2、死を告げる鳥
「貴女を救う為に来ました。もう大丈夫です」
会うなりこんな事を言い始めた男は、飾り気の少ない服ながら綺麗にしてあって、髪はきちんと整えてあり、髭も綺麗に剃られている。窓の戸は閉められ、暗い部屋ではあったが、彼の身だしなみに文句をつける者はいないだろう。
顔は美男子とまでは言えないが、どこか憎めない、人によっては魅力的にも感じられる顔だ。歳はいくつかわからないが童顔の部類だろう。身体つきも荒仕事をこなしているにしては痩せ型だ。腰に下げている刀が無ければ愛嬌のある青年で、そんな男からの言葉に笑みを返しながら女性は答える。
「まだ貴方は若いわ」
「いえ貴女も素敵だ」
「最近、言われてなかったわね」
美しい緑色の髪をかきあげて、女は童顔の男に答える。研究者だと聞いていたが、噂が本当であった事を知った男は粘り強く語りかける。
「マリアさん。リリィの気持ちも汲んであげようじゃないか」
「あの子から全財産取り上げるのでしょ? 」
マリアは男のとなりにいるドワーフに目線をやる。
「マリアさんが代わりに払ってくれていいのなん」
「あら、私の知っている噂とはかなり違うのかしら? 真紅の月さん達は」
童顔の男と体格のいいドワーフは顔を見合わせて笑う。
「俺の名前はスキヤキ、こいつはダニエル。ちなみに通り名なんて使ってないよ」
「そうなのねん。ワシ達が塒にしてる酒場が昔、真紅の月のアジトっていう嘘か本当かわからない逸話があるだけな」
「おい! 貴様らいい加減にしろっ! 金は私が払うと言っている」
和やかな、いや、冗談のようなやり取りに腹を立て大声を出した男がいる。憲兵が部屋に五人、そして大声を出した男の服は隊長級の服。
「狂犬マドックの顔をこっちだって見たくないんだ。マリアさんの義理の弟とはな」
「私は実力でこの地位に立った。姉上の力は国の為になるのだ」
マドックはスキヤキを睨みつける。ただ全くスキヤキは気にせずに笑いながら答える。
「で、お前さんのせいで、マリアさんが狙われてるんじゃないのか? 」
マドックは顔を紅くして、厳しい声を出す。
「貴様らのようなモノに、天下国家の事はわからん」
「お金はお金。マリアさんからでも、マドックの旦那からでも、リリィさんからでも、ワシは全然問題ないのん」
ダニエルが答えながら、頭を捻る。
「憲兵を使ってまで護衛してるのに、ワシ達まで使うのは何でなのかなん? この大都市カラハタスで直接的にプリム保守派が襲って来るか? 」
「保守派ではない、あいつらは保守派の名を騙っている盲従派だ」
「名前なんてどうでもいいのん、で、何でワシ達に頼む」
再度、ダニエルが尋ねる。マドックは微妙に口をへの字にする。
マリアは達観した様子で二人のやり取りを見て、今度はスキヤキに顔を向け質問を投げ掛ける。
「スキヤキさん、貴方達は私が狙われる理由そのものはご存知なのね? 」
スキヤキは懐からスティックを一本取り出す。口に咥えて息を吸う。シナモンスティックであり、スキヤキはタバコの代わりにこれを愛用している。この世界には煙草がないのでこのシナモンスティックが売られているのを発見した時は飛ぶように喜んだ。
「ご存知のようね。私は、もう神に仇なすあの研究を続けるつもりはないの。だから心配はいらないわ」
「姉上! そうはいきません」
バン!
激しい爆発音が部屋中に響く。窓の戸が壊れる。
1つの鋭いラインが窓から走る。
そのラインをもうひとつのラインが絶ち切る。
部屋の中で動けたのは二人。ダニエルはマリアを抱き、楯になっていた。
「ダニエル、いつまでもくっついてるな」
スキヤキは振り切った刀をしまい、床に落ちた矢を手に取る。矢尻を確認しながら、振り返る。
「相手さんは小夜鳴鳥を雇ってるわけだ、知ってたな? マドック」
マドックは頭を激しく振る。まだ眼前で起きた出来事についていけてない。だが、自分達では到底マリアを守れない事は自覚した。やはり噂は本当だったのだと確信を持って話す。
「凄腕とは聞いてたが、小夜鳴鳥とは知らなかった」
「まあ、いいだろう。お前の狂犬ってのは危ないって意味ではないしな」
そんな中で、襲われた当人は震えていた。身の危険を肌で感じたからだ。
「小夜鳴鳥って何? 」
「死を告げる鳥。有名な、それは有名な殺し屋さ」
そう言うと、スキヤキは再びシナモンスティックを口に咥える。
「とんでもない場所から弓矢を使って、暗殺するのなん。窓の戸を一本目の魔力を込めた矢で壊して、二本目の矢を立て続けに射て、ターゲットを狙うなんて……小夜鳴鳥くらいしか思い浮かばないのよん」
タバコの煙を吹き出すように、シナモンスティックを口から外し、ゆっくり息を吐き出して、スキヤキが宣言する。
「マリア、もう断るのはなしな。それに依頼主は貴女ではない。リリィからの依頼さ。イヤでも勝手に守らせてもらう。悪魔は必ず願い事を叶えるのさ」