1、安心して猫ババできるぞ
交易都市カラハタスの北には平原が広がっている。過去に砂漠が広がっていたと言われているが、既にその事実を実際に目にしていた人間はいない。
長寿のエルフや魔族は砂漠から平原への変化知っている。彼らはそれぞれの信じるものが起こした奇跡だと考えている。
北への街道とはっきり呼ばれるものは出来ていないが、それでもよく通るところが道になっていくのは事実でその内の一本を一台の荷馬車が通っている。
中継点と呼べるような町や村が水辺にあり、その町や村と、次の町や村を繋いで道が出来ている。そして現在、中継点から一番離れた、つまり町と町の丁度真ん中を通っている。
「本当に襲って来ないのかな? 」
「真紅の月は襲って来ないさ」
ダニエルは荷台で銀細工を削りながら作っている。揺れる荷馬車の中でも細工を弄れるのはやはりドワーフだからだろう。
馭者台に座るのはスキヤキ。彼はのんびりと空を見ている。彼はリナの事を考えていた。
多分、大丈夫だろう。リナに早く一人前になって欲しいし、一人前になった上で独立して欲しいと考えている。スキヤキは自由でありたいのだ。
ダニエルはまあ相棒であるし、個人の強さにも信頼を置いている。見捨てたりするわけではないが、ダニエルを気にして行動が制限される事はない。
「で、その襲って来ない真紅の月をどう仕留めるつもりなんだい? 」
「そりゃ、当然、襲うに決まってる」
「襲って来ないんだろ? 」
「襲われるのが嫌いだから、俺達が襲うんだよ」
スキヤキは何言ってんだとばかりに話す。ダニエルが呆れてくれたのが大変嬉しい。やはり、こんなノリが一番だ。
「場所は? 」
「次に襲われそうな隊商に心当たりがある」
「悪党なん? 」
「見事なまでに黒い」
ダニエルは銀細工に目を戻す。もう考える必要がないからだ。
「安心して猫ババできるぞ? ダニエル」
「雇われ悪党には興味ないのなん」
スキヤキは懐からシナモンスティックを取り出し、表面をナイフで削りながら続ける。
「親玉がいらしてるのさ」
「なんか高価な物でも運んでるのかい? 」
スキヤキはシナモンスティックを咥えて、息を大きく吸う。落ち着く薫りに身を委ねて、口を開く。
「ある将軍様への手土産があるらしい」
「悪徳政治家? いや、悪徳軍人? 」
「ただ強すぎるだけさ……きっとな」
スキヤキとダニエルが向かっている村では、村の周囲を半分囲う形で、移動式のテントがいくつも張られている。
村人達からは、何処かの遊牧民が丸々襲ってきて、村を乗っ取りされている気分だと言われている。
戦働きに慣れてそうな奴等が多すぎる隊商だった。数日留まるつもりなのか、昼過ぎから酒盛りしているのがまた恐怖を誘っていた。
テントの中で一番大きく、一番瀟洒なものの中で行われている会話を聞けば、村人は直感が正しかった事を知るだろう。
「今回の話が上手く行けば、北への戦争で大儲け出来るのは間違いない。将軍と懇意にしてる商人はいないのだろ? 」
「はい、ご主人様」
「一番取引が多いのは? 」
「将軍直属の軍隊は帝国御用達の商人達と取引してるだけで、特定の御用達商人もおりません」
「ふむ。軍部への働きかけも行わないといかんな。何、今回はあの毒も使えるからな」
「ご主人様だからこそこの機会を掴めたのです」
「しかし、アラグノール。貴様がダークエルフでないと言うのが信じられないな」
アラグノールと呼ばれた男は、姿勢正しく、主を敬い続けて話す。
「ご主人様。この世界にダークエルフという種はおりません。ただ私のように役立たずなエルフがいるだけです。ご主人様に拾われなかったら何も出来なかったでしょう」
「ああ、私も儲けの為に命は惜しまない。必ず約束は果たすさ。私の儲けに繋がるからな」
商人は自分が汚ない事を知っている。そして、そんな自分の力を必要とするもの達もいる。
純粋な白こそ、黒を必要とするものだからだ。
復讐に手を貸すのは全然問題ない。それが損になるとわかれば約束がなくなるだけなのだから。




