第4章
「プラムなんだっ!! すべては!!」
人差し指をピンと立てたジョン・ブラウン店長に、ラメルは唖然としてしまった。
セレンは関わりたくなさそうな目を向け、いつも笑顔のマリアも驚いたような表情をしている。
動じていないのはアデリアだけだ。
「僕はね、どうしても東洋の国でも人気のオニギリのフィリング、
“ウメボシ”というプラムの塩漬けを店でも扱いたいんだよ!
それにはカルムの村の農家から直接仕入れたいと思うんだが、ここ最近村の人手不足だとかで、
手紙だけでは断られてしまったんだなぁ。
……そこでだ!」
ドン! と店長は机を叩く。
「ここはぜひ!
うちのオニギリを差し入れして、農家さんに食べてもらって
何としてもプラムを卸してもらいたんだ!」
「……しかし店長、うちのシェフは店長だけです。
年中無休のこの店を休みにするか、店長以外の誰かが営業に行かないと厳しいと思いますが」
「そーなんだよなぁ!」
アデリアの冷静な指摘に、分かってましたよとでも言いたげに店長は机に突っ伏した。
「最近口コミのお陰でわざわざ遠方から来てくれるお客さんも増えたし、
注文も増えてきてる。せっかく注文や来店してくれたのに休みだったっていうのは避けたいんだよなー!」
「少し遠出になってしまいますけれど、この子たちの誰かに行って貰うのがいいでしょうね……。
あなたが一人で外出するのは心配だから、いずれにしても誰かについて貰うことになるんですし。」
マリアの言葉に、店長の戦闘能力がそれほど高くないことをラメルは初めて知った。
「それでも、配達して、それから村へ行って営業してたら日帰りできるかどうか……
もちろん多少はプラムを仕入れて帰って来られるかもしれませんが。
翌日すぐ仕事できないとなると、私は抱えている仕事が多いので難しいですね」
アデリアの言葉を聞き、店長が顔を両手で覆いながら、その隙間からセレンにチラリと視線をやる。
「あたしに営業能力あると思います?」
「セレン君、それ自分で言っちゃダメだよ、配達してる人が……
となると……」
店長は視線をそのままラメルに移した。
――そんな目で見ないでくださいよ、もう断れないじゃない……
「ラメルちゃんなら、ね? カウンターもいつも笑顔でやってくれてるもんね」
マリアが店長の言葉の先を口にした。
「いや、やっぱりここはぜひラメル君に行って貰いたい!
頼むよ!!」
* * *
店長の土下座で、たくさんのオニギリを託されて、ラメルはカルムへの道中にあった。
トレークから船で港もある西都グランパントへ、そこから徒歩で南下していくと、だんだん家並みは消えて、山道となった。
――確かに遠いな……
トレークでシモンさんのところへ行ったとはいえ、それがなくても時間が掛かる……
例によって港街トレークではシモン邸への配達があった。
初めての配達から1ヶ月が経っていたが、時たま注文が入っているようだった。
しかし、ほとんどが屋敷前での使用人への手渡しとなっていて、本人に渡したのはあの時だけだとアデリアが教えてくれた。今日もそうであった。
――それにしても……さっきから……
ラメルは後ろを確認したかったが、おもむろに振り返るのをためらっていた。
誰かが後を付けているようなのだ。足音からして複数である。
しかも、たまたま行く方向が同じというわけでは無さそうで、ラメルの動きに合わせて歩いたり止まったりするのだ。
――村人かしら……?
トレークや、ピジョンのあるハピサンは冒険者や旅人の出入りがある。
しかし、カルムは農村であるから、自分のような来訪者がそうあるとは思えない。
なぜわざわざこの山道を知らない者が?と警戒されても仕方がない。
「おやおやお嬢さん。この先に何か用かい?
