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第7章

 オリビアがフードパック・ピジョンに加わり、店は賑わいを増していた。

ラメルが初めて出会ったときの印象と同じく、オリビアは穏やかで優しく、謙虚ではあったものの、

にじみ出るような朗らかさが、スタッフも、たまに顔を合わせた客も和ませていた。


 店長が見込んだ通り、確かにオリビアの腕は良かった。

 農産物の加工品や従業員の賄い作りを担っていたということで、大量生産の手際の良さがあるということを店長は買ったのだろう。たくさんの調理には長けていた。

 一方、ピジョン独自の食品、中でもプラムの塩漬けは早速学んでいた。オリビアも、実物を見て、そのフィリングのオニギリを食べたときは感激したようだった。


「もう今はうちではプラムは作ってないけど……そう、これがカルムのプラムなのね」

オリビアの両親が小作として作っているのは主に野菜で、果樹はないという。


 ラメルは、オリビアと再会して以来、カルムのその後や、ピジョンへの就職の本当の理由を聞き出せずにいた。

一番気がかりだったのは、ピエールとのことだった。確か恋人同士だったはずだ。

ピエールはオリビアに夢中で、その熱意でオリビアを救出したはずだった。

たとえ父親が村中の反感を買ったとしても、ピエールだけは違ったんじゃないか、そう信じられずにはいられなかった。

そうでないと、商売的につながりのあるピジョンで働くのは辛すぎる。プラムはカルムから送られてくるだけで村人が来ることはないが、付き合いがあることは事実なのだ。正直、プラムを見るのも辛いのではないかと、ピジョンの者は皆、当初思っていたほどだった。


しかし、それは意外にもすぐ明かされることとなった。

よりによってオリビアが働き始めて間もないタイミングで、カルムから来客があったのである。


「邪魔する。ジョン・ブラウン氏にご挨拶したく伺ったのだが」

もう少しで夕方のピークが始まるか否かのところだった。

ラメルがカウンターにいたところ、奇妙な敬語を用いて現れたのは男性2人で……その言葉を発した人物を見て、ラメルは驚愕した。


「ぴ……ピエールさん……」

「久しぶりだね、ラメル・ネラド君だったか。君にも会って御礼を言いたかったんだ」

久々に見たピエールは、以前のような農民の服装ではなく、きちんとした上着に革靴など、少し高価で改まった服装をしていた。


「一体どうしたっていうんですか……その恰好も」

「おや、こっちにオリビアがいると聞いたが……何も聞いていないんだね、その様子じゃあ」

そうピエールが言ったところで、厨房から声を聞きつけたのか、店長とマリア、そしてオリビアが出てきた。オリビアの表情が、複雑そうに歪む。


「久しぶりだな、オリビア」

「ええ……一体どうしたの」

「何、王都まで人材発掘や営業に行っていたんでね。その帰りさ。

 ああ、店長のジョン・ブラウン様ですか。私はカルムの新たな村長となりました、ピエール・クレッソンと申します」

「村長―――ッ!?」


ラメルは思わず絶叫してしまった。ピエールは見たところまだ30代くらいだ。

それに、オリビアを救い出したときのピエールを思い起こした。

自分の思いに囚われて、周りが見えないままオリビアの救出に向かったピエールだ。村民はそんな無鉄砲な青年に村の未来を託しているというのか……そう思うとラメルは眩暈がしそうだった。


「ご丁寧にありがとうございます。いつも良いプラムを仕入れて貰って助かってます」

店長は特に気にしないまま、いつもの様子で応対している。


「いえ、こちらこそすっかりご挨拶が遅れて大変失礼いたしました」

「いや、村も大変だっただろうからね。

 しかし、こんな若い村長さんとは……今も、王都まで行っていたんだって? 村の将来が楽しみだね」

フランクな店長は、すっかりピエールに打ち解けた口調になってしまっている。

店長の言葉を受けて、ピエールの顔が活き活きとしたものになった。


「ええ、そうです。

 実は、あのあと王国騎士のアジョワント少佐からアドバイスを受けまして……

 職業ギルドだけでなく、冒険者ギルドも通じて労働や警護の確保に乗り出しているんです。

 冒険資金に困っている冒険者に、アルバイトをしてもらおうということでね。

 他にも村を活性化していくためのアイデアマンを探しておりまして。

 そういった再建の指揮をですね、村の人たちが僕に託してくれたってワケなんですよ」

つまり、大農家として力を奮っていたウルス氏が失脚した後、村民の支持を得て新たな指導者になったのはピエールだということだ。ラメルは思わずオリビアを横目で見たが、オリビアは黙ってピエールの話に耳を傾けていた。

