表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/15

かけがえのない日々

 フェデルシカが病の事を告白したあの日からも、二人の関係は何も変わらなかった。



 枝垂桜が桃色から緑色へと変化した頃、フェデルシカは初めて城下町へと降り立った。ウォーレルにエスコートされながら見た町は、予知夢を見ていた頃とは比べものにならないほど活気づいている。

 派遣軍がやってきてまだ一年も経っていないが、戦を仕掛けられることも減り、ヘルス王国との貿易も盛んになったからだとウォーレルの説明を聞きながら、フェデルシカの目は忙しく動いていた。好奇心を抑えきれていないフェデルシカを見て、耐えきれず吹き出したウォーレルがフェデルシカに睨まれたのは言うまでもない。




 庭の草花が青々と茂り、生命の輝きが増した頃、色鮮やかな花が咲き乱れる庭の真ん中に突然妖精が舞い降りた。いつものように仕事を抜け出してきたウォーレルは、抜け道へと続く扉の前で、その美しさに言葉を失い立ち尽くす。

 太陽の光を反射して輝きを増す金色の髪は、ハーフアップにされており、複雑に結われた髪には小さな花が幾つか咲いている。淡い桃色のドレスは腰からドレープが幾重にも重ねられており、色合いよりも大人っぽさを感じさせた。


 妖精がこちらに振り返った瞬間、ウォーレルは身体がしびれるような感覚に襲われる。花の妖精のような彼女は、はにかんだ笑顔を浮かべながら「ウォル」といつもと同じ声で呼んできた。

「どうかな? 綺麗な姿を見せたくて」そう言ってその場で回ってみせるフェデルシカになんと言えばいいのかウォーレルはわからない。正確には、表せる言葉を知らないと言った方がいいかもしれない。綺麗、だなんてそんな言葉では片付けられないから、ウォーレルはフェデルシカに走り寄って強く強く抱きしめた。




 庭の葉が色づき始めた頃、ウォーレルは戦を仕掛けられたローゼリア王国の国境線へと派遣軍を連れて旅立った。せっかく回復していたフェデルシカを置いていくのは嫌だったが、民を想うフェデルシカの気持ちを汲んで、早々に決着をつけると約束し、ウォーレルはフェデルシカの元を去る。

 長期戦になるのではと言われていた戦は、まさかの一週間で決着がついた。国民はその報告に驚きながらも歓喜する。中でも一番活躍したのは派遣軍だというから、帰ってきた自国の騎士達以上に派遣軍は大きな歓迎を受けた。


 そして、こんなに早く決着がついたのは何故かと聞かれた騎士達は皆口を揃えてこう言った。『黒い悪魔が舞い降りたのだ』と。

 帰ってきたウォーレルと一緒にその噂を聞いたフェデルシカがチラリとウォーレルに視線を向ければ、ウォーレルは平然と「フィーとの約束を守っただけだ」と言い放ち、フェデルシカはなんとも言えない表情を浮かべたのであった。




 木々から葉が落ち、冷たい風が吹く頃、フェデルシカは度々体調を崩すようになった。外にも出られず退屈そうなフェデルシカにウォーレルは色々な遊びを教えた。それは貴族令嬢のように刺繍や読書といったものではなく、男がよくやるボードゲームやカードゲームといったものだが、新し物好きなフェデルシカは大変喜んだ。

 寝る前に対戦をするようになったのだが、フェデルシカは戦うたびに強くなっていて、いつの間にかウォーレルは勝てなくなる。理由を尋ねれば、エリーやアレン相手に昼間、練習をしているのだとか。悔しかったウォーレルも副官のシルヴァス相手に練習を重ね、いつの間にか二人の練習相手を務められる者はいなくなった。




 そして、再びフェデルシカの大好きな庭が桃色に染まる季節がやってくる。大切な彼と迎える二回目のその季節、フェデルシカは思い通りに身体を動かせなくなった。そんなフェデルシカをウォーレルがお姫様抱っこをして枝垂桜下のベンチまで運び、フェデルシカの好きなカモミールを飲みながら、たわいも無い会話を楽しむのが二人の日課となる。

 いつの間にか紅茶をいれるのはフェデルシカではなくウォーレルになり、日に日に紅茶をいれる技術が上がっていったウォーレルはどこか味の感想を心待ちにしているようで、フェデルシカはいつも必死に笑いをこらえていた。




 庭に草花の香りが漂い始めた頃の夜、ふっと目が覚めたウォーレルの耳にすすり泣く小さな音が届いた。「おやすみ、ウォル」といつもと同じ無邪気な笑顔を向けてくれたはずのフェデルシカが、布団にうずくまり震えている。

