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第5章 その2

偶然通りかかったシルバに、ラメルは今起こったことを取り急ぎ説明した。

相手がアレックスの名を騙ったという話をしたあたりで、シルバは「来るんだ」と歩き出した。


「シルバ兄さん、どこに?」

「アレックスのいるところだ。前に聞いたことがある。あれから変わってなければ守備隊の詰め所にいるはずだ」


俺も休みが終わるまでに戻らなきゃあいけない、急げと早足にシルバは歩き出す。


「ラメル。そいつはアレックスの名前を騙ったようだが、そいつ自体は騎士のようだったか?」

歩きながらも、シルバはラメルに問う。


「分からないわ」

「フードの下の服装は? 騎士の格好だったか?」

「そこまで見てないわ……髪が青くて短くて、茶色の瞳をしていたけど」

ラメルがそう言ったところで、シルバが急に足を止めた。思わずラメルはシルバに追突しそうになる。

兄さん…?とラメルが見上げると、シルバは前を見つめたまま、フッと笑った。


「なるほど。ラメル、そいつは騎士だな。後で話す。お前にも関係ある話だ」


 * * *


「シルバ兄ィ! それにラメル! 一体どうしたんだよ!?」

シルバの言う通り、アレックスは守備隊の詰め所にいた。たまたま非番に代わったタイミングだったようだ。

ただでさえ大きな目を見開いていて、目が飛び出しそうに驚いていた。


「アレックス。ラメルが弁当配達で王都に来たところに会ったんだが。

 客に代金を支払わずに逃げられたらしい。しかも、そいつはお前の名前を騙っていたらしい」

「はぁ!? 俺ェ!?」

シルバが簡単にことの経緯を説明すると、アレックスは再び驚いたようだったが、その目は先ほどとは違い、すっと細められ、眉間にシワが寄った。


「そいつに心当たりはあるか」

「ないない。第一よォ、俺はあっちの詰め所にはほとんど行かねぇんだよ。

 そいつとんだ間違いしてるぜ。どこで俺の名前を知ったんだか知らねェがよォ。

 どこのどいつだぁ、ったく」

アレックスは呆れた表情で頭を抱えたが、ここで、先ほどから何やら思い詰めていたシルバが口を開いた。


「アレックス、ラメル。

 俺はラメルの話を聞いて思ったんだが、そいつが騎士じゃないかと思っている」

「え? シルバ兄ィ、一体なんで?」

「ラメルの言う、青い短髪の、茶色の瞳の若いヤツ。こないだ似たようなヤツを王立図書館で見たんだ」

王立図書館……! ラメルは思わずその言葉に耳を奪われた。

シルバが、ラメルに頼まれてクロード・ドーランの情報を調べたのは王立図書館だった。


――まさか、その時に?


「ある調べものをしてたんだが、昔の新聞記事を見ていたら、物陰からコソコソ見てくるヤツがいる。

 すばしっこいヤツで、振り向く度に隠れたんだが、部屋のガラスケースに写ったヤツを見たら、

 まさにその"青い短髪に褐色の瞳"だったんだな。

 しかも、そいつはそのとき騎士団の制服を着ていた。背も、たぶんラメルより少し高いくらいだった。

 偶然なのか分からないが、俺はそいつが犯人というのは十分ありうると思ってる」

シルバはラメルを慮ってか、ラメルのために何を調べていたかまでは触れなかった。

しかし、"昔の新聞記事"という言葉で、あの記事のことだということが十分分かった。


「メチャクチャ怪しいな、そいつ。

 まあ、確かに騎士団といえど、王都の組織はデカいからな。

 俺だって他部署のことは知らねぇし、そいつも知らなかったかもな。よし」


アレックスは、思い立ったように言うと、詰め所にいた騎士に声を掛け、簡単に身支度を整えた。


「シルバ兄も、ラメルもまだ時間あっか? とりあえずあっちに行くぜ。

 俺もトラブルに巻き込まれたことだし、ラメルは被害者だしな。

 シルバ兄の言うことだって、十分、有力情報だぜ。報告だ、報告」

ふたりが頷いたのを確認し、アレックスはふたりを伴って、騎士団の詰め所へ向かった。


 * * *


アレックスが騎士団の詰め所にいた騎士に簡単に経緯を話したところ、急に騎士たちがバタバタと慌しくなった。

皆が"詰め所"と言っているここは、正式には"王都支部"らしく、慌しくしている騎士たちが口々に"これは本部案件だ"と言っているのが聞こえる。何しろ犯人は王国騎士団の騎士かもしれないのである。本当なら不祥事だ。


