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第三話 「お掃除大作戦」

 部屋のほうで物音がしたのを確認して、俺はトイレから出た。いや、別に朝のお通じとかそういう理由でトイレに(こも)っていたわけではない。

 物音のした方を見やると、まだ眠そうに目をこすりながら、汚い部屋に座り込んでいる俺の嫁――桜乃の姿があった。部屋が汚ないのは、俺が掃除をしないせいなんだけど。

「あれ、ここ、桜乃の部屋じゃない」

 まだ寝ぼけているのか、辺りをきょろきょろと見回しながら、桜乃が呟いた。そりゃまあ、昨日ここに来たばっかりだしな。違和感を覚えるのも無理はない。

「おう、おはよう、桜乃」

「ひう!」

 俺に挨拶された瞬間、桜乃はびくっと肩を震わせた。驚かせてしまったようだが、どうやら目は覚めたようだ。急いで立ち上がって、白いワンピースを軽く手ではたくと、桜乃は俺に深々と頭を下げた。

「お、おはようございます、旦那様」

 ううむ、態度が小学三年生とは思えん。毎日礼儀作法を叩き込まれてきたのだろう。

「そんな固くならなくても」

 いいのに、と言おうとしたところで、俺は大きな欠伸(あくび)をした。うん、すごく眠い。今なら某漫画の主人公くらいのスピードで眠れそう。

「……あの、旦那様、どうしたんですか? 何だか、お顔が……」

 言おうとして、桜乃は口をつぐんだ。俺だって、今自分がどんな面してるのかくらいは分かる。さっきトイレにある小汚い鏡で見てきたが、目の周りのくまが酷いのなんの。おまけに、体中の生気吸い取られたみたいなやつれ顔してたし。

「ん、まぁ、ちょっとな」

 桜乃に要らん心配をかけたくないので言わなかったが、俺は昨日、全く寝ていない。部屋に寝るスペースは無いし、立ったまま寝るなんて忍者みたいな事できるわけがないし。

 そういうわけで、俺はトイレで一夜を過ごした。座ってなら何とか眠れるだろうと思っていたが、落ち着かないし匂いはきついしで眠れたもんじゃない。

 まぁ今日は丁度いいタイミングで土曜だし、大学も休みで、運良くバイトも無い。桜乃を一人で起こしておくことになるが、さすがに眠気には勝てそうにないし、これから寝ることにする。

 今のうちに掃除しないと、今晩も同じ事態になりそうではあるが、まあ明日も学校ないし、明日やればいいやとか思ったり。駄目なパターンだと分かっていても、体が眠気に耐えられず、今にも活動停止しそうである。

「すまん、桜乃」

「は、はい! どうされました? 旦那様」

「寝る」

「……へ?」

 それだけ言うと、何か言いたげな桜乃を押しのけて、俺は布団に頭から突っ込むように寝そべった。

「ああ、昼食くらいまでには起きれるように努力するから、腹減ったら昨日買ってきたケーキと弁当が……ぐう」

 自分でも何言ってるのか分からないくらい不明瞭な発音で言いながら、俺は眠りに入っていった。

 

 

 旦那様、寝ちゃいました。

 旦那様は特に何も言わなかったですが、きっと桜乃がお布団で寝ちゃったから、旦那様は全然寝てないんだと思います。

 今日は土曜日で、学校はお休みだけど、桜乃はまだここに来たばっかりで、この辺りのことはよく分からないし、お外に遊びにいくわけにもいきません。

 旦那様と、なにかお話しようと思ったのに……でも、仕方ないですよね。

 来たときから旦那様にご迷惑ばかりおかけして、ちゃんとお嫁さんとしてやっていけるのか、とっても不安です。

 それにしても、今桜乃の目の前で眠っている人が、桜乃の旦那様だなんて、まだ信じられません。お父様とお母様が決めたことだから、桜乃はお嫁さんとして頑張らなきゃいけないんだけど、でも、いきなりすぎて、どうすればいいのかよく分かりません。

