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第5章

「まさか。あんたがここに来ることになるとはね」


顔を火照らせ、朦朧としていながらも、その目はしっかりとラメルを睨みつけていた。


「店長とマリアさんから、差し入れです。消化のいいものばかりだからって」

動じずにそう答えると、セレンは溜め息をつきながら、上がりなさいよと言って、部屋に入って行った。

頼まれたものを渡して帰るつもりだったラメルは面食らってしまった。

お茶でも……とセレンが言い出したものの、発熱している病人にお茶を淹れさせる訳にもいかないので、

ラメルは差し入れの中から携帯ティーポットを取り出した。

カップをひとつ借りようとキッチンに立ったところで、ラメルはぴたりと足を止めた。


「ああ~……あんたが来るって分かってたら、もう少しなんとかしてたんだけど……」

シンクには使い終わった食器やゴミが満載していた。

「独り暮らしで体調崩したら、ある程度は仕方ありません。

 こっちは任せて、それ食べちゃってください」


 * * *


「あんたさぁ、ずっと訊きたかったんだけど」

食器洗いをするラメルに、セレンは弁当を食べながら話し掛ける。


「こないだ、あんたとアデリアさんをピジョンに送ってきた人」

「クリストフさんですか?」

結局、上級騎士であるはずのジャン=クリストフ・マレス大佐は、本当にラメルとアデリアをピジョンまで送ってくれた。店では店長とマリアに挨拶をして、特に長居はせずに王都へと戻って行ったのだった。


「何? あんたそんなに気安く呼んでるの?

 あと、あたしに敬語はいらないから」

「"あたしの方が先輩だから"って言われましたよね?」

ラメルは、自分が入店した日のセレンを思い出していた。


「そんなの忘れた。敬語で嫌味言われる方がムカつくわよ。

 それにしても、クリストフさんって呼び方は馴れ馴れしくない?」

「クリストフさんがそう呼べって言ったから」

「しかも、まさかの鳩と同じ名前?」

「……ほんとだわ」

ピジョンの伝書鳩・クリスと同じ名前には今気が付いて驚いたが、もうひとつ、ラメルは合点がいった。

自分のことを嫌っているはずのセレンだが、カルムでの一件やクリストフのことを聞きたくて、アパートに自分を上げたのだ。あれ以来、アデリアは頑としてラメルを配達や仕入れには当てなかったし、その分セレンが外回りを担当していた。業務上ラメルとはすれ違いであったし、共に配達に行って以来気まずく、ふたりが話をすることはまず無かった。


「でも、確か名前はジャン=クリストフ・マレス大佐……」

「あの若さで大佐なワケ!?

 で、そのジャン=クリストフ・マレス大佐はアデリアさんの何?」

「幼馴染だそうです」

「幼馴染? マジで言ってるの?」

「クリストフさんが言ったので……」

セレンは完全に食事の手を止めて言った。


「アレはどう見ても男女の仲だけどなぁ~。ふたりで何かを共有している感じ。

 それに、どう見てもクリスさんの視線が、他の人に投げかけるそれとは違うもん!

 先輩への眼差しが違う!

 先輩だって、鳩に彼氏の名前つけちゃって~」

そう語るセレンに、今度はラメルの方が手を止めてしまった。


「意外……セレンも、恋愛について語るのね。

 あんまり語ると、熱が上がるわよ」


敬語を解いたのと同時に呼び捨てにしてしまったが、セレンは気にする素振りを見せなかった。


「あんたも結構言うようになったじゃない。

 言っとくけど、そういうあんたは鈍いわよ」

「仰る通り、恋愛経験なんてありませんよ」

ラメルはイラっとしながらも、片づけを再開させた。セレンは話を続ける。


「それにしても、先輩もあんな優良物件な彼氏がいるのに、結婚せずにこんな店に住み込みで働いてるなんて、なんでだろ」

「それはちょっと、言い過ぎじゃない?」

「思ったことを言ったまでよ。というか、店長とマリアさんも似たようなことを言ってたのよ」

ラメルは、思わず"店長と? マリアさんも?"とオウム返ししてしまった。


「もちろん、先輩は貴重な労働力だから、急に辞められるのは困るけれども。

 あれを見て、やっぱりいつまでもアデリアちゃんに頼ってられないなぁって店長が言ってたわ。

 先輩は10年ピジョンに住み込みで働いてるのに、店長もマリアさんもクリストフさんのことは初めて知ったって。あたしもあんたと入店は同じくらいだけど、先輩のプライベートを見たのはこないだが初めてよ」