奥の扉が開くと、クリストフが現れた。先ほどの配達でも顔を出してくれたが、まだいたようだ。本来は本部にいると先ほど言っていた。ラメルのことをじっと見ながら、隣にいる部下からの報告を聞いている。歩い程度聞いたところでラメルたちに歩み寄ってきた。


「マレス大佐。守備隊のアレックス・バルト軍曹であります。

 こちらは……幼馴染で文官のシルバ・ストローブ、ハピサンの街の弁当店に勤めるラメル・ネラドであります。」

アレックスが恭しく敬礼をする。いつも軽いノリのアレックスがピシっとしているのに、ラメルは驚いた。また、クリストフのある位のことを、改めて思わされた。


クリストフはラメルに、また会ったね、と笑いかけ、話し出した。

「そう。ラメル君の幼馴染。というと、孤児院の?」


アレックスは驚愕の表情でラメルを振り返る。

ラメルは小声で説明しようかと思ったが、クリストフが話し出したので、そのタイミングを失ってしまった。


「バルト軍曹、失礼した。彼女の勤務先の先輩と僕は長年の知己でね。

 さて、話は大方であるが、聞いた。ラメル君、災難だったね。

 しかも、我らが王国騎士団が迷惑をかけているかもしれないとのこと、大変申し訳なく思う」


クリストフが頭を下げて礼をするのを、ラメルは思わず席から立ちあがり、おろおろと止めた。


「だが、こうやって幼馴染や騎士団自体に相談を持ち掛けてくれたこと、嬉しく思う。

 先日は、ちょっと無茶し過ぎたからな」

ニヤリとクリストフが笑う。カルムの村の出来事を言っているのだろう。


「まずは、君や、君の幼馴染の目撃情報で、騎士団内をあたってみることになる。

 もちろん騎士団外部の人間の可能性もあるが、まずは身内を洗ってみないとな。少し時間が欲しい。

 だから、今日のところはピジョンに戻るんだ。アデリアには連絡しておこう」


クリストフはそう言うと、ラメルたちとは反対方向を向き、剣を抜き、突き立てた。


「シルフィードよ。

 彷徨う風を集め、我が言霊を、山を越え海を越え、彼の者へ届けよ!」


剣に埋まった緑の宝石が光り輝いたと思うと、一瞬、羽根を持った女性の影が剣にちらついたような気がした。

地面に突き刺さるほどではなかったにもかかわらず、クリストフが手を放しても、剣は自立していた。

柄のあたりが緑色のオーラを帯びたかと思うと、そこにうっすらとアデリアの姿が映し出された。


「クリストフ? どうしたの?」


剣のアデリアの像が話し出した。アデリアは荷物を運ぼうとしている。ピジョンにいるのだろうか。


「アデリアさん?」

「ラメル? そこにいるの?」

思わずラメルが呼びかけると、アデリアもラメルを見つけたように話し出した。


「何かあったの?」

「彼女にケガはないから心配ない……と言いたいところだが、

 あいにく君の店にとっては損なことかもしれない」

そう言うと、クリストフはアデリアに、ラメルに起きた出来事を簡単に説明してくれた。

アデリアは少し眉をひそめて言った。


「まったく……店に入ったときに、無理に追いかけなくていいと教えたでしょうに……。

 追いかけて何されるか分かったもんじゃない」

「すみません」

「まあ、今回は何もなかったんだ」

再びアデリアの説教が始まりそうだったのを、クリストフが仲裁してくれた。


「それにしても、申し訳ないことに、犯人がウチの騎士団員である可能性がある。

 今日のところは彼女を手ぶらで帰らせてしまうが、しばらく調査に時間が欲しい」

「分かったわ。

 ウチだって、従業員にケガさせたくないから無理なことはさせたくないだけであって、

 盗みそのものを許してるワケじゃないから。

 ソイツは確実に捕まえなさいよね!」

「ああ。もちろんだ、約束するよ」

「ラメルに気を付けて帰るように伝えて」


クリストフが頷くと、アデリアの姿と、剣のオーラも消え去った。剣に埋め込まれた宝石も輝きをやめ、クリストフは剣を手に取った。


「今のは……?」

「召喚術だ。僕は風の妖精・シルフィードの使い手なんだ。

 僕の術で、シルフィードをアデリアの元に送り込んで、連絡を取り合っている」


そういえばクリストフに初めて会ったとき、召喚術の使い手だと言っていたことをラメルは思い出した。


「何か分かったら、すぐこうやって連絡するよ。

 なるべく早くできることを願ってやまないが。それでは、気を付けてな。

 