 桜乃は、お部屋をぐるっと見渡しました。ご飯の食べかすとか、ご本とかがいっぱいで、ちょっと歩いただけでも踏んでしまいそうです。

「なんだかお部屋がばっちいです」

 旦那様は、お片付けが嫌いなんでしょうか。お部屋の隅っこの方なんか、ゴミが山みたいになってます。

「あ、そうだ!」

 ちょっと考えたあと、桜乃は閃きました。

 旦那様が寝ている今のうちに、お部屋をお掃除してしまおう。

「きっと旦那様、起きたときにびっくりしちゃいますね」

 なんだか旦那様の驚く顔を考えると、楽しみになって、くすっと笑ってしまいました。

 でも、見れば見るほどゴミがいっぱいで、どこからお掃除すればいいのか分からないです。

 いやいや! 桜乃はやると決めました。だったら、やる前から諦めちゃいけません。

 

 とりあえず近くにあったビニール袋を取ると、桜乃はお掃除を開始しました。

 ゴミ袋がどこに有るのか分からないけど、ビニール袋は周りにいっぱい落ちてました。その中に、お菓子の空箱とか、プラスチックの箱とか、丸められたティッシュとかを詰め込んでいきます。

 すぐに袋がいっぱいになるので、別の袋を取ってはまたゴミを詰めて、を繰り返しました。だけど、ゴミはまだまだいっぱい。うう、全然お掃除が終わる気がしないです。

 ああっ、床にお弁当のスープがこぼれて染みこんでます。あああっ、あっちにはお菓子が食べかけのまま転がってるし!

「もう、旦那様ったら、面倒くさがりさんです」

 桜乃だって、自分が使ったお皿とかは、自分でお片付けしてたのに。旦那様はもう大人だけど、自分でお片付けしないって、何だか子供みたいです。年は桜乃のほうがずっと下なのに、桜乃の方がしっかり者みたいですよ?

 どんなに片付けても、ゴミの下からまたゴミが出てきて、お布団の周りを綺麗にするだけでも一苦労でした。これ、旦那様が起きるまでに終わるのかな。

 桜乃はお掃除する手を止めて、旦那様の方を見てみました。旦那様は、大きないびきをかいて眠ってます。

 旦那様は、桜乃をお布団で寝かせてくれました。自分は寝てないのに、それでも構わずに。

 桜乃の旦那様が乱暴な人だったらどうしようって、すごく不安だったですけど……言葉遣いはちょっとだけ怖いけど、とっても良い人みたい。

 それに、「俺が何とかしてやる」って言ってくれて、本当に嬉しかったです。

 だから桜乃も、お嫁さんとして頑張らなくちゃ。

「よしっ」

 ぐっと手を握って気合いを入れると、桜乃はお掃除を再開しました。

 

 ゴミをビニール袋にまとめて、お台所にあった雑巾で床を拭いて、旦那様の教科書とかノートを一まとめにして、お洋服は、洗濯機が見つからなかったので、きちんと畳んで並べて――

 お掃除を始めて四時間くらい経ったとき、やっと大体のお掃除が終わりました。あとは、隅っこで山になってるゴミをお片付けすれば終わりです。うう、何だかすごく疲れました。

 時計を見ると、もうお昼を回ってました。一生懸命お掃除してて気が付かなかったですが、そういえば朝から何も食べてません。

 もう少しで終わりだから、もうひと頑張りしてからお昼にしよう。そう思って、ゴミの山に手を伸ばしたとき、桜乃はご本が山の下敷きになっていることに気付きました。

 何のご本か分からないけど、旦那様の大切なご本だったら大変です。そう思って、桜乃はそのご本を力いっぱい引き抜きました。

 でも、その瞬間。

 

 

 何かが倒壊するような音を聞いて、俺は飛び起きた。

「桜乃っ!?」

 桜乃が何か触ったのかと思って辺りを見たところで、俺は驚いて目を剥いた。おお、何か部屋がすっげえ綺麗だ!

 あのジャンクマウンテンはどこへやら。ゴミはビニール袋にまとめられてるし、脱ぎ捨てていた服はちゃんと畳まれてるし。これ、全部桜乃がやってくれたのか?