――セレンはともかく、店長夫妻が10年知らなかったのは意外だな……

ラメルは相槌を打つしかなかった。


「最近アデリアさんが分からなくなってきたわ。

 頼れる先輩と思っていたけど、例の件以来、一切外回りの仕事を回してこないし、まだ怒ってるのかなって……」

ラメルは思わず弱音を吐いてしまったが、セレンは首をかしげて言う。


「そんな怒ること? たまたま村のいざこざに巻き込まれただけなんでしょ?」

セレンはアデリアから、詳細については聞かされていないようだ。これは察するに、店長夫妻も同様のようだった。


「ケガだってすぐ治ったんだし、結局プラムは卸して貰えることになったんだから結果オーライだと思ってたけど。それに!」


セレンはニカッと笑ったかと思うと、自信満々に言ってのけた。


「わたしの熱が下がらなければ、あんた、明日にでも配達させられるって!」


 * * *


 簡単にキッチンを片し、少しお茶をいただいたところで、ラメルはセレンのアパートを後にした。

ふたりの険悪だったムードが少し緩和されたように思えて、ラメルは気が楽だった。

しかし、自宅の郵便受けに茶封筒が覗いているのを見つけると、ラメルはすぐ我に返った。

即座に取り出し、裏返す。差出人の名はシルバ・ストローブ。

同じ孤児院で育った、兄のような存在だ。

待ちに待った"報告書"が着た、とラメルは思った。

自宅に入ると、玄関の施錠と点灯以外は何もせずに開封した。


"ラメルへ

 

 元気にしているか?

 ミシェルからも、仕事に励んでいると聞いていたが、手紙には少し驚いた。

 俺もまだ王国の文官になって数年のヒヨッ子でしかないし、私的理由でそういったことを調べるのは難しい。

 ただ、王立図書館で過去の新聞記事を見つけることができた。

 小さな記事の写し書きで申し訳ないが、少しでも参考になればと思う。

 ちなみにこの後の記事も探してみたが見つからず、事件は未解決のようだ。

 また見つかれば連絡する。ブランシュ先生のことも。

 もし配達で王都に来ることがあれば、会えることを祈る。

 孤児院のメンバーで揃って顔合わせでもしたいものだな。


                                       シルバ"

便箋をめくると、次の用紙にはこう書かれていた。


"伝説の賞金稼ぎ、報復により殺害か!?


 15日朝、グラソン山の麓にて、男性が倒れているのをハイキングに来た通行人が発見した。

 男性は死亡が確認され、王国騎士団による身元確認によれば、クロウド・ドーラン氏(30)とみられている。

 クロウド・ドーラン氏は近年、騎士団へ盗賊ギルドに関する有力情報を何度も提供し、盗賊ギルド幹部の逮捕へとつながった件も多いことから多額の懸賞金を得ており、冒険者ギルドでは『伝説の賞金稼ぎ』と呼ばれていた。

 遺体は体中が刺し傷や打撲だらけであり、指や耳などが欠損している状態だったことから、盗賊ギルドによる報復により殺害された可能性も含め、騎士団・自警団は殺人事件として捜査している"


――賞金稼ぎだかなんだか知らねぇが、人を取っ捕まえて金を稼ぐなんて人が知れねぇ。


――結局ドーランは始末されたらしいが、娘はどこ行ったか分からねえって。


リュファスの話を思い出す。朋輩から聞いたと言っていた。それなら間違いないだろう。

しかし、この後の経過について記事がないということは、本当に犯人が特定できないのか、触れられない事項なのだろう。


ラメルは、先日のクリストフとの会話で、彼がアデリアを特別に思っていることは分かった。

しかし、セレンとは全く別の受け止め方をしていた。


――アデリアの頼みだからね。君だって孤児院の友達や先輩は特別だろう?


