3、またひとつ仇に近付いたな
まだ完全に暗くなる前だった。日は沈んでいたが、酒を飲む奴等がいる時間帯。寝る者もいればまだ起きている者もいた。完全に寝静まる時間でもなく、夜の見張りの者達も数人いたのだが、警戒を厳しくしていたわけではない。隊商のほとんどは襲われると知らないからだ。
ほとんどの者は何故こんなにも荒くれ者達ばかりが雇われているかなんて気にしていなかった。そんな者ばかりをアラグノールが選んだからだ。力だけを求め、勘が冴える者、知恵が回る者を避けたのだ。
かすかな物音はしていたが、気付いている者がいなかった。飲んで大声で叫ぶ奴もいたからだ。彼等が気付いたのは矢が大量に降り注いでからだった。運良く矢が刺さらなかった者だけが大声で叫ぶ。テントの中にいた者達が周りの大声で目を覚ました時、周囲の驚き叫ぶ声よりさらに大きな鬨の声か響いてくる。
彼等を冷静にさせない、彼等を圧するような雄叫びと共に騎馬に乗った一団が流れ込んでくる。
彼等の近くへ来ると、馬の行き先を少し逸らして、横へ流れ、馬上からさらに矢が放たれる。
停まることなく弓を構え、矢を放って来るのだ。
この最初の突撃だけで、弓だけでほぼ勝敗は決していた。馬上の戦士達が剣を抜いた時には終わったも同然だった……。
周りの叫び声に、助けを呼ぶ声に不安を感じないほど商人の肝は太くなかった。だが、慌てて逃げようともしなかった。
修羅場をくぐって今の位置を掴んだ商人は頼りのエルフを見る。アラグノールは落ち着いて答える。
「ご安心下さい。すべて予定通りです」
商人は知っている。今回は策を、人質を用意しているが、そもそも念の為。アラグノール自体が彼の一番の盾なのだ。そうでなければ人質一人で盗賊団を迎え討つなんて事を考えない。
アラグノールの風を使った魔法の威力はとんでもない。かまいたちの様に周囲の盗賊を切り裂くのを実際に見たことがある。
さらに盗賊の正体があの赤髪どもだとわかっているのも大きい。
赤髪のアータル族が強いのは騎馬から行われる弓があるからだ。
紅の弓。そう呼ばれた一族の弓矢も、風の魔法で矢を防げて、強い攻撃魔法を持つエルフの前では問題ないのだ。
彼等のいる、一番大きなテントにも何本もの矢が射られているが、風の壁で全て落とされている。彼等の身体までは届かないのだ。
彼等の目標はただ盗賊を撃退する事ではない。盗賊の頭の首が欲しいのだ。
バイバルス将軍へ金品の届け物ももちろん準備している。だが、将軍が一番喜ぶのは北への道筋を邪魔する騎馬民族達の排除に他ならないだろう。
商人は強欲だった。そして、それを誇りに思っていた。
美しいテントの幕が切り裂かれる。間違いなくここに隊商の元締めがいる、そう思って切り裂いた盗賊達を吹き飛ばす、もしくは切り刻む……商人の想像ではそうなるはずだった。
だが、エルフの男はまだ強力な魔法を放ちはしない。
なるほど、盗賊団の首領がいなくては話にならないし、警戒されて出て来なかったなら意味がない。
幕の裂け目から次々に盗賊達が現れる。そして、ああ、間違いないコレがボスとはっきりわかる人物が登場する。
商人は身を震わせる。美しさと強さを兼ね備えた人物のオーラに何も、そう何も考えられない。
赤い髪が風で暴れている。
輝く瞳がひとつ。
人質にされていた女性が呟く。
「アールマティ? 」
アールマティは頷くとゆっくり近付いてくる。
商人はアラグノールを見る。彼が商人に笑って頷く。商人はアールマティへと勝ち誇ったように視線を戻す。
「よくやった。アラグノール。またひとつ仇に近付いたな」
そう言ってアールマティは笑うと、剣を抜きさっと振り抜く。
よくわかっていない顔をした商人の首が転げ落ちた。