何もない田舎にわざわざ何しに?」
男の声に振り返ると、若い男性がふたり、姿を現していた。
「ええ。カルムのプラム農家さんに、ちょっと……」
「へぇー、お嬢さんみたいな人が何しに? なんか業者さんなの、もしかして?」
――なんかおかしい……もしかして……
店長の話では、カルムの村は村全体が農家なので、ピジョンが手紙を送ったことは、恐らく村人なら知っているだろうとのことだった。
そして、このふたりの服装はどう見ても農民の服装ではなかった。
ラメルは配達の度にアデリアから忠告されていた。モンスターだけでなく、盗賊のことだ。
「あいにくさぁ、カルムの連中はイマドキよくある少子高齢化ってやつで人手が足りてないんだよね~
だからご新規さんはちょっと遠慮してますっていうか、さ」
「なっ、オレらが親切に教えてあげたんだし、その包み置いてさ、今日のところは帰りなよ」
男たちはラメルのオニギリの包みを指差し、ニタリと笑った。
「いえ、こちらも確かに農家さんにこれを味わって貰うように、話をしてくるよう言われてますので」
答えながら、ラメルはナイフの柄を握った。
「いいのかい? お嬢ちゃん。言っても分からないならちょっと痛い目に遭って貰うよ?」
すかさず一人が攫みかかってくる。
ラメルはそれをかわすと、ナイフをさっとかざした。
攫みかかってきた男の手から、流血と共に、メリケンサックが落ちる。
拾えないようにそれを蹴飛ばすと、背後から迫ってきた別の男の腹部に、肘鉄を食らわせた。
「うぐっ」
「兄貴、コイツ見た目によらずヤバいっすよ」
「こっ、今回は見逃してやる……っ」
男たちは脱兎のごとくその場からいなくなってしまった。
――遭遇したのは初めてだけど、やっぱり増えてるんだな……
そもそもピジョンの採用にあたって、戦闘能力が条件となっていた。
採用試験を担当したのはアデリアだったが、ラメルのナイフを見て、アデリアはこう言った。
「あなた、ナイフの腕はけっこう上みたいだけど、それなら剣の方がよくない?
物理的に攻撃能力が上がるのもあるけど、
剣を提げてるだけで、威圧感で盗賊が手を出してこないかもしれないし。剣も練習してみなさいよ」
盗賊は金品を奪えそうか、そうでないかを見た目で判断している。無理と思った相手に手出しはしないのだ、だから襲われたとしても、本気で戦うな、逆にこちらが敵わないときは金品を差し出して構わないとアデリアに教えられていた。さっきのは雑魚だったようだ。
――剣の練習、本格的にした方がいいかもなぁ……それと……
アデリアは気になることを言っていた。
「あなた、炎の魔法は使えないの?」
* * *
「いやはや、ネラドさんと申されましたかな。
こんなに沢山、すばらしい差し入れを頂いたのに、良いお返事ができませんで、
本当に申し訳ない」
村で一番大きな農家の主人、ウルス氏が頭を下げた。
他の農家の人々も、目くばせしつつ、こちらに申し訳なさそうな眼差しを向けてきていた。
店長仕込みのプレゼンも、農家の事情には敵わなかったようだ。
「いえ、こちらこそお忙しいところお伺いして失礼いたしました」
――そもそも無理だったところに、諦め悪く来ちゃった感じだったなー
店長の商品にかける情熱が半端ないことを理解して来たつもりだったが、情熱でどうこうできそうな感じではなかった。
「数は少ないですけれども、明日の朝、お土産にプラムを用意いたしますので。
店長様にくれぐれもよろしくお伝えください」
礼を伝え、ラメルは宿屋へ向かった。もう日が暮れそうで、今から山道に入るのは危険だった。
店長、マリア、アデリアとの協議の結果、一泊して翌日昼に帰ることにして貰ったのだ。
「ちょっと、あんた」
宿に入ろうとしたところで、ラメルより年上と思われる青年が声を掛けてきた。
先ほどの盗賊のこともあり、ラメルは思わず警戒する。
「あ、すまん。
俺は、その……ウルスさんから土地借りてプラム作りやってる、ピエールってもんだ……。
あんた、多分ビジネスで来てるんだろうけど、無理だったろう。
そのことでちょっと話したいんだが……」
少しぎこちない態度が気になったが、口ではああ言いつつも、残念な結果を店長に伝えるのが心苦しいラメルは、今からでも何か策があるなら何とかしたいのが本音であった。
宿にロビーがあるのを見つけると、そこで待つよう伝え、先にチェックインを済ませた。
「ピエールさん、でしたね? お待たせしました。
それで話って……」
「しっ。すまんな、あまり大きな声でできる話じゃないんだ」
その言葉にラメルが顔色を変えたのが分かったのか、ピエールは大慌てで付け加えた。
「いや、その、違う、俺は怪しいもんじゃないって。
あんた、今日村の外で盗賊を二人追っ払ってただろう……それを見込んで頼みがあるんだ」
あの二人以外にも人がいたのかとラメルはハッとした。
しかし、ピエールの頼みはラメルの予想の遥か上を行っていた。
「ウルスさんの娘をだな……取り戻せないもんだろうか」
「……は?」
「いや、頼む! オリビアを……なんとかこの地方から脱出させたい!」
大きな声でできない話、というのは本当のようで、ピエールは小声で早口ながら、拝むように頼んできた。
「え?え? ちょっと待ってください。話が見えないです!」
かと思うと、ピエールは急に深刻な顔つきになって、ひそひそ話を始めた。
「あんた、ウルスさんからプラムは卸せないって言われたろ?
