不良ってほどじゃない感じの百合
タイトルが決められない病患者です。
ここから落ちたら死ぬかもしれない。
防止用の金網をぎゅっと握ってそんなことを考えると足元がぶるぶるして、すぐに離れた。
なんてことはない、学校の課題が全然できなくて、授業サボっただけなんだけど。
最近全然うまくいかないんだよね。友達はできないし、勉強は難しいし、なのにお母さんは口うるさくて私のこと何にもわかってないし。
それで、とうとう授業サボってしまった。屋上まで来てなんか妙な罪悪感で良からぬことを考えてしまったけど、とりあえずチャイム鳴るまでぼーっとしておこう。
ただ問題がある。とても暇だ。
真面目だから学校に遊び道具なんか持ってきてるはずもないし、なんせ友達がいないのだ。スマホだって大した役に立ったことがない。手持無沙汰になる。
あと五十分、いや、四十五分くらいか。ぼーっと空と街並みを見ているのはとても退屈しそうだ。
お天道様がじりじりと熱を帯びている中、もうすぐ昼休みのすきっ腹は実に体に悪い気がした。教室で先生に小言をもらった方が精神的にも肉体的にもマシだったかもしれない。呼び出しを食らうって考えたらますます気が重い。本当にいいことなしだ。
突然、ガチャっと校舎に戻るためのドアが開いた。私しかいない屋上に新しい闖入者、もしかして先生が探しにきて!
と思ったけど、そこに立っていたのは同じ制服を着た女子だった。
「……あ」
短い驚きの声を聴いたけど、私は何も言わなかった。というか、特に言うこともない気がする。
黒の短髪で、背の低い可愛い系の女子だった。小動物、みたいな? 授業サボる風には見えないけど、ここに来る以上やっぱりそういうことなんだろうか。
「……ああー、あなたもワルですねー」
「え、なに、私?」
「はい。だって授業をサボってここにいるんじゃないですか? なかなかのワルですよー、ええ」
「んー、確かに」
そんなに賢い高校じゃないけど、サボるくらいならこんな何もない屋上じゃなくて街に遊びに行くくらいはみんなしている。でもサボはサボだし、私も悪い人だ。
なんて考えたら、いやいやいや、とその子は否定してきた。
「そこは普通『あなたもサボってるじゃないですかー』みたいにつっこむところじゃないですかー」
「あ、そう、なの?」
「そうですよ。たぶん。ええ、きっと」
自分に自信つけるみたいに重ねて言って、その子は私の隣に立った。
そして、私がやってたみたいに、金網を握って下を見て、うひょ、って短く叫んだ。
「高いですね」
「うん。屋上だし」
「ユーはどうして屋上に!?」
「え? あー……授業いやんなって。課題、してないし」
「ああーそれ分かります分かります! やらなきゃダメなのに面倒くさくて全然手をつけないで、結局当日何もかも嫌になって授業サボっちゃうんですよね。いやー心中お察ししますー」
「あなたも?」
「ええっどうしてわかるんですかー!?」
なんて言って、二人で笑った。
そうこう話しているうちに、彼女が勝山駆という名前で、同じ学年の別クラスということを知った。
「駆って男みたいな名前だね」
「よく言われるんですー。少年漫画の主人公みたいだって言われますー」
言われれば確かにそうだ。夕方のアニメで主人公をしていてもおかしくはないけれど、この性格は主役に向いていなさそうだ。サボってるし。
「やー、でもそれに対してミッコさんは名前も姿かたちも女らしくて良いですよねー」
「そう? 女らしいとか言われたことない」
「またまたー。ミッコさん女オブザ女みたいなところありますよ。いよっ女の中の女!」
既にちょっと変な仇名をつけられたけど、残りの授業時間はずっと駆と、昨日見たテレビとか、愚痴とか、そういう他愛もない話をしていた。
正直結構楽しくて、駆も私のことが一番の友達みたいに言ってくれたから、連絡先を交換して、すぐに仲良くなった。
と言っても、私はこんなだから自分からメールとかはあんましなかったけど。
一緒に帰る人ができたのは、けっこう嬉しかった。
「ミッコさんって休みの日とかってなにしてます?」
「えー? ……なんか、何もしてない」
「省エネですねー。植物っていうかジャイアントパンダっていうか」
「寝るのが一番楽しい」
「ああー、分かりますー。なんかもう、ずっと寝てたいですよねー」
「花の盛りなんだけどね」
「過ぎ行く青春なんですけどねー」
老成した、なんて良い物ではなくて、貴重な財宝を無駄遣いしている気分だ。
教室でだって周りを見渡せば、部活に恋にと精一杯遊んでいる。
なんか輝いて見えるっちゃ見える。
「でも疲れるよね」
「ですよねー」
どこまでも省エネ。というか、肝心のエネルギーが足りていないような気がする。少しでも勉強に向けばいいんだけどなぁ。
最近なんて、タイミングを見計らって一緒に屋上でサボることまである。別に出席が足りていればテストの点数さえある程度とっていれば単位はとれるし、卒業できるし。
