6、人間はエサじゃない
「何で今、服を選んでるの? 」
青色にするか、緑色にするか、真剣に悩むスキヤキ。そんな民族服を選んでいる彼にに対しての言葉だ。
「マリアさんの緑の髪、白い肌、紅い唇、あの絶妙な組み合わせにアリなのはどっちかなあ? 」
もちろん、リリィは買い物、それも服を色々見たり、選んだりするのは好きだ。
「多分、こっちの青色。髪の色がはっきり映えるから」
スキヤキは、うんうんと頷く。
「だよなぁ。じゃあ、この青色でマリアに合うサイズのを探してくれ」
「いやいや、遊んでる場合ではないんです! 」
首をひねって、ああ、思い出したとばかりにスキヤキが応じる。
「リリィのも買うぞ、何色がいいかは自分で選べな」
五色程ある民族服を並べる。リリィの茶色の髪と服の色を交互に見ながら、スキヤキは自分で選ばずに口を開く。
「自分のから選んでいいから、マリアのも頼むぞ、マリアが絶対に喜びそうなのをな」
「いや、意味わからないんですけど」
「リリィがここ最近疲れてる様子だって、マリアが心配してたんだ」
「私の事はいいんです。マリア様を守って欲しいんです」
スキヤキは口調を変える。おどけた表情を残したまま。
「マリアの命は救う。だが、ここで生きていくのは無理だ」
リリィは気づく。ここは無理?
「助けるって言ったじゃない」
「だから命は助ける」
リリィは首を振る。
「マリアがなんで逃げなきゃいけないの? 」
「彼女の研究が悲劇を生むからさ」
スキヤキは木製のコップに入れられた乳酒を飲む。甘酸っぱい味で飲みやすい。アルコール度数が低いのだけが残念だと言わんばかりに首を振り、コップを見つめる。
「どういうこと? 」
「魔法が誰にでも使えるようになるって素晴らしいと思うか? 」
リリィは強く頷く。彼女はほんの少しだけ魔法が使えた。1日コップ一杯程度の水を産み出せる。だが当然、屋敷の仕事では何の役にも立たない。
マリアは老男爵に拾われただけで有名なのではない。様々な魔法が使えるから有名なのだ。大抵同系統の魔法を1種類か2種類か使えるってのが常識の世界で彼女は偉大だ、そう、リリィは考えている。
リリィは自分も魔法がもっと使えればマリア様の役に立てるのに、研究の力になれるのにと思っている。
「戦争に利用されるんだよ。少なくともマリアに研究を続けさせようとしてる連中は利用するつもりだ」
リリィはゆっくりと頷く。なんとなく草原を思わせる匂いが広がっている古びた店の天井を見上げる。ろうそくの灯りがボンヤリと広がっているが、ろうそくの匂いも違う。
リリィに戦争の記憶はない。だが自分が孤児、それも戦争によって孤児になったという事は教わっていた。
「だから逃げるの? 」
「だから逃がしたい」
スキヤキはコップに残った乳酒を飲み干す。
「リリィ。マリアは戦争嫌いなんだろ? 優しい人だと思ってる。自分の事より周りの人の事を心配するような人だろう? 」
リリィはマリアの両親が戦争でなくなったと聞いていた。
「だいたいが戦争なんてするのは人間くらいさ」
「魔族は? 」
スキヤキは笑い出す。
「魔族にとって人間はエサだろ? 」
リリィは目をむいて答える。
「人間はエサじゃない! 」
「牛も豚も鶏も羊も自分の事をエサじゃないと思ってるだろうさ」
スキヤキの冷たい響きが、リリィを嫌な気持ちにさせる。
「相変わらず、ぶっ飛んでるな、スキヤキ」
「ゲイウス、二日後の夜、出発できるか? 」
大きな身体で、どんと胸を叩いて頷く。
「スキヤキの頼みは断れない。何でも言ってくれ」
「リリィ、彼らは自然とともに生きている」
スキヤキはリリィに再度視線を合わせて、今度は優しい笑顔を作って話を続ける。
「羊料理は美味しいぞ」
リリィは色んな事がいっぺんに頭の中に入ってきて、よくわからなかった。
ただスキヤキが、白鬼人達と逃げるんだと言っていることはわかった。
「お嬢ちゃん。怖がらないでくれ。ガリウスみたいな馬鹿ばっかりではないんだ」
ゲイウスは顔とは全然違う優しい語り口で話す。いかつい身体と同じで、声自体に迫力はあるのだが。
「トゥルク人は約束は守る。スキヤキには以前助けてもらった。スキヤキに恩返しする為にも、お嬢ちゃんともう1人くらい匿える。帝国は嫌いだしな」
スキヤキが今度は真面目な顔で、リリィに話す。
「マリアは逃げようとしないで、自分が死ぬことを選ぼうとするかも知れない。その時、死ぬことを止められるのは、リリィだけだ。必ず、二人で逃げるんだ」
繰り返して伝える。
「必ず二人で逃げるんだ」