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第4章 その2

 爆発の衝撃により閉じた目を開くと、ラメルを取り巻いていた盗賊たちの影が消えていた。

自らの放った衝撃に、ラメルも眩暈を起こしそうだった。


――効いた? 今のうちにっ!!


しかし、まだ煙幕の漂う中、ラメルは我に返ったように、ピエールとオリビアの方へ駆け寄った。

駆け寄る途中、何か柔らかいものを踏んづけた気がしたが、気にしないことにした。

ふたりは唖然としてラメルを見つめていた。どうやら巻き込まれずに済んだらしい。


「あなた、一体……」

「詳しい話はあと! どれくらい効いたか、わたしにも分からないからっ!」


口を開きかけたオリビアを制し、3人は小屋から脱出した。

しかし、そこで「待て!」という声が聞こえると、やはり大した効き目ではなかったことが分かった。


「この後の算段立ってるんでしょうね?」

先頭に立って、山道を駆け上がり出したピエールをオリビアと追いかけながら、ラメルは尋ねる。


「もちろん! こっちだ!

 このまま村と反対側に山を抜けると漁村がある!

 そこで船を借りるか、無理なら陸路で王都方面に逃げるつもりさ!」


行き当たりばったりで強引に思えたピエールだが、さすがにそこは考えていたらしい。

だが、ふいにオリビアが「ひっ」と声を上げたかと思うと、立ち止まった。

思わずラメルも、先に行っていたピエールも立ち止まる。


「どうした? オリビア?」

「もしかしてケガでも……?」

「違う! ケガしてるのは、あなたよッ!」


オリビアの青ざめた視線を追って、ラメルは自分の足を見つめた。

右足のブーツが途中でぱっくり割れて、地肌が真っ赤になっていた。

よく見るとブーツの切れ目は焼け焦げている。自分の魔法に巻き込まれたのだ。

切迫していたせいか、気が付かなかったが、どうりで先ほどから息が上がり、頭がクラクラするわけだと、ラメルは思った。

ケガしていることを自覚したところで、やっと鈍い痛みがじんじんと湧き上がってくるようだった。


「手当てしないと……」

「いや、さっき、待てって声が聞こえた。じきに追ってくるから、そんなことしてる暇はありません」

自分の足もとにしゃがみこもうとしたオリビアの横を、ラメルは素通りした。


「大丈夫、大丈夫ですから。

 それに、自分で魔法をコントロールできなかったせいで、こうなったんだし……。

 ピエールさん、道案内をお願いします」

「お、おう」

しかし、さすがのピエールも、全力疾走はやめて、後ろを気にしながらの早歩きに変えた。

敵はすぐ後ろに迫っているわけではないようだったが、時間の問題だとラメルは思った。


 しかし、しばらくして、ラメルはふたりから取り残されるように歩いていた。

オリビアがラメルを振り返りつつ、ピエールを問い詰めている。もはや会話の内容も聞き取れなかったが、ラメルと共に助けに来るまでの経緯をきいているようだった。

もはや右足を地面に着くだけでも、激痛が襲うようになっていた。


「あの!」

ラメルが声を上げると、ピエールとオリビアが驚いてこちらを振り返った。


「あの……先に行ってください……」

「何を言ってるの!?」

オリビアが怒ったように叫ぶと、ラメルに駆け寄った。


「今ピエールから聞いたわよ!?

 あなた、さっきアイツに言った通り、本当に商人なんじゃない!

