コージと僕と(2)
少し考えてから、悠人は答えた。
「まあ、そうだな。笠倉莉子は、自分のそばにはべらせる友人を選別する。まるで野球の監督がレギュラーと補欠を分けるみたいに」
何かやらかして莉子の機嫌を損ねれば、レギュラー落ち。
もし戦力外と判断されようものなら、学校で一緒に居ることはおろか話しかけることすら許されず、休日の遊びに誘われることもなく、人間関係のネットワークから完全にハブられるのだそうだ。
「あーそれ! そういうのが受け付けないの!」
雛乃は鼻息を荒くしてバンと机を叩いた。
ないがしろにされてなお莉子にすがろうとする方にも、共感はできない。
でも、莉子本人についてはそれ以上に理解不能だった。
「友だちって、そういうもんじゃないでしょ!? イッキイッカイなんだよ!」
「一期一会と読むんだ、あれは」
冷静な指摘は聞こえなかったことにして続ける。
「気の合う子に出会えて、その子とずっと一緒に居られるって、すごく幸運なことだと思うんだよ。ちょっとした奇跡と言ってもいいくらいの」
雛乃は小学校で五度、中学校で一度の転校を経験している。
別の学校に転入するというのは、仲良くなった友だちと離ればなれになるということでもある。
もちろん、それで完全に縁が切れてしまうとは限らない。
今でもときどきメールや電話で連絡を取り合う友人はいる。
しかし一方で、つながりが途絶えてしまったとか、ケンカ別れしたままとかいう相手も存在する。
この先、二度と会うことがないかもしれないそういう子たちのことを考えるたび、雛乃は重い石ころが胸の奥につっかえたような気になるのだ。
「私は笠倉さんがどうしてこんな奇跡的な機会を大事にしないのか、理解できない。お別れは、いつどんな形でやってくるかわからないのに」
莉子はどんな事態になっても、後悔しない覚悟があるのだろうか。
それとも、友人という存在に失ってもいいという程度の価値しか認めていないのだろうか。
考えているうちに、またムカムカしてきた。
怒りと悲しみとやりきれなさのミックスジュースが、胸の奥から逆流してくるような気分。
「あー、もう、私やっぱりあの子のこと、わかんない。というか、わかりたくもない! 友だちを大切にしない人って、ほんっと大嫌い!」
感情のままに吐き出し、そして目の前に悠人が居ることを思い出した。
急に恥ずかしさがこみあげてくる。
一人で熱くなって怒鳴り散らして……みっともないと笑われるだろうか?
「いいんじゃないか」
悠人は笑わなかった。
「人間として正しい感覚だと思うし、個人的にも賛同できる価値観だ。正義の御旗を振りかざすのではなく、あくまで自分の主観的好き嫌いであるというのをわきまえているところもいい」
「……もしかして、褒めてるの? それ」
「解釈はお好きに。――とはいえ、自分の行動がもたらす結果と他人に及ぼす影響について、もう少し自覚的であるべきだとも思う」
「なんかこう、回りくどい言い方が好きだよね、沢藤君」
正直、意味がよくわからない。
「言いたいことはシンプルなんだがな」
悠人は小さく肩をすくめる。
大人びた仕草だったが、妙によく似合っていた。
「とりあえず、君のイスの下を見てみるといい」
「? あれ、これ……」
そこには見慣れた自分の靴があった。
昇降口の靴箱のなかに入っているはずのものだ。
「事後承諾になって悪いが、僕が取ってきた。笠倉が逆らう相手にどんなことをするかは、だいたいわかってるから。大抵の場合、まず警告として鞄と靴を標的にする。隠されたら君、家に帰れないだろう?」
「え……え?」
雛乃はぱちりと目を瞬かせる。
悠人が何のことを言っているのか、とっさにはぴんとこなかった。
「君が職員室に呼ばれている間、笠倉と取り巻きたちがその席の近くをうろうろしていた。僕が『彼女の私物に用があるのか?』と声を掛けたら、立ち去ったけど」
そこでようやく理解が追いついた。
「あー、そっか、そういうこと……」
言葉と共に、大きく息を吐き出す。
「要するに、あれだよね……えっと、スプリングコート?」
「スケープゴート」
「そう、それ」
よくわかるものだ。頭とお尻しか合ってなかったのに。
「えっとつまり、私はイケニエに認定されたってことだ」
標的と言い換えてもいい。
うかつだった。そりが合わないと自分が感じたのだから、当然、向こうだってそう思う。
ってか、机を蹴り倒すなんてのはこれ以上ないくらいの敵対行為なわけだし、相手が根に持つ性格であるなら――
「もちろん敵とみなして仕返しするよね。つまりは、私はヤツを甘く見てたわけか」
雛乃はゲンコツで自分を殴りつけたくなった。
今度の転校は、出だしからつまずきまくりだ。
このまま行けばおそらく、長く厳しい泥沼のような戦いに突入するだろう。
とはいえ、もちろん雛乃は負けるつもりなどなかった。
どうやら逆境をエネルギーに換えるタイプらしく、こういう状況になると落ち込むよりも先に燃えてくるのだ。
そう、机を蹴ったのは、確かにやり過ぎだったかもしれない。反省してもいい。
しかし、であるならば――莉子も自分を顧みるべきだろう。
雛乃は絶対に莉子の振る舞いを認められなかったし、一方的に謝罪する気にもなれなかった。
(さーて、明日からどう立ち回ろっか)
とりあえず、持ち物に手を出されないよう早めに登校する。
そこからは相手の出方次第だが、陰湿な包囲網を築かれる可能性が高そうだから、やはり意表を突いて先制攻撃に出るべきか。
果たして女王様は、獲物が反撃してくることを想定しているかな?