「あのでもそのミッコさんさえ良かったらなんですけどー、その夏休みに私補習というものに呼び出されましてー」
「うん」
「あのですね午前中だけなんですけど一週間くらいずっとあるんですけど、できれば午後からお暇ならちょっとお時間を私に割いてくださっていただけないかなーみたいななんて」
「いいよ」
「即答アンドオーケーですかっ!? 夏休みなんて溶けてるから無理って言われると思ってたんですけど!」
「家にいるより勝山さんと一緒にいる方が楽しいし」
「あっ……合理的っ! 合理的すぎて素敵ですよミッコさん!」
顔を赤くしながら矢継ぎ早に喋る様子は大丈夫かなってなるけど、勝山さんは喋ってないと我慢できないみたいな人みたいだ。
私は別に静かにぼーっとしてても良いんだけど、静かだと居ても立っても居られなくなる人がいて、勝山さんがそれらしい。
「補習かー。補習ねぇ」
少し思い出すけど、私は呼び出されていなかった。呼び出されていなかったはず……なんて考えていた。
テストも赤点は免れて、無事に夏休みを迎える。
通知表はたまにサボったことを微妙に言われてるけど、特別に呼び出しを受けることもなければ、成績もそれほど変わっていない。それほどね、それほど。
「ミッコさん成績……うわ、いいですねー。すごい、養ってほしいですねー」
「かつや……うわ、すごい」
すごい、という言葉にもいろんな意味があるけれど、私よりひどい成績を見た経験は数えるほどしかない。
「ええええーん! 私これじゃおバカタレントしか未来がないんですよー!」
「大丈夫だって勝山さんたぶん勉強以外の何かできるから」
「勉強の方諦められてませんか!?」
彼女の学力は私の想像以上の底辺だった。なんか裏切ってしまった気分になるけれど、そこはそれ、別問題だ。
「わああああーーん責任とってくださいよミッコさーん!」
「うん、うん、面倒みるから」
「えっマジですか!?」
「補習の後、うちくる?」
「えっえっ、ちょっと……いやー時期尚早というか流石にそれは気が早すぎるという気がしなくもないのですが」
「受験勉強に早いとかはないんだって」
「はい?」
「いや、勉強」
「ですよねー! お邪魔させていただきますね!」
あっはっは、あっはっは、とひとしきり笑った後、勝山さんは、はぁと溜息を吐いた。
何が面白いのかよく分からないけれど、楽しそうなのは良い事だからとりあえず私も笑っておいた。
「勉強疲れました! ご褒美とかそういうのないですか!?」
「はいポテチ」
「あ、うまうま。ってわんこそばみたいに渡されても胃袋が限界ですよ!」
一問終わるごとにあげてたら、そりゃそうなる。
最近は勝山さんも遠慮気味じゃなくてこういう風に私にも砕けた雰囲気を出してくれて、それは嬉しいけれど、その学力はやっぱり問題だった。
今やってるのだって補習の課題、このままじゃ卒業できるかどうかすら怪しい。
「にしても勝山さんノリツッコミうまいよね」
「そうですか? あ、お笑いコンビでも組みませんか? それなら学力要りませんし。私がツッコミ、ミッコさんがボケで」
「えー。ボケって元気いるじゃん」
「いえいえ。おかだますだとか、ハラーイチとかツッコミの方が元気なコンビ多いですよ? あ、現実み帯びてきましたね……」
帯びてきたんだろうか。あんまり目立つのも声を出すのも好きじゃないんだけど。
「将来芸人になりましょうよ!」
「いやーないない」
「ですよねー!」
そんな風に勉強してた。
……おかだますだ、あっちがツッコミだったんだ。
補習三日目のこと。
「っていうか、補習サボりたいんですよねー……」
私の部屋に来てそうそう、机に突っ伏して言うことがそれかぁ。
「サボったら進級できないんじゃ?」
冷えた麦茶を差し出すと、酔っ払いのおじさんみたいに勢いよくごくごくぷはーと飲み干した。
「べらんめーですよ! 留年が怖くて授業がサボれるかってんですよ! いや、怖いですけど……」
「割と同じクラスになりたかったりしたんだけど」
「えっマジですか? 頑張ります頑張ります」
とは言うものの、落ち込んだやる気はなかなか取り戻すのは難しい。
何かご褒美があれば、彼女ももう少しモチベーションをあげられるんだろうけれど、お菓子とジュース以外に思いつかない。
「きっちり全部出席したらなんかご褒美あげるよ」
「……えなんなんですかその突然のフラグみたいなの」
「応援してるから」
「あーその応援だけで充分ですよみたいなかっこいいこと言いたいですけれどもらえるものはなんでももらえっていう家訓なのできっちり補習終わったらとびっきりのプレゼント期待させていただきますー」
しばらく考え事でもしてて勉強が捗らなかったけれど、それは良いアクセントになったみたいで、集中してくれたみたいだった。
補習の最終日、学校の前で待っていると、きちんと制服を着た勝山さんがひょっこりでてきた。
「あ、お勤めご苦労様」
「おうおう出迎えご苦労じゃけのー。……もっと言い方なかったですか?」
