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第5章 その3

――あははは!

  お姉ちゃん、待ってよ!


――遅いってラメル!

  ほら、父さんたちが待ってる。


――カタリーナお姉ちゃん、

  ラメル、お姉ちゃんみたいに早く走れないもん……


――そっか、ごめんごめん。


――ううんっ、わたしもいつか、お姉ちゃんやパパみたいに大きく強くなるんだっ!


――うん、そうだそうだ、イマドキの女の子は強くなくっちゃな!

  ほら、ラメル、あそこに父さんたちがいる。


――うんっ! パパーっ!


ラメルの目の前に、時々夢で見かけるシーンが甦った。

そうだ、"カタリーナお姉ちゃん"は強い女性だった。まさに、アデリアのように。


――わたしは、アデリア・フォジィ。ここの店員です。

  こちらに来てもらえる?


初めて出会ったときの、アデリアを思い起こす。

店長夫妻との面接がひと段落ついたとき、ミーティングルームに入って来たのがアデリアだった。

あらかじめ打ち合わせていたのだろうか、夫妻に目配せした後にそう言って、外の空き地に連れていかれた。


――突然で申し訳ないけど、あなたの腕前がどれほどのものか、見させてもらえるかしら。


確かに採用条件に"戦闘能力"とあったものの、面接をすること以外、何も知らされていなかったラメルにとっては、抜き打ちであった。

しかも、モンスター相手に戦ったことはあっても、当時ラメルは人間相手に戦ったことがなかった。

そんな戸惑うラメルに、アデリアはレイピアをペンでも回すかのように繰り出してきて、ラメルはそれをナイフで何とか受け止めるのに精一杯であった。細身の剣のはずなのに、そこから電流のようにアデリアの握力までもが伝わってくるような、凄まじいパワーを感じた。そして、瞬間移動でもするようにあっちこっちに身を躱しつつ、ラメルに近づくアデリアの姿を目で追うだけでも大変だった。まるで剣の舞のような剣術を微笑みながら繰り出すアデリアが、100%の力を出していないことは明らかであった。

ある程度のところでアデリアは構えを下ろして、ふっと笑った。


――あなた、ナイフの腕はけっこう上みたいだけど、それなら剣の方がよくない?


そして、さらにこう続けたのだ。


――あなた、炎の魔法は使えないの?


そうだ、目の前にいるのが、過去の自分を知っているカタリーナだというなら、こう考えたのも頷ける。

もちろん、それは自分がクロウド・ドーランの娘であり、かつその能力を受け継いでいる前提であるが。

しかし、なぜ気が付かなかったのだろうか。

そして、カミーユはどうして分かったのか。

何より、それが事実だとしたら、なぜアデリアはアデリアと名乗っているのか。

湧き出る疑問に、ラメルはようやく我に返った。

クリストフが騎士たちに席を外せと告げて、騎士たちが部屋を出ていくところだった。


「ドミニク一等兵、何を根拠にそんなことを言い出すのだ、無礼だぞ」

クリストフが厳しい声でカミーユを諭した。

カミーユは立ち上がり、クリストフに居直った。


「勘……だな。

 でも俺は、自分の目を信じてます。

 燃えるような赤髪と瞳。レイピアを腰に差して、女の割にはデカくて堂々としてる。

 俺の憧れの人と、変わってない。

 年齢も、当時10代後半だったはずだから、同じくらいだ。

 馬には乗るんですか?」

「乗る……」

ラメルは思わず、訊かれてもいないのにボソッと答えてしまった。

それを聞いてカミーユがニヤリと笑う。


「赤毛も女性剣士も珍しくないだろう。

 人に絵空事をぶつけられる立場だと思っているのか?」

「俺は絵空事だと思ってないですよ。

 第一、俺の勘の鋭さをマレス大佐はご存じのはず。

 それが、俺の素行が悪くても雇った理由でしたよね」

クリストフは声を荒げるように怒っていて、今は、カミーユの言葉に二の句が継げないようだった。

そんな冷静でないクリストフを見るに、ラメルは目の前の光景が、カミーユの窃盗以上に重大な事態であることを感じた。

カミーユが自分の勘を信じているように、夢の中の"カタリーナ姉ちゃん"とアデリアの、シルエットと声が一致するのを、ラメルも止められそうになかった。


「馬鹿馬鹿しい、単なる妄想で人違いよ」


アデリアが、やっと口を開いた。

当初は見開いていた目も、今はいつもと変わらぬ眼差しに戻っている。


「第一、わたしが10代のとき、あんたはいくつなのよ?