人手不足ってのは半分ウソで、半分ホントなんだ。
半分ウソなのは、最近盗賊のヤツらから話を持ち掛けられていて、それを無碍に断れなくて、結局他の客も宙ぶらりんにしちまってる状態なんだよ。断れないのは娘のオリビアを人質に取られたからさ」
「話を持ち掛けられて……?」
いまいち話についていけないラメルに、ピエールはため息をついた。
「ニブいなぁ、人手ならあるから貸してやるとか、村を警護してやるとか、農作物を売りさばいてやるとか言って取り込まれそうになってんだよ、賊の奴らに」
待ってください、とラメルは思わず椅子を飛ばすような勢いで立ち上がった。
「待ってください、それって盗賊からお嬢さんを取り返すってことですか?
こんな小娘のわたしに頼むんですか?
第一それってもう、王国騎士団が出てくるレベルの話じゃないですか!」
もともとは国を護衛する騎士団も、最近は盗賊問題の対処に乗り出すようになってきていた。
オリビアからも、何かあれば騎士に助けを求めるように言われている。
ピエールは再度、しーっと言って周囲を気にしている。
恐らく、村外の人間に知らせることもタブーな状況なのだろう。
「頼むよ!
オリビアは俺の恋人だから、なんとかしてくれたら親父さんにビジネスは通してもらうように言うからさ!」
「いやいや、さすがにそういう次元の話じゃないですよね?」
「だけど君強そうじゃん」
「あれはとりあえず追っ払うのに威嚇しただけで……」
正直、ここまで話を聞いてるだけでも、突っ込みどころ満載じゃないかとラメルは思った。
アンタは雇い主のお嬢さんに手を出したのかー! その恋人を守るために、自分より年下の女性に頼み込むのかー! そりゃ救い出せばアンタがいなくてもビジネスの話は了承してもらえるだろう! セレンなら間違いなく罵詈雑言を浴びせていることだろう。
「とにかく頼む!
朝なら、奴ら、食糧とかの調達に行くからガードが緩くなるってのは分かってるんだ。
奴らのアジトの場所も分かってる。明日の朝ここにあんたを迎えに来るから、一緒に来て欲しい」
「わたしは明日も仕事だから帰ります……」
「頼んだから、な?」
するとピエールは、席を立って宿屋を出て行ってしまった。
「無理だって……ほんと勝手なんだから……」
* * *
「おいおい、無視してかないでくれよ! 俺が案内すんだから!」
翌朝、宿をチェックアウトしたところで、ピエールに呼び止められてしまった。
「だから、わたしはウルスさんからプラムのお土産を貰って、帰って仕事があるんですってば」
最初は早足でやり過ごそうと思ったが、ぴたりと足を止め、ピエールと向き合った。
「第一、オリビアさんを連れ出すって、盗賊と鉢合わせするかもってことじゃないですか。
あなた戦えます?」
「一応、これで」
ピエールが持っているのは鍬と小さな鎌である。ラメルはため息をつき、言った。
「それに、オリビアさんを連れ出すってことは、盗賊からの話にノーって返事をすることじゃないんですか。
いいんですか、村の人が知らないところでそんなことして」
「俺はそんなことは知らない」
「はぁ!?」
開き直ったように言うピエールに、ラメルは驚愕した。
「俺は、オリビアさえ無事に盗賊と、それと村から逃げて、この問題から遠ざけてやれればそれでいいんだ。
大農家の娘だからこんな目に遭ってるんだし?
君がこう言ってる間に、盗賊が帰って来ちまう。早く行こう」
「いやいや、ちょっと待って!」
この人には何を言っても無駄だと思いつつ、ラメルは続けた。
「村も、それからわたしも、盗賊ギルドを敵に回すことになるのよ?
