プロローグ
死別する内容が含まれております。ご注意ください。
ーーある国に予知夢を見ることができる姫がいた。美しく優しい姫は、愛する国民を予知夢で何度も救っていたが、予知夢は見るたびに姫の命を削っていった。
それでも国のためにと予知夢を見続けていた姫は、ある時、隣国の危機を救うことで予知夢を喰らう力を持った隣国の王子と出会う。
二人は共に過ごすようになったが、予知夢を見続けた姫の身体はすでに限界であった。王子と出会うには遅すぎたのだ。二人は短い間を共に生き、姫は大好きな家族や王子と今までで一番幸せな時を過ごした。
姫は最後の最後まで、国民を思い、家族を思う、優しくて温かい女性であった。
****
雲ひとつない青い空の下、芽吹き始めた草花の中を優しい風が吹き抜ける。重たいドアをそっと開け、顔を出した少年は、その優しい風に吹かれ金色に輝く柔らかな髪を靡かせた。
慣れた足取りで進むそこはローゼリア王国の王宮の敷地内だが、王族しか知る事のない王宮にある隠し通路からしか訪れることのできない場所。目的の人物を見つけた少年、ローゼリア王国第一王子オーラン・ゼルスト・ローゼリアは、その人物に声をかけようと口を開けるも、いつものようにはできなかった。
太い幹から伸びるしなやかな枝、その枝には桃色の可憐な花々が咲き誇り、風に靡くたびに儚くも美しい光景を作り出す。池のほとりに一本だけ立つ枝垂桜、その下で幹にもたれかかり目を閉じている黒髪の男。生まれた時から忙しい父親の代わりに遊んでもらい、勉強を教えてもらい、叱ってもらったその男をオーランは大切な家族だと思っている。たとえ男がローゼリア王国の者ではなかったとしてもだ。
黒髪の男が薄っすらと瞼を持ち上げると青い瞳が姿を表す。切れ長の涼しげな瞳はオーランを視界に入れた瞬間、柔らかく細められた。
「来ていたのか、オーラン」
「そんなところで寝ていたら風邪をひくよ、ウォーレルさん」
「寝てない……ところで、俺に用事があって来たんじゃないのか?」
ウォーレルと呼ばれた黒髪の男は、自分の座っている横に手を置きオーランに座るよう促す。王族であるオーランにこんな事をするのはウォーレルだけだ。
促されるまま隣に腰を下ろしたオーランは、なんと切り出せばよいか一瞬迷うも、意を決して口を開いた。
「僕、明日から学院に入るんだ」
「そうか。もうオーランも十歳になったのか……時が経つのは早いな」
ローゼリア王国の王族や貴族の子供は、十歳になると国を支えるための力を身につけるために学院に入る者がほとんどであった。もちろん、様々な事情により入らない者もいたが、貴族の繋がりや人物を見極めるためにも王族として産まれた者は入ることが決められているのだ。
「だから、ウォーレルさんに本当の事を聞きたくて、ここに来た。小さい頃から聞かせてくれた『予知夢姫』という物語の……いや、僕の叔母であるフェデルシカ様の真実について」
ウォーレルはオーランの言葉を受けても微動だにせず、ただ真っ直ぐ前だけを見つめる。その視線の先にあるのは白く小さな建物だけ。
「真実は全て、お前の父親であるアスベルクから聞かされるはずだが。他に何を知りたいんだ?」
「……フェデルシカ様の本当の気持ちを知りたいんだ。それを知っているのはウォーレルさんだけだと思うから」
どこか怯えているような声色のオーランに、ウォーレルは少し目元を緩める。聞きたいけれど聞いていいのかわからない、そんな十歳にして他者を思いやる気持ちを見せるオーランに、立派に成長したと心が暖かくなるのは産まれた時から知っているからか。
「何故聞きたい。興味本位ではないだろう?」
「それは……いつか、僕が王になるから」
「……そうか。ならば話そう」
オーランへ向き返ったウォーレルの表情を見て、オーランはハッとした。そこには今まで見たこともないほど甘く優しいウォーレルの笑顔があった。
「俺がお前の叔母にあたるローゼリア王国王女フェデルシカ様……いや、フィーとどのように出会い、過ごし、別れたかを」