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コージと僕と(3・完)

 ケンカの原因は彼らの割り込み。

 公園でブランコの順番待ちをしていたらそいつらがやってきて、行列を無視して遊具を占領しようとしたんだ。


「おい、オレたちが先に並んでただろ?」


 さっそくコージが噛み付いた。

 よりによって、次はコージの番だった。


「あ? うっせーよ、バーカ」


 しかし、上級生の一人はコージに匹敵するぐらい乱暴な口調でそう言い返した。

 即座に小突き合いが始まった。


 僕は止めに入ろうとしたんだけど、突き飛ばされて肘と膝をすりむいてね。

 涙目でどうにか立ち上がったんだけど――そのときにはすでにコージが完全にブチ切れて、暴走モードに突入していた。


 その戦いぶりはもう、すごいとしか言いようがなかった。

 なんせ年上の子三、四人を向こうに回して、互角か下手したら押してるんじゃないかって形勢にまで持ち込んでいたから。


 もっとも、程なく騒ぎを聞きつけた大人たちが駆けつけてきて、ケンカはそこで終わってしまった。

 立派な戦果? うん、確かにその通りだろう。

 話がそこで終わっていれば、な。


 ――不思議そうな顔をするなよ。

 そう、その時点ではまだ何も終わっていなかった。


 学年が違うとはいえ、学校は同じ。行動範囲も重なっている。

 あの上級生たちとうっかり鉢合わせして、また絡まれたりしてはたまらない。


 そこで僕はそういう事態を避けるため、彼らの遊び場や溜まり場の情報を得られないかと考えた。

 いや、大したことをやったわけじゃない。

 悪い意味で目立つグループだったし、塾の知り合いとか友だちの友だちとか、そういうツテを頼れば割と簡単に噂を集めることができたよ。


 ところがその中に一つ、見過ごせない話が交ざっていた。

 相手のリーダーはかなり執念深い奴で、生意気な下級生、つまりコージに完全なる勝利を収めるべく、さらに人を集めてケンカを仕掛けようとしている――というものだ。


 あれ以上人数が増えては、さすがのコージでも対抗するのは無理だろう。

 しかし、猪突猛進っぷりに定評のあるあの性格だ。

 うっかりこのことを教えると、逆に自分から突撃していきかねない。


 巻き込まれるのはもちろん嫌だったけど、それ以上に僕はコージが負ける姿を見たくなかった。

 で、この危機を乗り切る方法がないか考えて考えて、一計を案じたんだ。

 もちろんコージには内緒で。


 その時点で敵の名前や学年クラス程度はおおよそ把握していたから、知り合いに聞いたり、ときには後をつけたりして、上級生グループ一人一人の自宅をつきとめた。


 そして僕は彼らの親と担任の先生、ついでに校長先生宛に匿名で手紙を書いた。

 ○○君たちは、下級生の襲撃を計画しています。止めさせてください。

 ――というような感じで。

 個人名を明記して具体性を持たせること、複数の大人に送って火が燃え広がる可能性を高めておくことがポイントだな。


 手紙を読んだ大人たちがどう思ったかは確かめようがないが、先日のケンカの目撃者は大勢居たし、彼ら自身が問題児ぞろいだったこともあってスルーはされなかった。


 ま、問題児という意味ではコージもそうなんだけど、年下でしかも一人、僕を加えてもたった二人だってのは大きかったね。

 自分の息子なり生徒なりが、年下の子供を大勢で囲んでボコろうとしてる図式が出来上がるわけだから。


 これは子供同士の他愛ないケンカという解釈が不可能な、いじめ案件だ。

 となれば、大人たちは動かざるをえない。

 結果として上級生たちには太い釘がぶっすりと刺され、事は未然に防がれた。


 うん? 別に驚くようなことじゃないだろう。

 ケンカに自信がなくても自分にできることくらいは考えるし、行動する。

 腹黒いと言われるのは心外だな。