 商人なのに、ピエールに言われるがまま来て、盗賊をやっつけて……

 わたしなんかのために、こんなことになって……

 置いていけるわけないじゃない……!」

どうやら、無鉄砲なピエールとは違って、オリビアは常識人のようだった。

たまたまやって来た商人を村の問題に巻き込んだと知って、取り乱しているようにも思えた。


「やっつけては……ないんです……。

 初めて唱えた魔法だったから……うまくできなくて……それほど効いてないと思うんです。

 だから、先に行って欲しいんです。

 盗賊はあなたを人質に取ってたんですよ? 目的はあなたです。

 このままだと、3人一緒に捕まります。

 道を知っているのはピエールさんだけみたいだし、ピエールさんもあなたを一人にはできないでしょう。

 だから……行ってください」

「なんでそこまでして……」

「逃げられる人が、逃げて生き延びることを優先してるだけですよ」


ラメルの頭の中は足の痛みに侵されていたが、あくまで冷静だった。


「なんでと言われたら……見捨てられなかったからでしょうか。

 でも、あなたは大農家のお嬢さんで……その立場を棄てるとしても、ピエールさんがいる。

 わたしは仕事があるけど、まだ始めたばっかりだし、家族はいないんです。

 自分が誰かも知らない。

 孤児だったから……あなたが今しているような、そういう悲しい目で、ずっと見られてきたんです。

 だからわたしは……いいんです」


ラメルの言葉に何かを感じたのか、オリビアはそれ以上何も言わなかった。

やがて、ピエールに促されると、ふたりで足早に去って行ってしまった。


――ふう……そうは言ってもどうしようか……

  道は分からないし、助けも求められないし……

  とりあえず自分で傷の手当てを……


ラメルがしゃがんで荷物袋に手を掛けたところで、すぐ後ろからザクっという物音がした。

振り返ると、なんとリュファスが迫っており、地面に自らの大剣を杖のように突き刺しているところだった。


――しまった、やつら山道に慣れている……

  足音を消して近づいてきたか……


土がやわらかい山道は、草を揺らさなければ足音もしない。

ラメルたちの後を静かに追ってきたのだろう。

目をギラギラさせてラメルを見下ろしている点で、剣を地面に突き立てたのは、わざとだろうと思われた。


「貴様……あれで俺までくたばったと思ったか……?

 あいにく無傷だ」

冷たく言い放つと、リュファスはニタリと笑った。


「いえ……むしろ目眩ましにしかならなかったと思ってる……」

「ほーぅ。自覚あんのか。

 ありゃあ、フレイムっつーか爆発だな」

からかわれたように思われたが、変わらずリュファスの視線は冷たかった。


「てめぇの傍にいたヤツらは重傷だ。なんてことしてくれやがる。

 いや、それよりも、もっと貴様を許せねえことがあるんだ」

そう言うと、リュファスはラメルに歩み寄った。

ラメルは思わず、足を引きずりながら後ずさった。

斬られることよりも、もっと危うい何かが近づいてきそうだったのだ。


「貴様……ドーランの娘か?」


「え?」


「とぼけるんじゃない。

 そんな小娘のくせに、暴発させたとはいえ炎魔法の素質があって、

 なおかつ、昨日はナイフでうちのを痛めつけてくれた。

 

 俺の親父はドーランのせいで取っ捕まって、そのまま牢屋ン中で死んじまった!

 賞金稼ぎだかなんだか知らねぇが、人を取っ捕まえて金を稼ぐなんて人が知れねぇ。

 親父の朋輩のオッサンたちが言ってたぜ……

 ドーランは剣と炎魔法の使い手で、まだチビの娘がひとりいたってな。

 結局ドーランは始末されたらしいが、娘はどこ行ったか分からねえって。

 俺はずっと探してたんだ……親父の仇をとるためにな!」

そう言うと、リュファスは剣を構えて、近寄って来た。


「待って……わけが分からない。

 何の根拠も無いじゃない!?」

「じゃあ証明できんのかよ? そうじゃないってことをよ?

 聞こえてたぜ、てめえが孤児だってことな」

先ほどのオリビアとの会話だ、とラメルは思った。

あのときからリュファスは追いついて来ていて、

ターゲットは既に、オリビアから自分に変わっていたのだ。


「ったくよぉ。

 これでカルムを取り込んで、俺も親父みたく幹部に認められるってとこだったのによ。

 お嬢を逃がして台無しにしてくれやがって。

 自分と直接関係ないことに手ェ出してくるのも親にそっくりじゃあねぇのか?

 ドーランは金目当てだろうがよ。金も払われねぇのに首突っ込んできた貴様は余計気にくわねぇ!」

そう言うと、リュファスは大剣をラメルに向かって振り下ろした。

ラメルは身をかわし、すんでのところで剣をすり抜けて、そのまま転がり距離を取った。


「手負いのくせに、すばしっこいヤツめ!」

それが、リュファスには気に障ったらしい。余計にカッとなったように追ってくる。


「ファイアッ!」

「くっ」

ラメルはリュファスの顔めがけて魔法を唱えた。しかし、微々たるものにしかならなかった。

それも当然、こんな山中には炎などない。先ほどの暴発でラメル自身消耗していたのもある。

しかしそれを分かった上でのことで、ラメルはあえてリュファスの目元で小さな花火を散らしたのだ。

その隙にラメルは再び間合いを取る。

とにかく間合いを取りつつ戦法を考えるしかなかった。

リュファスの大剣とラメルのナイフでは、パワーも劣る上に、足をケガしていては敵いそうにない。

かと言って、炎魔法にはこれ以上頼ることもできない。圧倒的に不利だった。


「コイツ……もう二度と同じ手には掛かんねぇぞ!」

再び、リュファスは大剣を振りかざし迫って来た。


「ファイアッ!」

「ぐわっ、コイツ……!」

ラメルは、次にリュファスの手元を狙った。

大剣はいとも簡単にリュファスの手から滑り落ちた。

先ほどから何度も大剣を地面に突き、振り回すのもヤケになっているのを見て、使い慣れていないことをラメルは見抜いていた。恐らく怒りに任せて、誰かの大剣を持ってきたのだろう。