――アデリアのかわいい後輩のためなら、僕のコネを使って……


そう、クリストフほどではないが、自分にもそういう思いを掛けてくれる人がいたのだ。

シルバ・ストローブは10歳近く年が離れているが、同じ孤児院で育ち、自分やミシェルを妹のようにかわいがってくれていたひとりである。

学業に秀でていたシルバは、ラメルの知る孤児の中でも唯一、奨学金を得て大学に進学し、卒業した現在は王都で文官を務めている。

カルムから戻っですぐ、ラメルはミシェルからシルバの住所を訊き出し、クロウド・ドーランという人物を知りたいと相談を持ち掛ける手紙を出したのだった。


――それにしても、グラソン山なんて……


グラソン山は、ブランシュ孤児院のあるフロガー村の西にある山だった。


――すぐ傍にいたんじゃないの……


ランプに照らされた文字を、ラメルはそっとなぞった。


記事の日付は13年前となっている。

ラメルは当時5歳。ブランシュ孤児院に預けられた年と一致している。

ブランシュの、ラメルが孤児院に預けられた後、父親は近くで遺体となって発見されたという話とも矛盾がない。


――この家を買った遺産も……賞金稼ぎってどれくらい稼いだのかしら……

  やっぱり、この人が、お父さん……?


その日は考え続けて、あまり寝た気がしなかった。

もちろん、考え続けたところで、今ある情報で答えが出るはずもなかった。


 * * *


翌日になってもセレンの熱は下がらなかったことが、朝のミーティングで知らされた。


「昨日1日だけなら良かったんだけど。

 わたしも仕入れや事務作業があるから、今日はラメルに一部配達に行って貰おうと思ってる」


なんと、セレンの言っていた通りになったではないか。しかし、アデリアの表情は厳しかった。


「でも、前回のことがあるから、ラメルが今日担当するのは港町トレークと、王都方面。

 王都なら騎士団の警備も厳しくて、うっかり変な奴に会うこともないだろうから」


淡々と言うアデリアだが、カルムの村での盗賊の件を暗に示唆していることが十分すぎるくらいに分かった。

店長とマリアもそんなアデリアを横目で窺っている。


「だけど、何かあったら、すぐ助けを呼ぶこと。騎士団の詰め所に行けばクリストフもいることだし。

 ひとりでどうにかしようとしないこと。それから、余計なことには首を突っ込まないこと。

 いいわね?」

「……はい」

二コリともしないアデリアは、変わってしまったなとラメルは思った。

もちろん、自分のせいであることは分かっていたが。

弁当の山の前に置かれたリストを確認する。


――随分多いと思ったら、まさにその詰め所にお届けか……

  ん? この名前は……


懐かしい名前を目にし、ラメルは勇んで港町トレークへ、そこから王都へと向かった。


 * * *


――まだ来てないな……


王都の中央公園にある時計台の前で、ラメルは残りひとつの弁当を持って依頼人を探していた。


既に、騎士団の詰め所に30個もの弁当を届けに行っていた。

詰め所にはクリストフが待ち構えていて、詰め所にいた騎士たちは大佐直々の対応に目を丸くしていた。

さすがにラメルも、クリストフとアデリアの心配のしようには恐縮してしまった。

だが、代金をまとめて支払った騎士によれば、度々このような詰め所への配達は頼んでいるとのことで、

そこには安堵したラメルであった。


次に、個人宛の配達に行ったが、これがまた意外な人物であった。

待ち合わせの場所へ向かうと、どこからともなく声が聞こえてきた。


「ネラド君……ネラド君……ここじゃ、ここ」


ラメルが振り向くと、なんとベンチに座っていたのは、あのガルド・シモンその人であった。

思わずガルド・シモン様! と言いかけたところで、シモン氏は「しーっ」と慌てて人差し指を当てた。

それもそのはず、シモン氏はあの屋敷での高貴な初老紳士の装いではなく、頭にかぶり物をし、異邦人の商人といったいで立ちであったからだ。


「い、いったいどうしたんですか、その恰好……」

「なーに、ちと使用人の目をかいくぐって屋敷を抜け出すのにな。

 わしのスキヤキ弁当はあるかね?」

「スキヤキ弁当? え、まさかスキヤキ弁当注文のジャン=ピエール・マルタンというのは……」

スキヤキ弁当というのはピジョンで最高額の弁当であって、滅多に注文の出ないメニューである。

これまでラメルが届けたことのあるのはシモン氏だけで、さすが富豪としか思わなかったのであるが。

そして、ジャン=ピエールも、マルタンも比較的よく見られる名前ではある。


「このわしじゃ!」

「そんな……偽名まで使ってうちにご注文いただかなくても……」

「ほっほっほ。まあ、ちとこの後用事があってだな」

朗らかな笑顔でシモン氏は答えたかと思うと、一瞬、真剣な眼差しであたりを見回した。

思わずラメルも視線を追ったが、特に気になることはなかった。次にシモン氏を見たときには、表情は元に戻っていた。


「それじゃあ、ネラド君、また頼みますなぁ~」

代金と引き換えにスキヤキ弁当を受け取ると、シモン氏は颯爽と去って行った。


そして、最後の配達に至る。


「アレックス・バルト……」


ラメルはこの人物をよく知っていた。

しかし、長い茶髪で、太い眉毛に凛々しい目をした騎士は、約束の場所にはまだ来ていないようだった。

ブランシュ孤児院の閉院前に挨拶に来ていたから、そう容姿が変わっているとも思えなかった。

……もちろん、先ほどのシモン氏のようなことがないとは言えないが。

街の警備の業務にあたっていると言っていたが、少し抜けて来てくれるのだろうか。


「"フードパック・ピジョン"か?」


突如、ラメルの前にフードを被った男が現れた。

落ち着いた若い男性の声であったが、ラメルは違和感を覚えた。


「ええ。そうですが」

ラメルはここでピンときた。孤児院の先輩であるアレックスは、ラメルやミシェルとも年が近く、こうしてよくふざけて遊んでいたとラメルは思い出していた。アレックスが自分をからかっているのだと信じて疑わなかったのだった。


