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文通相手と私

「うーん、どうしようかしら」



 池のほとりに立つ枝垂桜。太い幹から伸びる長くしなやかな枝には桃色の小さな桜がこれでもかと言うほど咲き乱れている。その下に用意された椅子に腰を下ろしているフェデルシカは、手元にある紙と睨めっこを続けていた。



 手紙は最初にフェデルシカが出した。簡単な挨拶と引き受けてくれたことへの感謝。その後は、自己紹介のつもりで自分の好きなことを書いていった。


 日向ぼっこをしながら本を読むことが好き。

 紅茶はカモミールを好んで飲む。

 庭に大きな枝垂桜があること。

 手先が不器用なことが少し悩み。

 運動は苦手。

 特技は……草花を愛でること。


 最後にこれからよろしくと締めて手紙を届けてもらった。

 フェデルシカは思う。やはり自分は面白みのない事しか書けないと。あんなに自分の好きな事を自己満足のように語って相手が楽しいはずはない。

 それでもフェデルシカが書ける内容は限られている。予知夢のことも、自分の状況も、相手に知られてはいけないことだから。



 一週間後、相手から返事が返ってきた。文通相手の名前はウォル(・・・)というらしい。もちろん偽名だろう。フェデルシカも偽名を使っている。

 ウォルはとても字の綺麗な人物だった。そして、とても文が短い人物でもあった。


 フェデルシカが長々と一文を書くのに対して、ウォルは極端に短い。

 好きなものは特にない。苦手なものも特にない。特技は魔術。それくらいだった。


 文通が面倒くさいという意思をがひしひしと伝わってくる。きっと命令されて文通相手になったのだろう。だが、命令されてやらされているにも関わらず、他国の者との文通にここまでやる気のなさを見せつけられるなんて、とフェデルシカは憤慨した、のではなく、興味を持った。ウォルという人物はどんな人なのかと。



 それからフェデルシカは身の回りで起きた事やウォルの手紙の内容に質問をするようになった。

 相手がフェデルシカに気を使って手紙を書いてくれるのなら、フェデルシカも何か楽しい事を書かなければと気を張ったかもしれない。しかし、相手はやる気がないことを隠す気はなく、フェデルシカの質問にも答えられるものだけ答えるスタイルだ。それならばとフェデルシカは遠慮なく他愛もない話をたくさんした。それは女性が脈略のない話を永遠と続けるお茶会での会話のような内容だったのだが、ウォルから止めろとは言われないので気にしないことにした。



 何通か文通を続けていてウォルについてわかったことがある。ウォルは暗い。というより、何に対しても悪いように受け取る。そして、自分を卑下している。

 手紙からは知識が豊富で、魔術にも長け、広い世界を知っていることが伝わってくるのに、そんなものはどうでもよいと言っているようなのだ。


 王宮の裏にある白い建物と目の前の庭でしか生活できないフェデルシカにしてみれば、全てが羨ましいことである。

 死んだことになっているので、王宮で雇う家庭教師から勉強を教えてもらうことはできず、フェデルシカの教師の代わりは貴族出身の侍女エリーと騎士アレンだ。二人とも普段の様子からはわからないが、とても知識が豊富である。しかし、さすがに二人からだけでは全てを完璧に教えてもらうことはできない。だからこそ、フェデルシカの趣味が読書なのだ。


 そして、フェデルシカには予知夢を見る力はあれど、魔力はない。好奇心が強いフェデルシカが、本でしか知らない魔術に憧れないわけがない。何より、外の世界に憧れないわけがないのだ。


 フェデルシカの知る外の世界は予知夢で見る断片的なものしかない。幼い頃は城で暮らしていたが、その時に出会ったのは城で働く者や王宮を訪れる貴族だけ。誕生日の時は親に連れられ国民の前に立ったが、その時のことは緊張であまり覚えていない。ただ、ローゼリア王国の城下町は白い壁と青い屋根の建物に統一されているため、青空の下に青の屋根が広がっているという美しい光景だけは記憶の中に残るフェデルシカの大切な宝物だ。


