008話 二割の賭け
「てやぁ!」
アルトレウスの大根ソードを剣と勘違いしたのか男爵芋は飛び退いて避けた。
男爵芋は斬撃を綺麗に避けてアルトレウスから間合いを取った。
「避けたと思ったでござるか?」
「!?!?」
男爵芋に表情があったのならば焦っているだろう。なんせ、綺麗に避けたはずなのに自分の右腕をアルトレウスが手に持っているのだから。
「拙者の流派にかかれば残り三本も時間の問題でござるよ」
手に持っていた右腕を捨てて攻めの姿勢になる。男爵芋は残った左腕で指示をして芋群から数個の芋を呼び寄せた。数個の芋はアルトレウスへと飛び掛かるも、アルトレウスの大根ソードと交わった瞬間に脚を切り落とされて、ただの芋へと成り果てる。
「大根で物を切断できるんですね」
ソフィリアはオコジョ対芋との現実味が帯びない紙芝居染みた光景を見ながら呟いた。
「うーん。案外本物の聖剣エクスカリバーだったのかも。と言うか、あのオコジョ中々の達人だね。あの太刀筋に、筋肉の使い方、腕の振り、洗礼された無駄のない動きよ。ま、わたしには及ばないけどね、わたしには及ばないけどね!」
わざわざ二回も言ってまでソフィリアに自己主張するシリルを横目で見てから、再び寸劇のような戦いへと視線を戻した。
「む、消えた・・・?」
芋達を撃退したアルトレウスの前からは男爵芋は消えていた。襲われていたアルトレウスは見えていなかったが男爵芋は芋群の中に身を隠したのをソフィリアは見ていた。
それを告げようとする間も無く、アルトレウスの背後から男爵芋が飛び出て、アルトリウスに蹴りをお見舞いしようと右足の甲を顔面目がけて振り下ろした。
アルトリウスはまるで気づいてたかのように紙一重で蹴りを避ける。避ける際に滑らかな剣捌きで男爵芋の右足を切り落とした。
「まさか芋に殺気があろうとは、これまた賢くなったでござる」
「ねぇねぇソフィたん、あの男爵芋僅かながら殺気を放ったよ!これ凄くない!?」
「私はそんな技術を会得していないので分かりませんでしたが、本当でしたら野菜たちにも感情があることになりますね」
まぁ実際あるのだろう。この世界で実証されていないだけで現代世界では草花に感情がある事は実証試験段階まで行われているからな。
それはともかく、アルトレウスの構えにはどこか現代世界のフェンシングに通じる物が見て取れた。一般的な知識でただフェンシングの構えと同じだと見えただけで、それがどういった動作に繋がっているのかと専門的に尋ねられると流石に解らない。
男爵芋は片足で立ち上がり、左手をアルトレウスに向けて四指を折り曲げて伸ばす挑発動作をした。
あの男爵芋には意思があり。自らの意思でソフィリアに受粉しようとしていると考えると身震いしてしまった。
「では遠慮なく参るでござる!」
「そうか!ついに解った!」
アルトレウスが駆けた瞬間にボイルド教授が大きな声で手を打った。
「何がですか?」
「あの剣が切れる理由がだよ、ソフィリア君!」
「へー、さすがは教授ですねー。で?どんな理由が?」
「それはだね」
ボイルド教授は意味深に言葉を溜めた。
「大根だから」
ソフィリアとシリルはボイルド教授を白い目で見やった。
「こ、これは理論に基づく結論なのだよ。つまりだね、彼の持っている聖剣エクスカリバーは大根で出来ている。これは既に実証された事だ。で、だ、その元となった大根が重要な部分なのだよ。恐らくあの大根は大根と芋の抗争で勝ち、更に統率者となって大根と芋の第一次大根芋大戦を終結に導いた伝説の聖護院大根が元になっているのだよ!」
「え!あの!」
「シリルも知っているんですか?」
「いんや、なんか言っておいた方が良いかなって。やだもー、そんな怖い眼しないでよソフィたん」
シリルにも冷たい視線を送っているとボイルド教授が熱く語り続ける。
「元来大根と芋はいがみ合い、お互い、生涯の天敵としてきた。芋の根は大根の命を奪い、大根の髭は芋の命を奪う。だから今この瞬間にカリスマ的男爵芋を倒せるのは、あのオコジョ君が持つ、聖護院大根で出来た聖剣エクスカリバーだけなのだ!がんばれー!オコジョくーん!」
