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第一話 「突然、幼な妻!」

 一人寂しく夜道を歩くってのは、本当に気が滅入るもんだ。

 今日は月も出ていない。どんよりと雲がかかって星も見えない。体は大学とアルバイトでくたくたに疲れ果てている。

 疲れているから、尚更気分が落ち込むのかもしれない。

 しかし、こんな生活を選んだのは、他ならぬ俺自身なわけで。

 

 俺の名前は長谷川(はせがわ) 和樹(かずき)。家を出て、一人暮らしをしながら大学に通っている。

 大学に行くために一人暮らしをしなければならなくなった、というわけではない。実家から通おうと思えばそれも可能だったんだが、それでも家を出たのには、勿論それなりの理由がある。

 長谷川家は、いつの時代からだったか忘れたが、何百年と続いている由緒正しい家柄である。敷地は広いし、金にも全く困らない。そんな家柄。

 俺は周囲から見れば「何不自由ない生活」を送ってきた。欲しいものは、物にもよるけど大抵はすぐ手に入る。美味い飯も食える。小学、中学、高校も、一流の私立校に通わせてもらった。

 しかしいつからだろうか、そんな不自由のない生活に嫌気がさしたのは。

 金持ち特有の嫌な悩みだと思われるかもしれないが、不自由がないって事に、不自由さを感じてしまったのだ。

 若いうちは苦労をせにゃならん! とかいう、おっさん臭い事を言うわけではない。しかし俺は、自分から「苦労する道」を選んで家を出た。

 

 とはいえ。

 一人暮らしってのは、思っていたほど楽なもんじゃなかった。

 仕送りはしないようにと両親に言ったため、生活費も自分で何とかしなきゃならない。今住んでいるアパートの部屋も、実家の俺の部屋よりも狭いし、風呂は有るけど何か変な匂いするし、すぐにゴミの山で足場が埋まってしまう。いや、最後のは単に俺がズボラなだけかもしれないけど。

「せめて誕生日祝ってくれる彼女でも居りゃ良いんだけどなあ」

 誰にともなく呟く俺。

 一人暮らしなわけだから、読んで字のごとく、家には俺一人きりである。それがまあ、正直言っちゃうと結構寂しい。ついでに今日は、俺の二十歳の誕生日である。ようやく大人の仲間入りって年齢なのに、それを祝ってくれる人が家に居ないってのは、凄く寂しいもんだ。

 右手にぶら下げているコンビニ袋の中に、今日の夕飯の弁当と苺のショートケーキが入っている。これから俺は、家に帰って、小さなテーブルの上に弁当とケーキを並べて、一人で「いただきます」と手を合わせて、誰と会話するでもなくモサモサ食って、風呂に入って、歯を磨いて、電気を消して寝るんだろう。うわあ、想像したら泣けてくる。

 こんな呟きを漏らすわけだから、彼女なんて居ない。友人を呼ぼうにも、時間が悪い。十九歳の誕生日のときもそうだったが、今年も一人寂しくケーキ食う事になるんだろう。

 しかし後悔しても、この道を選んだのは俺なわけだから、誰にも文句は言えない。かといって今更実家に戻る気もない。戻ったら負けだ、と思うから。

 

 耐えろ、耐えるんだ和樹。今は辛くても、きっとそのうち、今この瞬間を思い出して「あの時苦労しといて良かった」と思える日が来るさ。ファイト、俺。

 そうして無理やり自分を鼓舞しながら、今現在の俺の住まいであるアパートの前にたどり着いた時。

「あっれ?」

 俺の部屋の明かりが点いていることに気が付いた。

 誰か来たのかと思ったが、そんな事あるはずがない。となると……やっべ、俺出るときに電気消し忘れたか!

 電気代も節約しなきゃならんというのに、なんてドジを踏んじまったんだ俺は!

 ケーキがぐちゃぐちゃにならないよう、両手で抱きかかえるようにしてコンビニ袋を持つと、俺は玄関に向かって猛ダッシュした。いや、今更急いだところで時すでに遅しなのだが。

 アパートの二階、二○五号室に向かって階段を駆け上がり、狭苦しい通路を走りぬけ、玄関のドアノブに手をかける。

「あっれ?」

 さっきと寸分違わぬ声を出して首を捻ったのは、玄関のドアがそのまますんなりと開いてしまったからである。

 えええ、まさか俺、鍵かけるのまで忘れてる?

 今朝は別に寝坊なんかしてないし、そんなにドタバタ家を出たわけじゃないのに。

「はっ、まさか空き巣とか!」

 いやいやいや、俺の家に入ったってゴミの山くらいしかないんだぞ、空き巣が入るはずがない。第一、この時間に電気点けて物漁る空き巣が居るか?