 バルト軍曹、警備の仕事と同時進行で申し訳ないが、他にも君のように被害にあっている隊員がいないか聞き込みをして欲しい」

「はっ」

クリストフは、先ほど経緯を聞いた部下を引き連れると、支部を去って行った。


 * * *


昼休みから戻るシルバと、ハピサンへ戻るラメルとを、アレックスは見送ってくれた。


「ラメル、俺知らなかったぜ。お前、いつの間に大佐なんてすごいお方とお近づきになってんだよ」

支部を出て早々、アレックスがラメルに矢継ぎ早に質問を浴びせる。


「わたしもそんな長い付き合いじゃなくて……

 さっきも見た通り、先輩の幼馴染とかで、よくしていただいてるだけよ」

「だけど、確かに人望はある人かもな。実力があって面倒見もいい」

「そりゃそうだ!」

ぼそっと呟いたシルバに対し、アレックスが激しく同意した。


「珍しいな。普段クールなお前がそこまで人に熱くなるとは。

 上層部の人間なんてお前が嫌いそうなタイプだ」

シルバが驚いたように言った。確かに、どちらかというと反骨タイプのアレックスが、エリートタイプの人間に肯定的なのは珍しかった。


「まあ、そうだけどよ。

 部下ひとりひとりなんて認識できないほどいるだろうに、あの人は、俺みたいな下っ端や若モンに対しても礼儀正しいし」


そこでアレックスはニヤリと笑ってラメルを見つめた。


「いやー、これでラメルの兄貴分ってことが分かれば、大佐もちっとは俺に目をかけてくれるかな!

 なんせ、騎士団に入ったものの、俺は出世とは縁がないと思ってたからな」

「そんなことないわよ」

「あるある。だってよぉ、ラメルは大佐の彼女の妹分みたいなもんだろ」

アレックスは、セレンたちが噂していたことを、サラリと言ってのけた。


「やっぱり付き合ってんのかな……?」

「え? 違うのかよ? あの雰囲気はそうだろうが。

 ってか、上官が分かりやすすぎるのもどーかと思うけどな。

 なぁ、シルバ兄ィ」

シルバはふっと笑みを漏らした。


「まあ、恋愛感情とか、そういうのを超えた絆みたいなのを感じたけどな。

 でも、それは俺たちだって、兄弟みたいなもんなんだし」

「そりゃ、まあな」

「ラメル」

職場が近づいて来たからだろうか、シルバがラメルに向き合って呼びかけた。


「ラメル。さっき言った図書館でのことだが」

普段から真面目なシルバだが、改まった態度に何かを感じた。しかも、図書館の話だ。


「お前も分かっていると思うが、

 さっき言ったことは、お前に頼まれたことを調べていたときのことだ。

 俺は、自分のことは自分で守れるから、多少目をつけられたっていいんだ。

 だけど、ラメルはハピサンに一人で住んでいて、俺や、アレックスでは力が及ばないこともある。

 だからあえて言う。気を付けるんだ」

その言葉に、ただならぬ物をラメルは感じた。触れてはいけないことに、触れてしまったのだろうか?

