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第二話 「夫として」

 とりあえず、ゴミが散らかり放題だった部屋をざっと片付けてスペースを作ると、俺はあぐらをかいて腕を組み、桜乃は正座で、お互いを見つめるように床に座った。

 俺は憮然とした表情で目の前の少女、いや幼女を見つめ、対する桜乃は不安げで、困ったような表情でうつむいている。

「えっと、もう一度訊こうか。桜乃ちゃんは、いくつ?」

「はい、その、きゅ、九歳、です」

「小学校何年生かな?」

「さ、三年生です」

「で、桜乃ちゃんは、俺の何?」

「桜乃は、旦那様のお嫁さん、です」

 聞けば聞くほど頭が痛い。

 俺はそれ以上何も訊かず、ポケットから携帯電話を取り出した。不安そうな眼差しで桜乃が俺を見ているが、気にも留めずにアドレス帳から「実家」を選び、コールする。

 二回のコール音が鳴ったところで使用人が出た。この時間でも素早い対応で感心感心。ってまあ、感心してる場合じゃないんだが。

「おい、親父と代われ」

 使用人の挨拶も聞かず、俺はぶっきらぼうにそう言った。

 誕生日に、こんなわけの分からんサプライズを用意してくれるのは、親父以外に居るはずがない。一体何のつもりか知らないが、突然人の家に見知らぬ幼女届けて、どうしろっつうんだ。

 ふつふつと怒りがこみ上げる。

 しばらく後、電話の保留音楽が消え、

「おお、どうした和樹、こんな時間に」

 聞き覚えのある声が聞こえてきた。俺の親父である。

 桜乃の来訪が絶対こいつの仕業であることは間違いないのだが、さらっと「どうした和樹」なんて言える親父にむかっ腹が立った。

「どうしたもこうしたもねえ。なんかうちに、桜乃とかいう俺の嫁らしき女の子が来てるんだけど、何のつもりか教えて貰おうか」

 俺の問いかけに親父は唸って黙ったが、ややあって「おお、そうだった」などと「今思い出しましたよ」的な、非常に無責任極まりない返答をしてきた。思わず片眉がぴくっと動く。

「どうだ、可愛い娘さんだろう? その人が、今日からお前の妻となる人だ。しっかりと養ってやるんだぞ」

「俺が言いたいのは、そういうことじゃねえ! 何でいきなり俺に嫁とか届けてきてんのってこと!」

 俺の怒鳴り声に、桜乃が驚いてびくっと肩を震わせた。

「いいか和樹。長谷川家の男は、二十歳になった折に、内縁の妻を(めと)らせるしきたりがある。これは、長谷川家に四百年続く、伝統の一つなのだ」

 おい、ちょっと待て親父。

「そんなもん、初めて聞いたんだけど」

「話そうとしたら、お前が家を飛び出していったのではないか。聞いてなくて当然だ」

 しれっと切り返す親父。携帯電話を持つ手に自然と力が入り、みしりと音を立てた。

「オーケイ分かった、その長谷川家のしきたりとやらについては分かった。でもな親父」

 横目でちらりと桜乃を見る。彼女は俺と親父のやりとりを、ずっと不安な面持ちで見つめていた。

「相手は九歳で、小学三年生だってこと、分かってんのか」

 先ほど桜乃本人から自己紹介を聞いたが、何度聞いても年齢は九歳、小学三年生で合っているらしい。実際、桜乃の姿を見ても、その通りだろう。

 どう見たって子供だ。小学生だ。

「勿論、藤宮のほうから聞いているぞ。しかしそれに何の問題が」

「問題有るに決まってんだろ、この糞親父!」

 さすがにぶち切れた。親父には常識とか、そういうものは無いのかよ。

「相手は九歳だぞ! まだ年齢二桁いってないんだぞ! 小学生だぞ! 結婚とかできない年齢なの、分かってる!?」

「よく考えてみろ、和樹。お前が三一になるとき、桜乃さんは丁度二十歳になる計算だぞ? それなら、なかなか良いと思わんか?」

 ああ、それなら確かになあ。三一の夫と二十の嫁。友達とかから「いやあ、お若いお嫁さんをお持ちで、うらやましいですなあ」なんて言われそうじゃん。

 おお、それは良いかも!

「って、んなこと有るわけねーだろ!」

 そりゃ十一年後はそうなるかもしれんが、今現在じゃそうもいかないだろ。世間一般から見て、二十歳と九歳の夫婦なんて、有ってたまるか。

 もし友達に、嫁が九歳児とばれたりしたら「え、お前ってロリコンだったの?」とか言われても仕方がなさすぎるレベルだ。

「和樹」

 怒鳴り散らす俺を、親父の重い声が遮った。こういう声を出すときの親父は、厳格な、鋭い目をして俺を真っ直ぐに見つめてくるんだ。その顔が頭に浮かび、思わず俺は口ごもった。

 電話口で顔は見えないってのに、卑怯だぞ、くそう。

「和樹は長谷川の子、そして桜乃さんは藤宮の子だ。長谷川と藤宮がそう決めたのであれば、お前たちはもう夫婦なのだ。年齢など関係ない。いくら家を出たからと言え、お前は長谷川の子である以上、この伝統を引き継いでいかなければならん」