その視線に気付いてか、ピエールはオリビアをチラリと見ながら改まって話し出した。


「こちらの村出身のオリビアがお世話になっていると聞きました。

 お聞きと思いますが……私の至らなさもあり、こちらの事情で、彼女の家庭には不憫な思いをさせてしまいました。

 これからも、ピジョン様とはよきパートナーとしてお付き合いいただきたいと思いますので、

 何卒オリビアのことも、カルムともよろしくお願いいたします」

ピエールはオリビアにも言及しながら頭を下げた。

しおらしく礼儀正しく挨拶をするピエールに、ラメルとオリビアは拍子抜けてしまった。

さらに、ピエールと共に来ていた男性が、大きな包みを取り出す。


「村人から、まもなく10周年を迎えるとお聞きしましたので……

 今、王都近郊で人気の花屋で購入したものにございます」

ピエールがそう言いながら、包みを取ると、それは色とりどりの花の納められた、大きな花籠であった。


"フードパック・ピジョン様

 開店10周年おめでとうございます カルムの村一同"


そのような札もついている。


――そうだ、そういえば今年で開店10年だって言ってたな。


例の店長の"働き方改革"のミーティングで、店長も言っていた。

しかし、おめでとうございますと手渡した村人とピエールの笑顔に対して、花籠を受け取った店長とマリアの表情に、ラメルは違和感を覚えた。

いや、ふたりは笑顔ではあると思う。しかし、一瞬ふたりの瞳が揺れたように見えた。突然花を渡されて戸惑ったのか? 祝っているピエールの手前、という笑顔の気もするし、違う気もする。

それを感じたのはラメルだけではなかったようだ。村人が、何か…?という表情で問いかける。


「いえ、もう10年経つのだと思うと感慨深くて」

「ええ、ほんと、そうね」

ふたりはそう言って微笑み合った。


「そうでしたか。

 こちらとしてはつい、おめでたいというムードになりがちですが、10年ご苦労も多かったことでしょう。

 何かお気に障ることや言葉足らずなことがありましたら、大変申し訳ありません」

村人の丁寧な言葉に、店長とマリアが慌てて笑顔になる。


「いえいえ、とんでもないです。気を遣っていただき申し訳ございません」

「これからもよろしくお願いいたします」


夫妻の笑顔を確認すると、ふたりもホッとしたようであった。


帰り際、ピエールはオリビアの前に立って小声で言うのを、ラメルは聞いた。


「オリビア、頑張れよ。俺も、オリビアから言われたこと、気を付けてやってくから」

ラメルは、ピエールの優しい眼差しを見て確信した。

オリビアは、ピエールと別れてやって来たのだと。


 * * *


閉店後、従業員控室で待ち構えていたセレンに、ラメルは根掘り葉掘り訊かれることとなった。

自分が配達で出ている間に何かあったと夫妻から聞いたか、カウンター横に飾られた花籠を見てピンときたのだろう。


「別れてた? それマジなの?」

「だって、これから頑張れってわざわざ言うことないじゃない」

人の噂となると突然ラメルとの距離を詰めてくるセレンに戸惑いながらも話すと、彼女は面食らった。


「でも、新しく村のリーダーになったような人でしょ。

 別れなかったら村に残れたかもしれないじゃん、お父さんが総スカン食らったとしても……

 結婚して家の汚名返上!じゃないけどさ」

なるほど。セレンの主張に、ラメルは思わず頷いてしまった。

しかし、腕組みをしながら自分の顔を触り始めたセレンは、続けてこう言った。


「いや、待って……?

 たぶん周囲からはそう勧められたんだろうだけど、

 穏やかそうに見えて、仕事中も毅然としたところのあるオリビアさんだもの。

 自分の気持ちを正直に貫いて別れたんじゃないかな。

 流されないってなかなかできないことではあるけど」

ひとりだけで議論をしているほど夢中になっているセレンに、ラメルは何か感じるものがあった。しかし、それはすぐに打ち消されてしまった。


「ありがとう。そんな風に言ってくれる人、なかなかいないから」

なんと、そう言って控室に入って来たのはオリビアだった。

噂話をされていたにもかかわらず、その穏やかな表情はいつも通りだった。

しかし、どこか切なさも感じさせた。


「す、すみません!