わたしはただの弁当屋の売り子なのよ? 傭兵でも雇えばいい。
それに、村が盗賊で揉めてるなら、王国騎士団に任せたらいいじゃない。
これからわたしは西都から船に乗るから、一緒に西都に行って、騎士団に伝えて村まで来て貰えばいい」
「それじゃあ遅いんだ」
いつの間にか敬語を止めてしまったラメルに、ピエールの声も険しくなる。
「オリビアがいなくなるまで、村に盗賊から話が来てるなんて、俺は知らなかった!
オリビアの親父は盗賊とつるむのも嫌、敵に回すのも嫌で、うやむやにしてる間にヤツらオリビアを捕まえちまった。
もう3日になるのに、未だ親父はグズグズしてる。村人は誰もそれに意見しないんだ。
この村にもどうにもできないんだ」
単純で考えなしの農民だと思っていたラメルは、思わず見直して、言葉を失ってしまった。
「君より年上だけど、それでも、ひとりの嫁入り前のレディーなんだ。
何日も男ばかりのところに捕まって。何もされてないか心配にならないのか!?
そんなところに、腕の立つ君が来た。俺は君に賭けるしかない。
君は危機にさらされている女性を放って、のうのうと仕事に戻るのか!?」
「うっ……」
ラメルは逆に自分が追い詰められた気がした。
自分が人を見捨てるような者のように言われるのに耐えられるはずがなかった。
かつて、自分が見捨てられているような思いを、噛みしめて育ってきたからだ。
「分かったなら、行くぞ」
ラメルは渋々、ピエールの後について行った。
* * *
西都とは反対方向に、ピエールは山道をどんどん入って行った。
「なんで盗賊のアジトを知ってるの?」
「俺ひとりで攻めるのは無理だったけど、探したり忍び込んだりすることだけはできたからな」
「そのときにオリビアさんを救い出さなかったの?」
「見張りが2人ほどいて無理だったんだ」
それを聞いて、ラメルはついて来たことを後悔した。
やはり盗賊と一戦交えないといけないのか。向こうから襲ってきた盗賊を威嚇するのと、人質を奪取するのとはワケが違う。
「あれだ」
山小屋があった。
「前は、村人もここまで狩猟や木の実、山菜を採りに山に入ってたらしいんだ。
ヤツら、そのときの小屋を利用してやがる」
裏の勝手口に近づくと、ピエールは耳を澄ませ、隙間から中を覗き込んだ。
「よし、やっぱり見張りは2人だな。行くぞ!」
「えっ、いやちょっと行くぞってあなた……!」
ラメルが制止する隙もなく、ピエールはバン!と音を立てて裏口を開けてしまった。
「なんだてめえら!」
立ち上がった二人の盗賊が、それぞれ武器を手に近づいてくる。
その奥に、若い女性が座っているのが見えた。
「ピエール! あなた、一体……!?」
「オリビア! 無事だったか! 助けに来たんだよ!」
「助けに……?」
「兄ちゃん、アタマ大丈夫か?」
「何言ってんのか分かってんすかね、コイツ!」
どうやら、オリビアにとっても、盗賊においても、ピエールがオリビアを奪還しに来るとは予想外だったようだ。
盗賊のやせた方が、ごつい年上の盗賊に対して意味が分からないというような会話をしている。
ごつい方が近づいてきて言った。
「オイ、兄ちゃん、村のやつかい? ウルスのおっさんはいい加減答えを出したのかねぇ。
リュファスの坊ちゃんもいい加減しびれ切らせちまいそうだぜ」
「そんなの知らないね。俺は、オリビアを、助けるだけだァァァ!!」
ピエールは、そう叫ぶと、オリビアの方へ全力疾走して行った。しかし、あっさりとやせた方の盗賊に、足払いを掛けられてしまった。
「バカじゃないっすかコイツ」
「いてて……ええい、頼むよ、君!」
「お……?」
ピエールに呼びかけられて、盗賊ふたりがラメルに居直った。
正直、ラメルは焦っていた。裏口から入ったとはいえ正面突破ではないか。どうしようもない。
「姉ちゃん、ナニモンだ? 村人ではないな?」
ふたりがにじり寄ってくる。カルムに行く途中、ラメルを襲ってきたふたりではないようだ。
「ええ。ウルスさんに、プラムを卸してもらえないか依頼しに来た者です」
「そりゃー残念だったな!
