第6章
ランチタイムの行列が途切れ、最後の客がデイリーパックを持って店を出て行った。
ラメルはそれを見送ると、厨房に顔を出し、店長とマリアに声を掛ける。
「ランチは終了でーす」
「お疲れ様! ラメル君もお昼休憩入って」
片づけをしながら店長が答えた。
「ああ、店長、あとはわたしたちが後でやりますから、店長とマリアさんこそ先に休憩取らないと。
せっかくわたしたちも厨房を手伝うことになったのに、早速そのチャンスを使わないともったいないですよ。3時まであと1時間しかないんですから」
壁の時計を目にして、店長が調理器具を洗うのを制するように言った。
「そうね?
あなた、セレンちゃんももうすぐ帰って来ますし、わたしたちも準備をしないと」
マリアに声を掛けられて、ようやく店長も作業を中断する。
「そうだった、そうだった。
それじゃこれ、あとで頼むよ」
カウンターに"お呼びの際はこちらを押してください"の札とベルを設置すると、ラメルは賄いのデイリーパックを持って、控室へと向かった。
ミーティングルームで準備をするのか、そこへ向かうアデリアとすれ違う際、目が合った。
ラメルが「お疲れさまです」とほほ笑むと、アデリアも特に表情を変えることなく、返答した。
アデリアのことは、けして心の中で折り合いがついたわけではなかった。
少なくとも、ラメルとアデリアの間では、カタリーナの話は無かったことになっていて、言及されることはなかった。あれからクリストフと顔を合わせていないのもある。
「今日は、どちらかといえばこれからが忙しいかもね」
てっきり挨拶だけで終わるのかと思いきや、アデリアは話し掛けてきたので、ラメルは驚いた。
というのも、最近ふたりがこうやって何か話すような場面になると、アデリアは用事を見つけて出て行ってしまったり、別の話を振って来ていたからだ。
「アデリアさんも、わたしたちのときみたいに面接出られるんですよね?」
せっかく話し掛けられたので、ラメルも話を振ってみた。
「まあ、今回は厨房だからね。わたしは、従業員の古株として、ちょっと観察させてもらうだけ」
そう、今日は3時から、新しく店員を雇うための面接が行われるのだった。
2週間ほど前、閉店したあとのことだ。店長が店員をすべて集め、重大発表があると言った。
「うちは、働き方改革を行うことにした!」
プラムの塩漬けのことといい、店長は唐突だ。
相変わらずセレンなどは呆れて見ている。
でも、自分なりにこだわりがあって、かつ社会の動向も取り入れないと、経営者というのはやっていけないのかもしれない。ラメルはそう思いつつ、次の言葉を待った。
「うちの店も始まって10年が経とうとしている。
これまで、マリアとアデリアと、とにかく店と商品を広めるために突っ走ってきたが、
知名度もだいぶ上がって、毎日ランチには行列ができる。
でも、ここで持続可能なやり方にシフトしていかないといけない。
まずは、これを店に貼ろうと思う」
そこで、店長は1枚の紙をばっと広げた。
なんと、そこにはさすがのセレンも驚く言葉が書かれていた。
「"フードパック・ピジョン"は来月より、聖日を休日といたします」
「マジですかっ、店長!」
やはり、最初に食いついたのはセレンであった。
アデリアとマリアは事前に知らされていたのか、特に動じたような表情は見られない。
ちなみに聖日とは、週に1回、人々が教会の礼拝に行く日で、この日は休みの職業も多かった。
「まあ、よく考えていたら、休みもなくよくやっていたなぁと思うんだ」
頭をかいて笑うように店長は言った。
「それも、特に冒険者というのが、旅をしているわけだから、いつ来るか分からないというのもあったんだな。せっかく遠くから来てくれるお客さんを、がっかりさせたくなくてね。
あと、やっぱり教会は聖日にたくさん注文をくれたりするんだよ」
ところが、聖日に冒険者もそこまで多く来店するわけではなかった。
もちろん聖日に仕事の職業もあるので、けして売り上げがないわけではないが、どちらかというと他の日に比べれば落ちる。そこで、聖日は店を閉めて、あらかじめ受けた教会などの注文だけ受けて、それだけに対応することにしたというのだ。
「でも、それって店長やマリアさんはお休みじゃなくないですか?」
ラメルは思わずそう言ってしまった。しかし、店長はふふふと笑って続けた。
「そう、だから改革はひとつだけじゃないんだ。
ひとつ、厨房にもアルバイトを雇うこと。
もうひとつ、ラメルくんやセレンくんにも、できれば普段、昼過ぎの空いた時間、厨房を手伝って欲しいんだ」
「ええー」
「あ、もちろん聖日に出勤した分は給料を払うよ!」