 誰もが寝静まるこんな夜更けに、一人小さくなっている彼女をウォーレルはそっと引き寄せ、再び寝息が聞こえてくるまで抱きしめ続けた。




 木の枝から緑が消えた頃、フェデルシカはベッドから抜け出せなくなっていた。身体が痩せ細り、髪から艶がなくなっても、フェデルシカの笑顔はとても眩しい。



「身体は痛くないか?」

「予知夢の時に比べたら全然だわ」



 仕事をフェデルシカの近くでするようになったウォーレルに、フェデルシカは明るい声色で笑って返す。「そうか」と安堵の笑みを浮かべたウォーレルから窓の外へと視線を移したフェデルシカは、ある物を見てポツリと呟いた。



「もう一度、枝垂桜を見ることは叶いそうもないわね」

「フィー……」

「その代わり、ウォルがあの桜の木を愛でてあげて。あの子が寂しがらないように」



 まっすぐ自分を見つめ微笑んだフェデルシカからウォーレルは視線を外す。



「……俺じゃあ意味がない。あの木を元気づけてあげるなんてできそうもないよ」



 思わず溢れ出た本音にウォーレルは慌てた。これではフェデルシカを不安にさせるだけじゃないか、と。



「すまん。こんなこと言うつもりじゃなかった」



 ベッドへ近づいてきたウォーレルの頬にフェデルシカの手がそっと伸びた。



「謝らないで。私、本当に幸せだった。予知夢で多くの民を救えたから」

「ああ。知ってるよ」

「私、幸せなの。ウォル、あなたに出会えたから」

「俺もだ」



 白く細い手をウォーレルはキュッと両手で包み込む。お互いの体温が溶け合った気がした。



「ずっと前、これ以上の願いはないと言ったでしょ?」



 願いが一つ叶うなら何がいいという問いに、フェデルシカはこれ以上望めばバチが当たる、と答えた。



「でも、もし我儘を言っていいのなら……あなたに好きだと。いいえ、愛してると言い続けたかった」



 そう言ったフェデルシカは今まで一番美しい笑顔を浮かべた。予知夢では決して見ることのできない、未来を想って。

 ウォーレルは何も言葉にできず、ただそっとフェデルシカに口づけを落とした。





 そして、ウォーレルがローゼリア王国に来て三度目の春。フェデルシカは両親と兄、そしてウォーレルに見守られながら、一人旅立った。

 その際、フェデルシカは国王である父に一つお願いをする。


『この先、予知夢を見る者が現れたら、王族ではない限り、国のために力を利用せず、幸せになれるよう助けてあげてほしいのです。国民は王族が守るべき者達ですから』と。


 どこまでも民を想うフェデルシカの願いを受け入れた父ドレットは必ず叶えると誓った。その言葉を受け、嬉しそうに笑ったフェデルシカは、視線をウォーレルへと移し、聞こえるか聞こえないかという程の小さな声で呟いた。


『私のような人を二度とつくりたくない』


 それはフェデルシカのことを何も知らない者が聞けば、人生を悔いているようにしか聞こえない言葉。しかし、ウォーレルは困ったような笑みを浮かべ、小さく頷き返した。その反応を見てフェデルシカは無邪気に笑う。それがフェデルシカの最後の笑顔となった。




 枝垂桜が淡い桃色の花を咲かせたのは、その数日後のこと。三度目の桜をウォーレルは一人仰ぎ見る。



「これからは俺が一緒にいる。フィーはお前が寂しがらないか心配してたぞ」



 ウォーレルの言葉に答えるように、枝垂桜がさわさわと風で揺れる。心地の良いその音を聞きながら、ウォーレルはふっと小さく笑った。



「あぁ、そうだな。お前が寂しがらないようにじゃない。俺が……寂しいんだ」



 フェデルシカがこの世を去った時、泣き崩れるフェデルシカの両親や兄のようにウォーレルは泣けなかった。涙一つ溢れなかった。

 悲しくなかったとか、そんなんじゃない。握った手はいつもと変わらないほど温かく、表情は穏やかで、いつものように「おはよう、ウォル」と笑いながら目を覚ましそうだったから。ただ現実を受け入れてなかっただけだ。


 だが、今まで枝垂桜の側には必ずフェデルシカがいた。その枝垂桜の下にいるのが自分だけという事実が、ウォーレルに現実を突きつけてくる。



「フィー、今年も綺麗な桜が咲いたよ……フィー……………フィィィ……」



 崩れるように膝をつき震えるウォーレルの頬を温かな風が撫でる。風に乗った桃色の花びらが食い込むほど強く握りしめた手の甲にひらりと舞い降りた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