ボイルド教授の仮説は大体的を得ているので否定することは難しい。大根ソードが人体に無影響で、ジャガイモだけに効力があるのも踏まえてボイルド教授はこの結論を述べているのだ。
ソフィリアに対して害を及ばす結果にならなければ割とどうでもいい事だった。
ボイルド教授がエールを贈っているアルトレウスは、男爵芋と決着をつける寸前だった。ボイルド教授の熱弁のおかげで見逃していたが、男爵芋の両足は切り落とされて、最後は左腕だけになっていた。
それでも男爵芋は立ち上がろうとしている。
まるで男爵芋に強い意志が宿り、その意思を忠実に実行する事に生を受けているようにも見え、ソフィリアは今日初めて興味を引かれ、ある事象を思いついた。
「拙者、芋と言えど容易く命を奪う性格ではないでござる。お主、ここは諦めようではないか。お主もここで終わりを迎えたくないでござろう?」
オコジョが男爵芋に慈悲をかける姿を見てシリルが耐えきれずに吹き出したが、笑い声を殺して体を震わせている。
男爵芋は大きくかぶりを・・・体を振って嫌だと拒絶した。どうやらこちらの言葉も理解できる程の思考能力もあるようだ。
「そうでござるか・・・では、決着をつけるでござる」
男爵芋は片腕だけの力で飛び上がり、アルトレウスに拳を振りかざす。しかしそんな攻撃が当たる訳もなく、男爵芋の最後の根は大根ソードによって切り落とされた。
男爵芋が根を無くし、ただの男爵芋へと戻ればこの芋群は無くなるはずなのだが、未だに馬車との距離を詰めてなだれ込んで来ているのだ。そろそろ止まってもらわないと、馬車を巻き込んでしまう距離だ。そうなれば怪我では済まないだろう。
「んなに!どうなっているでござるか!」
事も終結へ向かうと思っていた矢先にソフィリアはアルトレウスの驚きの声を聞き、またもそちらを向いた。するとそこには手も足も切断された男爵芋が宙に浮いている、何とも不可思議な光景が目に映った。
「う、浮いている・・・」
ボイルド教授が呟いた時には男爵芋は発光を始め、腕で光を遮りたくなるほどの眩い光を放った。
「?」
光の中からソフィリアの顔目がけて何かが飛んできた。それはソフィリアの腕にしがみついていた。もふもふとした毛並みが制服をすり抜けて伝わって来るので恐らくはアルトレウスだろう。
光が小さくなって行き、今度は眼前に大きな影が現れた。
「んなな、んなな、なんだねこれわああああああ!」
ボイルド教授は眼前の物体に絶叫してしまう。ソフィリアも、シリルも、アルトレウスも、御者も、全員が背後にいる自分達よりも背丈の高い巨大な芋に圧巻してしまっていた。
芋が一つ一つ重なって、繋ぎ合い、とても巨大な芋の集合体に変化してしまった。その芋の集合体は男爵芋の意思を持つかのように地を鳴らし馬車を追っかけてくる。
「こんなことが自然界で起こりうるはずがない!」
「獣風情の分際で貴様はどうしてソフィたんに触れようとするんだ!」
「ぐえー、やめるでござるー」
ボイルド教授を諭すかシリルの手からアルトレウスを奪うのをどちらを優先するか考えた挙句、ソフィリアは背後にいる巨大な芋の対処を最終手段を使って自分ですることを決めた。
「ソフィたん!」
アルトレウスに構っていたせいかシリルはソフィリアの行動を阻止することは出来なかった。走る馬車の扉を開けてソフィリアは飛び降りのだ。時速五十はあったが、着地の際に風魔法を使って緩和した。
ソフィリアは芋の集合体の前に立って、その時が来るのを待つ。
巨大な芋の集合体は速度を徐々に緩めながらソフィリアへとその巨大な腕を伸ばす。幾つもの芋で出来た巨大な拳がソフィリアを握り取る為に開いて掌を見せた。
「私は!貴方に公式じゃんけんを挑みます!」
ピタリと芋の集合体の掌がソフィリアの眼前で止まった。
そしてコクリと頷いた。
「ソフィたん!」
「ソフィリア殿!」
馬車にボイルド教授を残してシリルとアルトレウスが合流した。
「どうして止まったの?」