「アレックス・バルトだ。注文のものを受け取りに来た」

しかし、その予想を裏切るように、男性はフードを脱ぐこともなく、顔さえ見せずに淡々と言ってのけた。

そういえば、背丈も、アレックスはラメルが見上げないといけない程に上背があるが、この男性はどちらかというと小柄で、ラメルより少し高いくらいだ。

同姓同名か。先ほどのシモン氏の偽名ではないが、アレックスだってよくある名前でもある。

ラメルは期待を裏切られた気もしたが、気持ちを切り替えて仕事にあたった。


「失礼いたしました。デイリー・パックおひとつですね。250Gお願いいたします」

カバンからデイリー・パックを出しながら言うと、アレックス・バルトはこう言った。


「代金だが、騎士団の詰め所から受け取ってくれないか」

「え?」

「私は王国騎士団の騎士だ。任務中で今、持ち合わせがない。名前と要件を伝えてくれたら分かる」

どういうこと、とラメルは一瞬困惑してしまったが、すぐに毅然と答えた。


「恐れ入りますが、商品は代金を引き換えでお渡ししております」

「だから、今こうやって潜入捜査をしているんだ、持ち合わせがないと言っているだろう」

「しかし、先ほど詰め所に別件でお届けしましたが、そのようなお話は聞いておりません」

「そいつが知らなかっただけだろう。とにかくアレックス・バルトと言えば通じるから」

毅然と答えたものの、苛立ちながら言い返してくる客に、内心ラメルは焦りを感じていた。

今まで、アデリアやセレンから、料金を踏み倒された話がなかったわけではない。

そのために商品と代金の引き換えルールを徹底しているのだと説明を受けた。

そして、そのルールは、弁当屋ピジョンに限った話ではなかった。

今日、代金を支払った騎士から聞いた話である。


「騎士団の方も、いつも代金と引き換えで商品を渡しているということで、

 ルールを徹底なさっているとお聞きしておりますが。

 なんでも、"ツケ"をしたり、払った払わないの金銭トラブルを起こすことは、騎士団の名誉と気品を汚す行為だということで……」

「クソッ!! 話が長ェんだよ、このアマが!」

なんと、ラメルが話し終わらないうちに、男はラメルが手にしていたデイリー・パックを奪うと、駆け出したのである。


「なっ、まさか食い逃げ……じゃない、窃盗!?」

これにはラメルも一瞬呆然としてしまったが、すぐに男を追いかけ始めた。

公園には人がまばらにいて、アデリアの忠告を思い出したラメルは、大声で叫んだ。


「捕まえて―ッ! ドロボウーッ!」

幸いと言っていいのか分からないが、男はフードのついたマントを着ており、それなりに怪しく見えたので、道行く人はすぐに男に目が行った。

しかし、小柄な体格のせいか、すばしっこく逃げる男を誰も止められなかった。


――アイツ、まさかアレックス兄さんの名前を騙った……?


走りながら、ラメルはハッと気が付いた。もちろん騎士団の中にも同姓同名がいるかもしれないが、もしかしたら、アレックスは料金踏み倒しの汚名を着せられ、窃盗の罪にも問われるかもしれない。

それだけは避けたい。ラメルは腕と足に力を込めて走った。しかし、段々と引き離されていく。


