004話 剣聖の称号を持つ女
シリルはソフィリアにウィンクをして自己紹介をする。そのウィンクに魅了されずに、どうしてか背筋が凍る寒気がした。
「彼女はかのベルモンド家の出でね、剣の扱いについては随一だ。ソフィリア君の身を守ってくれる」
「はい。わたし、ソフィリアさんの身を清らかなまま維持してみせますよ」
かの剣聖ベルモンド家のご息女か。だったのならば安心だな。って納得できる訳がない!どうして自分が未確定な神を見つけに旅立たないといけないのだ!のんびり田舎暮らしを満喫しながら、いつか特定出来たらそれでいいのだ。今すぐなんて切羽詰った状況ではない!
「いやっ、その、シ、シスター」
一緒に部屋へと入って来たシスターに助けを求めると、シスターは涙を零していた。
「ついに、この日がやってきたのですね、ソフィ。貴女が自分から主をお探しになるなんて、うぅ・・・成長しましたね」
ソフィリアが大学を卒業した時よりも激しく涙を零している。これは・・・逃げ場がないな。
「可愛い子には旅をさせよって言いますもんね~」
ふんわりとした口調でシリルが言う。
「あぁ、そうだ。まずは都へと来てもらえるかな?そこでもう一人の同行者と合流してもらいたいのだ」
「もう一人の同行者ですか?」
「えぇ、その神方位魔石を作った人物もソフィリア君の旅に御同行したいようで」
なぜ、自分のいないところで話が進んでいるのか。やはり計画性が感じられるが、この教授が自分勝手に突っ走った結果なのだろうか?
頭を抱えて叫んでやりたいが、流石に感情のブレーキを踏んだ。
「荷造りもあると思うので、明日に都へと馬車で出発としましょう。今日はゆっくりと皆さんとお過ごしください」
返事がないのを承諾したと思ったようでボイルド教授はソフィリアとシスターに一礼して部屋を出て行く。シスターは涙を拭いてボイルド教授を見送る為に後を追って行った。
ソフィリアは半分放心状態で動くことは出来なかった。それどころか、椅子の背もたれに大きく背中を預けた。
まさかこんな事になるとは思いもよらなかったからだ。承諾すると言ってしまったのだ。吐いた唾を飲み込むことは出来ない。じゃんけんで強制的に断る事も出きるが、それじゃあそこいらの力で物を言わせる人間と変らない。そういうのは好かない。
「ねぇ、ソフィリアさん」
まだこの部屋に残っていたシリルがソフィリアの隣に来て膝を曲げて屈んだ。屈んだ事でソフィリアの目線よりも下にシリルの美顔が現れた。
「なんでしょう」
気力が抜けた返事をするとシリルは頬を赤らめさせた。
「そ、ソフィたんって呼んでもいい?」
今度こそブレーキを離してアクセル全開にしてやろうと思った。頭が痛い。これから旅をする相手がこんな人間だとは・・・。
「構いませんよ・・・」
「やったぁ!ソフィたん!ソフィたん!お肌触っていい!?抱きしめていい!?スリスリしていい!?」
喜びすぎて自分が何を言っているのか解っていないのだろうなと、ソフィリアは可愛そうな人を見る目で見ていると、シリルはワクワクとキラキラさせた目で返答を待っていた。
この人、本気で言っているのか・・・。
「肌を触るくらいなら」
「ほんと!いいの!触るよ!触っちゃうよ!」
プルプルと手を震わせながらソフィリアの頬へと指を持って行き突こうとしている。別に突くのは構わないのだが、耳元で大声を出すのだけは勘弁してもらいたかった。
「えい!」
「ひゃあ!」
聞きなおすと恥ずかしくなるほどの女子的な声が出てしまった。シリルはソフィリアの後ろに回って胸を鷲掴んだのだ。肌を突かれると思っていたのだから、そりゃあそんな声も出る。
「な、何をするんですか!」
椅子から飛び退いて怒りを込めた言葉を言い放ち、シリルと距離を取る。
「ほほう。Bか。しかもこれが成長の余地ありと、なるほど、メモメモ」
シリルは手の感触を思い出しながら腰につけているポーチからメモ帳を取り出してソフィリアのバストサイズを書いた。
何だこの女は、初対面の童女に向かっていきなり胸を鷲掴み等、同性だとしても犯罪行為だぞ。
「訊いているんですか!?」
「あぁ、怒った声も顔も可愛らしいくて愛らしい」
恍惚そうな表情をして体をくねらせる。ソフィリアは最初に出会った時と同じように背筋が凍る感覚に襲われた。あぁ、これはあれだ、身の危険を感じているのだ。この目の前にいるシリルはソフィリアに対して危険人物なのだ。