アルバイトを雇うことは、まあ理解できたものの、ラメルとセレンにとって後者は意外だった。
声を上げたのはセレンだ。
「あたし料理なんて……自炊さえあまりやりません」
「ラメルくんは?」
「わたしは、孤児院の食事を少し手伝ってたくらいです」
「うん、十分十分」
店長はひとりで頷きながら、相変わらず笑顔を絶やさない。
「もちろん、本格的な調理は僕やマリアがやるんだけど。
何しろ毎日大量に仕込んでいるんだ、米にパン、野菜とか肉とかね。
あとは調理器具の片づけもあるし」
そして、一呼吸置いて、セレンとアデリア、そしてラメルの目をしっかりと見ると、言った。
「向いていることを、やってくれたらそれでいいからね」
セレンとアデリアは、何か思うところがあったのか、店長から少し視線を外した。
それが何なのかをラメルが知ったのは、また少し後のことである。
* * *
「それにしても、今回は応募者が多いんですね」
「まあ、前は、人選……マッチングというかな。
それを職業ギルドに、言い方は悪いけど、丸投げして、それでセレンとラメルを紹介して貰ったからね」
結局、ラメルは昼食を後にして、アデリアと共に面接会場の設営を手伝っていた。
ちなみに職業ギルドとは、職業斡旋をする役所のようなところだ。
ラメルとピジョンを結び付けたエミリアも、職業ギルドの職員である。
「たぶん、店の知名度を知りたいのもあったと思うし、
店の売り子と違って、料理ができるっていうと、人が限られてくるって思ったんじゃないかな、店長は」
それから店長は、職業ギルドに依頼したのはもちろんのこと、なんと新聞広告に求人を載せた。
店頭にもポスターを貼った。すると、応募者はなんだかんだで20人ほどになった。遠方からもいるという。
3時から行われるのは、まさに"面接会"だった。
「そういえば、アデリアさんは厨房に入られないんですね?」
ラメルが思い出したように言うと、アデリアは気まずそうな表情になった。
そう、店長は2週間前の重大発表で、厨房に入るのはセレンとラメル、と言ったのだ。
「あんた、気付かなくてもいいこと気付くよね……まあいい、この際言ってしまおう。
店長とマリアさんが、これまで従業員を厨房に入れなかったのは、わたしのせいだ」
アデリアは珍しく、開き直ったように言った。
「わたしに料理のセンスがまったくなかったからなんだ。
野菜も肉もまな板ごと木っ端みじんにしちゃうし、焦がすし、こぼすし。
どうも、剣と包丁というのは勝手が違うみたいだ。剣以外に何かを扱うことに、わたしは向いてないんだな」
自分の手をしげしげと見つめながらサラリと言うアデリアに、ラメルは、思わず、へ……と声を上げ、あんぐり口をあけてしまった。
こんなに美人で強くて、動物を馴らして、何でもできてしまいそうなアデリアの唯一の欠点が……
料理だったなんて! ラメルには衝撃であった。
「ちなみに、セレンが仕入れ品の整理をしないのも、似たような理由なんだな。
倉庫のすぐ傍に、床を修繕した跡が何個もあるでしょう」
「ああ……なんだか、あそこだけ傷みが激しいのかと」
「入店数ヶ月であんなにやらかすとはね。
もうとにかく、重たいものを落としたりぶつけたり、ひっくり返したり。あの子も派手だね」
ハハハ……とアデリアは笑うと、セレンには黙っててやりなよ、と言い添えた。
店長の言葉の意味が分かったところで、呼び鈴が鳴った。
ミーティングルームは厨房の隣にある小部屋なので、ここにも音が聞こえるようになっている。
「おっと。お客さんかな。それとも応募者がもう来たかもしれない。
わたしが見に行ってくる」
アデリアはそう言ってミーティングルームを出て行ってしまった。
* * *
面接が始まってからは、ラメルとセレンで、厨房とカウンターを行ったり来たりしながら店をやりくりしていた。夕方や明日の客に備えての仕込みと、この時間でもたまに現れる客の対応とをしながらである。
先日のミーティングで「料理なんて…」と声を上げていたセレンだったが、調理器具を手際よく洗い、それだけでなく、食材の下ごしらえも丁寧にこなしていた。セレンは話し方がぶっきらぼうなこともあるので、ラメルはすっかり誤解していたな、と反省した。
「意外って思ってるでしょ」
セレンは、米の水加減を終えた後、ふとラメルを振り返って言った。思いがけずセレンと目が合って、ラメルはどきりとした。
「ま、まあ……」
ぼぅっとセレンを見つめていたことがバレて、ラメルは慌ててパンを切る作業を再開した。
「その感じじゃ、先輩から聞いたんでしょ。あたしが大きくて重たいものにはコントロールが効かない話」
しかし、すぐにセレンはラメルから視線を逸らすと、火を起こしにかかる。
「でも、それを言うなら先輩だってさ。