シリルがソフィリアの前に庇う様に立ったが、ソフィリアはシリルの肩を叩いて下がらせた。
「正直成功するかは二割の計算でしたが、私の読みが当たって良かったです」
「二割?読み?」
「シリル、あの男爵芋には意思があります。それも人間に近い意志です。先程のアルトレウスさんとの戦いでも男爵芋はアルトレウスさんの言葉を理解していました」
「思い返せばそうでござるな、戦いに集中してござったので気づかなかったでござる」
「人間らしい反応もしていました。男爵芋は己の意志で私へと向かって来ていたのです。ボイルド教授が言う通りに、彼らは進化しているのだろうと思いました。けど私は違う説を唱えます」
「興味深いでござるな」
「恐らくあの男爵芋はここに至るまでに人間を観察したはずです。私達人間もそうやって成長してきた。知らないものは観察し、研究する。だから男爵芋は人間に疑似する事で生き延びたんだと思います。そう、彼らの行動は人間の模倣です。模倣するからには人間と言う郷に入らなければいけません。郷に入っては郷に従えです」
「そうでござったか!だからあの芋は人間に習ってじゃんけん勝負を受けたんでござるな!」
アルトレウスは手を打って大きく頷いた。
「ボイルド教授の仮説の方が濃厚でしたが、私の方が実証されて良かったです」
本当に良かった。一か八かの大博打にも程があるのだ。もしも外れていたならば今頃あの巨大な腕の中でどうなっていたことやら。
「ソフィリア・バーミリオン!」
シリルがソフィリアの肩を掴んだ。
怒っているな。と誰でも理解できる呼び方だった。
「もう、あんなことしないで」
振り向いて健気に謝ろうとしたが、シリルのとても苦しそうな表情と嗚咽混じりの声を聞いて罪悪感に苛まれた。自分の事を慕う人間に対してこんなにも苦しませてしまったのかと実感する。
悪い事をした。
「ごめんなさい。もうしないから、そんな顔をしないで」
シリルの頬を両手で優しく触れてやる。
「おっほん、宜しいですかな?」
三人と芋がお互いの間にいつの間にか立っていた翁の咳払いに驚いた。
公式じゃんけんが受託されたので、いつ現れてもおかしくなかったのだが、剣聖であるシリルさえにも気配を察知させない、このラダマンティウスは一体どれ程の熟練者なのだろうかと疑問を持つ。
「今回はラダマンティウスさんですか」
「えぇ。お久しぶりですソフィリア様」
ラダマンティウスは優雅に挨拶をする。
このラダマンティウス以外にもエリシュオン協会の公式じゃんけんの審判はいる。そんな一人だけで世界各国の公式じゃんけんの場に現れるなんて無茶も同然だ。と初めにその情報を聞いた時には納得したのだが、審判はラダマンティウスを合わせて二人だけなのだ。一体どうやって世界各国を回っているのかが会う度に気がかりでしょうがない。
それにこのラダマンティウス、年を取っていないようにも見えるのは最初に出会った印象からだろうか?
「それにしてもソフィリア様。まさか人間以外と公式じゃんけんをなさるとは、わたくしの生涯でも初めての出来事です」
「歴史の立会人がラダマンティウスさんで良かったです」
「おやおや、そう言っていただけるとわたくしも嬉しく存じます。して、勝利条件はどうされますか?」
「私は、芋から今後私に受粉をできないを勝利条件にします」
それだけが今の状況を打開できる策であり、今後一生芋に追われるなんて体験を生み出さない条件設定だ。
「そちらは?」
ラダマンティウスが訊ねると芋の集合体が身振り手振りで何かを伝えようとしていた。
「そうですか。ソフィリア様、男爵芋様の勝利条件は、ソフィリア様と夫婦になる。だそうです」
「言葉が分るんですか?」
「えぇ審判ですからね」
「は、はぁ。そうですか。解りました。その勝利条件を受け入れます」
さも当たり前のように返されてソフィリアは困惑してしまう。
「それでは両者の勝利条件が出揃ったところで、只今よりエリシュオン協会、公式じゃんけん勝負、ソフィリア・バーミリオン対男爵芋の試合を対戦を開始します。両者公平に御手に恥じぬ戦いを」