「って桜乃ぉ!」

 部屋の隅で、まだ残っていたゴミに押しつぶされ、うつ伏せの状態で足をばたばたさせている桜乃の姿を見つけて、俺は急いで駆け寄った。足を掴んで一気に引っ張り出す。

「ぬふおっ」

 引っ張った勢いでワンピースが捲れ上がり、真っ白なパンツが露になってしまったのを見て、俺は変な声を上げた。いや、女児用下着を見て何を興奮しているんだ俺は! 変態か!

 いやいや、そんなことより桜乃だ。彼女は手に何かをぎゅっと握ったまま、目に涙を浮かべて唸っている。

「大丈夫か、桜乃!」

「うう、痛いです」

 急いでワンピースを下ろし、桜乃が握っている雑誌を見たところで、俺は青ざめた。桜乃が握っているそれは、随分前に買って、どこに行ったか分からなくなっていたエロ雑誌ではないか!

 見つからないと思ってたら、あのゴミ山の下敷きになっていたのか。探してたんだよなあ、これ。桜乃、見つけてくれてありがとうって違う違う!

 俺は急いで桜乃の手から雑誌を掴み取ると、そのまま窓を開けて遠くに投げ捨てた。桜乃が顔を上げて涙を拭う、ほんの数秒の間にやってのけたのは、我ながら天晴れな素早さである。

 全く、危ない危ない。人間、エロが絡むと火事場の馬鹿力を発揮できるもんなんだなあ。

「あ、旦那様、おはようございます……あの、起こしちゃいましたか?」

 申し訳なさそうな表情の桜乃。どうやら雑誌については、あれが何であるかバレていないようだ。ほっと胸を撫で下ろす。

「ごめんなさい、旦那様。起こすつもりは、無かったんですけど……」

 桜乃は、そう言って頭を下げた。むしろ謝るべきは俺の方なのに。

「いやいや、凄いな、桜乃。あの汚ぇ部屋が、すっかり見違えたよ」

 畳が見えないほど散乱してたゴミを片付けるのは、相当な苦労があっただろう。ここまで綺麗に掃除してくれた桜乃を褒めることはあっても、叱る理由なんか有るはずがない。

「頑張ったな、偉いぞ」

 桜乃の頭を撫でてやったところで、ようやく彼女の顔から不安が消えた。照れくさそうに頬を赤く染めている。

「はい、桜乃はお嫁さんですから、頑張ってお掃除しました」

 お嫁さんですから、なんて言われると、何だかすごく心がときめ――待てい、ときめいちゃ駄目だろ、俺。相手は九歳児だぞ。

 一つ咳払いをして、気を取り直す。

「んじゃ、最後の仕上げは俺も一緒にやるよ」

 元々部屋をあんな惨状にしたのは俺だしな。桜乃に任せておくわけにもいかない。

 俺の言葉を聴いて、桜乃は更に笑顔になった。そういえば、桜乃の笑顔を見るのは、これが初めてだ。

「はい、桜乃は旦那様と一緒にお掃除します」

 俺はにっこり笑って桜乃の頭をくしゃくしゃ撫でると、押入れからゴミ袋を取り出した。こうして掃除するのって、どれくらいぶりだろう。

 

 ゴミが詰められたビニール袋を、黒いゴミ袋に放っていたところで、突然ぐぎゅると音がした。音の方を見てみると、桜乃が顔を真っ赤にしたまま固まっている。

「桜乃、まさか何も食ってないのか?」

 言われて、桜乃は赤い顔のまま、こくんと頷いた。飯も食わずに掃除を頑張ってくれたことに、俺はすごく感動を覚えた。

「掃除が終わったら、どこかに昼飯でも食いに行くか」

 さすがに昨日買ってきたコンビニ弁当で昼食ってのも可哀そうだし。

 俺の言葉に桜乃は顔を輝かせたが、また鳴った腹の虫に、再び赤くなってうつむいてしまった。

 くそう、子供のくせに、いちいち仕草が可愛いな桜乃!

「それじゃ、早いとこ終わらせちまうか」

「はいっ!」

 俺が笑いながら言うと、桜乃も笑顔で、元気にそう答えた。

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