身体に染み付けた勘とか力とか、そんなんで生きてきた人なんでしょ。
あたしはそういうのは無いから。
まあ、あたしだって意外だったけど。自分がこんなにきっちり分量とか守れる人とはね」
マッチで火を起こし、焚きつけ用の紙から小枝へ、そして薪に順当に火が回って行ったところで、セレンは立ち上がる。すると、窓から人影を見つけたのか、カウンターへと出て行った。
「いらっしゃいませ……あれ、お久しぶりです。
今日は、面接の付き添いで来られたんですか?」
セレンの声が聞こえてくる。ラメルはもしや、と思い、カウンターへ飛び出した。
「エミリアさん……それに……ああっ!」
ひとりは、ラメルの思った通りの人物であった。職業ギルドのエミリアだ。
しかし、エミリアと共に立っていた女性に、ラメルはすっかり面食らってしまった。
思いもよらない人物だったのだ。
「ラメルさん。やっぱりこちらにいらしたんですね」
それは、カルムの村の大農家の娘 オリビア・ウルスであった。
今日は面接でエミリアのものを借りたのだろうか、少し改まったワンピースを着ているものの、
おさげ髪は変わらない。すぐに分かった。
「え、何? 知り合いなの?」
セレンが驚いてラメルとオリビアとを交互に見る。
「カルムの村……ほら、プラムを仕入れてる。あそこの大農家のお嬢さんよ」
「ああー、あの、盗賊に人質にされてたっていう」
セレンは一瞬納得しかけたものの、そんなお嬢さんがなぜ?というような訝しげな表情に変わった。
カルムの事件については店長夫妻とセレンにも知らされていた。
魔法により回復はしていたもののラメルは負傷して帰って来たし、あのあと大きなニュースにもなっていたからである。
もちろん、ラメルが炎魔法で盗賊を一掃したことなどはアデリアによって伏せられていたのだが。
しかし、ラメルの言葉を耳にした時点で、オリビアは気まずそうな表情に変わった。
「まあ、そう"だった"んですけど……もうお嬢さんではないんです。
今は、サン=キャボッシュの村に住んでます」
「え、近っ。うちもよく野菜を仕入れてるところじゃない」
サン=キャボッシュはハピサンに一番近い農村で、名前の通り、キャベツを始めとした野菜が名産だ。
セレンも何度か仕入れに行ったことがあるのか、会話に加わって来た。
「何か……あったんですか、あの後」
そういえば、カルムの村があの後どうなったのか、自分は全く知らない。
そのことに、ラメルは気が付いた。
しかし、横にいたエミリアがようやく言葉を発し、遮った。
「オリビアさん、今はピークではないとはいえ、お二人ともお仕事中ですし」
ラメルは、そんなエミリアに面食らってしまった。
エミリアは、明るく朗らかな女性だ。人と職業を結び付ける仕事柄だろうか、お喋りが好きで、お喋りを通して人を見抜いているような人だとラメルは思っていた。
そこそこのベテランのはずなのに、よく孤児院に営業に来てくれたし、ブランシュや孤児院の子どもともよくお喋りをしていた。そのエミリアが、早く帰ろうなどと言うことにラメルは驚愕してしまったのだ。
「そうですよね。少しお話しできないかと思ったんですけど、お元気そうで何よりでした。
もう面接は終わったので、これで失礼しますね」
オリビアはあっさり引き下がる。
それによって、ラメルはエミリアにより一層の違和感を抱いてしまった。
彼女のトレードマークの紫のジャケットとワンピースが、今日はより色味を強めているような気がする。
「ラメルちゃん、ほんと、元気そうで良かったわ。
それじゃ、またね」
エミリアがあっさりとそう告げ、ふたりが玄関に向かおうとしたときだった。
「ラメル、構わないよ。話したいことがあるなら」
セレンがぼそりと呟き、それを聞いたラメルは反射的にカウンターを飛び出していた。
「エミリアさん! 待ってください」
驚いたようにエミリアが振り返る。背後で、そっちか、と呆れたようなセレンの声が聞こえる。
「ブランシュ先生と……連絡が取れないんです、何かご存知ないですか?」
いや、自分が訊きたいのはそんなことじゃないと思いつつも、ラメルは何かに動かされるように話していた。
「まあ、そうだったのね。それは……心配ね」
エミリアはドアの取っ手に手を掛けていたが、そのまま答えた。
「エミリアさん、わたしとミシェルの就職相談のとき、何も聞いておられなかったんですか。
先生だって孤児院を閉めた後の生活のことが心配なかったわけじゃ……」
「あいにく、何も聞いてないわね……。
閉院して隠居するとしか」
他人行儀な態度を続けるエミリアに、ラメルはついに我慢できなくなった。
「エミリアさん、今日はどうしてそんなに素っ気ないんですか?