――と、そこで目の前の男子が渋い表情を作ってこちらを見ていることに気が付いた。
「あ、えっと、沢藤君はあの子たちが私の持ち物に手を出さないよう、見張ってくれてたんだよね。そ、その、ありがと」
「……礼は別にどうでもいいんだ、が」
悠人は小さくため息をついた。
なんだろう。
「なあ、今、時間あるか?」
「え? うん、別に急ぎの用事はないけど」
「じゃ、少し付き合ってくれ。教訓になる話を聞かせてやる」
きょうくん?
戸惑って眉をひそめる雛乃には構わず、悠人はイスごとこちらに向き直った。
「最初に断っておこう。これはあくまで僕の視点から見た、僕の友人についての物語だ。――僕には、コージという幼馴染みがいた」
◆◇◆◇◆
そいつが隣に引っ越してきたのは、小学二年生のときだった。
「サワフジユート? うん、オレ、これからお前のこと、ユートってよぶ! だから、オレのことはコージってよべ!」
そして、よろしくな! とコージは俺の背中をバカ力でバンバン叩いた。
短く刈り込んだ髪、気の強そうな太眉と子供らしくない鋭い目つき。
少し年の離れた兄をまねたらしく、口調は粗野で声がでかい。
同い年ということだったけど、コージの背は僕より頭一つ高く、横幅にいたっては二倍じゃきかないほど大きかった。
正直言って、苦手なタイプだった。初対面から怯えていたと言ってもいい。
意外か? 基本的に僕は臆病者だよ、昔から。だから慎重で思慮深くあろうと努めている。
話を戻そう。
とはいえ、うちの親とあっちの親両方から『仲良くしてあげてね』なんて言われていたし、学校のクラスも同じだったもんだから、よく一緒に遊んでいた。
しばらく一緒に行動していると、コージのことが色々とわかってきた。
強引で、勝手気ままで、物怖じせず、人の輪の中にぐいぐい入り込んでいくような……そんなアクティブな奴だった。
うん、びっくりするくらい第一印象通りの人間だったよ。
毎日のように、僕はあちこち連れ回された。
ん? いいや、別に迷惑だったわけじゃない。
過剰なくらい刺激的で気疲れする日々だったのは確かだが。
さて、コージは猪突猛進型の性格で、おまけに強烈な負けず嫌いだったから、しばしば周りの子供たちと衝突した。
かけっこの勝敗で揉めた。
三角ベースのアウトセーフで揉めた。
ドッジボールの当たった当たってないで揉めた。
相手が譲らないと口ゲンカ、ときには肉弾戦にまで発展することもあった。
僕は可能な限り止めようとしたが、ほとんど成功した記憶はないな。
体がでかくて力も強いから、組み付いてもずるずる引きずられるんだ。
さて、越してきてから数か月後、コージはすっかり危険人物扱いされるようになっていた。
殴り合いやつかみ合いを忌避せず、しかも体がデカくて根性もあったもんだから、同い年の間では無敵の存在だった。
怒ったコージは隣町のドーベルマンより怖いと言われてたよ。
多分、大人たちからはいじめっ子っぽく見えていたのだと思う。
次第にコージの周囲からは人が減り、遊びに誘ってもあいまいな笑顔で断られるようになり、やがてコージとつるむ子供は僕くらいしかいなくなってしまった。
僕自身はというと、割とコージに肩入れしていた。
コージが興奮して感情的になるのは、チーム、つまり自分と仲間が負けそうになったとき、相手がズルをしたとき、礼儀を欠く態度が一線を越えたと感じたとき。
怒るときにはコージなりの理由があり、大体においてそれは僕も納得できるものだった。
ま、主観に過ぎないといってしまえばその通りだが、決して無差別かつ無軌道に怒りと暴力をばらまいていたわけではないと思ってる。
そんなある日。
コージは二、三歳くらい年上の男の子数人と、派手なケンカ騒ぎを起こした。