「貴様がそうくるなら……次はもう一発でしとめてやる……!」

リュファスは腰から短剣を抜くと、走って近づいてきた。

ファイアの魔法も、もう見切られてしまっている。

何度か唱えてみたが、避けたり、ナイフで跳ね返されてしまうようになってしまった。


――このままではやられる……!


そうラメルが思ったときだった。

何かが物凄いスピードで突っ込んできて、リュファスの腕を切り裂いて行った。

ナイフが吹っ飛び、リュファスのうめき声と共に、鮮血が飛び散った。

腕を抱え込み、リュファスは崩れ落ちた。

リュファスの腕に刺さったものをよく見てみると、それは矢だった。


「かかれ! 取り押さえろ!」

そう男性の声が響いたかと思うと、揃いの鎧兜に身を包んだ群集が木々の陰から次々と現れた。

鎧兜の男たちは、雄叫びを上げながらリュファスを取り囲み、あっという間に捕らえてしまった。


「間に合ったのね! もうだいじょうぶよ!」

それを呆然と見ていたラメルに駆け寄ったのは、なんとオリビアとピエールであった。


「あなた……本当にごめんなさい。

 名前も知らないあなたに助けて貰ったのに、そのあなたを見捨てようとして……」

「もうだいじょうぶだからな! 王国騎士団が既に村に向かってたんだ!」

オリビアの謝罪の横でピエールが話し出し、ようやく状況がつかめてきた。

しかし、なぜ王国騎士団はカルムの危機に気がついたのか?


「君が、ラメル・ネラド君かね?」

リュファスを捕らえた騎士とは違う鎧に身を包んだ騎士が近づいてきた。

先ほど指示を出した声と似ているようだったから、上官なのだろう。


「ええ、そうです」

「わたくしはアジョワント少佐である。

 カルムの村に商談に行った従業員と連絡がつかないとの連絡を受け、グランパントから駆け付けた」

「あ! 今何時ですか?」

「もう昼になろうとしているかね」

ラメルは思い出していた。

アデリアから、西都グランパントを出るときに、ピジョンに伝書鳩を飛ばすように言われていたのだった。

連絡が無いことから、何かがあったとアデリアは思ったのだろう。


「それだけではない。

 ここ最近、農業で生計を立てているはずのカルムの村人の行き来が見られないという報告を受けていた。

盗賊が絡んでいるやもしれぬと危ぶんでいたら、これだ。

 事情はそこの青年から聞いた。山小屋で君が倒した盗賊たちも確保している。

 君の健闘を称えるよ。

 さあ、村に戻り君の手当てをしよう」


何人かの騎士たちに支えられ、オリビアとピエールに見守られながら、ラメルは村へと戻った。


 * * *


「ネラドさん! 本当にこの度は娘を助けていただいて……

 何とお礼を申し上げてよいものか……!!」


娘のオリビアと再会したウルス氏は、土下座せんばかりの勢いでラメルに頭をペコペコ下げていた。

横でオリビアが、複雑そうな表情をして立っている。


「パパ!

 お礼どころじゃなくて、ネラドさんには謝らなくちゃいけないでしょう!

 うちと取引できないか来ただけだったのに、巻き込んでケガまでさせて!

 

 ピエール! そもそもあなたが強引にネラドさんを連れて来たから……」

「まあ、これで村も盗賊からは開放されたし、良かった良かった!

 村も元通り農作物の取引ができるし、ラメルちゃんの店とだってきっと取引できるって。

 そうですよね、親父さん!」


いつの間にかピエールはラメルのことを馴れ馴れしく"ちゃん付け"してしまっている。

そもそもピエールに自己紹介した記憶は無いのだが……恐らく、先ほどの騎士との会話を聞いていたのだろう。


「お、おう、ピエール、もちろんだとも!

 落ち着き次第、プラムを卸すようにさせて貰いますので!

 なんなら、これからお帰りになるまでに、その旨手紙も書かせていただきますので、言付けください!


