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異世界史上最強のじゃんけん少女  作者: 菅田原道則
第一縁談者
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011話 溺れた海豚亭

 ソフィリアは目を覚ました。ベッドにて夢を見ていたのは覚えている。不思議と寝起き特有の倦怠感は無く、目が冴えて、脳活動が活発化している状態であった。


 辺りは月明かりに照らされており、夜だと判った。


 体を起こすと、ハラリと掛け布団が落ちた。誰かがソフィリアをベッドの上へと移動させてキチンとした体勢で寝かせてくれたようだ。


 夢。夢であったが、明晰夢であった。今しっかりと助けを求められて、それを請け負った事を覚えている。それが本当の事であると信じてソフィリアはベッドから降りて、普段着である制服の上着をコートハンガーから取って、部屋に備え付けられている洗面所の鏡で身だしなみを整える。うむ、バッチリ美少女。


 部屋を見回すと、小さな果物籠の中でアルトレウスが丸くなって寝ていた。


「アルト。アルト起きてください」


「うーん、シリル殿~首を絞めるのは鶏だけにしてくだされ~」


 籠を揺らしてアルトレウスを起こそうとするも、物騒な寝言が返って来るだけだった。


 奴隷商をしている場所なのだ、ソフィリア一人では同じように商品にされる可能性がある。なのでアルトレウスか、シリルを護衛として連れて行きたかったのだが、どうも眠りが深いらしい。


 仕方ないのでシリルに頼むとしよう、ソフィリアが頼み込めば飛び起きるはずだ。


 部屋を出て、シリルの部屋をノックする。


「シリル、起きてください。頼みごとがあるんです」


「・・・・」


 返事は返ってこなかった。


「シリル、頼みごとを聞き入れてもらえればご褒美にハグしてもいいですよ」


 ゴトン!と何かが落ちるような音が聞えて来たが、返事はまた返ってこなかった。


 シリルもどうやら寝入ってしまっているようだ。


 明日にするという手もあるのだが、あんな現状を見せられて、朝日が昇り、皆が起きるまで待ち続けるのは聊か神経を削り過ぎる気がする。それに明日は伯爵候と面会するのだ、後回しにはできない。


 ここは一人で行くしかない。


 ソフィリアは階段を降りて行き、受付の前を通っていく。宿屋の入り口に手をかけると鍵がかかっていた。そっと鍵開けの魔法を使って鍵を開閉して、フードを深くかぶった後に夜のセラスへと繰り出した。


 少しばかり宿屋から歩いた所で夢で見た路地を見つけた。現代世界にいた頃にも、こういった土地勘を掴むのは得意だった。瞬間記憶能力なのか、ただただ土地勘が良いだけなのか。前者であればもうちょっと出世していただろう。


 夜でもここ大通りは酔っ払いや夜の仕事をしている人達が通って行くが、溺れた海豚亭がある路地は人っ子一人いない。


 怖い気持ちはあるが臆していても仕方がないので月明かりしかない路地へと入って行き、溺れた海豚亭を探す。


 路地を暫く歩くと夢と同じ場所に馬車が停まっており、停まっている場所に溺れた海豚亭が灯りと、中から騒音を漏らしながら佇んでいた。民家の近くに酒場って偉い迷惑だと思うのだが、近隣住民との付き合い方が良いのか?


 溺れた海豚亭の入り口扉を開けると、耳の奥まで騒音が響いた。中では男女が酒を飲みかわし合い、頬を赤らめて談笑していた。奥にはステージがあり、そこでは民謡が奏でられていた。


 一見は普通の酒場に見えるが、この奥には沢山のエルフ族が捕らわれている。


 カウンター席に座ると、如何にも酒屋を切り盛りしている厳つい男が前へとやってきて一言。


「ご注文は?」


「カルーアミルクを一つ」


「あいよ」


 酒じゃないものを注文しようとしたが、この時間に酒場にやって来て酒を頼まないのは不審がられるので一応頼んでおく。セラスは芋焼酎の方が特産として売られている。カルーアは確か、都の方が盛んだ。


 カウンター席から左奥に見えるのは地下へと降りられる扉。関係者以外立ち入り禁止の看板がぶら下げられている。


「カルーアミルクお待ち」


 トン、と目の前にカルーアミルクが置かれた。軽く会釈して返すと、訝し気な眼で男に見られた。


 未成年が飲酒するのはこの世界でも禁じられている。ソフィリアの身体は飲酒すれば一口二口で倒れてしまう。かと言って飲まないのも怪しいので、ここは得意な魔法で切り抜ける。