アレックスが振り返り、どうしたんだよ? と言いかけて自らやめる素振りを見せた。

シルバは続ける。


「俺も、それからアレックスも、ミシェルやジャスミンだって、お前のことを家族だと思ってる。

 だからブランシュ先生のことだって探しているし、お前から頼まれたことにはできる限り協力する」

 ラメルがどうしてあんなことが気になるのか、ラメルが言わない限り俺は訊かない。

 理由は何となく分かりはするが、あまり踏み込み過ぎるのは危険かもしれない」


シルバは、ラメルの肩に手を置くと、ささやくように、しかし研ぎ澄ましたような声で言った。


「慎重に、覚悟して踏み込むんだな」


ラメルは先ほどから驚いてはいたが、迷いは無かった。

まだ、自分がリュファスの言う通りの者なのかは、分からない。

ただ、ルーツはつきとめる。それは決心していた。

視線をしっかりと合わせ、うなづくと、わかった、ありがとう。とだけ答えた。

シルバはそれを笑みで確認すると、アレックスに声を掛けて、役所へと入って行った。


「……俺は、聞かなかった方がよかった話か?」

ふたりの様子を伺っていたアレックスが、ようやく口を開いた。

ラメルは、慌ててアレックスに居直った。


「そんなことない。なんだか、ごめんなさい。

 わたし、ブランシュ先生に自分の親のことを何も教えてもらえなくて。

 まだ何の確証もないけど、そうかもしれないって人のことを、シルバ兄さんに調べて貰ってただけよ」


しかし、それを聞いてアレックスの顔色が変わった。


「やめとけ。ブランシュ先生が言わなかったってことは、お前は知らなくていいってことじゃないのか」

「え?」

「物事にはな、知らないままでいた方がいいことだってあるんだよ。

 特に親のことなんて。

 俺たちは親を何らかの形で失って、俺たちは俺たちで生きてるんだ。前だけ向いて、そんなことはわざわざ調べになんか行かなくたっていいんだ」

アレックスはラメルに構わず続けた。


「わたしはただ……自分が何者か知りたいだけなの」

「ラメルはラメルだ。俺たちと一緒にブランシュ孤児院で育って、今は弁当屋の売り子だ。

 それじゃあダメなのか」

「ダメじゃないよ。ダメじゃないけど……」


ラメルの中に、ふつふつとこみ上げる思いがあった。

しかし、アレックスの眼差しに、それを言うことができなかった。

アレックスの言葉は正しい。でも、彼は前向きな正しさを振りかざすことで、悲しみを振り払っているようにも見えた。だから、ラメルはそこから先の言葉をぶつけることができなかった。

そんなラメルを見て、アレックスも我に返ったようだった。


「すまん。言い過ぎた。お前は……知らないんだな。

 俺は、自分の親のことを知らされて、少なくとも良い思いをしなかった。

 俺だけじゃない。親の置かれていた立場を引き継ぐしかなくて、苦労しているヤツらはたくさんいる。

 それなら、親と関わらない方が幸せかもしれないって話だ」

そこからは、アレックスはラメルに何も訊くことはなく、王都の城門まで送ってくれた。


 * * *


その日、ピジョンに戻ると、アデリアから事情を聞かされた店長夫妻が心配そうにラメルを出迎えてくれた。

アデリアが以前言っていた、

"従業員の安全を優先し、無銭飲食者を追いかけないこと、抵抗しないこと"

という方針は店長が定めたようであり、改めて店長からは無理をしないように注意を受けてしまったラメルであった。よって、代金を徴収できなかったことを謝ったものの、咎められることはなかった。


しかし、ラメルからデイリーパックを奪った犯人は、思いのほか早くに見つかった。


2日ほど経って、お昼のピークを過ぎた後に倉庫の整理をしていたところ、ラメルはアデリアに呼ばれた。

アデリアは緑に光り輝く、羽根の生えた、小さな小さな女性を連れていた。これこそが、クリストフの召喚霊・シルフィードであった。

シルフィードはクリストフの声で話し始めた。つまりは、彼女がスピーカーとなっていたのだが。

店長夫妻、アデリア、ラメルでそれを聞くところによると、やはり犯人は騎士団の人間であったとのことだった。既に身柄を押さえていて、ラメルに確認して欲しいこと、また、未納の代金を支払わせたいため王都に来て欲しいとのことであった。


「払ってくれるのかい。なんだか、申し訳ないなぁ」

店長が驚いて言う。回収不能と思っていたようで、意外と諦めがいいのかもしれない。

もちろん本人からですよ、というクリストフの声に、アデリアは呆れた声を出す。


「まったく、250Gのために、これだけの人間を振り回して」

「いや、実はこれだけじゃない。バルト軍曹のように、名を騙られて、身に覚えのない飲食費や品物代を払っていた騎士が、何人もいたんだ」

「何? 余罪があったってワケ? しかも、皆払ったの黙ってたの!?」

信じられないというように声を上げるアデリアに、クリストフは面目ない、と覇気のない声で答えた。


「支払わないことで大事になることを皆避けたらしいんだ。自分さえ支払えば、自分に罪が降りかかることも、誰かが疑われることもない、とな」

バカバカしい、とアデリアは溜息をつくと、店長夫妻に居直って告げた。


「店長、マリアさん。

 犯人の顔を見ているのはラメルだけなので、ラメルは行くにしても、事が事なので、わたしも同行していいですか。本来こういうことは、店の責任者である店長が行けたらとは思うんですが」