いつもだったら営業トークとか、世間話とかすごいじゃないですか。
まるで、何か話せないことでもあるみたいじゃないですか。
今は仕事中かもしれないですけど、本当はもっと話したかったです。
ブランシュ先生から……わたしのことも何も聞いてなかったのかとか」
それを聞いて、エミリアの表情が変わった。
今まで、いつもの雰囲気を取り繕おうとしていたのをやめたようだった。
「ラメルちゃん」
やっとドアから手を放したかと思うと、ラメルに向き合った。
「それ以上は、やめなさい。
オリビアさんから、カルムであったことも全て聞いたわ。」
一度オリビアの方を見て、もう一度ラメルを、
ラメルの目をしかと見つめて、悲しそうに言った。
「あなたはこのピジョンに来たけれども、
何も知らなければ、何も首を突っ込まなければ、安全で幸せだったのよ」
悲哀のこもった、しかし語気の強い言葉だった。
ラメルはその言葉と、エミリアの目に心を鷲掴みにされたような気がして、みるみるうちに目に熱いものがこみ上げてきた。
そんなラメルを見て、エミリアはハッと我に返ったように、慌てて店を出て行った。
オリビアはそんな二人に戸惑いつつも、ラメルとセレンに会釈をしながら、エミリアを追い掛けて行った。
取り残されたまま、ラメルはその場に棒立ちになっていた。
思わぬ修羅場を見てしまったセレンだったが、ふっと溜息をつくとラメルの傍に来た。
「ハイ、ここまで。仕事に戻るよ」
ラメルの肩をバシンと叩くと、自分はさっさと厨房に戻っていく。
「あんたってホントわかんない。
あたしだったら、まっさらな人生を誇って生きていくっていうのに」
半ば怒ったような声だった。ラメルはそんなセレンも分からなかった。
この頃せっかく近しくなってきたのに、引き離された気もした。
だが、ラメルには分かったことがある。
エミリアは、絶対に知っている。自分のルーツを。
そして、オリビアからカルムの事件を聞いたと言っていた。きっと盗賊との接触を聞いたのだろう。
それを知るな、首を突っ込むなと言うことは。
――わたしは盗賊と何かある。
つまり、それは。
リュファスの言葉が思い出される。
あの言葉を、オリビアは聞いていない。エミリアもそこまでは察していないかもしれない。
でも、自分はそこまで来てしまっているのだ。
再度、セレンに声を掛けられて、ラメルは厨房に戻った。
* * *
「いやぁ、なかなか大変だったね。何十人と同じ話をするのは」
面接を終えて厨房に戻った店長は、疲れた疲れたと言いながらも、どこか上機嫌だ。
「それで、どうだったんです」
セレンは、何もなかったかのように首尾を確認する。
「やっぱり、例の王宮にいた料理人ですか? それとも商会の次男坊とか?」
そう、面接の申し込みをしてきた人物の中には、そのような輝かしい経歴やバックグラウンドをアピールする手紙を送って来た大物もいた。
ラメルもセレンも、半ばこの人たちのどちらかに決まるだろうと思っていた。しかし、特にセレンは、そんな高貴な人物をアットホームな店に引き入れることに抵抗があるようだった。
「いやー、僕は、リスペクトしてやまない東洋の携行食、つまり庶民の食を大事にしたいんだね。
それに、僕はああいう、しのぎを削っていくような環境で育った人は……それはそれで良いと思うけど、ちょっとなぁ……もうちょっと柔軟な人なら良かったけどなぁ」
つまり、王宮料理人は不採用か。
「でも、商会の次男坊なら、東洋の食材とかツテができそうじゃないですか」
ラメルが言うと、マリアに続けて厨房に入って来たアデリアが、ないないと首を振る。
「あいつ、自分のアピールポイントそれしかないのって感じ。
長男が後を継ぐから、居場所がなくなってここを狙ってきた感じよ」
料理のりの字も無かったわ、と溜息をつく。
「確かにラメルちゃんの言う通りなんだけどなぁ。
まあでも今は、米もオープンの時に直接頼み込んだ農家さんと取引が続いてるし、プラムの塩漬けを新フィリングに加えたところだから、心配ないかな」
ホント言うと、ガルド・シモンさんがお客さんになってくれたのは嬉しかったなぁ!