「何欲しい? 千円以内で」
「えーなんでもなのに月のお小遣い未満じゃないですかーもうちょっと食い下がりますよー」
「え……じゃあ六千円くらいまで……」
「いやいややめてください。ガチな感じはやめてください。ごめんなさい冗談です」
まあそんなことだろうと思ったけど、彼女が何を欲しがるかはいまだに分からない。
二人で遊ぶ、と言っても一緒に出掛けたり買い物したりって言うのはあんまりしなかった。趣味とかもよく分からないし。
「ま、折角ですしらーーーーーーーめんでも奢ってもらいましょうか」
「なるほど。伸び伸びラーメン」
「いえ、普通ので」
学校から程近いところで、女子二人で来るのはためらわれるような気がしたけれど、勝山さんがよく家族で来るとかで、彼女は気前よくラーメンとか焼き鳥とかを注文していった。
「あの……お金……」
「ラーメン一杯分だけは奢ってもらいますよ。焼き鳥の分は私が払いますので」
それを聞いて安心した。暑いのにラーメンっていうのもなんか微妙だけど、郷に入ってはだから彼女と同じチャーシュー麺を頼んだ。結構勝山さんってワイルドなんだなぁと思う。
「ミッコさんって外食とかしないんですか?」
「しなくもないけど、あんまりしない」
「はー。家族に愛されている感じですか?」
「家出るのが面倒臭いだけじゃないかな」
「いやいや。食器洗いとか料理する手間に比べたら外食のが楽ですって」
そういうものかな。深く考えたことないから分からない。
程なく焼き鳥がドカッときて、チャーシュー麺もドカッときた。 見てるだけで胃がもたれる。
「よーし、食べましょう食べましょう! さ、ミッコさんも遠慮なく!」
言うだけ言って彼女はずるずる~っとラーメンをすする。うーん、この小さな体にどうやって入るのか。
「ラーメン好き?」
「普通」
それだけ答えて私もラーメンを食べることにした。どうせならパフェとかの方が良くないかな?
ぐへーと息を漏らしながら、ラーメンを食べて焼き鳥をもいでと忙しそうな勝山さんを横目に、私も目いっぱい醤油ラーメンを堪能した。
「満足した?」
「はいそれはもう! ……ミッコさんは、ラーメンお嫌いですか?」
「や、普通だって」
「あ、そうでしたー。ははは」
横を歩く勝山さんは遠慮がちに私の顔を伺い見てる。……その顔は笑顔を浮かべているけれどどこか不安をぬぐい切れていないようだ。
「どうかした?」
「え。あ、いやー、別にそんなに大きな話じゃないっていうかお耳に聞かせるようなことじゃないんですけどー」
「いいから」
「あー、いや、その……ミッコさんの方はご満足していただけたのかなー、と……」
「私? 別に勝山さんのご褒美なんだから気にしなくていいのに」
「いや、そうはいかないですよ。誘った以上はやっぱり楽しんでいただかないと」
初めて会った時は結構ずけずけ言ってくる子だと思ったけど、意外とそういうこと気にする性格なんだ。
楽しい、楽しくないと言っても、ただラーメン食べるだけでそんな感情抱かない。抱かないと思う。
「ラーメン食べてる勝山さん可愛かったよ」
「え! なんですかいきなり!」
「思ったこと」
「え、え、や、やだもーなんですかそれ本当に急に。口説いてます?」
「いや思ったことだって」
「…………そ、そうですかー……」
やー困ったなーもー、なんて言いながら勝山さんは俯いてとぼとぼ歩いてしまった。
可愛いと困る、なるほど私にはない経験だった。少し羨ましいとも思う。
実際のところ、私なんてデカいし無愛想だし、小さくて可愛い勝山さんみたいなのは私とは違う人生を送るんだろう。
課題やらなくて屋上でサボるなんて、底抜けに間抜けなことしなかったら会ってもこんな風にはならなかった、と考えると不思議だ。
「あ、あのー……、ミッコさん、そっちから私にしてほしいことみたいなのってないですかねー?」
「してほしいこと? なんで?」
「いえ、私に付き合ってもらったお礼に私もお付き合い差し上げれたらと」
「うーん……」
「ああー外出とか苦手でしたもんね勉強も私教えられませんしなかなか思い浮かばないですよねー」
勝山さんにしてほしいこと、と考えるとすんなり一つ出た。
「これからも一緒にいてよ」
「…………は? えプロポーズですかプロポーズか何かですか?」
「私他に友達いないから」
「ですよねー。ま、いいんですけど、いいんですけど!」
言いながら彼女はむんずと私の腕に抱き着いてきた。ちょっと暑くはないかい?
「いいですよずっと一緒にいますよ。……私、重くないですかね?」
「え、軽いでしょ? あー、でもいっぱい食べるもんね」
「人との距離感測れてなーい! ま、いいんですけどいいんですけど」
「まずちゃんと進級してね」
「勉強教えてくださればよゆーです、よゆー!」
えいえいおー、と元気に拳を突きあげる勝山さんを見て、やっぱり彼女といると楽しいと思った。
自分の中では初めてガチな恋愛ではない感じの百合なので手探りです。