1、貴方達が凄腕の用心棒だと
「神様、お願いします」
年に一度の紅い月が輝く夜。狭くて入り組んだ路地を1人の少女が小走りで進む。少女は自分自身を抱き締めるようにして駆けている。路地の奥まった所にある店の前で足を止める。
「ふー」
少女は店の扉を開ける。酒の匂いに顔をしかめながら中へ進んでいく。
「ここにいるはず」
呟く少女の声に反応する客はいない。4つのテーブルとカウンターに席がある。客は数名だ。
少女はカウンターに座り、マスターが来るのを待つ。言うべき言葉を繰り返し口の中で呟く。この酒場に似合わない少女は自分の前にすっと現れたマスターに、小声で話かける。
「スキヤキをひとつ」
痩せたマスターは優しく微笑むと、カウンターの端に座るドワーフに目線を送る。
カウンターの壁際にいたドワーフは酒瓶に直接口をつけて飲んでいた。
少女は席を立つと、スタスタとドワーフに近づく。ドワーフの前に立つと、顔を強ばらせて口を開く。
「注文をお願いします」
「怖いだろうによく来たなん。金もあるよなん」
少女はドワーフの返答の内容に安心するとともに、ドワーフの声に不安になる。だが、顔を振り、不安を打ち消し、口を開く。
「私の全財産を支払います」
ドワーフは少女の身なりを上から下まで確認する。少女の出で立ちはどこからどう見ても下働きのものであった。ただドワーフは彼女の発言そのものを思い出して、尋ねる。
「主からの指示ではないんだよなん? 」
「違います。私からの注文です」
ドワーフは相棒の顔を思い出しながら酒を呑む。
「注文を聞いてみて、やるかどうか決めるよん」
少女は、ドワーフの声にその身体とは違う軽さを感じながら、一度、目を閉じてから、口を開く。
「私の名前はリリィです。主を守って頂きたいのです。私はスペーシア家で働いていて、マ……」
「受けた! 」
リリィの話を途中で止めて、ドワーフは興奮した声を出す。
「任せるんだよん! 」
立ち上がったドワーフは背は低めだが、がっちりした体格であった。頭の髪は薄めだが長く、髭がもしっかり伸びている。
真正面から顔を見たリリィは笑いを堪えた。ドワーフならではのがっちりした体格と、哲学者にも見える顔と、重低音を響かせる声なのに軽い口調と、なんともバランスが取れていない。
だが、リリィはここに来て良かったと思えた。何だか信用できると思ったのだ。それが何故なんだろうと考えつつ、改めてお願いする。
「よろしくお願いします」
「ワシはダニエルって言うのなん」
身振りで、付いてくるように示しながら、後ろを向いてドワーフは名乗る。
リリィは、ダニエルについて行きながら、店の奥の階段から二階へ上がる。酒場の二階は宿のように見えた。部屋のドアが番号付きで並んでいた。
こんなところに泊まる客はいるのだろうかとリリィは思いながら、廊下を見回す。
一番奥の角部屋のドアをダニエルはノックする。
「開い、てる、ぞ」
中からは男の声が返ってくる。
ダニエルがドアを開けて中に進んでいくと、リリィの視線には綺麗に整理された部屋が映る。そこにはパンを食べながら、コーヒーを飲み込む男の姿があった。
この夜半に朝食を食べているという姿だ。無精髭を生やした男は口の中のパンを全部流し込んでから眠そうに、面倒臭そうに話す。
「卵より鶏肉だろ、ダニエル」
「スキヤキ、酒を飲め。目が覚めてないのん」
スキヤキと呼ばれたその男は、またパンを手に取る。長めの指でパンを千切る。洗い立てのシャツにグレーのズボンで身なりはきちんとしている。ただ眠たげな顔をしている。
「モノを美味しく食べるにはタイミングってのがある。今は俺の朝食の時間だ」
「そうなのよん、チャンスの神様の髪の毛の話は、スキヤキから教わったんよ」
リリィは手をぎゅっと握りしめる。顔を下にして、二人のやり取りを聞いている。
「どっちが騙したんだ? 」
「ワシは人を騙した事はないよん」
「確かに騙せてれば、もう金持ちだな。俺ももう少しうまいパンが食べれてるはずだ」
改めてパンを口に頬張る。パンを食べる音の後に爆発したのは、余裕なんてない少女だった。
「ふざけないで下さいっ! 命がかかっているんです! 」
「ダ、ニエール、がやるっ、から」
パンを食べながらスキヤキは答える。
「相手は大物だなん、多分。そして守るべき人も美女との噂」
ダニエルの言葉にスキヤキはコーヒーでまた口を空にする。
「噂かぁ。でも少し興味出て来た」
「貴方達が凄腕の用心棒だと聞いてたから来たのに……美女は絶対に守るって……あー、もう神様なんて信じられない。誰もマリア様の命を救ってくれない」
スキヤキはコーヒーをテーブルに置いて、ゆっくり話す。
「気が合うなあ、俺も神様が大嫌いなんだ。神様は何もしてくれないんだ。よく覚えとけ、卵」
リリィの目には既に涙が溜まっていた。
「10年後に期待しよう。依頼を聞くぞ! 神を恨め。神ではなく俺が頼みを叶えてやる」
スキヤキは洗面所に行き、髭剃りを取り出す。ダニエルはリリィに話すように促す。
リリィは泣きながら話始める。
「実は……」