 先に帰られたかと思っていて、つい……」

ラメルは慌てて謝罪し、セレンも気まずそうな表情をした。


「ううん、いいの。ラメルちゃんには、ずっと言わないといけないと思っていたの。

 今日ピエールが来たことで、よりそう思ったわ。

 ラメルちゃんに、自分を責めないで欲しかったから。

 アデリアさんからも、ラメルちゃんにそう言って欲しいって言われていたの」

「アデリアさんが……?」


ラメルはオリビアの面接の日、アデリアが自分にしか分からないよう首を横に振ったことを思い出した。


「だいたいは、今、セレンちゃんが言った通りよ。

 あとは、今日ピエールが言っていたことも本当」


ピエールは、騎士団やラメルの介入があったとはいえ、村を盗賊の危機から救うきっかけを作った人物として、村人から救世主と称えられたとオリビアは話した。

なぜなら、あのとき誰が誰だか特定できないほど来ていた騎士団は、盗賊の規制も仕事の内だ。

そして、もうひとりの介入者であるラメルのことは、ウルス氏やピエール、王国騎士団以外は知ることがなかった。これは、あくまで商人として立ち寄ったラメルがこれ以上村に余剰に関わることのないよう、特にアデリアとクリストフが懸念したことによるものだった。そこで村人の間では、名を明かすことなく立ち去った冒険者、と認識されていた。残る英雄は、ピエールひとりである。

しかし、そこで村人から注目を得たピエールが行ったのは、ウルス氏の糾弾だった。


「ピエールは、わたしを危機に晒したパパを許せなかった。

 グズグズ悩んで、娘も村もどっちも盗賊に差し出そうとした酷い父親だって村人に暴露しちゃったのね。もちろんピエールのことだから、パパの追放まで考えていたわけじゃなくて、怒りのままパパを責め立てたんだろうけど、うちの村の人たちは長いモノに巻かれちゃうのね」


 このため、ウルス氏は有力者から事実上失脚し、ウルス家も村で肩身の狭い思いをすることとなった。

そこで、一部のウルス家へ好意的な村人からオリビアにある勧めがあった。

父への誹謗中傷を避け、一家の汚名を拭うために、村人から支持を得ているピエールと結婚することだった。

 ただ、オリビアはずっと気がかりだったことがある。それはやはりピエールの盲目的な性格であり、そのため無関係のラメルを村のトラブルに巻き込んだことだった。


「そんな、オリビアさん、気にしすぎですって」

事件当初から、オリビアはラメルに謝りっぱなしだ。

それどころか、自分に対する敬語も最近になってようやく止めてくれたほどである。


「違うの。わたしはそもそも、ピエールのあの性格が不安だった。

 わたしのことに好意を持ってくれたのはありがたいけど、本当にわたしのことを分かってやってくれてるのか、これが本当に愛なのか、わたしには分からなかった。盲目的な愛じゃないかって。

 うやむやにして断れなかったのは、パパだけじゃなくてわたしも同じなの。

 わたしは村のお嬢さんとして守られていたから甘かったのよ」


その後ピエールから求婚を受けたものの、オリビアは断り、家族で村を出た。

父は大農家の後継ぎだったが、さすがに農業の腕はあったらしく、すぐに小作の仕事を見つけ、サン=キャボッシュに移住した。


「だけど、いくらピエールさんとは別れたとはいえ、

 カルムと取り引きしてるうちで働こうって思いましたね」

ちょっとセレン、とラメルは思わずセレンを嗜めてしまう。


「自分でもそう思うわ。エミリアさんも最初は反対していたの」

エミリア、と聞いてラメルは思わずピクリと反応してしまった。

それに気が付いたように、オリビアは続ける。オリビアもセレンも、あの場に居合わせていたのだ。


「だからあの日、ラメルちゃんにエミリアさんが投げかけた言葉は、

 もしかしたら私への言葉かもしれないと思ってしまったわ。

 でも、運命かもしれないと思ったの。ラメルちゃんが働いているお店で、わたしが今まで村でやってきたことを求められてるってことを。わたしは父みたいに農業はできなかったし、サン=キャボッシュではこういう仕事が無かったから。やっぱり自分の腕を活かして働きたかったのね」