 そんなガキんちょのときのこと、きちんと覚えてるかっていうの」


そして、半ば呆然としているラメルの肩を掴んだかと思うと、出口に向かってずかずかと歩き出した。


「せいぜい罰や刑が軽くなることを祈っててあげる。

 クリストフ、世話になったわ」


こうして足早に騎士団を去ってから店に着くまで、アデリアはずっと無言だった。


 * * *


 数日経っても、ラメルはアデリアのことを仕事中も考えないではいられなかった。

アデリアは、店ではいつもと変わらない態度で接してきていたが、どこかぎこちなさを感じた。

それは自分の中で起こっている混乱のせいなのか、アデリア自身もぎこちないのか、ラメルには判断がつかなかった。

そして、このいつまでもモヤモヤした状態を抜け出せなかったのは、何よりも、ラメルにカタリーナのことを問いただす自信がなかったからであった。

アデリアはカミーユに、子どもの頃の記憶の不確かさを指摘していたが、それを言うなら自分の記憶も同様であるし、記憶どころか夢の中の出来事なのだ、どこに信用が置けるだろうか。

だからこの話も、信用のおけるブランシュとミシェルにしか話したことがなかったのだ。


「ちょっと、お姉さん」

「は、はい!」


ラメルはカウンターで客に声を掛けられ、はっとした。

先ほど商品を渡したはずの客で、ラメルが手渡した包みを目の前に差し出した。


「お姉さん、俺、オニギリ合計4つ頼んだと思うんだけど。3つしか入ってないよ」

「申し訳ありません」

そうだ、カウンターでオニギリを4つ頼んできたお客さまだ、ラメルは焦りつつも思い出した。


「プラムがないと思うんだけど」

「はい、失礼いたしました。お代は4個分いただいてましたか…?」

今日はカウンターで接客をしているが、何度も注文の聞き間違いや入れ間違いをしている。

仕事に入った頃ならともかく、こんなにミスを連発しているのはさすがに自分でもまずいと思った。


「ラメルちゃん、大丈夫?」

客に正しく商品を渡した後、マリアが見かねてか声を掛けてきた。


「マリアさん、すみません。こんなにミスばかりしていて。

 集中力が足りてないですね……」

「そんなことないわ。

 お客さんがお代金払わずに逃げちゃったり、色々あったもの。疲れてるんじゃない?

 こないだ、急に王都まで2回も行ってもらっちゃって。あれから顔色が優れないもの」

マリアにはすっかり見抜かれているようだった。


厨房から、店長も顔を出す。

「ラメル君、もう今日は午後から休みなさい」

「え、でも……」

「いいんだ。セレン君も今日は午後の配達がなかったはずだし、今行ってるのも近場だし。

 それに、こないだはセレン君が体調を崩して休んだんだ、君も休んだっていい。

 第一、うちは定休日とか有給休暇というものがなくてねぇ、申し訳ないとは思ってるんだよ」


夫妻からは完全、体調不良を疑われていたが、そうでないことを一番よく分かっているラメルは、何度も午後からの休暇を辞退しようとした。

しかし、結局は夫妻に押し切られる形で、しかも半休だと言うのに賄いのデイリーパックまで持たされてしまい、帰宅の途についたのだった。アデリアは店の奥から、それを静かに見つめていた。