 いやぁ、ピエール! お前もお手柄だったなぁ! ガハハ!」

「パパもピエールも……まったく……」

手紙の用意をしに出て行ったウルス氏とピエールを、オリビアは呆れた顔で見送っていた。

ウルス邸の一室を借りて、ラメルは傷の手当を受けていた。

回復魔法の使える騎士からの治療も受け、今日中にはハピサンの街に帰宅する目処も立っている。


「ネラドさん……」

「あの、ラメルでいいですよ……」 

「じゃあ、ラメルさん」

オリビアは、ラメルに居直って、話し始めた。


「本当に今回はごめんなさい。

 村やわたしのことで、あなたがケガをして、盗賊に目をつけられたかと思うと申し訳なくて……


 ピエールも父もいい人なんだけど、どうも楽天的で、後先考えないところがあるというか……」


そう言うオリビアは、数日盗賊に捕らわれていたものの、特に危害を加えられたりすることもなく、ほぼ無傷だったようだ。


「いえ、いいんですよ。こうやってケガだって治りましたし!」


――それに、目をつけられたのは、たぶんわたしの問題だしね……


フレイムの魔法をきっかけに、ターゲットは明らかに自分に変わっていた。

ここでラメルは、改めて自分の生い立ちを追い求めなくてはと意気込んでいた。


「オリビアさんも! 機会があればぜひうちにプラムの塩漬けのオニギリを食べに来てくださいね!」

「え? ええ。

 オニギリというのがどんなものか分かりませんけど、プラムの塩漬けはとても気になりますし……。

 でも、どうぞお大事になさってくださいね」

オリビアが自分を一心に見つめる瞳が、複雑そうに揺れているのが気になりながらも、ラメルは騎士団に警護されつつ、カルムを離れたのであった。


 * * *


「ラメル!」


港町トレークでは、血相を変えたアデリアが待ち構えていた。

船着場に着くなり、アデリアは駆け寄った。それを追うようにアデリアの隣に立ち、なだめるような視線を投げかけたのは、高貴そうな鎧とマントに身を包んだ金髪の騎士だった。


「マレス大佐、彼女がラメル・ネラドさんです。

 確かに護衛し、お連れいたしました」

アジョワント少佐がラメルを金髪の騎士の前まで連れて来て、敬礼をした。


――大佐ですって……このアジョワントさんより偉いの……?

  どう見てもまだ20代か30代じゃない……


アジョワント少佐は40台前半ぐらいと思われた。

険しい表情のアデリアと、落ち着いて「ご苦労だった」と話すマレス大佐をラメルはきょろきょろと見比べた。


「ラメル・ネラドさん。無事でよかった。

 魔法が効いて、足の方もいいようだね。

 

 私はジャン=クリストフ・マレス。

 盗賊の逮捕に貢献してくれたこと、感謝する」

「感謝って……そんな言い方……!」

アデリアがマレス大佐に思わず抗議の声を上げたが、構わずマレス大佐は続けた。


「私が二人をハピサンまで送っていく。

 それぞれ持ち場に戻って結構だ。ご苦労だった」

はっという声と共に、騎士たちは退いて行った。

ラメルは言われるがまま、気まずそうなアデリアと、それらを気にしないかのようなマレス大佐と、ハピサンの街へと歩いて行った……


 * * *


 道中、マレス大佐は優しくラメルに話し掛け、とても騎士団の若き幹部とは思えないような気さくさであった。かといって、けしてチャラチャラしている訳でもなく、その紳士ぶりこそ、幹部ゆえのものだと思わされた。

 彼の話から、マレス大佐とアデリアとは幼馴染で、ラメルと連絡が取れないとアデリアがマレスに連絡し、王国騎士団のグランパントの支部に連絡したのがマレス大佐であったと分かった。グランパント支部は、アジョワント少佐も言った通り、ここ最近カルムの村人の行き来のないことを不審に思っていただけに、マレス大佐の連絡を受けて騎士団の投入を即決したとのことだった。


「良かったんですか?

 いくら幼馴染と言えど、マレス大佐みたいな偉い人が直々にわたしを探してくれって言ったり、

 こんなところに来ちゃったりして」


ハハハと笑うと、マレス大佐は「クリストフで構わない」とさらりと言ってのけて、続けた。


「まあ、アデリアの頼みだからね。君だって孤児院の友達や先輩は特別だろう?」

「わたしのこと、知ってるんですか……」


ラメルの声に、マレス大佐――クリストフは真顔になったように思えたが、一瞬でそれは笑みとなって消えた。


「まあね。身寄りがないようだから、アデリアも先輩として大切にしてやりたいようだし。

 君だけじゃない、セレンくんのことだって知っているよ。


 ところで、ラメルくん。

 アジョワント少佐から、君がリュファスと1対1で戦っていたと聞いたが、本当かい。

 こんなところでなんだが、カルムでのことを聞きたい」


ラメルはクリストフをすっかり信用してしまっていたので、洗いざらい話してしまった。

しかし、ピエールからの依頼について話したところで、先ほどから後方を黙って歩いていたアデリアが突如、叫ぶように言った。


「なんで!? なんでそんな強引なヤツについて行ったりしたのよ!?