――ダメだ。この間のリュファスのこともあるから、なるべくファイアは使いたくないし……

  ええい、少し手荒だけど仕方がない!


ラメルは、少しためらいながらも、腰のナイフを抜くと、男目掛けて投げつけた。


――お願い! ケガさせるつもりはないから!

「うわっ!!」


なんと、ラメルの祈りが通じたのか、ラメルのナイフは回転しながら男のフードマントを串刺しにし、

道沿いの家屋に突き刺さった。マントに後ろ髪を引かれるように首を絞められ、男がうめき声をあげて転んだ。

同時に、男のフードがやっと脱げた。青い短髪に端正な顔立ちをした、若い男だ。

息も絶え絶えにラメルが近づくと、男は褐色の瞳でこちらを睨みつけ、貴様……と呟く。


「こんな大ごとにしやがって……」

「ハァハア……どっちが……?

 第一あなた……ハァハァ……本当に、アレックス・バルトなの……?

 警備のアレックス・バルトに罪を着せようとしているなら、許さないから……ハァハァ……」

すると、男の表情は一変した。"なぜ知っている"とでも言いたげな表情に、ラメルは内心ニヤリとしたが、それも束の間のことだった。

男は突如マントから小瓶を出したかと思うと、親指で蓋を器用に外した。

ラメルが気付いたときには、男の周りに煙幕が広がり、男はナイフに突き刺さったマントだけを残して跡形もなく消えていた。


――嘘でしょ!?


ラメルは駆け寄り、ナイフを引っこ抜いてマントを調べたが、もちろんもぬけの殻だった。


――あの小瓶……一体何……?


「おい、もしかして……」

背後から声を掛けられたのにも気が付かず、ラメルは呆然とマントを握りしめ、しゃがみ込んでいた。


「ラメル? おい、ラメルか?」

肩を叩かれ、ようやくラメルは我に返った。


「ラメル? どうした? 大丈夫か、こんなに息も上がって……何かあったのか?」

ラメルを見下ろすのは、長い前髪を垂らし、上質なローブと上着を身に付けた男性。


「シルバ、兄さん……」

「そういえば、こないだの手紙、届いているか?

 配達に来るなら会いたいと書いたんだが、奇遇だな。

 それにしてもどうしたんだ」


なんと、賞金稼ぎのクロウド・ドーランの情報をくれた、シルバ・ストローブであった。

「兄さんこそどうして……」

「俺の職場はすぐそこだ、昼休みに出ようとしたら、見覚えのある顔だなって……」

"それよりもお前はどうしたんだ"という表情を拭えないまま、シルバは話した。


「シルバ兄さん……その場からすぐいなくなれるような小瓶ってある?」

「うん? 姿くらましのことか? ちと高価で普通の道具屋には売っていないが、この街なら魔法屋で手に入るんじゃないか?」


そう……とラメルはうつむき加減に言った。


「兄さん……わたし、代金貰えずに逃げられてしまった……」



鳩の名前とマレス大佐の名前が同じだったことに気づいてしまい(完全ミス)、大佐の名前を"クリストフ"に変えました…

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