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第2章

 掃除を終えて厨房に戻ってくると、何やら夫妻とセレンが話し込んでいる。セレンの表情が、いつもに増して不満そうに見えた。ラメルには冷たく厳しかったり、それを注意するアデリアにも素っ気なかったりするセレンだが、さすがに雇い主である夫妻にはそうではない。珍しいと思ったところ、セレンと目が合い、それに気付いた夫妻が振り返った。


「ちょうど良かった!

 ラメル君、そろそろ君も配達に行ってみたらどうかとセレン君に話していたんだ!」

「ラメルちゃんも、もうカウンターに慣れてきたでしょうし、やっぱり色んな仕事ができる方がわたしたちも助かるのよね」

セレンとは対照的に、夫妻は終始にこやかだった。この夫婦がにこやかで優しいのはいつものことだが。


「ほ、本当ですか!? 行ってみたいなって思ってたんです!」

「行ってみたいって……遊びに行くわけじゃあないんだから」


セレンが苦言を呈すも、ラメルは今回ばかりは気にしなかった。


「まあまあセレン君。

 君のときはすぐ配達に出て貰ったけど、あれはあれでいい気分転換だったろう?」


気分転換って……と呟きながら、少し顔を赤くしたセレンがラメルは気になったが、店長は構わず続けた。


「むしろ申し訳なかったね、ラメル君。

ずっとカウンターや店内の補充の仕事ばかり任せてしまって。

 明るく接客してくれるし、手際良く覚えて貰えるものだから、すっかり定着させちゃったね。

 それで早速なんだが、明日、トレークという港街に配達の依頼が入っているから、セレン君と一緒に行って貰おうと思う」

トレークは、ハピサンから街道を西に行ったところにある港町だ。


「なんであたしがっ……。第一、良いんですか、ピークに店で穴空けるようなことしてっ!?」

セレンが不満そうだったのはこのせいだったのだろう。


「トレークなら、わりかし近いですし、あたしがさっさと行って来ますよ。」

「そうは言ってもセレンちゃん、せっかく近場で治安も良さげなトレークだから、わたしもラメルちゃんの初めての配達にピッタリだと思うのよ。最初の配達だから、誰かについてて貰わないと……」

「それなら、先輩に行って貰えば良いじゃないですか。今までの仕事だって先輩が教えてきたんですし」

マリアがなだめるように言うも、セレンは尚も食って掛かった。セレンはアデリアのことを先輩と呼んでいる。


――あたしもアデリアさんの方がいいかも……

  アデリアさん強そうだし、何訊いても嫌な顔せず教えてくれるし……

  今の仕事も教えてくれたの、アデリアさんとマリアさんだし……


「セレン。明日の昼はわたしが店にいるから。事務仕事も溜まってるしね。

 カウンターしつつ、それを片付けるから出ても大丈夫よ。

 第一、いざわたしもセレンも配達に行けないってなった時困るでしょ。

 今のうちに、ラメルにも配達を覚えて貰わないといけないの」

「あらアデリアちゃん、お帰りなさい」

「戻りました」


突如現れたのは、大量の荷物を抱えたアデリアだった。仕入れにも行ってきたようだ。

ざっくり纏められた赤い長髪、前髪からのぞく切れ長の目、一見細いようだが力持ちで剣を振り回す腕と、弁当屋で働いているとは思えないほどの美貌と強さを持ち合わせている。


「なにも、あなたにカウンターをしろって言ってるんじゃないわ。

ふたりで配達に行って貰うのは明日だけよ。明日だけだから、責任持ってちゃんと1日で終わらしてきて。」

アデリアの強調する”明日だけ”、”1日で”に、返す言葉もないのか、セレンは唇を噛んで俯いていた。


「それじゃ、サリーの世話があるから、これ倉庫にお願いできる? ラメル?」

「あ、はい」

「じゃ、決まりね、セレンちゃんお願いね」


配達と仕入れに連れて行った馬の世話をすると言い置いて、アデリアは荷物を置いて出て行った。

気まずい雰囲気などそ知らぬ顔でマリアが念押しして、その場は収束した。


――そういえば、セレンさんがカウンターや納品してるとこ見たことないよね……

  たいてい配達か買い出し……


ラメルは心の中でひとりごちながら、アデリアの持ち帰った食材の山に手を掛けた。


 ――おっもた!!

   ってか、アデリアさん一度にどれだけ担げるの!?

   この量と重さだと、わたしは三往復くらいしないと無理ー!!