――休めって言われてもなぁ、寝て治るもんじゃないもんなぁ……


一番高いところにある太陽を見上げた。そこから、デイリーパックを手に持ったまま、大きく伸びをした。


――だけど、このままじゃいけないことも分かってる。


ミスばかりしていては、店に迷惑を掛けてしまう。

このままじゃ、カミーユでなくてもクビになりそう……と思ったところで、ラメルはハッとした。


――そうだ、荒療治ではあるけど、せっかく時間ができたんだもの。


ラメルは、自宅に戻る道から引き返し、街を出て行った。


 * * *


ラメルが向かったのは、王都だった。

広い街で、ラメルはアレックスの話の節々を思い出しながら、なんとかその場所を探り当てた。

郊外の、住宅が立ち並ぶ中に建物はそびえ立っていた。しかし、目立たなくさせるために植えられたのだろうか、やけに多くの木々に囲まれた建物だった。

あの日、アレックスが守備隊の詰め所にいたことから、何気なく騎士団の施設について尋ねてみたところ、街のはずれに騎士団の寮があることを教えてくれたのだった。


「すみません」

寮から出てきた騎士を呼び止めると、ラメルは尋ねた。


「カミーユ・ドミニク一等兵に面会したいのですが」

「は? あいつ謹慎中なのに?」

一瞬、やっぱりそうだったかという思いと、謹慎中なのにそもそも会えるのだろうかという思いが交錯した。


「まあ、謹慎でも会えないことはないと思うけど。寮は関係者しか入れないから、呼んできてやるよ。

 君、名前は?」

騎士が思い直したように言ったが、今度はラメルが戸惑う番だった。カミーユはきっと自分の名前を知らない。

思いついた勢いで、その名を口にしていた。


「カタリーナといえば分かります」


 * * *


5分もしないうちに、カミーユは寮から出てきた。

しかし、ラメルを見るやいなや、むっとした顔つきになった。


「てめぇ、こないだは他人の名を騙るなって言いやがったくせに」

ラメルは、そこは素直に謝った。


「で? 何の用だ? まだ怒ってんのかよ、金は払ったぜ」

「これ」


ラメルは、デイリーパックの包みを差し出した。店長夫妻がくれたものだ。

夫妻には申し訳ないと思ったが、カミーユに近づく手段をこれしか思いつけなかったのだ。


「お代は結構です。

 もうランチを取った後なら、夜にでもどうぞ。寮から食事が出るかもしれませんが」

「いや、いいぜ。実は寮の飯がまずくて食ってられねーんだよな」

カミーユは、すんなりとデイリーパックを受け取った。

しかし、訝しげにラメルを見つめたままだ。


「だけど、これだけのために来たんじゃねーよな? 何の交換条件だ? これは?」

やはり、察しが良い。


「あなたの知っている、カタリーナさんのことを教えて欲しいんです」

「こんなもんで吐けっつうのか? 甘いな、お前」

やっぱり無理か、なんせ自分とカミーユは最悪の出会いだったのだ、簡単には話してもらえないだろうとラメルは思った。しかし、黙り込むラメルに、カミーユは言った。


「まあ、いい。ここで立ち話でもなんだから、来いよ」

そう言って、寮の中庭に案内されたのだった。


 * * *


「お前、名前は?」

そういえば、名乗りもしていなかった。


「ラメル・ネラドです」

「年は?」

「18です」

女性に対して……と思わなかったわけではないが、カタリーナのことを話してくれるのだからと、気にしないことにした。


「あんた、初めて会ったとき、俺に当たるスレスレでナイフ投げつけてきたよな。

 あの技は、カタリーナさんから習ったのか?」

「いいえ。アデリアさんには、剣に変えろって言われてるんです。

 わたし、アレックス兄さん……あの、こないだあなたが言ってたアレックス・バルトは同じ孤児院で育った兄みたいな人なんですけど……兄さんが剣術習ってるの見てて、あとは自分の勘です。

