003話 旅立ちの時
更に六年が経過した。身体的成長が早いのが女性という生き物だ。良い環境で育ったのか、見知らぬ父母の遺伝のせいか。ソフィリアの身長は百六十センチに到達しようとしていた。身長だけでは留まらずに胸のふくらみも大きくなっているのも実感が出来た。
この時期の男子は気楽なものだったが、女子はこうも変化が激しいものとは知識だけで知っていた気になっていたようだ。これ以上成長してもらっても困るが、まぁこれも慣れだろう。
ソフィリアは長い金髪が似合う町一番の美少女になっていた。町に買い出しに出れば優れた容姿のおかげで田舎町では浮いた存在となっている。それもまた頭が痛い案件だった。
何が頭の痛い案件かと言うと、ナンパや口説き、更には縁談までもを申し込まれるところが頭痛ものだった。十二歳の童女にそんな事をして恥ずかしくないのかと思いつつ全てやんわりと断ってきた。
最近は町の者達からではなく、遠方の国々からも婚約届けが届く始末だ。
どうしてこうなってしまったのだろうか。
この六年、シスターに言われて渋々学校に通い、早くのんびりとした田舎暮らしがしたい為に小学校、中学校、高等学校と学年を飛び級し、つい先日に町から離れた大学を主席で卒業したからだろうか。
教授になれとか言われたが、やはりソフィリアは全て断ってきた。
これで念願の田舎暮らしが出来ると思った矢先に、この遠方からの婚約届けの山。皆、容姿端麗、頭脳明細、才色兼備のソフィリアが卒業するのを待っていたのだ。これには姉であるサラーサも苦笑いである。
こうも平穏なる田舎暮らしを邪魔されていると、何か良からぬ事がソフィリアに対して働いているのではないかと危惧してしまう。
大学の研究分野で神に対して研究している人達がいた。現代世界の神と何ら違わないが、この世界の神は本当に実在し、出会う事ができるらしい。神は加護というスキルを与え、人々を導き、人々を戒める存在のようだ。ソフィリアは自分がこの世界に産み落とされた事に興味があった。だからもしかするとこの世界の神がソフィリアを選び、ソフィリアに何らかの加護を与えたのではないかと考えたのだ。
神に会うにはどうしたらいいか、それをソフィリアは専門的に研究した。信仰心は無い、ただ己の探求心と利己的欲求で動いているだけだった。
大学の卒業論文はその事について書き綴り、提出した。我ながらネジが一本飛んでいる論文だったのが記憶に新しい。
で、その論文を見た都の大学に勤めているボイルド・ハーフマン教授が、養子になってくれと頼み込んで来たのが、つい数分前の事だった。
「教授のような方の養子になれたら、とても誉でしょう。ですが、ごめんなさい。私の家はここで、私の母はシスターですので」
常套句の断り文句を言うのもこれで何回だろうかと考えると辟易する。これが作業と思って来ている自分が本当に嫌になる。
「な、なら。じゃんけんで・・・あっ・・・」
ボイルド教授は口にしていけない言葉を出してしまった。
じゃんけん。
ソフィリア・バーミリオンの生涯のじゃんけんの勝利数は四百二十勝。対して敗北数は零である。つまりは無敗なのだ。学校で魔法を習ってから、どの魔法すらも適応し、習得し、吸収した。おかげで公式じゃんけんで使える魔法は多種多様になり、それらを駆使して口で納得せずにじゃんけん勝負を申し込んで来た人間を勝敗で納得させてきたのだ。
このボイルド教授もソフィリアに纏わる事は知っていたがつい、熱くなって言ってしまったのだろう。
「本当に、よろしいんですか?」
ソフィリアは確認する。ここが最後の選択だとボイルド教授に慈悲をかけているのだ。
ソフィリアは五十勝を超えたあたりから、負けたら善意で孤児院に寄付する事、を勝利条件に付け足した。善意なので寄付するかしないかは本人次第だ。しかし、子供に負け、更にはその子供が出した可愛らしい条件を飲めない大人などほぼいなかった。そのおかげか、孤児院の経済面は潤い、今では孤児全員を大学までの学校に送り出せる程であった。
最近はその寄付金をコッソリとシスターがソフィリア用にと残しているのを本人は知っている。
このボイルド教授もそのような結果になるのは目に見えている。ただただ惨めに負け、孤児院に寄付する善意ある初老になるのだ。
「うっ、あっ、き、聞かなかったことにしてください」
別に凄みとやらは持ち合わせていないが、相手のソフィリアに対しての思い込みが格上の存在と意識されているのか、敬語を使われる場合が多い。その対応にもまた辟易としていた。
「話は変わるがソフィリア君。私がここに来たのは君を養子にする為だけではないんだ」
つい先ほどまでのやり取りが無かったような威厳のある教授へと戻った口調で言う。
「そうなのですか?他に私に御用とは?」
養子の次は結婚してくれとか言い出すのではなかろうなと一瞬だけ思ったが、どうやら違うようだ。
教授は以前ソフィリアが提出した卒業論文を鞄から取り出して机の上に置いた。
「回りくどい言い回しは無しで率直に言おう。私はこの論文を見てソフィリア君に共感した。だから私が知っている限りの情報をソフィリア君に渡そうと思っているのだが、どうかね?」
ボイルド教授の言葉にソフィリアの顔から業務用の笑顔が消えた。
「も、勿論無償でだ。どうかね?」
何か裏があるのではないかと笑顔を消してみたのだが、その対応にボイルド教授は怯み、再確認するように訊ねた。
どうかね?と訊かれて言える本音の答えは、共感した、だから無償で情報を提供する。なんて、よっぽどの頭が空っぽの人間じゃなければ怖いと思うのが妥当だ。ボイルド教授はそれすらも解らない教授なのだろうか?