 危機対応にあたって、間接的な手段を用いる方が性にあってるってだけの話だ。


 ともあれ、僕は陰ながらコージを守ることができたという小さな満足を覚えた。


 しかし、この件はコージと僕が仲違いする切っ掛けになってしまった。

 例のグループは僕たちを避けるようになったんだが、それを『オレが怖いんだな!』と脳天気に勘違いしてね。

 調子に乗ったコージは『相手が何人でも負ける気がしない』とか言い出して。


 それを見ていた僕は……なぜだか無性に腹が立った。

 で、あるとき、思わず怒鳴ってしまったんだ。


「いい加減にしろよ! 人の気も知らないで!」


 コージは驚いたように目を見張って、そして言い返してきた。


「オレは突き飛ばされたユートのかたきを取ってやったんだぞ!? なんで怒られなきゃなんねえんだよ! わけわかんねんよっ!」


 そのあとのやり取りは、よく覚えていない。

 ケンカらしきものをしたのは、それが最初で最後だったよ。

 その後、仲直りする機会のないまま、コージの一家は引っ越してしまった。

 僕とコージの付き合いはそこで途切れた。


     ◆◇◆◇◆


「えっと、ち、ちょっと待って」


 雛乃(ひなの)はいくらか混乱しつつも、頭の中で悠人(ゆうと)の長い話を整理した。


「ここ大事なことなんだけど、つまり、ケンカ別れすることになったのは……乱暴さに愛想を尽かせたからじゃなかった? 相手があまりにバカであなたの骨折りを全然理解してないから、腹が立ったってことなの?」

「前半正解、後半不正解。腹が立ったのは確かだが、そうだな……『そういう猪突猛進が危険だってどうしてわからないんだ。こんなに僕が心配しているのに』というのが、一番近い」

「ああ……」


 すとんと腑に落ちた。

 そっか。心配だったのか。


「やっと、わかった。それなら理解できる。うん、怒って当然だ」

「そうか? 僕自身は、あまりそう思ってないんだけど」


 皮肉っぽく唇の端を吊り上げる。

 どういうことだろうと雛乃はいぶかしんだが、尋ねる前に悠人は続けた。


「さて、現在の話だ。君の立場は多分、君が想像している以上に悪い。昔話とちがって君も君の相手も小学生じゃないから、ケンカの規模は大きくなる。おまけに笠倉(かさくら)莉子(りこ)はとても執念深い。恥をかかされたことを決して忘れず、あらゆる手を使って仕返ししようとしてくるだろう」


 力がつき、知恵がつけば当然できることが増える。

 攻撃方法が悪口や小突き合う程度のことに留まらなくなる。


「無視や小さな嫌がらせから始まって、おそらく君が折れない限りどこまでもエスカレートする。悪いことに、笠倉の交友範囲は広い。上級生や高校生の、警察に目をつけられてるような連中にも知り合いがいる」

「つまり……あなたは私に折れろって言ってんの?」


 雛乃はむっと顔をしかめた。

 なぜか裏切られたような気分だった。


「友だちをアクセサリーみたいに扱うあの子に対して頭を下げ、許してもらえって?」

「それは君が決めることだ」


 悠人は詰め寄る雛乃に一ミリグラムも動じなかった。


「そもそも、僕が折れろと言えば素直に折れるか? 笠倉に頭を下げるのか?」

「そ、そんなことはないけど……」

「ならつまり、君は君のやり方で対抗していくつもりなんだろう?」

「…………」

「本題だ。それを踏まえて、僕から伝えておきたいことが二つある」


 悠人は指を二本立て、そして一本を折った。


「ひとつめ。その強気を改めるも改めないも、君の自由だ。好きにするといい。ただ、視野の狭くなった人間は、周囲が心配していることにも気付けなくなる」

「昔、〝コージ〟があなたの心配に気付かなかったように?」

「そう。正面から殴りかかるだけが解決方法じゃない。ときどきは君を気に掛ける人たちのことを思い出し、やろうとしていることのリスクとリターンが釣り合ってるか、ちゃんと考えてみろ」

