7、今まで一度も失敗した事ないんだよ
手紙を読み終えたマリアはダニエルに渡して言う。
「期限を切られたわ」
ダニエルは渡された手紙を読む。燭台の近くでなくても読めるのはドワーフだからだ。窓が完全に閉ざされた部屋、暗く静かな部屋に二人。
「もう出来てるのかなん? 」
マリアは笑顔で答える。
「内緒」
「これはいかん、その顔をスキヤキには見せないでくれよ~。またタダ働きになる」
ダニエルは髭に隠れた口許から歯を見せる。哲学者みたいな風貌はやはり可笑しいとマリアは思いながら答える。
「払えるだけのものはきちんとお支払いします。それに昨夜伺った宝石なんですが……」
マリアはひとつの宝石箱を取り出す。マリアが開けようとするのをダニエルは押し留めて伝える。
「宝石を見ると引き込まれる。欲しくもなるしい」
マリアは少し左上を見上げる。それから頭を振り、ダニエルに向けて答える。
「必ずリリィを助けてあげて下さい」
ダニエルはポケットからウイスキーの瓶を取り出すと口に流す。
「スキヤキは勝手に納得してたが、ワシには少し説明してくれるかなん」
マリアは目を閉じる。両手を握る。
「妹なんです。腹違いの妹なんです」
すっと目を見開く。
「私の父はある小さな集落の長でした。どちらかというと野蛮な部族の。父は野蛮な人には思えなかったけれど、村で一番の強力な魔法使いでしたし、部族の掟には従っていました。敵対する部族は力で従わせる。そして全てを奪い尽くす。私は正妻の子で、あの子は……」
「すまないね。で、その部族は帝国に滅ぼされたということでいいのかなん? 」
部屋には香が焚いてある。どこか落ち着く薫りが寂しい。
「帝国の開明派は一番の勢力だと聞いています。だからこそ何とかリリィを」
廊下から賑やかな足音が聞こえてくる。マリアは戸口に視線を向けるが、ダニエルが肩を叩く。ダニエルは大丈夫だと呟く。
「服を買ってきました! 」
リリィが戸を開けると同時に大きな明るい声で発表する。
「あら、見せてくれる? リリィ」
「まだ駄目なの」
リリィは笑って拒否する。スキヤキは苦笑いをしながら、リリィの髪をわしゃわしゃと乱す。髪を乱されたリリィはスキヤキに噛みつく勢いだ。
「さて、俺は準備出来たぞ」
ダニエルは先程の手紙をスキヤキに渡す。
「明日、私はフッガー家に招待されてるの。そこで研究成果を披露しろって」
「マリア様、研究を発表したくないんでしょ? 止めたいんでしょ? 逃げればいいじゃないですか? 」
マリアは首を振り、天井を見上げる。綺麗な模様が天井には描かれている。
「私が生きている限り、フッガー家は、いえ、帝国の開明派は諦めないわ。逃げ切る事なんて出来ないのよ」
「マリア、明日どうするつもりだ? 」
静かに力強く宣言する。
「研究して作った魔道具を暴発させる。私と、私の研究で戦争なんてしようと思ってる人達をまとめて吹き飛ばすわ」
そして、マリアはリリィの手を握る。しっかりと力強く握る。妹が口を開くのを許さないように、自分の決意が鈍らないように、彼女は手に力を込める。
スキヤキはシナモンスティックを口に咥える。煙草でないことを本当に恨むように、思い切り息を吸い込み、ゆっくりと吐く。
ダニエルは宝石箱を静かに革のバッグに入れる。これを無くすわけにはいかないと大事に扱う。
「フッガー家の中庭で実験するんだよな? 」
「そのはずだけど……多分ね」
「デカイ屋敷だが、強い魔法を実験させるなら、あの場所しかないからな」
マリアはスキヤキの発言の意味がわからない。
「生きて、しっかり死ねるように実験の直前まで側にいるさ」
「見届けてくれるの? 」
マリアは少し可笑しくなる。
「ああ、そうしないとマリアが殺されるだけ、なんて最悪だろ? フッガー家の奴らをきちんと道連れにしないとな」
「フッガー家の庭の中でも、小夜鳴鳥は私を殺せるの? 」
シナモンスティックを手で弄びながら、スキヤキは答える。
「今まで一度も失敗した事ないんだよ、あの鳥は。まあ、でも安心してな」
「俺が守るんだから」