 コップの淵をなぞってからカルーアミルクを飲む。コクがあり、美味しいコーヒー牛乳の味がする。勿論だがアルコールの味はしない。水属性の魔法をコップの淵に付与してアルコールの成分だけをコップの中に残しておいた。なので実質はコーヒー牛乳を飲んでいるようなものだ。


「お客さん見ない顔だね」


「旅行していまして」


 声を名一杯低くして返答する。


「お一人で?」


「つい先日従者を解雇したので一人、ですね」


「ほう。それはそれは従者がいない一人旅なぞ何かと大変でしょうね」


「えぇ、どこかで雇いたいものです」


 これで従者が欲しい旅行者との設定が出来上がった。後はソフィリアが小金持ちに見えていて、この男が話を持ち掛けて来るだけだ。


 男は剃っていない顎鬚を摩った後に口を開いた。


「もし、ご入用でしたら、ご内密に相談しますが、どうですか?」


 釣れたようだ。ここで引いては好機を逃す。


「何か、いいものでもあるんですか?」


「えぇ、ありますよ。少々値は張りますが」


「5万Gゲルトまでなら出せますよ」


「それでしたら、十分なお買い物ができますよ。ささ、どうぞこちらへ」


 男はソフィリアを関係者以外立ち入り禁止と看板が掲げられた扉の奥へと案内する。男は扉を閉める時に店内にいる他の店員へとアイコンタクトを送るのをソフィリアは見逃さなかった。


 夢でみた時と瓜二つの階段を男の背を見ながら降りてゆく。やはり現実であった。ここまで来るまで百パーセント信じる事は出来ていなかったが、やっと信じられる。


 夢では無かった扉が目の前に現れる。男はその扉を腰に付けていた鍵束の一つから鍵を選んで開けた。扉の奥から眩い程の光が漏れて、一瞬だけ目を瞑ってしまう。


 再び目を開けると、そこは夢で見たように牢屋が壁一面にある通路だった。


「これは」


「えぇ、エルフです」


 牢屋の中にはエルフというエルフが捕らえられていた。エルフ特有の長く鋭利な耳は拾うからか下へと垂れ下がり、美男美女だと揶揄される彼らの面影はなく、細り、頬に影が出来、視るにも無残な姿であった。


「まぁこの辺は安く従者としては役に立たないでしょう」


「そう、なのですか」


「えぇ、少々手荒に捕まえましたので」


 牢屋のエルフ達はこちらを見て観察している。ソフィリアもよくよくエルフ達を観察すると腕や脚に怪我をしているようだった。ここ近辺のエルフは脚の健を切られてしまっている。なんとも惨い事だ。


 奥へと進むとまだ身体は元気そうなエルフ達が捕らわれていた。こちらの牢屋は個室となっており、先程までの牢屋よりかは住み心地はよさそうであった。どちらも牢屋であることは変わりはしないが・・・。


「彼とかいかがですか?三万ゲルトですよ」


 右側の牢屋にいるエルフを指名された。男性のエルフで肉付きも良く、確かに旅の従者としては申し分なかった。ただソフィリアの夢で語りかけて来たエルフよりも身長は高かった。


 エルフを観察していると流し目で通路の奥の扉を見ている事に気づいた。


 ソフィリアも同様に通路の奥へと視線をやる。


「あぁ、そちらは特別なんですよ」


 男はソフィリアの視線移動に反応した。


「特別?売り物ではないのですか?」


「えぇ」


「拝見しても宜しいですか?」


「えぇ、どうぞ。しかし気に入ってもお売りする事は出来ません」


 男の注意を聞きつつソフィリアは最奥の牢屋の前へとやってくる。最奥の牢屋は牢屋と言うよりも部屋であった。木の扉があり、その扉に覗き穴が付いていた。


 覗き穴を覗くとソフィリアが泊まっている宿の部屋よりも豪華であった。そんな豪華な部屋の真ん中にはテーブルと椅子が置かれていて、その椅子に夢で語りかけて来たエルフが座っていた。


 身体はソフィリアよりも少しだけ小さく、黒髪短髪で浅黒い肌をしていた。ダークエルフという族種だろう。


 夢で顔は見ていないが、雰囲気がそれそのものである。


(お姉ちゃん。来てくれたんだ)


 頭の奥底で女子のような声が響いた。


「あ」


 言葉を発しようとすると、覗き穴の奥にいるエルフは口に手を当てた。


(大丈夫だよ。念じれば話せるから)


(私はエルフ族のように加護を受けていないので無理だと思うのですけど)


(ほら、受信できるって事は送信も出来るって事だよ)


 なんと、思った事を口にせずに相手に伝わってしまった。


(どうして私はできるんでしょうか?)