 まあ、独り立ちするのに護身術は必要だったし、わたしはどちらかと優秀だったみたいなので、孤児院の先生の護衛もしていましたが」

ふーん、アデリアさんねぇ、とカミーユは相槌を打った。

流れで孤児院で育ったことを話してしまったが、特に言及がなく、ラメルは内心ほっとした。


「あそこの店員は女でも皆強いわけ?」

「まあ、身を守れる程度には。配達がありますから。

 採用試験で、アデリアさんと一戦交えましたし」

「まじで? やっぱあの人強いの?」

「そんな、本気で戦って来られるわけないじゃないですか。軽くあしらわれた程度ですよ」

ラメルは面接の日、アデリアと実戦を告げられ、戸惑いつつもかなり本気で掛かっていったが、だいぶ手加減された感じはあった。


「あなたの言うカタリーナさんと、アデリアさんが同一人物か分かりませんけど……。

 カタリーナさんって、10代でもそんなすごい騎士だったんですか」

やっとラメルの質問に移ることができた。


「あの人の言う通り、俺は当時初等学校に入ったくらいのガキだった。

 でも、あのとき見た騎士団の凱旋パレードは忘れられねぇよ。

 カタリーナ・グランデ女史は盗賊ギルドの支部をいくつもぶっ潰したらしくて、大手柄だったんだ。

 15のときに入団して、めきめき実力を上げてたんだとよ。

 美人で強くて、しかも騎士団長の娘とあって、当時はカリスマだったんだ」


途中から熱中して話し始めたように見えたカミーユだったが、ふっと自虐的な笑みをもらした。


「俺もいつか、あんな風に活躍したいと子ども心に思ったんだな。

 まあ、今はこんなザマだけどよ」


先ほどの騎士が、カミーユが謹慎中だと言っていたのを思い出した。


「それで……カタリーナさんは、騎士を辞めちゃったんですか?」

「辞めたっつうか……まあ、俺も詳しいことを知ったのは物分かりが良くなってからだけどよ」

割と有名な話だぜ、と前置きしてカミーユは話し始めた。


「もう10数年経つんだが、まずは騎士団長が死んじまったんだよ。急病とかで」

「騎士団長……というと」

「カタリーナさんの親父だな。フランシス・グランデ騎士団長だったか。

 そいで、カタリーナさんはそのせいか分かんねぇけど、騎士団から姿を消した、と。

 別に親の七光りがなくったって十分やっていけたはずだぜ、実力者だからよ」


まあでも、とカミーユは続ける。


「カタリーナさんのお袋さんは早くに亡くなったらしいし、後ろ盾はなくなっちまったわけだな」

「他に家族はいなかったんでしょうか」

「さあな、俺だって自分の見たことや噂でしか知らねえよ」

もう話が終わってしまいそうだ。

ラメルは何か聞き出せないか考えようとしたが、するとカミーユが尋ねた。


「で? なんで俺に訊く? 俺だってガキだったんだ、詳しいことは知るわけねーだろ」

「そうだけど……アデリアさんだって、クリストフさん……マレス大佐だって、あの態度で喋ってくれるわけないでしょ」

「そりゃそうだ。だけど、何、先輩のこと嗅ぎまわってんだよ」

ラメルは思わずぎくりとしてしまうが、悟られぬよう振舞った。


「アデリアさん自分のこと何にも喋らないし……だから興味です。

 本当にカタリーナさんかは分かりませんけど」

「バカか。俺の話、信じてんじゃあねぇか。じゃなきゃ、わざわざ訊きに来ねえよ」

カミーユには見透かされたように、自分の本意が伝わってしまっている。

クリストフにその勘の良さを買われたと言っていただけのことはあるもかもしれない。


「わたしも、子どもの頃にカタリーナさんに会ったことがあるかもしれないと思って」

ラメルは最早、観念するしかなかった。


「さっきも言った通り、わたしは孤児院で育って、自分の親を知りません。

 カタリーナさんは、もしかしたら、たまたま騎士としてわたしを助けてくれただけなのかもしれないし、

 昔付き合いがあったのかもしれない。

 付き合いがあったのなら、親を知るための、ひとつの手がかりでもあるんです。

 