あいにく、ウルスのオッサンは俺たちと手を組むのか組まないのか、ハッキリさせないもんだから、今はそのテの話はぜーんぶ止まってる状態たぜ」
「ええ、そのようですね」
「分かってるんだったら、そこのマヌケなボーヤを連れて早く帰りな。
いや、ウルスのオッサンを説得するんだな。早くしねえと、このお嬢ちゃんがどうなるか分かんねえってな」
ちらっとオリビアの方を見た。特に危害は加えられていないように見えるが、何日も監禁されているのだ、やつれて見える。ラメルに気が付くと、すがるような視線を投げかけ始めた。
「オリビアに、手出しはさせないッ!」
「コイツ! いい加減にしろッ!」
盗賊がラメルに気を取られている間に、ピエールはオリビアの傍についていたが、遂に盗賊がキレたのか、ナイフをピエールに向けた。
その時だった。
「おい、うるせえぞ。一体何事だ」
若い男の声がしたかと思うと、正面の扉が開かれた。
外の光が差し込むと共に、いつの間にか山小屋はたくさんの盗賊に包囲されているのが分かり、ラメルはぎょっとした。盗賊が帰って来てしまったのだ。正面扉を蹴破るように開けたのは、青年であった。
「なんだ? 村のヤツか? ウルスはやっと決めたか?」
「坊ちゃん、どうもこの青二才は嬢ちゃんを取り戻しに来たみたいでさぁ」
どうも、この青年がカルムの乗っ取りを企む盗賊を率いているリーダーのようだった。
盗賊を従え、山小屋に入ると、ピエールとオリビア、そしてラメルを見て言った。
「侵入者ならとっととやっちまえばいいんだよ。
で、こっちの嬢ちゃんは誰だい?」
「あっ、リュファスさんっ!」
リュファスと呼ばれた青年の後ろから、見覚えのある顔が見えた。
間違いない、ラメルを襲撃した盗賊だった。
「その小娘は見た目によらずすばしっこいッス! ナイフを使ってきやがります!」
「あぁ? なんだ、取り逃がした獲物か? マヌケな野郎だな」
リュファスは部下につらく当たると、ラメルに近づいた。
「その小娘は、商売人のようでさぁ」
「ほーぅ。で、ここに何しに来た?」
「わたしは、プラムを卸してもらいたくて村に来ただけで……。
そしたらそこの人に……オリビアさんを救い出すように言われて来ました」
ラメルは、仕方なく正直に答えた。盗賊はもう何十人という数がいて、とてもではないが、逃げ出せるような状態ではなかった。とにかく会話を続けながら、考えるしかない。
「マジで商売人か? 雇われた冒険者か?」
「そんな。たまたまこの人に連れて来られただけです。ほんとに商売人なんです」
「金も渡さず、嬢ちゃんを救い出せってか? 甘い野郎だねぇ」
リュファスはピエールを鼻で笑うと、ラメルに視線を合わせて話し始めた。
「だがな。うちのが取り逃がしたってことは、そこそこの腕だな。
君の風格というか、雰囲気というか。
親も盗賊で、ガキの頃から場数は踏んでるんでね。そこらへんは見れば分かるんだ」
どうりで、明らかに年上の盗賊からも"坊ちゃん"と呼ばれて、彼らを従えているわけである。
「どうだ? その腕、こっちの商売に使ってみるってのは。
あいにく、うちのとこには女はひとりもいないんだが。
でも、商売だけに使ってちゃ勿体なくねえか?」
そこまで言うと、リュファスはハッハッハと高笑いをして、続けた。
「なーんて。これは命令だ。
この期に及んで、断れると思ってるか?」
低い声でそう言い放ったかと思うと、リュファスの手下たちはラメルを完全に取り囲んでしまっていた。
――まずい、完全に隙をつかれた……このままでは……
もちろん、盗賊に加担する気などさらさら無かった。しかし、このままでは多勢に無勢でやられてしまうのは明らかであった。その時、ラメルの頭をよぎったものがあった。
――どうなるかは分からないけど、もうあれを使ってみるしか……
一か八かだった。山小屋のランプの灯り、見張りの二人の近くにあった炉を見つめた。
――近くに火があるなら尚良し。それらに宿る精霊の力を感じて唱えること……
テキストの文面を、頭の中で反芻しながら、ラメルは口にした。
「フレイムッ!!」
炎というよりは、ドーン!という破裂音と共に、自らを中心に熱風と煙が舞い起こったような感覚を、ラメルは覚えた。
――やったか……!?