しかし、オリビアは神妙な顔つきをして続ける。


「でも、エミリアさんの話を聞いて……複雑になってしまった。

 たぶん、盗賊とラメルちゃんを関わらせたのは、わたしたちだから」

オリビアから、村でラメルと出会ったきかっけを聞いたと、エミリアは言っていた。

それでオリビアも気が付いたのだろう、ラメルと盗賊に何らかの因縁があると。


「あんたはたぶん、今後盗賊と関わらない方がいいかもね。

 だから、配達や仕入れもなるべく外れて、さ。

 盗賊がらみでないとはいえ、こないだも代金トラブルがあったし。

 それでずっとカウンターでしょう」

セレンは言った。確かにその通りで、カイの一件以来、配達には出ていない。仕入れも、町内の市場への買い出しに行く程度だった。もちろん、アデリアが仕入れや事務作業、セレンが配達に長けているという上での割り振りでもあると、ラメルは思っていたのだが。


「こないだ新規のお客さんであんたの指名があったから恐る恐る行ってみたら、シモン氏だし。

 なーに偽名使って変装までしてんだか、あのジジイ。びっくりするわよ。

 もうあんたは配達には来ないって言っといたわ」

呆れながら言うセレンに、ラメルはごめんか、ありがとうか、どちらを言うべきか迷った。

話の軌道を修正するように、オリビアが話し出す。


「でも、自分のルーツを知りたいっていうのは、分からなくないわ。

 誰だって一度は気になるはずだもの……たとえパンドラの箱だとしてもね。

 盗賊とのトラブルを避けるためにも、ルーツを知った方がいいんじゃないかとわたしは思ってる。

 だから、エミリアさんが何か話してくれたらとは思ったんだけど」

反発しそうに見えたセレンだったが、オリビアの毅然とした主張にぐっと黙り込んだ。

ラメルは、オリビアの言葉に導かれるように、エミリアの苗字のことを尋ねた。


「エミリアさんの旦那さんも職業ギルドで働いているらしくて。

 同じ苗字がいるとややこしいから、エミリアを名乗っていると言ってたわ。

 確かに、息子さんが騎士だというのは噂で聞いたけど、本人はあまり自分のことは喋らないのね。

 人のことは聞き出すために、あんなに喋るのに。

 ラメルちゃんと話した後は、特に何も喋ってくれなかったわ。就職して職業ギルドとつながりはなくなっちゃったしね」

「え、じゃあ、あのイケメンエリートで、アデリアさんの彼氏の騎士さんが、エミリアさんの息子!?」

さすがのセレンも驚いたようだった。セレンもエミリアの仲介でピジョンに就職している。


セレンは、しばらく考えてこう言った。

「でも、確かに腹黒そう……いや、何か考えてそうなのに言わないところは親子でそっくりかも」

オリビアは思わず笑みをこぼしたが、ラメルに居直って話し始めた。


「ねぇ、ラメルちゃん、ひとつ提案なの。

 ピエールが持ってきた花籠あるでしょ、人気の花屋さんっていう」

オリビアに言われて、ラメルはハッとした。気が付いてはいたのだ。


「そこのお店ね、お花ももちろんだけど、店主さんの花占いで有名みたいじゃない。

 だから、占ってもらうっていうのはどうかしら」

「え、それはけっこう危なくないですか?」

セレンが思わず反論するが、ラメルは冷静に伝えた。


「いえ、それは大丈夫です……そこの店は……たぶん、わたしのことは占ってくれませんから」

「あら、もしかして、もう行った? クロシェット花店」


そう、ピエールが"王都郊外で人気の花屋"と言ったときから、そうでないかとは思っていた。

そして、花籠についていた店のロゴは、その通りだった。


「クロシェット花店の店主は……わたしの幼馴染です。だから知ってます。

 あの人は、今でも自分から好んで占いをやってるんじゃないと思います、たぶん。

 わたしみたいな訳ありの人は占いたがらなかったので」


ジャスミン・クロシェット。

同じ孤児院で育った子どもの中で、ジャスミンだけは卒院後、唯一会っていなかった。年齢順としてはシルバとアレックスの間で、オリビアと同じくらいのはずだ。

けして険悪な仲であったわけではなかった。ジャスミンは姉のように接してくれたし、皆ジャスミンを慕っていた。ただ、どこか陰のあるジャスミンは、自分の生い立ちを隠して、いわゆる"普通の人"になりたがっていたのを誰もが感じ取っていた。そのきっかけになった出来事も、彼女の占いだった。

だから、孤児院でも彼女の占いの話はタブーとなっていたし、ラメルはジャスミンが開業しても店には行くことはなかった。


「なんだ、あんたの知り合い?