(さぁ?お姉ちゃんが普通の人とは違うからじゃないかな?)


 どうやら答えはエルフ族にも解らないらしい。確かにソフィリアは核を六属性持つ特別な人間だが、加護を得た事は記憶上一度もないはずだ。


(それよりも良かったよ。お姉ちゃん、僕達をここから出して)


(出す、と言われても私に財力も武力もありませんよ)


(確かに富も力も無いね。けどね、ここから出る方法は一つだけあるんだ)


(・・・権力、ですか?)


(そう!権力。ここを摘発してくれれば皆出られて村へ帰れる。流石はお姉ちゃん)


(元よりそのつもりでしたからね。ただ、自分の眼で確かめておきたかったんですよね。夢で見た等と言っても信じてもらえないでしょうし)


(それはそうだね)


(しかしここまで来るとなると一つ懸念しなければいけないことができるんです)


(あぁ、うん。それは直ぐにでも実行した方が良いと思うよ。お姉ちゃん。後ろだよ)


 ソフィリアは反射的に右腕を後方へと振りかぶる。


「ぐあっ!」


 右手は背後からソフィリアを襲おうとしていた男の顎にクリーンヒットした。土の魔法で手を硬化して殴ったのはいいけど、ソフィリアの細い二の腕の負担は大きかった。それに、クリーンヒットしたのに男には半分ほどのダメージしか与えられていないようだった。


「糞が!いつから気づいてやがった!」


「ここに入った時からです」


 アイコンタクトを送った相手が上の階の扉の前へと移動してきて、扉の鍵を閉めた音もソフィリアは聞き逃さなかった。そもそも奴隷商の事など微塵も信用していなかった。


(お姉ちゃん、逃げて!)


 と言っても通路は一方通行。顎を摩って痛みを堪えている男を薙ぎ倒して行かない限り出口までは辿り着けない。


「なんだお前、ガキじゃねぇかよ」


 大きく体を反転させたことによってフードがはだけてしまって顔を見られてしまった。ソフィリアは慌ててフードを被りなおす。


「しかもかなりの上玉。これは値が張るぜ。いやその前にへへへ、っご!!!!」


 突然男が奇声を上げた。妄想しすぎて果ててしまったのだろうか?ソフィリアが動向を見守っていると男は前のめりになって通路に倒れてしまった。


 男の後頭部には大きな剣の柄型の凹みが出来ていた。


「ソ・・・ソフィた~ん、たぁす、けに、きたぁ」


 通路の奥にはフラフラとした足取りのシリルがいた。どうやら男を撃退してくれたのはシリルのようだ。


「シリル、大丈夫ですか?」


 シリルまで駆け寄って行くと、シリルは膝を付いた。


「むーりー、かーなーり、ねむーい」


 目の下に大きなクマを作りながら、白目を剥いたり、落ちて来た瞼を必死に上げたりと、眠気と戦っているようだった。美しい顔が台無しである。


「シリルがここへ来れたと言う事は上の人達はやっつけたんですね?ではここにいる人達を解放しても」


(駄目だよお姉ちゃん。この店の付近の家は全部こいつらの仲間が住んでいるんだ。こういった緊急事態になると直ぐに集まって来る。早く逃げて!)


「でもそれでは!」


(大丈夫。後二日はここにいるから。それまでに助けて)


「ソフィた~ん、上から声がするよ~増援だよ~」


 増援なんてシリルが全部倒してくれるはずだが、どう見ても絶好調ではないし、命の危険に晒される可能性がある。不本意だが、ここはダークエルフの指示通りに従って一旦逃げるしかない。


(分かりました。必ず助け出します。私の名前はソフィリア・バーミリオン。貴方のお名前を教えていただいていいですか?)


(ナナナだよ、ソフィリアお姉ちゃん)


(ナナナさん。必ず、必ず助け出します!)


 ソフィリアはフラフラのシリルに肩を貸して、その場を後にした。


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