 * * *


「ガルド・シモン。

 トレークの街 ホプキンス通り1番地。

 注文はスキヤキ・パック1つ……自宅にお届けってあるんですねぇ」


ラメルは注文票を読み上げると、少し先を歩いていたセレンが溜息をついた。


「あんた、つくづく呑気な奴ね……」

「え?」

「トレークの街が、どんな街か知ってるの?」


セレンはこちらも見ずに淡々と話し続ける。

ここはデュラン街道、東の王都から、西の港町のトレークへと続いている。人通りもそこそこあり、モンスターも比較的少ない場所だったので、多少会話をしていても平気だった。

というよりは、ふたりの間の沈黙に困ったラメルが、注文票を見直したようなものだった。セレンは相変わらずこの配達が不満で、ずっと黙り込んでいたからだ。


「えっと……港街……ですよね?」

「そうだけど、あそこはただの船着場じゃなくて、貿易会社がたくさんあったり、そのオーナー、つまり貿易商のお金持ちがたくさん住んでるのよ。ホプキンス通りなんてお屋敷だらけよ。」

「へぇー。それじゃ、このガルド・シモンさんもお金持ちなんですねー。」


そこでセレンが立ち止まり振り返ったのに、ラメルは逆にびっくりしてしまった。

なぜか信じられないという視線をラメルに向けていたのだ。


「あんた……本気で言ってるの? ガルド・シモン氏を知らないワケ?」

「え?え? 有名人なんですか?」


セレンはそこでまたふっと溜息をつき、踵を返して歩き始めた。ラメルは慌てて追う。


「はじめこの注文票を見て、イタズラじゃないかと思ったのよ。

 なんでスチュワート商会の隠居した会長が、わざわざ庶民の店になんか注文するのかって。

 絶対怪しい。だからあんたみたいな新人が行くのもどうかと思ってるのよ」


そういうセレンだって自分と大して変わらないじゃないか、という言葉をラメルはぐっと飲みこんだ。


「そっ、そうなんですか。

 あたし18になるまでフロガー村を出たことなかったんで、全然知らなくてー」

色々と言いたかったことを無理やり笑顔に変えて、自虐的にラメルは言った。


「前はシモン商会だったけど、娘婿に会社を譲ったからスチュワート商会になったの。

 あたしだって、北の田舎に住んでたけどそれくらい知ってる。

 そう、あんたは縁がないんだ、そういうことに」

そんなラメルにセレンは目もくれず、くくっと肩を震わせた。


――何、その笑い?

  そういえば、こうして1対1で話したことなかったな……。

  店から出たことないから、いつも誰かそばにいたし、仕事の話しかされたことがないのに。


セレンはラメルを侮るように見据えると、言い放った。

「この際言わせてもらうとね、あんたが孤児院から来たって話もウソだと思ってるんだ、あたし」

「!?」

「孤児院出て、なんであんな一戸建て買って住んでんの?

 マリアさんも先輩も、何かとあんたをかわいがって庇うし。

 あんた一体何者かと思って」

「それは……

 孤児院の先生じゃ年でアパートの保証人になれないって言われたから、入れなくて……

 それにあのアパートはパブのすぐ横にあって危ないってアデリアさんとマリアさんが……」


確かに、今ラメルが住んでいるのは、古びた格安の一戸建てだった。

元々武器屋か何かの店舗だったのか、1階は作業場と狭い接客スペースの名残があり、2階に住居部分があるような住宅だ。古い上に、純粋な住居ではないため買い手がつかなかったのをブランシュが見つけてきたのだ。

ブランシュが、亡くなったラメルの父親の財産を預かっていたと急に言い出して、一括払いで購入したのにはラメルも驚いた。ただ、住処を失うラメルへの優しさだと、ラメルは勝手に思っていたのだ。

ハン、と笑ってセレンは続けた。


「何それ。あたし、そこのアパートに店長を保証人にして住んでるんですけどね。

 確かに毎晩うるさいし、酔っ払いが来たり、酒瓶投げこんだりしたこともけっこうあるけど。

 あたしはふたりにそんな心配して貰ったことないし、どこのお嬢さんなワケ?