でもシモンさんはもう商売に携わってないみたいだし……実を言うとボニトの加工品とか……
などなど店長が熱弁を振るい始めたところで、マリアがにこやかに話し始めた。
「たぶん、店長が雇うのは、あの農家の娘さんね」
その一言に、セレンもラメルもぎょっとする。
「料理の腕があるのはもちろんだけど、自分の境遇に負けたくない女の子に弱いのかもね」
マリアの言葉を引き継ぐように、アデリアが話し始めた。
「ラメル、カルムの村で、盗賊の人質になった女の子……」
間違いない、オリビアである。
女の子と言っても、恐らくラメルより年上なのだが。
「あれから大変だったらしい。お父さんが、村から総スカン食らったらしくて。
村から追い出されたようなものか」
なんと、先ほどはエミリアとばかり話をしてしまったが、まさかそんなことになっていたとは、ラメルは思いもよらなかった。ピエールの話が思い出される。どっち付かずだった有力者が、問題が明るみに出たところで村人に責め立てられたのだろうか。
唖然とするラメルに、アデリアはしっかりとラメルの目を見て、静かに首を振った。
――あんたのせいじゃない。
気のせいか、ラメルにはそう見えた。他のスタッフには分からないように、そうしてくれたのだろうか。
「そうだね、自分で娘を何とかしようとしたのが逆効果になって、信用を失ったんだろうなぁ。
プラムは問題なく卸してくれているから、そんなことがあったとはびっくりさ。
今はご家族とサン=キャボッシュにいると言ってたけど、お父さん、まさかの小作だって言うじゃないか」
つまり、ウルス氏は土地もすべて手放して、今は雇われの身だということだ。
「まあでも、彼女は健気なようだし、村では農作物の加工品や賄い作りをやっていたようだ。
もうちょっと考えたら、また発表するよ」
店長がそう言うと、面接の話、およびオリビアの話はおひらきになってしまった。
* * *
「それでは、皆さま、よろしくお願いいたします」
数日後。
フードパック・ピジョンの厨房で頭を下げたのは、オリビアだった。
カルムでも目にした素朴なブラウスに、厨房に入るためか、履いているのはズボンである。
上には、マリアが貸したのであろうエプロンを身に付けている。
「よろしくお願いします」
ラメル、セレン、アデリアも一同に声を揃えて応える。
「それじゃ、オリビアちゃん、まずはこちらをお願いできるかしら」
マリアが声を掛けると、オリビアは頷きながらも、店長に声を掛けた。
「あの、すみませんが、忘れないうちにギルドからの書類を……あっ」
緊張したのもあって慌ててしまったのか、オリビアがうっかり床に書類をぶちまけてしまった。
近くにいたラメルは、思わずしゃがみ込み、書類を手にする。特に汚れたわけではなさそうだ。
「ラメルさん、ごめんなさいね、いきなり」
「いえいえ、それより、わたしの方が年下なんですし敬語じゃなくても……」
ラメルは思わず目に入ってきた書面に、その後が続かなかった。
それは、オリビアの言う通り職業ギルドの書類だった。
オリビアが職業ギルドを通じて就職したので、その類の書類であろう。ラメルの場合は確か、ブランシュがやり取りしていたように思う。
その中にあった担当職員の名を見て、ラメルは戦慄した。
――エミリア・マレスってどういうこと……
思わず厨房内を見回したが、アデリアはもう自分の仕事に入ってしまったのか、見当たらなかった。
困惑するオリビアに書類を渡すと、渦巻く疑念を抑えて、ラメルも仕事に入った。