 だから、人々がどのように生活し、何に喜び、何に苦しんでいるのかは本に書かれていることしか知らない。戦で人々が死んでいく様は何度も予知夢で見ているというのに、その人々の裏までは知らず、戦は人の命を奪うものという子供でも知っているようなことしか言葉で表せない。

 それでも国民のために生きたい、役に立ちたい、と思うのは一種の自己満足でしかないが、フェデルシカは今もその想いを胸に秘め、予知夢を見続けている。



 そんなフェデルシカの想いを知ってか知らずか、ウォルはフェデルシカに考えが甘いと言ってくる。世の中はそんな綺麗事だけで生きていけないと。それから、戦場での出来事や民の生活について教えてくれるようになった。今では本で知ることのできなかった生々しい現実をウォルの手紙で知るようになる。

 そして、その話を通じてウォルの内面もより知ることになった。




「ウォルはやっぱり自分に自信がなさすぎるわよね。知識は豊富だし、世界の情勢にも詳しい。戦に出るほどの魔術師らしいし、考えもしっかりしているのに。それに……何だか寂しい人だわ。全てに絶望しているみたい。どうにかできないかしら」



 フェデルシカが枝垂桜の下で手紙と向き合いながら頭を悩ませている理由。それは、何を書こうか迷っているというよりは、何と書けばウォルに自信を持たせられるか考えていたからだった。

 とはいえ、フェデルシカに出来ることなんてほとんどない。ウォルの手紙にポジティブな言葉でできるだけ明るく、素直な気持ちを書くくらいである。


 それでも、最初はフェデルシカの言葉に否定的だったウォルが、そういう考えもあるかもしれない、とフェデルシカの意見に賛同してくれる回数が増えてきた。以前より手紙の文量も増え、時々ではあるが質問をしてくれることさえある。

 少しずつだが心を開いてくれているのがわかり、フェデルシカはとても喜んだ。そして、もっともっとウォルに明るくなってほしい、自信を持ってほしいと思うようになっていた。



 新しい世界を教えてくれたウォル。

 フェデルシカにぶつかってくるウォル。

 くだらない話を聞いてくれるウォル。


 何より、王女でも予知夢を見ることができるフェデルシカでもなく、一人の人間として向き合ってくれるウォル。


 いつの間にかウォルはフェデルシカにとって、ただの文通相手ではなくなった。



「あぁ、ウォル……あなたはどんな人なのかしら。手紙などではなく、直接背中を押してあげられたらいいのに」



 フェデルシカはできるはずはないと知りながらも言葉に出さずにはいられない。


 そっと仰ぎ見た先には薄桃色の桜の花。その小さな花からひらひらと花びらが舞い散り、手紙の上を鮮やかに染める。フェデルシカは花びらを手にとると、暫く考えてから遠くに控えるエリーを呼んだ。



「いかがなさいましたか?」

「押し花をしようと思って。準備してくれる?」

「かしこまりました」

「……嫌がられない、かしら」



 誰になんて言わずともエリーはわかったようで、笑顔で頷きながら「大丈夫ですよ」と答えてくれる。それが嘘でも構わないとフェデルシカは思った。これが勝手で自己満足な行動だということは理解しているから。






『今日も桜が綺麗です』



 悩んで悩んで悩み抜いて、最後に書き足した一文は捻りのない言葉になった。


 私の存在を感じて欲しい。

 ……そんな勝手なこと言えるはずがない。


 私はいつでもあなたの味方。

 ……そんな言葉を求められているはずもない。


 あなたと一緒にこの桜を眺めたい。

 ……そんな望みは絶対に言わない。



 だけど私の大好きな桜をあなたに届けることは許してほしい。

 そして気づかないでほしい。

 私の想いに。



 遠くにいる姿もわからない友人を思いながらフェデルシカはゆっくりペンを下ろした。

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