「わたし、ソフィたんの大ファンなのよ!ほら見てこれ!」
シリルが見せるのはタペストリーにブロマイドにバッジにペンダントに団扇にソフィリアの写真が備え付けられたグッズだった。ソフィリアファンクラブなるものがあると噂を耳にしていたが、まさか実在するとは。
「でね、でね、ソフィたん。わたし、次はソフィたんをペロペロしたい!」
ソフィリアは引き攣った笑いをシリルに向けた。言葉にしていいのだろうか、素直な気持ちをシリルに伝えていいのだろうか?伝えた方が身のためではないだろうか。
率直な感想は気持ち悪い。ただそれだけだ。
「だめ・・・かな?」
「駄目に決まっているでしょう!?」
可愛らしく頼み込まれても自分の体を舐められた時の事を想像するだけでも寒気がする。
「そっか、残念。じゃあさ、じゃあさ、今日一緒にお風呂入らない?わたし今日泊まるところなくて、シスターさんにここに泊まっていっていいって進められてね。あぁ・・・ソフィたんとお風呂、想像するだけで・・・・うふふふふ」
シリルの頭の中でソフィリアがどんな扱いを受けているのかが安易に想像できてしまう。この短時間でシリルと言う人間がどういった人間か判明してしまった。
変態だ。
「ソフィたん。わたしの事はシリルって呼んでね。これからの旅、よろしくね」
見た目は大人びていて物腰が柔らかな剣聖の子女だと思っていたのに蓋を開けたら、これである。
ソフィリアは返事をせずにシリルを避けるようにテーブルの周りをぐるりと回って脱兎の如くその場から逃げ出した。
「あぁ、私服姿で走るソフィたんも可愛らしい!」
部屋を出る際にそんな声が聞こえて、更に寒気がした。
護衛を変えてもらおうと、急いで孤児院の外へとボイルド教授の後を追ったが、既にボイルド教授の姿は無く、シスターと鉢会わせるだけだった。
「あ、ソフィ。遅いですよ。ボイルドさんはお帰りになってしまいましたよ」
「シ、シスター、教授はどこの宿に泊まっているんですか?」
いつあの女が痺れを切らしてソフィリアを襲うのかと考えるだけで身の毛がよだった。だから今すぐにでもあの第二の変態を護衛から外してもらわないといけないのだ。
「えぇっと確か、一番高いお宿としか。あっソフィ!」
その情報だけでどこの宿に泊まっているかは把握したのでソフィリアはボイルド教授を追いかける。
ボイルド教授の泊まっている宿は町では有名ではなくても地方では有名な宿だ。ソフィリア自身も町の外にある大学へと行かないと知らなかった隠れ宿。一度足を運んで前を通ってみたが趣があり、小金持ちが好みそうな宿なのを覚えている。
いくら競技実績が一位で体力面にも自信があるソフィリアでも馬車には追い付くことはできない。一刻も早く護衛を変えてもらいたいので、ソフィリアは昼間でも薄暗い路地へと入った。
その路地は柄が悪く、絶対に入ってはいけないと幼女の頃からシスターに注されていた路地だった。
路地には数人の柄の悪い如何にもな男性が三人その場に座って屯していた。町にそぐわないソフィリアが、こんな裏路地にそぐう訳がない。そのキラキラとした金髪と見た目だけで男達の何かを刺激してしまったようだ。
男達は向かってくるソフィリアの前に立ちはだかった。
「よぉ、ソフィリアちゃん、だっけ?そんなに急いでどこ行くんだ?」
町の有名人なもので名前は憶えられている。男達はソフィリアよりも長身で痩せこけっているのが一人とソフィリアと身長が同じくらいで中肉中背なのが一人と、この三人の中で一番身長が高く、筋骨隆々な男の三人組だった。見た目は若そうで、二十歳もいっていなさそうだ。
「見た通り急いでいるので」
三人の脇を通り抜けようとすると痩せこけた男が行く手を阻んだ。
「どこ行くのか訊いているだけじゃん、教えてくれたっていいじゃん」
「買い物です。それでは」
適当に言って痩せこけった男を避けて通ろうとすると今度は筋骨隆々な男に通せんぼされる。
「俺達さ、ちょー金に困ってんの、だからさ、慈悲の女神様が恵んでくれないかなーなんて」
ちんちくりんの男がソフィリアの背後に立ってそう言った。修道院の孤児、しかも自分よりも年下の童女に金をたかろうと言う奴らがこの世にいるとは悲しき事よ。
「余分な持ち合わせはありません。では」
「まーってよ」
と、ソフィリアのか細い腕を痩せこけた男が掴んだ。
「離してください」