 あんた自身のために、ついて行くべきじゃなかったわ!!」


ラメルは思わず立ち止まり、アデリアを振り返った。こんなに激しいアデリアを見るのは初めてだった。

いくら失敗しても、ここまで怒鳴られたこともなかった。

クリストフがアデリアに歩み寄り、肩に手を添えて、再びなだめた。


「アデリアさん、すみません……。

 でも、わたし、盗賊に人質になっている女性を放って置けなくて……。

 わたしの身の安全とか、仕事のこととか、考えなかったわけじゃありません。

 ピエールさんのせいにするわけじゃないですけど、"君はのうのうと仕事に戻るのか"って言われて我慢ならなくなってしまいました」

「そんなの! 騎士団に任せれば良かったのよ」

「間に合わないかもしれないと言われました……

 

 アデリアさん、わたしは孤児院のブランシュ先生たちのおかげで、ここまで育つことができましたけど、

 親も誰か分からず、見捨てられてきたような人間なんです。

 だから、わたしも見捨てるようなことはできなかったんです」

「あんたは見捨てられてなんかいないわ」

「分かって欲しいとは思いません。

 ところで、アデリアさん。そして、クリストフさんもご存知なら伺いたいのですが」


ラメルは、最もアデリアに尋ねたいことがあった。

クリストフがアデリアの幼馴染で、上級騎士であるなら分かるかもしれないと考えていたことだった。


「なぜ、わたしが炎魔法を使えると思ったんですか」


これには、アデリアだけでなく、クリストフまでもがぎくりとした顔をした。


「わたし、アデリアさんに使い慣れたナイフでなくて、剣の使用を勧められて、

 そのときに炎魔法は使えないのかって言われたんです。だから、こないだから魔法書を手に入れてきて読んでいたんです。暴発しましたけど、そこそこ効きました。足のケガはそのときのものです。


 問題は、それを見てリュファスがわたしを"ドーランの娘"って言いだしたことです。

 それから人質女性には目もくれず、親の仇だと言ってわたしを倒そうとして。

 わたしは自分の親のことは何も知らないから、受け継がれた素質も分からないんです。

 なのに、なんでアデリアさんは分かったんですか?」


ラメルの話を聞くうち、先ほどの威勢が嘘であるかのように、アデリアは唇を噛みしめ、すっかり下を向いてしまっていた。

屈強であるはずのアデリアが、小さく見えた。


「まあまあ、僕も召喚術の使い手だけど、生まれつきの素質がすべてじゃないよ、魔法は」

「でも、そういう訓練を受けたこともありません」

クリストフがフォローを入れるも、ラメルは魔法書によってそんなことはもちろん知っていた。

魔法は生まれつきの素質と、特別な訓練により使用できる。クリストフは上級騎士であるから、王国騎士団でそのような訓練を受けたのだろう。しかし、自分はどうか。魔法の暴発は、技術の未熟さにより起こるものだと書いてあった。つまり、素質はアデリアの言う通り持っていたことになる。


「……特に、理由はない。

 わたしの戦闘技術からの勘よ。

 でも、それによって誤解が起きたなら、それは申し訳なかった。謝る」

アデリアはそう言うと、頭を垂れた。


「でも、そのリュファスって奴は単純すぎる。

 炎魔法とナイフを使いこなせる、ラメルくらいの女性冒険者なんてごまんといるわよ」


人違いだとアデリアはあっさり言ってのけてしまった。

ラメルは何か言おうとしたが、クリストフが魔法の話を始めてしまったので、この話はもうできなかった。


「ラメル君、魔法書の独学じゃ限度があるから、ウチの魔法訓練所にでも来るかい?」

「さすがに部外者はダメでしょう」

「アデリアのかわいい後輩のためなら、僕のコネを使って……」


――そうか、コネか……コネとまではいかないけど……


幼馴染らしく話し始めたアデリアとクリストフの横で、ラメルはひとり考えながら歩きだした……

クリストフの名前を当初は愛称のクリス表記にしていましたが、クリストフに変更しました^^;

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