「そうは言ってもな、親父!」

「うるさい!」

 親父の大声が聞こえたのか、俺と揃ってびくっと震える桜乃。ちょっとおどおどしすぎじゃないか、この子。

「いつかお前に話しただろう。嫁を自由に選べる日は無いと思え、と」

 確かに、中学の頃だったか、そんなことを言われた。それからずっと、漠然とではあるけど、親が決めた女性と結婚するんだろうなと思ってたよ。

 でも、目の前に居るこいつは、桜乃は、女性とは呼べない。幼女だ、幼女。

 俺はロリコンでもなんでもない、普通の健全な男子だぞ。こんな子持ってこられて、いきなり「お前の妻になるんでよろしく」なんて言われて、納得できるわけがない。

 しかし俺の心中をよそに、親父は更に続けた。

「年齢の差が有ろうが何だろうが、これは言わばお前が生まれる前から決められていた運命だ。あとはお前の器量をもって、桜乃さんを妻として、しっかりやっていかなければならん。それが長谷川に生まれた男としての務めだ」

 うぐぐ。

 生前から定められた運命だとか、お前の器量をもってだとか、長谷川に生まれた男としての務めだとか、何か卑怯だぞ、この糞親父。

「桜乃さんの学費はこちらで出すことになっているから、その辺は心配する必要はないぞ。……これ以上、もうお前と話すことはない。切るぞ」

「あ、おい、ちょっと待てよ親父!」

 俺の最後の叫びは聞き入れてもらえず、携帯電話からは、ツーツーと電話が切れた音が聞こえていた。

 

 俺はしばらくそのまま呆然としていたが、やがて力が抜けたように、がくんと床に膝をついた。

「一体、どうしろってんだよ……」

 このまま床に突っ伏して泣き出したい気分だった。桜乃が見ている手前、そうするわけにもいかず、ゴミだらけの床に視線を落とす。

 親に勝手に嫁を決められるのは以前から聞いていた事だから、そりゃある程度覚悟はしていたさ。でも、それがまだ九歳の幼女だなんて、信じられるか? 二十歳の誕生日プレゼントにしては、あまりにも非常識すぎるだろ。

「あ、あの、旦那様……」

 心配してくれた桜乃が、俺のそばに寄り添ってくる。しかし俺は顔を上げる気分にもなれない。

 しばらく二人とも黙っていたが、ふと桜乃が口を開いた。

「ごめんなさい、私のせい、ですよね。桜乃、まだ子供なのに、旦那様のお嫁さんにさせられちゃって、それで旦那様、とっても落ち込んでらっしゃるんですよね」

 桜乃の声が震えている。俺はハッとなって桜乃の方に顔を向けた。

「ごめんなさい、旦那様、ごめんなさい」

 大粒の涙を流しながら、俺に謝る桜乃。

 一体、何を謝ってるんだ、この子は。こんなに沢山の涙を流しながら。

 これだけ泣くってことは、それだけ辛いってことなんだと思う。

 この幼さで、親の取り決めによって俺のところに嫁がされた桜乃。親父に電話をかけるきっかけになった嫁入りの挨拶も、こんな子供の口から出る言葉じゃないし、出て良い言葉でもない。きっと何度も繰り返し練習させられたんだろう。

 第一、どう考えたってこの事態は、九歳の女の子に課すには負担が大きすぎる。親元を離れて、知らない男の家に嫁ぐ。そんな現実が、この少女の小さな肩に圧し掛かっている。もし俺が桜乃の立場だったとしたら、とても耐えられるとは思えない。

 俺と同じ、いや、俺以上に酷い境遇にある桜乃が、何で俺に謝ってる? 年齢はどうしようもないのに、そのことを俺に謝ってるのは何故だ?

 そうだ、辛いのは俺だけじゃない。

「お前も災難だよなあ」

 俺のしんみりとした呟きに、桜乃は目に涙を溜めたまま顔を上げた。

「お前だって辛いよな。親が勝手に決めた結婚に、九歳って歳で乗らなきゃいけないんだから。怒鳴り散らしてびっくりさせただろうし、悪かったな」

 桜乃の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。見た目通りの、やわらかくてサラサラした髪だった。

「いえ、旦那様が謝ることは、なんにも……」

 少し落ち着いたようだが、まだ桜乃は目を伏せて、涙を流している。

 一体親元でどういうことを吹き込まれてきたか知らないが、どうすることも出来ないことを自分で責める桜乃を見て、俺は思った。

 桜乃には、支えが必要なんだろう。そして、その支えになれるのは俺しかいない。だったら、俺が何とかしてやらなくちゃ、と。

「正直言って、俺はお前を妻とは思えない。でも、理由は全然納得いかないとはいえ、俺はお前の旦那になっちまったわけだしな」

 親に勝手に決められたことではあるが、返品もクーリングオフも出来るもんじゃない。それに、こんなに辛そうにしている女の子を放っておくことなんて、俺には出来ない。

「旦那として、俺が何とかしてやるから、泣くなよ、な?」

 優しい口調で言ってやると、安心したのか、桜乃はいっそう大きく泣いて、俺の服に顔をこすり付けてきた。俺はまた、桜乃の頭を撫でてやる。

 年齢差から、嫁と言うよりむしろ妹、いや近所のガキのお守りを任された気分だったが、俺が何とかしてやると言った以上、曲げるわけにはいかない。

 これからどうすれば良いのか、自分自身さっぱり分からないが、何とかやっていくしかないんだろう。この、幼すぎる妻と一緒に。

 

 そのうち桜乃は、泣き疲れたのか、俺の服の裾をぎゅっと握ったまま寝息を立て始めた。まあ、夜も遅いし良い子は寝る時間ではある。

 が。

「俺の寝るところは、一体どうすりゃいいんだ」

 そこらへんにポイと放って寝かせるわけにもいかず、桜乃は布団に寝かせている。しかしそうすると、今度は俺の寝る場所がない。

 適当な場所に寝ようにも、辺りはゴミだらけだ。文字通り、足の踏み場もないってくらい。

「……今度、ちょっと掃除しよ」

 

 一応、新婚初夜。

 桜乃の事を何とかすると決めたものの、まずは自分の身の回りの整理整頓から何とかしなくちゃいけないみたいです。

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