掴まれた腕とは反対の腕では火の魔法を手に込めてこの痩せこけた男に打ち込む準備は出来ていた。この手の輩は話し合いが通じない。じゃんけんにも応じない。だとすれば違法だけど路上での魔法の使用をするしか自衛手段がないのだ。小さな町だから悪い噂が流れるかもしれないのが辛いところだ。
「なぁ俺らそーとう困ってんの、わかる?」
同じような意味合いの言葉をぶつけてやりたいが火に油だろう。どうするか、もうこの手を振りかざしてしまおうかと考えていると背後から膨大な魔力を感じた。
ソフィリアが振り向くと、ソフィリアに習って同様に男達も振り向いた。
そこには背後から炎を放っている幻覚を見せる程の態度でこちらへと歩み近寄って来るシリルがいた。
「なっ!何だてめぇ!」
ちんちくりんの男がシリルに向かって行き、目の前で身長差のあるメンチを切った。
その瞬間にちんちくりんの男はシリルに顔面を殴り飛ばされてソフィリアの頭上を通過して後ろにあるゴミ箱へと綺麗に入った。
男達とソフィリアは綺麗な軌道を描いてゴミ箱に入ったちんちくりんの男を見た後にシリルへと視線を戻す。
「一に不敬に二に不潔。三は不明で、四は万死に値する。お前等はわたしのソフィたんを困らせて、わたしのソフィたんの体に触れた。つまりそれは、罪だ」
眼に怒りを宿らせて拳の骨を鳴らしながらシリルは近寄って来る。
「何が罪だ!俺らに手を出したことを後悔させてやる!」
一番力に自信がある筋骨隆々な男がシリルへと飛び掛かった。流石に剣聖の子女シリルであろうが、男女差の体格差に勝るはずがない。もうそれは性別と言う名の根本的な弱点だ。
だが、シリルは片手で筋骨隆々な男の首を掴んで受け止めた。
「あがっ!」
シリルは掴んだ首だけで筋骨隆々の男を持ち上げると、筋骨隆々の男の足は空中へと浮いてしまった。あの片腕にどれだけの力が備わっているんだ・・・。
「貴様は不敬を働いた罪だ、堕ちておけ」
「かふっ」
カクリと筋骨隆々の男の体から力が抜けてしまう。こ、殺してしまったのではないよな?気絶させただけだ・・・よね?
シリルはそのまま男を投げ飛ばしてちんちくりんの男同様にゴミ箱へ入れてしまう。
「お、お前一体何なんだよ!」
目の前で繰り広げられた仲間たちの無残な姿を見て、リーダー格であった痩せこけた男がシリルに畏怖しながら叫ぶ。
「わたしか?わたしはソフィリアファンクラブ会員NO.1!そしてソフィたん親衛隊隊長だ!」
声高らかに宣言してシリルは痩せこけた男の股間を蹴り上げる。男が痛みに悶絶して膝をついた、涙目でシリルを見上げると目の前にはシリルの拳が眼前にあり、男は二人同様に飛んで行き、ダストシュートされてしまった。
悪漢を圧倒してしまったシリルは手に付いた埃を掃う動作をして、へたりと座り込んでしまいそうになっているソフィリアへと向き直る。
「ソフィたん、大丈夫!?怪我はない!?触られた場所を消毒しようか!?それともわたしの唾付けようか!?」
そうあたふたとソフィリアの身を案じるのだった。
先程まで鬼人の如く怒っていたのにソフィリアの事になると奇人のような態度になる様が可笑しくてつい笑ってしまった。
「な、何か可笑しかった?」
「ちょっとね。シリルさん、だっけ。ありがとう」
変態ではあるが悪い人間ではないと言うのは理解できた。仕事も全うするし、ソフィリア自身に手を出さなければ旅の同行を許可しようか。
「シリルでいいって。ねぇねぇソフィたん!もう一回もう一回でいいからここに向かってありがとうって言って!寝る前に百回くらいリピートするから!てか、ソフィたんお買い物大丈夫?」
万年筆型の蓄音機を取り出してズイと迫ったが、ソフィリアが駆けてまでも急いでいた用事を思い出し、疑問に思ったようだ。
「二度はいいませんよ。買い物は、そうですね、シリルが付き合ってください」
もうボイルド教授に会いに行く理由もないので、このシリルと言う人間をもっとよく知ろうと思う。
「それって告白!?わたしとソフィたんが結婚・・・うへへへ」
やっぱりもう変態だと位置付けた方がいいだろうか。
「違います。置いて行きますよ」
「あぁん!待ってよ、ソフィたんのいけずー」
ゴミ箱三人衆を尻目に裏路地から出て行くと、その場で妄想に浸っているシリルが我に返って後を追って、隣に立ち、同じ歩速で買い物をして、その日は二人で修道院へと帰宅した。