 ああ、もう、俺の馬鹿。何で鍵までかけ忘れるかなあ。

 一人なら一人なりに誕生日を祝おうと思ってた矢先にこれだ。思わず大きな溜め息をついてしまう。

「はあ、俺ってば、なんちゅうドジなうおおおおお!?」

 さっきから一人で急いだり沈んだり驚いたりって忙しいな俺! いや、自分に突っ込みを入れるのはひとまず置いといて。

 誰も居ないはずの俺の部屋に、小さな女の子が、ゴミだらけの部屋の中央で、丸まって眠っているではないか。こちらに背を向けているため顔は確認できないが、背丈から見てまだ小学生の低学年くらいだろう。

 そして、その傍らに置いてある、この少女のものと思われる大荷物。

 何で俺の部屋で寝てんの、この子。いや、そもそも何者なんだこいつは。

 玄関でドア開けたまま立ち尽くしてるわけにもいかないし、俺は中に入ると、なるべく音を立てないようにそっとドアを閉め、部屋に入った。何となく、起こしては悪いような気がして、そっと。

 知った顔なら「てめぇなに人の部屋に勝手に上がって寝息立ててやがる!」と蹴り起こすところだが、そんな事するわけにもいくまい。

 しかし短い廊下を抜け、部屋に一歩足を踏み入れたとき、ばきっと何かが割れる音がした。驚いて足を上げると、そこには昨日食ったコンビニ弁当と、踏んで半分に折れてしまった割り箸の残骸が。

 しまった、と思ったときには遅く、少女の体が音に反応してぴくりと揺れた。そして、むにゃむにゃと何事か呟きながら、むっくりと体を起こす。肩口で切り揃えられた黒髪が、さらりと流れた。

「あ、いけない、いつの間にか寝ちゃって……ひゃあ!」

 眠そうな目をこすりこすり、体を起こしてこっちを向いた少女が、俺の姿を見た途端に驚いて後ずさった。別に凶悪な顔してるわけじゃないと思うんだけどな、俺。

 いや、そうじゃなくて、驚いてるのはこっちだっちゅうの。

 驚く俺をよそに、その少女はぺこぺこと俺に頭を下げながら、

「すすすみません、そ、その、さっきまでちゃんと起きてたんですけど、つい、眠たくって、うとうとと」

 と、早口でそう言った。

 目の前で謝る少女を、俺はまじまじと見つめた。

 前髪もパッツンと切り揃えてあり、黄色いリボンがよく似合っている。顔は幼いながらも、まあ可愛い。成長すれば、野郎共から送られてきたラブレターの処理に困るだろうなってくらい。ワンピースからのぞく肌は白く、体つきは少し細め。何と言うか、どこぞの名家の箱入り娘みたいな雰囲気をまとっている。

 うーん、近所にこんなガキが居た記憶はないし、こんな子と知り合った記憶もないんだけどな。

「旦那様がお帰りになるまでは、ちゃんと起きてるつもりだったんです。本当に、ごめんなさい!」

「ああ、いやいや、俺の方こそごめんな。別に起こすつもりはなかったんだけど……ん?」

 慌てた様子で謝る少女につられて俺も謝ってしまったが、ちょっと待て。今、この子、何て言った?

「今、なんつった?」

「え、あっ、さっきまではちゃんと起きてて、お帰りになるのを待ってたんですけど」

「いや、そのちょっと後」

 何か、凄い発言を聞いちゃった気がするのだ。どう見ても小学生な、この子の口からは絶対出ないであろう言葉を。

「えっと、旦那様がお帰りになるまで……」

「だ、旦那様?」

 俺が聞き返すと、少女は少し戸惑ったような表情をしたが、こくんと小さく頷いた。

「それって、俺?」

 更に、こくん。

 俺が言葉を失っていると、少女は不安そうな表情で、しかし俺の目を真っ直ぐに見つめながら口を開いた。

藤宮(ふじみや)家より参りました、桜乃(さくの)と申します。これからは旦那様の良き妻として、生涯お尽くしする所存にございます。ふつつかものでございますが、何とぞ、よろしくお願いいたします」

 言い終わると、少女――桜乃は、少しだけうつむいて、唇をきゅっと噛み締めた。

 しばらく俺は、目を点にしたまま桜乃を見つめていたが、ふと我に返り、混乱する頭で考える。

 この子は俺のことを旦那様と呼んだ。てことは、この子は俺の嫁、になるんだよな。さっきの挨拶でも、俺の良き妻としてどうのって。

 え、頭の天辺から足の先まで、丸っきり小学生なこの子が、俺の妻? マイワイフ? というか、何で俺にいきなり嫁が!?

「ええええええーっ!?」

 どんよりと空にかかる雲を消し去りそうなくらい、大きな叫び声が、アパート中に響き渡った。

 

 長谷川和樹、二十歳。

 二十歳の誕生日に、突然、生涯を共にする伴侶ができたみたいです。

「一人称モノ」「恋愛モノ」というのは、小説書き始めてウン年経つものの、初めての試みだったりします。

 なるたけ変にならないように、注意を払いながら執筆しておりますが、そのうち色々とおかしな部分が出てくるかもしれません。いや、俺のことだから、遅かれ早かれ間違いなく出てくるでしょう(何)

 そうした場合は、生暖かい目で見守るなり、愛の鞭でビシバシしごくなりしてやって下さいませ。

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