 許せないんだよね、そういうコネで生きてる人間が。

 あたしはそんなの捨ててやったのに」

「捨てた? ってことは持ってたんですか?」

「……うるさい」


逆に尋ねたところで、やっとセレンは引き下がり、歩き始めた。

孤児院から学校に通い、いわれのない差別を受けてきたラメルからすれば、この手の暴言を退けるのには慣れてしまっていた。


――これで一緒に配達行くの気まずいわ……

  それにしても、仕事に厳しい人なんじゃなくて、やっぱりあたしが気に入らなかったんだな……

  むしろ、店長夫妻とアデリアさんが優しすぎたくらいか。


 * * *


「いやいや、何だかすまなかったね」


ラメルたちは、赤絨毯の一室でガルド・シモン氏と対面した。

トレークの街に着いた途端、待ち構えたシモン氏の使用人により、ふたりは屋敷まで案内された。

広大な屋敷の立ち並ぶ通りの、一際大きな屋敷へとラメルたちは足を踏み入れていた。


「こんなつもりではなかったんじゃが……

 ワシは巷で人気のフードパックというものを試してみたくて伝書鳩を送ってみたら、

 あっさり使用人に見つかってしまってのぅ……」

使用人たちに案内されおののくラメルと、怪しがっているセレンを前に、シモン氏は弁明した。

整えられた真っ白な髭の口元からは優しい声がもれ、細い目から柔和な表情に思えた。かと思えば品の良い背広を着こなし、高貴さは失われていないようだった。


「フードパック・ピジョンでございます。

 ご注文のスキヤキ・パックひとつ、お届けに参りました。

 お代は1500Gでございます、お願いします」

セレンはシモン氏に目もくれず、淡々と仕事をこなしていた。

しかし、その目はしっかりとシモン氏を観察していた。

一方のラメルはと言うと、初めて見るスキヤキ・パックに目を奪われてしまっていた。

デイリー・パックひとつは250Gだが、このスキヤキ・パックはひとつで1500Gもするのだ。

そんな注文は滅多と出ないし、一体どんな弁当なのかとラメルは興味が湧いてしまった。


「っていう感じで、名乗って注文確認と、お代貰うの忘れないで」

「あ、はい!」

そんなところに、配達の流れを小声で伝えてきたセレンに、ラメルは少し面食らった。

セレンは、弁当を眺めていたラメルに気が付いたのか、呆れた顔をする。しかし、そこから小言は言わなかった。やはり客の手前もあり手加減してくれたようだ。

シモン氏は机から、用意しておいたらしいお金をセレンに手渡した。


「確かに1500Gいただきました。こちらでございます」

「おぉー! これが東洋の国・ジャポンのスキヤキという料理ですなぁ!

 ワシも現役時代行って食べてみたかったが、とうとう叶わなくてのぅ」

現金と引き換えにスキヤキ・パックを受け取ったシモン氏は子どものようであった。


かと思えば、鋭い質問を投げかけてきた。

「このソースは、ソイ・ソースかね?」

「さようでございます。店長が大豆から作っております。

 仕込みに手間を掛けて、なるべくジャポンのものに近づけるように努力しております」

「ほぅ、それじゃ、ジャポンの食品はすべて自家製ということかね?」

「はい。米は創業時、農家さんに専用で作ってくれるように交渉したと聞いております。

 まだまだ品数が少なくて、メニューが少ないと店長が悩んでおりますが」

「そうかい。ワシが現役だったらのぅ。少し品の調達を手伝ってやることもできるんじゃが」


シモン氏が思い巡らし始めたところで、セレンは再びラメルを振り返った。

「あんた、今まで店にベッタリだったから、分からないことはすぐ店長やマリアさんに訊けたかもしれないけど、配達先は一人だからね。カウンターでだいぶメニューは覚えたかもしれないけど、スキヤキ・パックなんて滅多と出ないから、ちゃんとメニューの説明はできるようにしときなさいよ」

シモン氏に聞こえないようになのか、小声で早口で、まくしたてるように言った。ラメルには話したくない態度が全面に表れていたが、やはり先輩であるアデリアに念押しされたせいだろうか。アデリアの事務仕事のため、ピジョンの業務のためにはやむなしなのだろう。丁寧に説明を添えてくれるだけありがたいと、ラメルは内心思った。

