5、偽物からですよ
音を立てずに進むのは当然だ。
何時だって同じだが、情報があるほうが有利なわけで、寝首をかくほうが圧倒的にやり易い。
スキヤキはこれまでの借りを一気に返せると聞いた時から油断はない。状況的な意味合いか含まれているにせよ、手強い相手なのは間違いがない。
それに敵の敵は味方という言葉があるが、敵の味方は敵だよなとも考えたのだ。例え、悪徳商人を襲うスタンスが嫌いではなくとも。
他のテントと何も変わらない、そのテントに入ると、寝台から飛び降りる女性が目に入る。赤い長い髪、美しい片目。
「挨拶もないのか? 」
「恥ずかしがり屋でさ」
挨拶と呼べない会話を交わしながら、お互いに得物を抜く。スキヤキは使い馴染んだ日本刀を、片目のアールマティは細い剣を構える。眼帯のある方から攻めるのがオーソドックス。彼女の眼帯は左目、つまり彼の利き腕側から攻められる。だが、右利きが多いこの世界で、生き延びてきている剣士として、彼女は容易にそちらの位置を取らせない。
「斬り合わないなら、自己紹介でもしてくれないか? 」
じりじりと足を運びながら、円を描くように二人の位置はまわる。
スキヤキはアールマティの言葉の呼吸から動き始めようとするが、彼女の動きを見て止める。完全に彼の動きを読んでいるかのように彼女が動こうとしていたからだ。
「いや、これは楽しい」
そう言うと牽制と思える斬撃を繰り出す。そこには信じられない膂力が乗っていた。軽く振るっているはずの一撃一撃に必殺の力があり、刀を合わせるので精一杯だった。
スキヤキは判断を下す。
「いやあ、流石です」
そう言って、刀を合わせず、後ろに転がる。そして、刀を下ろす。もちろん刀を仕舞いはしてないが、交戦の意志がないことを見せる。
「それで逃がしてもらえると? 」
「真紅の月を名乗る人に逢いたくて」
アールマティはじっとスキヤキを見ている。細い剣を軽く伸ばす。彼の目の前に伸びた剣はそのままに話を始める。
「どこの手の者だ? 」
「いやあ、探しましたよ。で、考えたんです。悪徳商人で襲われそうな奴の側にいたら現れるんじゃないかって」
「悪徳商人は数多くいるだろ? 」
「襲われてた商人の共通点を探してたんですよ」
スキヤキが言葉を切った瞬間、アールマティの細い剣がすっと伸びる。それと、同じ速度で、彼は後ろに飛ぶ。
「もう少し表情を見せるべきだな。それでは信用は勝ち取れない」
スキヤキは舌打ちを堪える。簡単に騙せるとは思っていなかったが、もう少し呼吸を整え、身体を休ませたかった。
「共通点は北進派。通り道の部族からしたら、帝国の本格的な北進なんておおごとだ」
アールマティの表情にやっと変化が出る。スキヤキに表情を求めるくせに、彼女は最初からずっと余裕のある表情を続けていた。笑っているような、笑っていないような……。だが、今は少しだが眉根が寄っている。
「アータル族がまとまって、直接動いているのなんてすぐにバレるぞ? 帝国が本気になればひとたまりもない」
「帝国の密偵か……」
「密偵なら話したりはしないよな」
ここに来て、アールマティは初めてスキヤキに興味を持った。彼女は構えた剣はそのままに思考を巡らせる。油断は出来ないがただ殺すというのもどうだろう、何か聞き出せるか?
「どこの手の者だ? 」
持久戦は不利だ。スキヤキはそろそろ仕掛けなければならない。このテントに不審な様子を感じとれば、周囲の者も集まってくるだろう。そうなれば逃げられない。
だから心を揺さぶる可能性が一番ある言葉を投げ掛ける。
「偽物からですよ、千里眼の姫」