 ドミニクさん、教えてください。

 あなたは、自分の目を信じるって言われてました。

 どうやったら、自分の勘を信じられるようになりますか?」

ラメルは、自分はコソ泥に一体何を訊いているんだろうと思いつつ、カミーユの答えを待った。

カミーユも、ラメルの質問に面食らったようだったが、少し考えて、カミーユでいい、とぼそりと言った。


「第一、お前、あんだけ俺のことタメ語でまくしたててたじゃねーか、どこ行ったんだよ、あの威勢は」

そして、仕方ねえなとあきれながらも、続けた。


「お前は、逃げる俺を追い詰めて、探し当てたヤツだ。

 だから、教えてやる。

 経験と情報だ。

 

 こうじゃないかと思ったら、聞き込んだり調べたり。

 でも一番頼りになるのはやっぱ自分の目だな。見逃さないために張り込んだりもする。

 ほんで、一度見たことは忘れない、記憶力も。

 それでウラが取れていけたら自信も付くし、勘も信じられるんじゃねぇの」

そう言ったところで、カミーユはふいに笑い出した。


「だけどよぉ、俺はお前を騙したっていうのに、そう簡単に信じていいのかよ」

笑い飛ばすカミーユに、ラメルは返す言葉がなかった。


「ラメルだっけ? 面白いヤツだな。

 また弁当頼みに行ってやるよ。ハピサンの街だったよな?」

「いいですけど、次はちゃんと払ってくださいよ」

だーから、タメでいいってと笑うカミーユに、ラメルは心配になって尋ねた。


「でも……来られるの?

 呼んできてくれた人が言ってた、謹慎中だって。

 クリストフさんだって、重い処分が下るって……」

「おっ、心配してくれんのかよ。

 心配無用、俺はもう辞める」

何の曇りもない表情で言い切ったカミーユに、ラメルが拍子抜けしてしまう。


「マレス大佐が言ってたこと、覚えてるだろ?

 "残れたとしても、出世は望めないだろう"ってな。

 金が貰えないんだったら、諦めて別の仕事をするしかねぇなって。

 食い物も寝床も用意してくれる、実力でのし上がれるって聞いたけど、そうでもなかったな」

自業自得とも思ったが、さっきの"寮の食事がまずい"も不満のひとつだったのだろうとラメルは感じた。


「まあ、当てはあるんだ。心配するな。

 そのうち店に顔出してやるよ」

ラメルはさっきから、カミーユの台詞に何やらむず痒いようなものを感じていた。


「さっきから思ってたけど、何か勘違いしてない?

 心配してないわけじゃないけど、その言い方ってなんだか」

「してねーよ、バカだな」

ラメルの言葉を遮るように、カミーユが笑う。


「でもよ、足の速さに自信のある俺に、まあまあついて来て、

 それであのナイフだろ? ただの小娘じゃないな。

 強い女は好きだぜ」

ラメルは一瞬呆気に取られてしまったが、振り払うように、カミーユに礼を言って中庭を出て行った。


――収穫は、あった。

ラメルは街を駆け抜けながら、そう思った。

少なくとも、明日からは仕事に集中できそうだ、何をすべきかも分かった、とも。


「で? そこで何立ち聞きしてんすか?」

一方、カミーユがラメルの走り去った方を見たまま、煽るように言うと、空気が一瞬張り詰めた。

諦めたように中庭に現れたのは、クリストフだった。


「相変わらず鋭いヤツだな。

 だがすまない、そんなつもりは無かった。

 街中で偶然彼女を見つけたんで、心配になって来ただけだ」

「あなたも、アデリアさんも、よっぽど彼女がかわいいんですね」

「お前が手を出すような子じゃない」

「分かってますって。ちょっとからかっただけですよ」

クリストフは一呼吸置くと、尋ねる。


「さっきのは本気なのか。辞めるというのは」

しかし、内心はカミーユのことはさほど気にしていなかった。


――まさか、彼女にカタリーナの記憶があるとは……


 ラメルがアデリアから、カミーユが処分を待たずに騎士団を退団したことを知らされたのは、それから数日経ってのことであった。


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