ラメルがしっかり聞いているのを確かめると、シモン氏に居直り、説明し始めた。


「溶き卵を掛けてお召し上がりいただくのが、店長おすすめでございます」

「ほぅほぅ、卵ねぇ。使用人の目を盗んで台所に忍び込めるかのぅ」

「……」


思わず独り言が出てしまったのだろうか、シモン氏の言葉にセレンも返答しかねていた。

それまで順調に返していた営業トークも止まってしまう。

さらにセレンは振り返り、ラメルを睨んだ。何も言うな、ということだろうか。

しかし、そんな不穏な空気を読み取ったのか、シモン氏自らが話し始めた。


「いや、なぁ、確かに使用人に言えばいいのだろうが、

 なんせ隠居してからというもの、使用人が何もかもやろうとするし、

 わしは用事もなく屋敷に籠もったきりなのじゃ。

 わしのやることなすこと、どうして皆口を出すものかのぅ……。

 そこでじゃ」

シモン氏はため息をついたが、次の瞬間、つつっとふたりに寄って来た。

思わずセレンは半歩下がるも、背後のラメルにぶつかりそうになると、シモン氏に身構えた。


「フードパック・ピジョン殿は、どこにでも配達して貰えるのかのぅ?」

「……ええ、ハピサンの街から日帰りできる距離でしたら基本承っております。

 ただ、ここ最近配達依頼が増えておりますので、即日対応できない場合もございますが」


正直、ラメルはこの回答を知らなかったので、黙ってセレンが答えるのを聞いていた。


「なるほどのぅ……そりゃあこんな面白いモノが売れない訳がないのぅ。

 それにしても、こんな若いお嬢さん方が配達するとは、驚きじゃ。

 名前は何と申される?」

「……セレン・ディアナでございます。

 こちらはラメル……」

「ラメル・ネラドです」

セレンは自分の姓を知らないだろうな、関心がなさそうだしと思いながら、ラメルは自ら名乗った。


「ほぅ……次もお嬢さん方に届けて貰うことはできるのかね?」

思いがけない質問だったのか、セレンの沈黙がこれまでよりも長引いた。


「いえ……

 実を申しますと、こちらが新人のため、失礼ながら指導も兼ねてふたりで配達に参りました次第でございます。

 配達は他のスタッフも交代で務めておりますので、必ずしもわたくしどもが対応するわけではございません。申し訳ございません」

「まあ、店の方でそうなっているなら仕方がないのぅ……

 とにかく、ディアナ君とネラド君でしたな! また頼みますぞ!」

「はい、またのご利用、よろしくお願いいたします……」


 * * *


「明らかセクハラだわ……! 気持ち悪い……!」

「そうですか~?

 そんな風には見せませんでしたけど……

 どっちかといえば使用人の人たちに見つかりたくないように思えましたけど」

ラメルには、シモン氏がそんないやらしい目をしていたようには思えなかった。


配達の後、店長に頼まれていた買い出しを済ませ、ふたりは再びデュラン街道を歩いていた。

セレンはシモン氏から質問攻めに遭ってからというもの、ずっと顔をひきつらせていた。


「そんなの! あんたが鈍いから分からなかったに決まってるでしょっ!?」

「そうですかねぇ……でもだからと言って、男性に行って貰うことはできませんし……。

 アデリアさんに行って貰いますか?  強そうだから、あんまりセクハラされそうな感じでもないし……。

 そういえば、うちは男性は店長だけですよね?」

「当たり前でしょ!?

 こんな給料でモンスターと戦えるような男性雇えると思って?

 そんな男は王国騎士団に志願しちゃうよなって店長も嘆いてたもの。

 配達だけじゃなくて厨房だってきっと人が欲しいわよ」

巷で、王国騎士団は家柄や出自を問わず、一番出世の叶う職業として、男女共に人気の職業だ。ラメルと共に孤児院で育った中にも、騎士団に入団したアレックスがいる。


セレンは足を止め、ラメルと向き合った。

「……って、あたしはそんな話してるんじゃなくって。

あたしはあのジジイから指名があっても、行かないから!

 あんたが行きなさいよね、もう配達の仕事は今日で覚えたんだから!

 一応言っておくけど、責任の所在を明らかにするために、配達人の名前はきかれたら答えるように店長から言われてるから。

 だけど、あたし個人のこときかれても、余計なこと言わないでよ!?」

「分かりました。って、わたし、セレンさんのことそんな知りませんから答えたりしませんって」

「……ほんとに?」

ラメルはしまったと思った。配達前のセレンとの嫌な会話を思い出したのだ。


「知らないものは答えられませんよ。

 第一、わたしとそんなに話したくなさそうだったじゃないですか、

 それであなたの何を知るっていうんですか。」

「……分かってんじゃない」

セレンはそう言うと、歩き始めてどんどん先に行ってしまった。

ラメルはため息をつきながらも、それを追って歩いて行った。


それを陰から見つめる人物がいることも知らずに……


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