「う、うん」


 反論の余地はなさそうだった。


「ふたつめ。僕も成長した分、できることが増えた。何かあったとき、先生や親に告げ口するよりは、マシな対策が取れるだろう。多分、笠倉にも対応できるくらいに。だから、たとえどんなことに巻き込まれても、どんな窮地に陥っても、君には絶対的な味方が一人いる。そのことを忘れるな」

「…………」


 雛乃はぽかんと口を開けたまま、目を何度か瞬かせた。

 ようやく、絞り出すように声を発する。


「あの」

「何だ?」

「それ、私に言ってる?」

「他に誰がいる?」

「だって、こんな無謀と無神経が服着て歩いてるようなの、嫌いなんじゃないの? さっき、昔話してるときも、声にうんざりした感じが滲んでたし……」

「忌々しいと思うことはあった。今でもある」


 だよね、と肩を落とす雛乃。

 しかし、ふんと一つ鼻を鳴らして悠人は続けた。


「同時にうらやましいと憧れる。自分にはないものだから。昔のことについて言えば、そもそも敵をおとなしくさせる小細工は僕が勝手にやったことなんだから、コージに察しろと要求する筋合いはなかった。『心配をわかれよ』なんて怒るのは、身勝手だ」


 雛乃は思わず悠人を見つめ直した。


「わかって欲しいんだったら、全部伝えるべきだった。僕はずっと君の味方だ。でも、だからこそ心配なんだ。手伝わせてくれ! 君を助けさせてくれ!」


 ふうと息を吐き、言葉を継ぐ。


「そう言ってやれば良かったと、縁が切れた後で後悔したんだよ。だから、もし次の機会があれば、必ず口にしようと思っていた。たとえ相手に余計なお節介だと思われたとしてもね。――理解できたか? 小路(こうじ)さん」

「…………」


 小路(こうじ)雛乃(ひなの)

 男の子みたいで気に入っていた名字と、女の子みたいで好きじゃなかった名前。

 悠人と出会ったころは、好んで名字の方を名乗っていた。


「うん……理解できた」


 やがて、雛乃はこくりとうなずいた。


 転校してきてクラス名簿を見たとき、悠人があのユートだということはすぐにわかった。

 気まずくてなかなか話しかけられなかったけど……そうか、引きずってるのは自分の方だけじゃなかったんだ。


「では、六年前のことは謝罪しておく。悪かった」

「いや、ってかさあ」


 雛乃はイスの背もたれに体を預け、天井を仰いだ。


「やっぱ謝らないといけないの、私の方じゃない? 私、頼りない相棒を守ってやってるつもりだったんだよ。自分の方が守られてたなんて思いもせず、怒ったり恨んだりしてたよ。ほっんと、ガキすぎだ……」

「なら、これからガキじゃなくなったところを見せてくれ、相棒」


 悠人の言葉に思わず顔を正面に戻す。視線が合った。

 深い色をたたえた瞳が、じっとこちらを見つめている。

 雛乃は自分の胸の鼓動が少しずつ早くなっていくのを覚える。


「これまでのところ、まるで成長が見られないからな」

「うっさい、ユート」


 怒った口調を作ってはみたが、表情は勝手にほころんでいた。

 会っていなかった間に、体の大きさは逆転されてしまった。

 でも、やっぱり変わってない。


 今は雛乃という可愛らしい名前だって悪くないと思ってる、のだけど――


「うん、私、これからあなたのこと、ユートって呼ぶ。だから、私のことはコージって呼んで」

「昔みたいに?」

「昔みたいに」

 

 やはり彼に呼ばれるなら、こちらの方がしっくりくるから。


 あたたかい気持ちとともに、確信が生まれる。

 この相棒が隣に居てくれるなら……自分はきっと、女王様に負けたりなんてしないだろう。


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