 あたしもそこの噂は聞いたことあるよ。

 告白やプロポーズ用の花束をそこで買うと絶対成功するとか。

 占い目的のお客さんも多くて、ものすごく当たるって聞いたけど。

 昔からそうなわけ?」

「聞いた話では、亡くなったお母さんが腕の立つ占い師だったみたい。恐らく遺伝ね。

 その魔力のせいで苦労したのもあってか、あんまり人好きな方でもないし、噂を聞いたときは驚いたけど」

セレンに答えながら、ラメルは考えていた。

ミシェルが、ブランシュの失踪を伝える手紙をジャスミンにも送ったと聞いた。その中で、ミシェルはダメ元で占いを依頼したが、やはり拒否されたと。しかし、いつかは彼女に訊いてみないといけないときが来ると、薄々感じていたのだ。

そして、ラメルにはもうひとつ気になることがあった。


「ねぇセレン、うちの店は、10周年がおめでたくないのかしら? 記念キャンペーンとかもないし」

「あー、それね。あたしも気になってた」

「ああ、ご夫妻、花籠貰って神妙な顔なされてたものね」

セレンだけでなく、オリビアも違和感を覚えていたようだった。

なぜか開店10周年となるのに、誰もお祝いムードではないのだ。それは従業員だけでなかった。

花籠を店頭に飾ったところ、常連客や出入りの業者まで、それを驚いたように見ていたのだ。


「いやはや、開店10周年おめでとう、とはね……。

 しかし、それにしては派手すぎず、いい花だね」

カウンターのラメルにしみじみと言っていたのは、独り暮らしなのだろうか、よくデイリーパックひとつを買いに来るマダムだ。

確かに、お祝いに贈る花にしてはパステルカラーの花が多く、百合などの華やかな花は入っていない。

形も、丸みを帯びた花でどこかまとまっていて、おとなしげな花籠であった。


「わたし、ピエールについてきていた人、あの人の言うことにヒントがあるんだと思うわ」

「ああ、付き人みたいな人がいましたね」

名乗りはしなかったが、ピエールについてきていた村人がひとりいた。

花籠に複雑な表情を浮かべた夫妻に、丁寧に対応していたのが、ラメルも印象に残っていた。


「あの人、ただの付き人じゃないわ。見たことない村人だったし。

 たぶん、わたしがピエールの性格に問題があるようなことを言ったから。

 ああやって空気を読める礼儀正しい人を付けたのね」

それはともかくと、今度はセレンが話の軌道修正を図るように言った。


「たぶん開店した頃、ピジョンで何かあったね。あたしたちが知らない何かが」

「まだ灯りがついてると思ったら、あんたたち、まだ残ってるの?」

ラメルとオリビアが頷きかけたところで、控室のドアが開き、アデリアが顔を覗かせた。


「お嬢さんたち、遅いんだから早く帰りなさい。

 オリビア、あなたは隣町まで帰らないと行けないんだから」

アデリアによって3人は退店を余儀なくされ、話は強制終了させられてしまった。


 * * *


「皆、おはよう。今日もよろしく頼むね。

 実は今日は、この店を始めてちょうど10年の日だ」


あれからしばらく経った日、朝のミーティングで店長はそう話し出した。


「まあ、だからと言って特に何もしないんだがね。

 ハハハ、いつもの僕ならここで何か面白いことでもやってたんだけどなぁ」

思わず、ラメルはセレンとオリビアの表情を横目で窺ってしまう。2人とも普通に話を聞いているように見えたが、やはり内心勘繰っているのではないかと思わないではいられなかった。


「ところでだ。

 突然だが、来月の13日だね。聖日ではないが、臨時休業にしたい」

「臨時休業? そんなの初めてじゃないですか」

セレンが思わず声を上げる。休みの嬉しさより、戸惑いがあるのが顔に出てしまっている。


「ああ、ちょっと、僕とマリアで、外せない私用なんだ。

 勝手を言って悪いね。

 ラメル君、悪いが、また店にも案内を貼っておいてくれないかな」

店長の、どこか言葉に詰まるような言い方は珍しい。名をあげられたマリアも、横で申し訳なさそうな笑顔で頷いていた。

アデリアはいつもの通りあまり動じない表情で、ラメルはそれを読みかねていたところに指名されたたため、思わず変な声で返事をしてしまった。


――でもこれは、チャンスかもしれない。


先日の3人の会話を、ラメルは再び思い起こす。

今日は仕事が終わったら、手紙を書こう。そう思いながら、仕事に入った。

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