5、おまえが代わりに殴られろ
「ねえ」
前を進むスキヤキの歩みは早くはない。
「ねえ」
リリィには、ただ、行き先を告げずに進むのが腹立たしい。
「ねえ」
「少しお淑やかに出来ないか? 」
「レディをお連れするなら作法があると思うわ」
「頬を膨らませてるようではお子様さ」
リリィは後ろも見ずに自分の姿を見透かされて、さらに膨れる。
「私はマリア様の代理です。スキヤキがきちんと仕事するか見定めるように言われているのです」
スキヤキはリリィの手を取る。
「この先は少し人通りが多い。手を離すな」
丁度、バザールまで来ていた。非常に活気があり、商人と客とのやり取りが響いている。食べ物に衣料品、果ては魔道具まで置いてある。
魔道具は魔力を道具に注入したり、もしくは特殊な宝石などを使って魔力を高めたりするものが多い。
「今日の仕事は、おままごとかい? 」
店のお婆さんが声をかけてくる。
「この赤いのを二つ」
スキヤキがトマトと呼んでいる果物を買って、リリィに渡した。彼女が礼を言うと、彼は既に果物にかぶりついていた。
「バニラさん、最近、北の人達を見かけたかい? 」
「来ていたよ。毎年のことさ」
ありがとう、と言って通りの奥に入っていく。
「北の人達って? 」
「遊牧民でな、毎年この時期に毛皮や食品を売りに来てるんだ」
「白鬼人の事? あの人達怖いわ」
スキヤキは頭を振り、何言ってると、説明しようとする。
「おう、何もしてねえのに鬼呼ばわりか? 刀持った兄ちゃんがいるからって悪口言っていいのか? 」
リリィが見たのは鬼そのものだった。彼女の倍はあるかのような体格で、肩周りも物凄く盛り上がっている太い首で、ぼさぼさに伸びた白髪、だが年老いてる感じではなく、ギラギラした眼と傷跡がいくつも残った顔と合わせて、まさしく鬼と言えた。
「あぁ、すまない」
スキヤキが謝ると、白鬼はニタリと笑って呟く。
「おまえが代わりに殴られろ」
そう言うと、巨体を捻り、太い腕を振り上げ、見るからに堅そうな拳を降ろしてくる。
スキヤキはその拳をかわす。腕を引き込んで、脚を払って、白鬼の巨体を地面に叩き落とす。
「ぐふっ」
リリィは目を閉じてしまい、何があったのかはわからなかったが、白鬼が地面に転がされている状況に驚く。
「本当に強かったでんすね」
「マリア助けたのを信じてなかったの? 」
「いや、刀で、飛んできた矢を切ったとは聞いたけど、想像できなくって」
スキヤキは懐からいつものシナモンを取り出して、口に咥える。
「白髪が目立つが鬼でも何でもない。この街の人に比べると粗野かも知れないが、残酷なのは街の人間の方さ」
スキヤキは一息つく。
「トゥルク人だ。白鬼人ではない。侮辱するから、喧嘩にもなる。彼らは誇り高い騎馬民族だ」
「すまない、おまえ、悪いやつでなかった」
転がされたままのトゥルク人が謝ってくる。
「ああ、いいよ。それより、その腕っぷしだけで認める文化はどうなんだろな……」
「強さは尊敬すべきものだ」
リリィはやはり理解できないと思った。トゥルク人が立ち上がり、服に着いた汚れを払う。リリィはその埃で咳込む。
「俺はスキヤキ。名前はなんて言うんだ? 」
「ガリウス」
スキヤキは頷くと、少し疲れた声でガリウスに尋ねる。
「ゲイウスさんは今回も来てるか? 」
驚いた表情を作ったガリウスは、少し頭をかしげ、それから納得したように頷く。
「隊長の知り合い? なるほど強いわけだ」
「よし、リリィ。ガリウスに着いていくぞ。今日の予定はゲイウスさんに会いに行く事からな」
ガリウスは道案内に同意する。そして、それからは大音量が続く。
どうして俺はひっくり返された? どうして俺のパンチを避けれる? どうして隊長と知り合いなのか? どうして俺達を詳しく知っているのか?
スキヤキは適当に答えている。自分と同じ動きが簡単に出来ない事を知っているからだ。
転生して得た能力だ、これは特殊な能力だ、練習して身に付く訳がない、そう言えないスキヤキはガリウスに答える。
「自分の強さを磨きな。まずゲイウスを越えろ。まだ限界じゃない」
生まれ持ってくるものが違う。まずトゥルク人としての特徴を伸ばせ。スキヤキはそう伝えたかった。
スキヤキにはガリウスの持つような力強さは手に入らない。あんだけ強かに打ちつけられて、すぐに道案内が出来るようなタフさも、どれだけ鍛えても手に入らない。
一軒の古びた店に着いた。
「今回はここを借りてるのか」
「たいちょーう! スキヤキさんという方が会いにきてまーす! 」
「でかい声を出すな」
そう言って現れたのはガリウスよりも体格が大きく、彼よりも恐ろしくギラギラした眼を持った大男だった。