4、本当に狂犬なのかしら?
「ほう。小夜鳴鳥を使ってきたか……。上の方々より敵さんの方が、あの女の力を認めてくれるとは皮肉なもんじゃな」
「はい、ベルナルド様」
「マドック、この改造魔戦士計画が上手く運べば、お前は英雄だ」
「いえ、とんでもありません」
「あの女に何としても作らせろ。一度作れたんだ、何度でも作れる、上手くもなっていくじゃろ。いいか、殺される前に最低でも100は作らせろ」
「なんとかします」
「必ずだ」
足早にマドックは部屋を出る。自分を拾い上げて、敵対する商家の三男坊に肩入れしてくれたベルナルド・フッガーを、マドックは尊敬している。
マドックは自分が商人には向いていないだろう事を理解していた。自分の特性は、粘り強く、愚直に進む事ができる点だ。
偉大な兄と比較されたくなくて軍に入ったが、憲兵隊に入り、ベルナルド・フッガーから押され、諦めずに諦めずに、犯罪者どもを追って捕まえてきたから憲兵隊長にまで登り詰めた。
「ベルナルド様を信じる」
マリアの魔法、いや、魔道具があれば世界が変わる、魔法は貴族の、優秀な人々の独占物ではなくなる。誰もが魔法使いになれるのだ。
プリームス帝国が真の力を手に入れる。この世界全てを治めるのだ。
西から征服していくか? 北の蛮族どもからか? 東の大国を従わせるのもいいだろう。
「おいっ! 貴様。ここで商売する許可を取ってるのか? 」
規則を守らぬバカどもも、ひどい規則をつくるプリム人どもも、世界を征服したら一掃してやる。
兄はこの都市を救って英雄になった。だが、私は世界を救う。私は英雄ではないだろう。英雄になりたいわけでもない。真の英雄とともに世界を救いたいのだ。
ボールがコロコロと、マドックの足元に転がってくる。
道端で、小さい女の子がボールで遊んでいて、そのボールが転がってきたのだ。
ボロボロの服を着た女の子だ。赤い髪をしている。周囲の者は何も言わない。狂犬マドックには関わり合いになりたくないのだろう。幼い女の子、それもアータル人の女の子。
あー、ひどい話じゃないか。
マドックは身を屈め、転がってきたボールを拾う。女の子に近付き、拾ったボールを渡してあげる。
「気をつけてな。失くさないように」
女の子は頭を下げて、ありがとう、と言ってにっこりと笑顔を見せてくれる。
こんな笑顔を大事にしたい。そう、マドックは思う。
マドックは近道と見廻りを兼ねて、路地に入る。悪い奴は暗いところが好きだ。
「噂って当てにならないわ」
声に振り返ってみると、信じられない存在がいる。
麻のフードつきの外套を羽織り、顔をはっきりと見せないようにしているが、全然隠しきれていない。
美しい。
大きな瞳。鋭く、それでいて柔らかい。全てを見透かされるようで、全てを包み込むようで、相反するものが同時にその瞳にあった。そして、目立つはずの赤い髪が、フードとその瞳に隠されている。
「本当に狂犬なのかしら? 」
どうやらこの女は自分とわかって声をかけたんだと、マドックは理解した。
「私は確かに狂犬と呼ばれている」
彼女はマドックをもう一度観察してから用件を切り出す。
「あたしの名前は、アールマティ」
「うむ」
アールマティ、アータル人の伝説に出てくる女神の名前。自由と緑(自然)と歌を愛する戦女神。その名に負けない美しさだった。
「さっきの同胞の少女への優しさにお礼する」
「ボールの女の子か」
「そう」
アールマティは簡潔に返す。
「気にするな、別にボールを投げつけられたわけでもないしな」
「あんたの命、あんたの家族の命を狙ってる奴に心当たりがある」
マドックは辺りを警戒する。しかし、目の前の女以外、誰かいるようには思えない。
「殺し屋に依頼してた奴に心当たりがあるって事さ。知りたいか? 」
「当然だ」
アールマティは何も言わず、振り返って歩み始める。
マドックはついていく事しか出来なかった。
どこか甘く、それでいて爽やかな薫りが漂った。