ソフィリアは逡巡してしまう。
「ほ、ほら。これがエリシュオンの神々がおられるとされている地図だよ」
子供に魅惑的な餌を与える口調で言われると更に怪しく感じるが、その地図の内容はソフィリアが研究していた内容と一致していた。一致しているとこも、怪しく感じてしまう。既にボイルド教授に対して疑心暗鬼状態なのだ。
しかしこの餌はソフィリアに対しては最も有効的な餌だった。大学で研究した結果は神には会えず仕舞い、居場所の特定など出来なかったのだ。神ならば必ず理を知っているのが定石。ソフィリアはどうしても神に出会いたいのだ。
「私はエリシュオン協会の人間でね。ほら、こうしてクリスタルも持ち歩いている。経典もあるぞ。なんなら経典を見ずに一ページ目から読んで見せようか!」
ボイルド教授も自分が疑われている事を承知している為に鞄の中かエリシュオン協会の私物を次々と出してくる。これは信者と言わざる負えないだろう。演技だとしたら安すぎる。
「教授、落ち着いてください。私の論文に共感してくださったのは感謝の極みです。私も同じ見解を持った人に出会えて嬉しく思います。ですので、その情報を有り難く頂戴させて貰えないでしょうか?」
ボイルド教授は鞄から私物を出す手を止めた変わりに、ソフィリアの小さな手には収まりそうもない方位磁石を服のポケットから取り出した。
「これは・・・方位磁石ですよね?」
旅の必需品の方位磁石。椅子から立ち上がらずとも上から見下ろせるので、中を見ると、一般的な方位磁石だった。
「そうだね。見た目は方位磁石だ。しかし名前は全くと言って違う。これはある研究員が作り上げた神方位魔石なのだ」
「神方位魔石ですか。名前からして魔法を使って神のいる方向が判ると言った代物でしょうか?」
神には人間と違い六属性以外の特殊な属性があるとされている。指針が射しているのはその属性と言う事か?だとすれば憶測の範囲だった神の属性を特定して、これを作り上げた研究者は天才のそれだな。
「その通り、流石はソフィリア君だ。ただ、これには欠点があってね」
ボイルド教授はバツが悪そうに口ごもった。
「教授、欠点とは何ですか?」
「ん、あぁ。この神方位魔石は六属性の魔法を一定の規定値まで同量に込めないと動かない代物でね・・・。その、何だ、その規定値と言うのが六千Mなのだよ・・・」
「六千Mですか・・・」
通常の人間が出し得るMの限界は六千~八千とされている。しかしそれは己の核となる属性の値だ。核ではない属性のMは精々千五百が限度。この全属性を六千Mと言うのは一人では出し切れない、最低でも六人は必要と言う事だ。この神方位魔石は一人では扱えない代物とボイルド教授は言明したのだ。
「研究段階では六人を使って動かしていたのだよ・・・。しかしだ、ソフィリア君。ソフィリア君になら使い熟せると私は思ったのだ。ソフィリア君には六属性の核が備わっているし、魔法競技試験の結果も上々過ぎる結果。更には魔法仕様の耐久面も難なくクリアしている。全ては紙面での判断だが、どうだろうか?これも含めて貰い受けてくれるだろうか?」
ただ養子になるのを断るだけのはずだっただが、この地図や神方位魔石はソフィリアにとっては棚から牡丹餅だった。怪しいが依然断る理由は無し。
「はい。有り難く頂戴させてもらいます」
真剣みを帯びた顔をで答えるとボイルド教授は破顔した。
「おぉ!良かった!それでだね!同行者を連れて行きたいのだが!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいボイルド教授」
興奮したボイルド教授をソフィリは落ち着かせるために止めた。
「もしかして今から行くんですか?」
「地図も神方位魔石も渡してしまっては探しようがないではないか。大丈夫だ、旅の費用は私が全面的に支払おう」
「い、いや。私はまだ十二歳ですよ?流石に一人で旅に出るのは」
ソフィリアはこの神方位魔石と地図を使って、まさか自分が今すぐにでも行くとは思っていなかった。時間を置いて神がいる場所を特定してから、悠々と会いに行くと計画していたのだ。だからこの申し出には動揺してしまった。
「確かに、荒くれものや魔物もいるだろう。だから同行者を随伴しても宜しいかと」
「同行者は構いませんが」
「そうか!では、入りたまえ!」
入る?まさか既に待機していたのか!?
修道院の一室である部屋の扉が開いて、赤髪でソフィリアも見惚れてしまう程の美人が着心地の悪そうな甲冑を身につけてシスターの案内で入室してきた。
「シルリ・シュリーサ・ベルモンドよ。よろしくね」