うんうん頼むよー、と店長は軽いノリで承諾してしまう。店からは離れられないのだろう。


「なんなら、仕込みだけなんとかすれば夜は僕とマリアで回せるし、これから行って貰って構わないよ」

店長はマリアと目配せして言った。セレンは昨日から復帰して、早速配達に行っている。

わざわざ申し訳ないと謝るクリストフ、もといシルフィードに、気にするなという風に手を上げて、店長は厨房へと戻って行った。早速仕込みを急ぐようだ。

マリアに見送られ、二人は王都へと向かった。


 * * *


「あっ! この人です! この人に間違いありません!」


アデリアと共に訪れた騎士団本部で、ラメルは彼と対面した。

青い短髪に褐色の瞳、背丈も間違いなく、2日前にラメルからフードパックを強奪した彼だった。

彼はその瞳で、あの日のようにラメルを睨みつけた。


「うっせーな……人を指差して騒ぐんじゃねーよ」

「指差されるようなことをしたからでしょう」

ラメルの背後から突っ込みを入れたアデリアを、彼は意外な表情で見つめた。


男は、特に身体を拘束されることなく、本部の一室の椅子にダルそうに掛けているだけであった。

一室にはクリストフや、その部下と見られる騎士たちがいる。呆れて彼を見つつ、ラメルやアデリアに申し訳なさそうな視線を寄越している。


「カミーユ・ドミニク一等兵。19歳。入団2年目だな」

騎士の質問に対し、ああ、とだけ答えるカミーユを、クリストフは咎めもしなかった。


「ラメル君の目撃情報を元に、騎士団内を当たってみたところ、以前から素行不良と言われていた騎士と特徴がよく似ていることが分かってな」

そう言うと、クリストフはカミーユに近づいた。


「それで、ドミニク一等兵。認めるんだな。

 フードパックを盗った男の残したマントに、君の物と思われる青い髪の毛が付着していた。

 あのマントは、君が王都の防具店で購入した物だということも分かっている。

 残念ながらフードパックの残骸は回収に至っていないが」

「ちっ、そこまで分かってるんならよォ。

 外箱なんてそのへんに捨てちまったぜ」

カミーユは、渋々ポケットに手を突っ込み、テーブルにコインを置いた。


「ほらよ。250G。それ持ってとっとと帰んな。

 ったく、たかが250Gのことで騒ぎやがって」

カミーユはラメルを見て、ほくそ笑むように言った。

クリストフがたしなめたが、ラメルは怒りが収まらなくなった。

カミーユに近寄り、その席の机にバン!と両手を叩きつけた。カミーユの置いたコインが跳ねて、チャリンと音を立てる。


「わたしは店長が作った商品に、誇りを持って商売してんのよ!

 それに、あんたアレックス兄さんに罪を擦り付けようとしたでしょ!?

 あんた、一体どういうつもりで……」

「落ち着いて、ラメル」

アデリアがラメルの肩に手を置いた。

ラメルは我に返った。カミーユは、ラメルの言うことに何も動じてはいなかった。

そっぽを向いて、何も聞こえないような態度だった。


アデリアはラメルから離れると、カミーユに近づき、確かに受け取ったわと言って、コインを掴んだ。

 

「それで? クリストフ。

 この殿方は、どんな処罰になるの? 裁判にも掛けられるわけ?」

アデリアが挑発するようにカミーユを見下ろしながら、クリストフに訊く。アデリアなりのカミーユへの嫌味なのだろう。カミーユの表情が曇る。


「まだ調査中のものもあるから、裁判は何とも、だな。

 処分は、停職か……最悪懲戒免職だな。残れたとしても、出世は望めないだろう」

「そうね……こんな人に騎士を名乗られては困るものね……自業自得だけど」

アデリアはカミーユに踵を返し、ラメルに帰ろうと声を掛けようとした、その時だった。


「あなたはどうして、騎士を名乗れなくなったんですかね」


カミーユの声に、アデリアが目を見張ったのがラメルには分かった。

クリストフが静かにカミーユを振り返る。

一瞬遅れて、アデリアもカミーユを振り返る。


「何の話?」

「ですから、あなたですよ。俺みたいに不祥事を起こしたからですか?

 それとも、拠り所にしてたお父上が亡くなられたからですか?」

カミーユの口調は、さっきまでの不良のような口調とはまったく異なっていた。

椅子からも身を起こしている。かと思えば、アデリアに近づいて、跪いた。


「カタリーナ・グランデ女史。

 前騎士団長の一人娘にして、騎士団のホープ。

 俺は子どものとき、騎士団のパレードであなたを見て憧れました。

 でもあなたは消えてしまわれた。なぜ騎士を名乗るのをお止めになったのですか」


カタリーナ。

その名がアデリアに向けて呼ばれたことに、ラメルは眩暈のするような衝撃を覚えた。

続きます。

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