず確認しておくことがある>
<君は生前、魔力を感じることが出来たかい?>
いや、出来てなかったと思う。そもそも俺は魔力を持っていたのか?
<うん、この世の万物すべてには魔素が宿っていて、生物は個体差はあれど、魔力を宿しているよ。ただ、人が魔力を感じるようになるには、おおよそ二通りの方法しかなくてね>
<一つは「魔法」を身体に受けること。もう一つは先天的に魔素貯蔵容量が人よりも多いこと>
あぁ、どれも俺には当てはまりそうにないな。魔法を食らったことがあるなら、それこそ魂に刻まれているだろう。
<そうだね。……そうか。わかった>
<訓練の前に、君にはまず魔力と魔法について説明しないといけないね>
こんな状況で更に勉強なんてしたら、もう脳の処理限界を迎えそうなのだが。
<はは、処理する脳は殆ど死んでるようなものだから大丈夫だろうさ>
念話による、論理を頭に叩きつけられる夢みたいな魔女の授業が始まった。
――魔力。魔素を宿す生命体が生きる為に必要なエネルギー。どんな生き物であろうと、体内の魔素を微妙ながら魔力に変換し、生命活動を行っている。
ただ、生命活動に使うだけの魔力は雀の涙ほどで事足りるため、その力を感知する者は少ない。
ただ、エルフ族やドワーフ族、魔族などの亜人種は先天的に魔力の限界量が多く、生まれた時から魔力を感じる事が出来る場合が多い。
――そして、魔法。魔法は体内の魔力を様々な事象に変換し、体外へ放出する技である。この魔力の変換には二種類ある。
一つは体内に宿る魔力回路。これは人間族にはない。エルフの耳や生まれつき身に刻まれる森の紋章、ドワーフの頑強な筋肉、そして魔族の角。
これらは魔力回路を有していて、これにより、彼らは魔法を行使できる。だが、回路の形は決まっているため、使える魔法は限られてくる。エルフなら風魔法。ドワーフなら土魔法。魔族ならばその名の冠すように、原初の「魔」法という具合だ。
もう一つの変換方法は、周りに存在している精霊の力を借りることだ。この方法は人間にしか使えない。
というのも、亜人種は種族霊が存在し、その精霊の力しか借りれない。それならば、持ち前の魔力回路を使った方が手っ取り早い。
故に、言霊を詠唱し、精霊の力を借りるのは人間のやり方というわけだ。それでも所詮は借り物の力。亜人種の魔法と比べると7割ほどの変換率になる。
それに、人間では魔力を感じるようになる者が圧倒的に少ない。魔法をかけられる。即ち、大量の変換魔力をその身に受ける事が少ないからだ。
そのため、いまだに人間社会では魔法使いは奇異の目で見られる。中世の魔女狩りがその名残だ。
<……と。今はこれくらいで十分かな。なんとなく分かったかな?>
なんとなく分かったが、そうなると、今の俺はどうなるんだ?肉体は死んでいるから魔素は抜けるだろうし、亜人種でもないぞ?
<そう。問題はここから。本来、アンデットには魔素は宿らないから、埋め込んだ魔石に術者が魔力を流して制御するんだけど、君は埋め込んだ魔石を心臓や脳として動いてる訳なんだよね>
<こんな例は今までないから確証はないけど、君がその魔石から流れ出る魔力を操って、血液のように、又は神経のように全身を巡らせる事が出来れば、人間だった頃と変わらない動きが出来るかもしれない>
<さてと、説明も済んだし。君も頭だけじゃなくて体も動かしたくなってきただろう?>
彼女は魔女とは思えない、妖艶とはかけ離れた健康的な笑みを浮かべてそう言った。
体を動かす訓練。
俺はてっきりこのままベッドに半寝になった状態から首から胴、腕、腰……といって順番に動かしていくみたいな事を想像していた。
彼女の訓練は少し予想を超えていた。彼女は手を離し、念話をやめた後、杖を握った。
杖が振るわれると、俺の体は立ち上がり、部屋を出て、庭の中央に立つ。
体が独りでに歩くこの感覚は白昼夢や明晰夢のようなものなんだろうと感じた。
庭は子供数人が遊びまわれるくらいには広く、周りは大樹で囲われている。
「君は今、私の制御で、そこに立っている訳だけど、今からその魔法を解く。そうすると君は力無く崩れ落ちるだろう。だから君は、そうならないよう魔力を体の隅々に伸ばすイメージを固めて、力を入れておくんだ。」
俺は体をパーツごとに分割して考えることにした。
頭、胴、腕、腰、脚。それぞれに魔力を流し、骨組みを形作るイメージ。
イメージが固まったのを魔力の流れで察したのか、彼女は杖を少し下ろした。
俺の体は彼女の制御から離れる。
……結果は失敗だった。なんとか立ち続ける事は出来たものの、歩き出そうとした瞬間、バランスを崩し、そのまま真っ直ぐ倒れた。
痛覚がないのが救いだった。
「はは、骨っていう例えは悪くはないし、今のイメージでも、慣れれば動かせると思うけど、ゴーレムみたいなカチコチで面白い挙動になるよね」
そう言って彼女は肩を震わせていた。
「ごめんごめん。余りにもシュールでさ。次は魔力を流動的に全身を巡らせてごらん。既に、魔力は君が生きる為の力だ。吸った酸素が体に浸透していくように。心臓で送り出した血液が全身を駆け巡るように。そんなイメージで動かしてごらん?」
俺は難しい事は考えないことにした。流れ出る魔力を呼吸をするように全身に運び、循環させる。ゆっくりと、体の隅々まで行き渡らせる。
体の脈動を感じた。死んでいた体が再び熱を帯びたような感覚だ。
今なら指の先から足先まで感じられる。
俺はゆっくりと立ち上がった。
「おお、たった二回でコツを掴んだのか。やっぱり君は順応性が高いね。アンデットの才能があるんじゃない?」
俺は気づいている。彼女が杖のほうから少しずつ魔力を流し、ポンプのように循環させる補助をしてくれていたことを。
だが、そんな事は今はいい。
「アァ、あぁ、コホン。そんな才能があってたまるか。まあ、いいさ。声も出せるようになったんだ。そろそろ我が主の名前を教えてもらえないか?」
久々の発声は喉も枯れていて、ひどくしゃがれたものになった。
「そうだね。一応、形式というものもあるしね」
彼女は小さく咳払いをした。
「我が眷属よ。汝の魂に刻むがよい、我が名はリタ。リタ・アークライト。我が主従の命に於いて、其方に眷属としての名を与える。生前の名を申せ」
「レオだ。レオ・パーシフィス」
「そうか。では、これより汝の名はレオンハルトとする。第二の生を我の為に捧げよ」
俺は自然と目の前の魔女に跪いていた。
俺の肩に優しく手が乗せられる感触があった。
<……とまあ、堅苦しい儀式は終わりにして。これからよろしくね、レオン>
その微笑を目蓋の裏に焼き付け、やはりこの女は魔女であると痛感した。
魅了の魔術も使えるとは。
アンデットは術者の魔力で動くよ。
そもそも魔力はエルフやドワーフなどの亜人種が多く宿していて、魔法を使えるよ。
人も使えない事はないけど、魔法を受けた事があるか、先天的に魔力量が多くないと魔力そのものを感じれないよ。
ただ主人公レオは特殊なケースのアンデットなので自分で魔力を制御出来れば、術者に頼らず動けるよ。
なんとかコツを掴んで、はじめての会話をしたよ。
レオは主従の命により、レオンハルトとして生きる事になったよ。